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参入阻止ゲーム(独占市場への参入妨害ゲーム)

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独占市場への参入阻止ゲーム

ある商品が1つの企業によって独占的に供給されているものとします。別の企業もまた同じ商品を供給できる技術を持っており、その市場へ参入すべきか検討しています。便宜的に、現状において市場を独占している企業を既存企業(incumbent)と呼び、参入を検討している企業を新規企業(entrant)と呼ぶこととします。

新規企業は市場へ参入すれば利益を得られる可能性がありますが、参入のためには初期投資が必要であり、なおかつその費用は事後的に回収不可能であるものとします(初期投資はサンクコスト)。一方、既存企業はすでに初期投資を終えた上で市場で活動しています。

まず、新規企業は市場へ「参入する」か「参入しない」かのどちらか一方を選びます。既存企業は新規企業による行動を観察した上で、相手が参入してきた場合にはそれに「対抗する」か「対抗しない」かのどちらか一方を選択します。ただし、「対抗する」こととは新規企業に対して価格競争などを仕掛けることを意味し、「対抗しない」こととは価格競争などを仕掛けずに新規企業と市場シェアを分け合うことを意味します。一方、新規企業が市場へ参入してこない場合、既存企業はそのまま市場を独占し続けます。

既存企業にとって最も望ましい結果は新規企業が市場へ参入せず、自社がそのまま市場を独占し続けることです。また、相手が参入してきた場合、価格競争などへ突入して利益を大幅に失うよりは相手と協調して一定の利益を確保した方が良いため、「対抗しない」は「対抗する」よりも望ましいものとします。

新規企業にとって最も望ましい結果は、自社が「参入する」決断をした後に相手が「対抗しない」ケースです。市場へ参入するためには初期投資が必要ですが、相手と市場シェアを分け合った場合に得られる利益は、初期投資をカバーできるほど十分に大きいということです。逆に、自社が「参入する」決断をした後に相手が「対抗」してきた場合、初期投資をカバーできるほど十分な利益を得られず赤字になってしまいます。このような事情を踏まえた上で、市場に参入した上で相手との対立に追い込まれるよりは、最初から参入しないほうが望ましいものとします。

このような戦略的状況を参入阻止ゲーム(entry deterrence game)や参入ゲーム(entry game)などと呼びます。

例(航空路線の参入)
ある航空路線では1社だけが独占的に就航しているものとします。別の航空会社もまたその路線への参入を検討しています。参入には膨大な投資が必要です。新規企業はその路線へ「参入する」か「参入しない」かのどちらか一方を選びます。既存企業は新規企業による意思決定を観察した上で、相手が参入してきた場合にはそれに「対抗する」か「対抗しない」かのどちらか一方を選択します。ただし、「対抗する」こととは運賃を値下げしたり就航便数を増やすことなどを意味し、「対抗しない」こととはそれらの対抗策を実施しないことを意味します。以上の状況は参入阻止ゲームです。

例(チェーンストアによる出店)
ある地域では1社のファーストフードチェーンだけが独占的に出店しているものとします。別のチェーンもその地域への参入を検討しています。出店には初期投資が必要です。既存企業は新規企業による意思決定を観察した上で、相手が参入してきた場合にはそれに「対抗する」か「対抗しない」かのどちらか一方を選択します。ただし、「対抗する」こととは割引クーポンを発行したり期間限定メニューを販売することを意味し、「対抗しない」こととはそれらの対抗策を実施しないことを意味します。以上の状況は参入阻止ゲームです。

例(オンラインフードデリバリーサービスへの参入)
ある地域では1社のオンラインフードデリバリーサービス会社が独占的にサービスを提供しているものとします。別の企業もその地域への参入しています。出店には初期投資が必要です。既存企業は新規企業による意思決定を観察した上で、相手が参入してきた場合にはそれに「対抗する」か「対抗しない」かのどちらか一方を選択します。ただし、「対抗する」こととは利用者向けの割引クーポンを発行したり配達人の報酬を引き上げることを意味し、「対抗しない」こととはそれらの対抗策を実施しないことを意味します。以上の状況は参入阻止ゲームです。

 

完備情報の動学ゲームとしての参入阻止ゲーム

参入阻止ゲームが想定する状況をゲーム理論の意味でのゲームと解釈します。2つの企業が事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に拘束力がない状況を想定するのであれば、参入ゲームは非協力ゲームとなります。また、新規企業が最初に意思決定を行い、その内容を観察した後に既存企業が意思決定を行う状況を想定しているため、参入ゲームは動学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールが両企業にとって共有知識であるならば、参入ゲームは完備情報の動学ゲームとして記述されます。

そこで、参入ゲームを以下のような展開型ゲーム\(\Gamma \)としてモデル化します。まず、ゲーム\(\Gamma \)のプレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、プレイヤー\(1\)は新規企業であり、プレイヤー\(2\)は既存企業です。ゲーム\(\Gamma \)のその他の要素は以下のゲームの木によって表現されます。

図:参入阻止ゲーム
図:参入阻止ゲーム

ただし、\(E\)は「参入する」という行動(enterの略)に、\(NE\)は「参入しない」という行動(notenter)に、\(AG\)は「対抗する」という行動(aggressiveの略)に、\(CO\)は「対抗しない」という行動(cooperativeの略)にそれぞれ対応します。また、新規企業の利得関数\(u_{1}:Z\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{1}\left( z_{3}\right) >u_{1}\left( z_{1}\right) >u_{1}\left( z_{2}\right)
\end{equation*}を満たし、既存企業の利得関数\(u_{2}:Z\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{2}\left( z_{1}\right) >u_{2}\left( z_{3}\right) >u_{2}\left( z_{2}\right)
\end{equation*}を満たします。

例(参入阻止ゲーム)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)は参入阻止ゲームとしての要件を満たします。

図:参入阻止ゲーム
図:参入阻止ゲーム

ただし、それぞれの頂点に記されている利得の組のうち、上の値は新規企業(プレイヤー\(1\))が得る利得であり、下の値は既存企業(プレイヤー\(2\))が得る利得です。

 

参入阻止ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡

参入阻止ゲームにおける新規企業(プレイヤー\(1\))の純粋戦略を特定するためには、新規企業が意思決定を行う情報集合\(\left\{x_{0}\right\} \)において選択する行動を指定する必要があります。つまり、新規企業の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=A\left( \left\{ x_{0}\right\} \right) =\left\{ E,NE\right\}
\end{equation*}です。一方、既存企業(プレイヤー\(2\))が意思決定を行う情報集合は\(\left\{ x_{1}\right\} \)だけであるため、既存企業の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{2}=A\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) =\left\{ AG,CO\right\}
\end{equation*}です。

参入阻止ゲームには純粋戦略ナッシュ均衡が存在します。具体的には以下の通りです。

命題(参入阻止ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:参入阻止ゲーム
図:参入阻止ゲーム

ただし、プレイヤーの利得関数\(u_{i}:Z\rightarrow \mathbb{R} \ \left( i=1,2\right) \)は以下の条件\begin{eqnarray*}u_{1}\left( z_{3}\right) &>&u_{1}\left( z_{1}\right) >u_{1}\left(
z_{2}\right) \\
u_{2}\left( z_{1}\right) &>&u_{2}\left( z_{3}\right) >u_{2}\left(
z_{2}\right)
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、それは、\begin{eqnarray*}&&\left( NE,AG\right) \\
&&\left( E,CO\right)
\end{eqnarray*}の2つである。

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参入阻止ゲームにおける信憑性のない脅し

参入阻止ゲームにおいてプレイヤーたちが純粋戦略を採用する状況を想定する場合、ゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在することが明らかになりました。まずは、以下の純粋戦略ナッシュ均衡\begin{equation*}
\left( E,CO\right)
\end{equation*}について考えます。ナッシュ均衡は最適反応からなる組であるため、これは、既存企業が対抗してこないことを前提とした場合には新規企業にとって参入が最適反応であり、同時に、新規企業が参入してくることを前提とした場合には既存企業にとって対抗しないことが最適反応であることを意味します。

純粋戦略の組\(\left( E,CO\right) \)はナッシュ均衡の定義を形式的に満たしているだけではなく、実態としても、これは真実味のある均衡です。このナッシュ均衡が想定している状況とは、既存企業が新規企業に対して「参入してきても対抗はしないよ」と宣言し、新規企業がその宣言を真に受けて「参入する」というものです。実際、新規企業は、自身が参入する場合に相手が対抗してこないことを確信できます。なぜなら、そうすることが既存企業にとっても最善の選択だからです。同じことをテクニカルに表現すると、ナッシュ均衡\(\left( E,CO\right) \)の部分ゲーム\(\Gamma\left( x_{1}\right) \)への制限は、\begin{equation*}\left( CO\right)
\end{equation*}であり、これは部分ゲーム\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)における純粋戦略ナッシュ均衡であるため、新規企業は既存企業の宣言を真に受ける根拠があり、したがって、\(\left( E,CO\right) \)は実態としても真実味のある均衡です。

続いて、もう一方の純粋戦略ナッシュ均衡\begin{equation*}
\left( NE,AG\right)
\end{equation*}について考えます。ナッシュ均衡は最適反応からなる組であるため、これは、既存企業が対抗してくることを前提とした場合には新規企業にとって参入しないことが最適反応であり、同時に、新規企業が参入してこないことを前提とした場合には既存企業にとって対抗することが最適反応であることを意味します。

純粋戦略の組\(\left( NE,AG\right) \)はナッシュ均衡の定義を形式的に満たしている一方で、実態としては、これは真実味のない均衡です。このナッシュ均衡が想定している状況とは、既存企業が新規企業に対して「参入してくるなら対抗するぞ」と脅しをかけ、新規企業がその脅しを真に受けて「参入しない」というものです。ただ、新規企業は、相手のそのような脅しを真に受ける合理的な理由はありません。なぜなら、新規企業が実際に参入する場合には既存企業にとって対抗しないことが最適反応であるため、その場合に既存企業が対抗してくるはずがないからです。同じことをテクニカルに表現すると、ナッシュ均衡\(\left( NE,AG\right) \)の部分ゲーム\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)への制限は、\begin{equation*}\left( AG\right)
\end{equation*}であり、これは部分ゲーム\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)における純粋戦略ナッシュ均衡ではないため、新規企業は既存企業の脅しを真に受ける根拠がなく、したがって、\(\left( NE,AG\right) \)は実態としても真実味のない均衡です。このような意味において、既存企業による「相手が参入してくる場合には対抗する」という純粋戦略は信憑性のない脅し(non-credible threat)やから脅し(empty threat)と呼ばれます。

信憑性のない脅しであるような純粋戦略は非現実的であるため、信憑性のない脅しを均衡戦略として含む均衡もまた非現実的です。ただ、先の例が示唆するように、展開型ゲームにおける均衡概念として純粋戦略ナッシュ均衡を採用する限りにおいて、信憑性のない脅しを排除できるとは限りません。純粋戦略ナッシュ均衡はなぜ信憑性のない脅しを排除できないのでしょうか。

純粋戦略ナッシュ均衡は戦略型ゲーム\(G\left(\Gamma \right) \)における最適反応からなる組であるため、信憑性のない脅しである\(AG\)を均衡戦略として持つ均衡\begin{equation*}\left( NE,AG\right)
\end{equation*}を排除するためには、\(G\left( \Gamma \right) \)において\(AG\)が最適反応になり得る事態を排除する必要があります。しかし、それは不可能です。実際、新規企業が\(NE\)を選ぶことを前提とした場合、ゲームは頂点\(z_{1}\)へ到達して既存企業の利得が\(u_{2}\left(z_{1}\right) \)になることが確定し、ゲームは情報集合\(\left\{ x_{1}\right\} \)へは到達しません。到達し得ない情報集合\(\left\{ x_{1}\right\} \)において既存企業がどちらの戦略を選ぼうが意味はなく、どちらを選んだ場合でも利得は\(u_{2}\left( z_{1}\right) \)であるため、結局、既存企業による\(AG\)と\(CO\)の双方が相手の\(NE\)に対する最適反応になります。その結果、信憑性のない脅しである\(AG\)もまた必然的に\(NE\)に対する最適反応になってしまいます。信憑性のない脅しを排除するためには、均衡概念として部分ゲーム完全均衡を採用する必要があります。

 

参入阻止ゲームの純粋戦略部分ゲーム完全均衡

参入ゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\begin{eqnarray*}
&&\left( NE,AG\right) \\
&&\left( E,CO\right)
\end{eqnarray*}が存在することが明らかになりました。ただ、\(\left( NE,AG\right) \)は信憑性のない脅しに相当する純粋戦略\(AG\)を含むため非現実的です。均衡概念として純粋戦略部分ゲーム完全均衡を採用した場合、非現実的な\(\left( NE,AG\right) \)は均衡にならず、\(\left(E,CO\right) \)だけが均衡になります。

命題(参入阻止ゲームの純粋戦略部分ゲーム完全均衡)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:参入阻止ゲーム
図:参入阻止ゲーム

ただし、プレイヤーの利得関数\(u_{i}:Z\rightarrow \mathbb{R} \ \left( i=1,2\right) \)は以下の条件\begin{eqnarray*}u_{1}\left( z_{3}\right) &>&u_{1}\left( z_{1}\right) >u_{1}\left(
z_{2}\right) \\
u_{2}\left( z_{1}\right) &>&u_{2}\left( z_{3}\right) >u_{2}\left(
z_{2}\right)
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在し、それは、\begin{equation*}\left( E,CO\right)
\end{equation*}である。

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同時参入ゲームにおける純粋戦略部分ゲーム完全均衡は、\begin{equation*}
\left( E,CO\right)
\end{equation*}であることが明らかになりました。この場合の均衡経路は\(x_{0}\rightarrow x_{1}\rightarrow z_{3}\)であるため、均衡結果において両者が得る利得は、\begin{eqnarray*}&&u_{1}\left( z_{3}\right) \\
&&u_{2}\left( z_{3}\right)
\end{eqnarray*}となります。

展開型ゲームの均衡概念として純粋戦略部分ゲーム完全均衡を採用した場合、なぜ信憑性のない脅しを含む均衡を排除できるのでしょうか。先の展開型ゲーム\(\Gamma \)において既存企業の純粋戦略\(AG\)が信憑性のない脅しであることとは、部分ゲーム\(\Gamma\left( x_{1}\right) \)において\(\left( AG\right) \)が純粋戦略ナッシュ均衡ではないことを意味します。実際、\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)において既存企業は\(AG\)よりも\(CO\)を選んだ方がよく、であるからこそ既存企業が\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)において\(AG\)を選ぶという脅しには信憑性がありません。ただ、純粋戦略部分ゲーム完全均衡は任意の部分ゲームにおいて純粋戦略ナッシュ均衡を導くため、部分ゲーム\(\Gamma \left(x_{1}\right) \)に対しても純粋戦略ナッシュ均衡を導きます。したがって、\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)において純粋戦略ナッシュ均衡戦略ではない信憑性のない脅し\(AG\)は純粋戦略部分ゲーム完全均衡の均衡戦略にはなり得ず排除されます。

 

参入阻止ゲームにおけるコミットメント

参入阻止ゲームにおける純粋戦略部分ゲーム完全均衡は、\begin{equation*}
\left( E,CO\right)
\end{equation*}であるため、この場合の均衡経路は\(x_{0}\rightarrow x_{1}\rightarrow z_{3}\)であり、均衡において既存企業が得る利得は、\begin{equation*}u_{2}\left( z_{3}\right)
\end{equation*}です。一方、信憑性のない脅しである\(AG\)を均衡戦略として含む純粋戦略部分ゲーム完全均衡は、\begin{equation*}\left( NE,AG\right)
\end{equation*}であるため、この場合の均衡経路は\(x_{0}\rightarrow z_{1}\)となり、均衡において既存企業が得る利得は、\begin{equation*}u_{2}\left( z_{1}\right)
\end{equation*}です。仮定より、\begin{equation*}
u_{2}\left( z_{1}\right) >u_{2}\left( z_{3}\right)
\end{equation*}であるため、既存企業にとっては\(\left( NE,AG\right) \)は\(\left( E,CO\right) \)よりも望ましい均衡ですが、既存企業による「相手が参入してくる場合には対抗する(\(AG\))」という純粋戦略は信憑性のない脅しであり、したがって新規企業はそのような脅しを真に受ける合理的な理由はありません。つまり、信憑性のない脅しは参入阻止効果を持たないため、新規企業は市場へ参入してきます。その結果、既存企業にとって最善の均衡である\(\left( NE,AG\right) \)は実現せず、次善の均衡である\(\left( E,CO\right) \)が実現します。

既存企業が自身にとって望ましい結果を実現するためには、「参入してくる場合には対抗するぞ(\(AG\))」という純粋戦略に説得力を持たせる必要があります。つまり、信憑性のない脅しを信憑性のある脅し(credible threat)へ転化する必要があるということです。「参入してくる場合には対抗するぞ」という脅しを相手が真に受けるに足るだけの合理的な根拠を与えることに成功すれば、新規企業は参入をためらい、その結果、既存企業は独占を維持できます。では、そのようなことは可能なのでしょうか。それを可能にし得る手段の1つがコミットメント(commitment)です。

一般に、コミットメントとは、「固い決意や責任に裏付けられた約束」に相当する概念ですが、ゲーム理論において「コミットメント」と言うとき、それは単なる約束の意味に留まりません。

プレイヤーが特定の行動を選択することを他のプレイヤーに信じさせようとしている状況を想定します。多くの場合、単なる口約束では、相手はその約束を信じてくれません。そこで、プレイヤーは何らかの形で自身の選択肢を意図的に狭めることにより、約束以外の行動を選択できない状況や、もしくは約束を破った場合に自身がより不利になる状況を意図的に作り出し、約束に信憑性を持たせようとします。この場合、プレイヤーは約束した行動にコミットしている(committed)と言います。

信憑性のない脅しであるような戦略は、そのままでは相手に信じてもらえません。そこで、自身の選択肢をあえて狭めることによりその戦略にコミットすることでゲームの利得構造を変化させ、信憑性のない脅しを信憑性のある脅しへ転化することに成功すれば、結果として、自身にとってより望ましい結果を導くことができます。したがって、どのような形で自身を約束にコミットするかが重要になります。このような問題をコミットメント問題(commitment problems)と呼びます。また、コミットメントを実現するためにプレイヤーが採用する仕組みや工夫をコミットメントデバイス(commitment device)と呼びます。

参入阻止ゲームに話を戻します。以下の展開型ゲーム\(\Gamma \)として表現されるゲームについて考えます。

図:参入阻止ゲーム
図:参入阻止ゲーム

以下の条件\begin{eqnarray*}
u_{1}\left( z_{3}\right) &>&u_{1}\left( z_{1}\right) >u_{1}\left(
z_{2}\right) \\
u_{2}\left( z_{1}\right) &>&u_{2}\left( z_{3}\right) >u_{2}\left(
z_{2}\right)
\end{eqnarray*}が成立しているため、これは参入阻止ゲームです。したがって、以下の純粋戦略の組\begin{eqnarray*}
&&\left( NE,AG\right) \\
&&\left( E,CO\right)
\end{eqnarray*}はともに\(\Gamma \)における純粋戦略ナッシュ均衡です。既存企業にとって\(\left( E,CO\right) \)よりも\(\left(NE,AG\right) \)のほうが望ましい均衡ですが、「対抗する(\(AG\))」は信憑性のない脅しであるため参入阻止効果を持たず、新規企業は市場へ参入してきます。したがって、このままでは\(\left( E,CO\right) \)ではなく\(\left( NE,AG\right) \)が実現してしまいます。\(\left( NE,AG\right) \)を実現させるためには、信憑性のない脅しである\(AG\)を信憑性のある脅しへ転化する必要があります。つまり、部分ゲーム\(\Gamma\left( x_{1}\right) \)における純粋戦略ナッシュ均衡が、\begin{equation*}\left( AG\right)
\end{equation*}になるように利得構造を変更し、そのことを新規企業に認識させる必要があります。

そこで、既存企業は以下の形で「対抗する(\(AG\))」にコミットします。新規企業が市場への参入を検討していることを察知した既存企業は、参入してきてもチャンスがないことを相手に知らしめるために対抗措置として生産設備を増強し、その旨を公表します。投資費用は回収不可能です。さて、新規企業が参入してくる場合、既存企業にとって、増強した生産設備は相手と戦う上で有用です。一方、相手が参入してこない場合や、相手が参入してきても対抗しない場合には、増強した生産設備は遊休化してしまうため、投資費用はそのまま損失になってしまいます。したがって、投資費用が\(3\)である場合、ゲーム\(\Gamma \)は以下の形へ改変されます。

図:展開型ゲーム
図:展開型ゲーム

つまり、既存企業の利得関数が、\begin{equation*}
u_{2}\left( z_{1}\right) >u_{2}\left( z_{2}\right) >u_{2}\left( z_{3}\right)
\end{equation*}を満たす形へとゲームが改変されるということです。

投資費用は回収不可能であるため、既存企業は退路を断っており、したがって新規企業もまたゲーム\(\Gamma \)が上の形へ変化したことを認識します。新たなゲームの部分ゲーム\(\Gamma \left( x_{1}\right) \)における純粋戦略ナッシュ均衡は、\begin{equation*}\left( AG\right)
\end{equation*}であるため、既存企業は「生産設備の増強」というコミットメントデバイスを通じて\(AG\)にコミットすることにより、信憑性のない脅しを信憑性のある脅しへ転化することに成功します。新たなゲームにおける純粋戦略部分ゲーム完全均衡は、\begin{equation*}\left( NE,AG\right)
\end{equation*}であるため、既存企業はコミットメントを通じて自身にとって最も望ましい結果を実現することに成功します。

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