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Amazonによるプライム会員獲得戦略

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Amazonによるプライム会員獲得戦略

インターネット通販は私たちの日常生活に欠かせないインフラになりつつありますが、その代表的な存在が世界最大級のオンライン小売企業であるAmazonです。Amazonは膨大な商品ラインナップと迅速な配送体制により支持を集めてきました。

Amazonはまた、月額制の有料会員サービス「Amazonプライム」を提供しています。プライム会員になると、対象商品の「お急ぎ便」や「日時指定便」を無料で利用できるほか、映像コンテンツや音楽の配信など多様な特典が付与されます。このような付加価値を前面に出しながら、Amazonは継続的にプライム会員の獲得を推進しています。毎年開催される「プライムデー」は、その象徴的なイベントのひとつです。プライム会員限定で大規模なセールが行われ、家電や日用品、ファッションなどが大幅に割引されます。セール期間中は注文が殺到し、一時的な負荷がかかりますが、それでもAmazonの配送は通常、注文から数日以内に完了します。

ところが先日、非プライム会員である私がある商品を購入しようとしたところ、決済画面において到着予定日が1カ月以上先と表示されました(出荷元はマーケットプレイスではなくAmazon自身です)。ただし、Amazonプライムに加入すれば数日以内に到着する旨の併記があります。通常は、たとえ非プライム会員であっても数日以内に発送されるため、これまでの経験と大きくかけ離れたこの到着予定日は単なる差別化を超えた強いシグナルであり、そこには何らかの意図が含まれていると思わざるを得ません。Amazonの輸送インフラがそこまで脆弱であるとは考えられないからです。実際、決済時に表示される到着予定日よりも荷物が速く届くケースをこれまで何度か経験しました。以上の経験を出発点として、Amazonがどのような戦略のもとでプライム会員の獲得を狙っているのかについて、ゲーム理論を用いて考察を試みます。

非プライム会員である顧客が商品をカートに入れて決済しようとしたところ、1カ月以上先の到着予定日が表示された状況を想定します。ただし、プライム会員になれば最速で配達される旨が併記されているものとします。

顧客は3つの選択肢に直面します。1つ目は、プライム会員になった上で決済を完了すること。2つ目は、プライム会員にならないまま決済を完了すること。3つ目は、決済を行わず、商品を購入しないことです。決済を完了した場合には取り消しできないものとします。実際、商品に問題がある場合には返品が可能ですが、配送にかかる日数を理由に注文の取り消しを申請すると、多くの場合、その申請は却下されます。

Amazonにとって最も望ましい結果は、顧客がプライム会員になった上で決済を完了することです。2番目に望ましい結果は、顧客がプライム会員にならないまま決済を完了することです。顧客が商品の購入を諦めて離脱するケースがAmazonにとって最悪の結果です。

顧客にとって最も望ましい結果は、プライム会員にならずとも荷物が速やかに発送されるケースであるものとします。ただし、プライム会員にならない場合には、1カ月以上先の到着予定日を真に受けるかどうかが問題になります。実際には数日以内に配送されれば御の字ですが、そうなる保証はありません。顧客は不確実性に直面しています。

Amazonプライムに非加入の顧客が決済を行った場合、Amazonはその人に対して、事前のアナウンス通り1カ月後に荷物を送ることはできますが、それより速く送ることもできます。Amazonが「配送は1カ月以上先」という発言にコミットすべきかどうかは顧客の属性に依存します。詳細は後述します。

 

動学ゲームとしてのAmazonでのショッピング

Amazonと顧客が直面する状況をゲーム理論の意味でのゲームと解釈します。両者が事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に拘束力がない状況を想定するのであれば、先の状況は非協力ゲームとなります。また、顧客がAmazonプライムへの加入、非加入、非購入のいずれかを選択し、その内容を観察した後にAmazonが実際の配送日程を選択する状況を想定しているため、先の状況は動学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールが両者にとって共有知識であるならば、両者が直面する状況は完備情報の動学ゲームとして記述されます。

そこで、Amazonと顧客が直面する状況を以下のような展開型ゲーム\(\Gamma \)としてモデル化します。まず、ゲーム\(\Gamma \)のプレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、プレイヤー\(1\)は顧客であり、プレイヤー\(2\)はAmazonです。ゲーム\(\Gamma \)のその他の要素は以下のゲームの木によって表現されます。

図:ゲームの木
図:ゲームの木

ただし、「加入」はプライム会員になった上で商品を購入する行動に、「非加入」はプライム会員にならずに商品を購入する行動に、「非購入」はプライム会員にならず商品も購入しない行動にそれぞれ対応します。また、「遅い」は1カ月後に商品を発送する行動に、「速い」は数日以内に商品を発送する行動にぞれそれ対応します。なお、プライム会員に対しては必ず速やかに発送するものとします。

顧客のタイプとして以下の2つを想定します。1つ目は、購入しようとしている商品がすぐに必要である、もしくは他のECサイトではその商品を購入できない状況に直面している顧客です(タイプ\(A\)と呼びます)。2つ目は、購入しようとしている商品をすぐには必要としない、もしくは他のECサイトでもその商品を購入できる顧客です(タイプ\(B\)と呼びます)。それぞれの顧客がどちらのタイプであるかをAmazonは事前に識別できないものとします。

顧客のタイプが\(A\)である場合の利得関数\(u_{A}:Z\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{A}\left( z_{3}\right) >u_{A}\left( z_{1}\right) >u_{A}\left( z_{2}\right)
>u_{A}\left( z_{4}\right)
\end{equation*}を満たすものとします。タイプ\(A\)の顧客はAmazonで購入せざるを得ないため、プライム会員にならなくても商品がすぐに届くケースが最も望ましく、プライム会員になって商品をすぐに受け取るのが次に望ましく、プライム会員にならずに商品を1か月後に受け取るのが3番目に望ましく、商品を購入できないのが最悪の結果です。

タイプ\(B\)の顧客の利得関数\(u_{B}:Z\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{B}\left( z_{3}\right) >u_{B}\left( z_{4}\right) >u_{B}\left( z_{2}\right)
>u_{B}\left( z_{1}\right)
\end{equation*}を満たすものとします。つまり、タイプ\(B\)の顧客は他のECサイトでも商品を購入できるため、プライム会員にならなくても商品がすぐに届くケースが最も望ましい一方で、わざわざプライム会員になったり1カ月後に商品を受け取るよりは、他のECサイトで購入した方がよいということです。

Amazonの利得関数\(u_{2}:Z\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{2}\left( z_{1}\right) >u_{2}\left( z_{2}\right) =u_{2}\left( z_{3}\right)
>u_{2}\left( z_{4}\right)
\end{equation*}を満たすものとします。つまり、顧客がプライム会員になってくれることが最も望ましく、顧客がプライム会員にならないだけでなく商品を購入せず離脱することが最悪の結果です。

 

Amazonが自身の発言にコミットする場合の結果

Amazonが「配送は1カ月以上先」という自身発言にコミットすることに成功した場合、すなわち、非プライム会員に対しては必ず1か月後に商品を発送し、そのことが顧客によって信じられている場合には、頂点\(z_{3}\)が実現し得ないことがプレイヤーたちに認識されるため、ゲームの構造は以下のように変化します。

図:ゲームの木
図:ゲームの木

Amazonが自身の発言にコミットする場合、タイプ\(A\)の顧客はプライム会員になります。

命題(発言にコミットするAmazonとタイプAの顧客)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:ゲームの木
図:ゲームの木

ただし、プレイヤーの利得関数\(u_{i}:Z\rightarrow \mathbb{R} \ \left( i=1,2\right) \)は以下の条件\begin{eqnarray*}u_{1}\left( z_{1}\right) &>&u_{1}\left( z_{2}\right) >u_{1}\left(
z_{4}\right) \\
u_{2}\left( z_{1}\right) &>&u_{2}\left( z_{2}\right) >u_{2}\left(
z_{3}\right)
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡\(\left( s_{1},s_{2}\right) \)が存在し、それは、\begin{eqnarray*}s_{1}\left( \left\{ x_{0}\right\} \right) &=&\text{加入} \\
s_{2}\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) &=&\text{速い} \\
s_{2}\left( \left\{ x_{2}\right\} \right) &=&\text{遅い}
\end{eqnarray*}を満たす。したがって、\(\left\{ x_{0}\right\} \)においてプレイヤー\(1\)が「加入」を選び、\(\left\{ x_{1}\right\} \)においてプレイヤー\(2\)が「速い」を選ぶことが均衡結果である。

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Amazonが自身の発言にコミットする場合、タイプ\(B\)の顧客は離脱します。

命題(発言にコミットするAmazonとタイプBの顧客)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:ゲームの木
図:ゲームの木

ただし、プレイヤーの利得関数\(u_{i}:Z\rightarrow \mathbb{R} \ \left( i=1,2\right) \)は以下の条件\begin{eqnarray*}u_{1}\left( z_{1}\right) &>&u_{1}\left( z_{4}\right) >u_{1}\left(
z_{1}\right) \\
u_{2}\left( z_{1}\right) &>&u_{2}\left( z_{2}\right) >u_{2}\left(
z_{3}\right)
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡\(\left( s_{1},s_{2}\right) \)が存在し、それは、\begin{eqnarray*}s_{1}\left( \left\{ x_{0}\right\} \right) &=&\text{非購入}
\\
s_{2}\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) &=&\text{速い} \\
s_{2}\left( \left\{ x_{2}\right\} \right) &=&\text{遅い}
\end{eqnarray*}を満たす。したがって、\(\left\{ x_{0}\right\} \)においてプレイヤー\(1\)が「非購入」を選ぶことが均衡結果である。

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Amazonが自身の発言にコミットしない場合の結果

Amazonが自身の発言にコミットする場合、均衡結果においてタイプ\(A\)の顧客はプライム会員になるものの、タイプ\(B\)の顧客は商品を購入せずに離脱してしまうことが明らかになりました。Amazonは自身の発言にあえてコミットせず、一定の確率のもとで非プライム会員に対しても商品を数日以内に発送することにより、より望ましい結果を実現できる余地はあるのでしょうか。

図:ゲームの木
図:ゲームの木

Amazonは自身の発言にコミットせず、プライム会員にならなかった顧客に対しても確率\(c\in \left[ 0,1\right] \)で数日以内に商品を発送する状況を想定します。この場合、タイプ\(A\)の顧客がプライム会員にならないまま商品を購入する場合に直面する利得の期待値は、\begin{equation*}cu_{A}\left( z_{3}\right) +\left( 1-c\right) u_{A}\left( z_{2}\right)
\end{equation*}です。その一方で、タイプ\(A\)の顧客がプライム会員になった上で商品を購入する場合の利得は、\begin{equation*}u_{A}\left( z_{1}\right)
\end{equation*}です。したがって、\(c\)が以下の条件\begin{equation}u_{A}\left( z_{1}\right) >cu_{A}\left( z_{3}\right) +\left( 1-c\right)
u_{A}\left( z_{2}\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}を満たす場合には、タイプ\(A\)の顧客は依然としてプライム会員になります。一方、タイプ\(B\)の顧客がプライム会員にならないまま商品を購入する場合に直面する利得の期待値は、\begin{equation*}cu_{B}\left( z_{3}\right) +\left( 1-c\right) u_{B}\left( z_{2}\right)
\end{equation*}です。その一方で、タイプ\(B\)の顧客がAmazonでは商品を購入せず他のECサイトで購入する場合の利得は、\begin{equation*}u_{B}\left( z_{4}\right)
\end{equation*}です。したがって、\(c\)が以下の条件\begin{equation}cu_{B}\left( z_{3}\right) +\left( 1-c\right) u_{B}\left( z_{2}\right)
>u_{B}\left( z_{4}\right) \quad \cdots (2)
\end{equation}を満たす場合には、タイプ\(B\)の顧客の離脱を阻止できます。

以上の考察より、\(\left(1\right) ,\left( 2\right) \)をともに満たす水準に\(c\)を設定すれば、Amazonはタイプ\(A\)の顧客をプライム会員として獲得できるだけでなく、タイプ\(B\)の顧客の離脱を防止できることが明らかになりました。Amazonは「非プライム会員への配送は1カ月以上先」という自身の発言に対して頑なにコミットするのではなく、戦略的なあいまいさをあえて残すことにより、自身が得る利得を最大化できる余地があるということです。状況や商品カテゴリに応じて配送予定の表示を戦略的に調整し、「配送遅延という不確実性」そのものを利用する柔軟な戦略の方が、総合的な利益を最大化できる可能性が高いことが明らかになりました。

 

演習問題

問題(他のシナリオ)
本文中では、Amazonが非プライム会員である顧客に対して1カ月以上先の到着予定日を表示するという現象を出発点に、Amazonの販売戦略について考察を行いました。別の解釈はあり得るでしょうか。自由に議論してください。

関連知識

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