硬貨合わせゲーム
2人が同じ硬貨を1枚ずつ持ち寄り、以下のようなゲームを行います。2人のプレイヤーをそれぞれ\(1,2\)と呼びます。2人はそれぞれ硬貨の表と裏のどちらか一方を選び、相手に見せないようにしながら選んだ面を上にして硬貨を同時に置きます。2枚の硬貨の面が揃っている場合にはプレイヤー\(1\)の勝ちとし、プレイヤー\(2\)は相手に自分の硬貨を渡します。2枚の硬貨の面が揃っていない場合にはプレイヤー\(2\)の勝ちとし、プレイヤー\(1\)は相手に自分の硬貨を渡します。これを硬貨合わせゲーム(matching pennies)と呼びます。
完備情報の静学ゲームとしての硬貨合わせゲーム
硬貨合わせゲームが想定する状況を2人をプレイヤーとするゲームと解釈します。2人が事前に相談し、どちらの面を選ぶか合意した場合でも、その合意には拘束力がないため、硬貨合わせゲームは非協力ゲームです。さらに、2人は硬貨を相手に見せないようにしながら同時に置く状況を想定しているため、硬貨合わせゲームは静学ゲームです。さらにゲームのルールが2人にとって共有知識であることを仮定するのであれば、硬貨合わせゲームを完備情報の静学ゲームとして記述することができます。
そこで、硬貨合わせゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{i}=\left\{ H,T\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(H\)は表(Head)、\(T\)は裏(Tail)にそれぞれ対応します。ゲームの結果は以下の行列として整理されます。
$$\begin{array}{ccc}\hline
1\backslash 2 & H & T \\ \hline
H & 1が勝ち(2が負け)
& 2が勝ち(1が負け) \\
\hline
T & 2が勝ち(1が負け)
& 1が勝ち(2が負け) \\
\hline
\end{array}$$
利得関数として様々な可能性がありますが、典型的なものは「自身が得る硬貨の枚数と利得を同一視する」というものです。このような状況は以下の利得行列として表されます。
$$\begin{array}{ccc}\hline
1\backslash 2 & H & T \\ \hline
H & 1,-1 & -1,1 \\ \hline
T & -1,1 & 1,-1 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{ccc}\hline
1\backslash 2 & H & T \\ \hline
H & 500,-500 & -500,500 \\ \hline
T & -500,500 & 500,-500 \\ \hline
\end{array}$$
となります。これもまた硬貨合わせゲームです。
コイン合わせゲームのナッシュ均衡
コイン合わせゲームには純粋戦略の範囲でナッシュ均衡は存在しません。実際、以下の利得行列においてそれぞれのプレイヤーが最適反応を選択した場合に得られる利得に印\(\ast \)をつけていますが、利得行列から明らかであるように、最適反応の組であるような純粋戦略の組は存在しないからです。
$$\begin{array}{ccc}\hline
1\backslash 2 & H & T \\ \hline
H & 1^{\ast },-1 & -1,1^{\ast } \\ \hline
T & -1,1^{\ast } & 1^{\ast },-1 \\ \hline
\end{array}$$
コイン合わせゲームは有限ゲームであるため、ナッシュの定理より、混合戦略の範囲でナッシュ均衡が存在することが保証されます。実際、2人のプレイヤーがともに表と裏を等しい確率で選ぶことが混合戦略ナッシュ均衡になります。しかも、それ以外に混合戦略ナッシュ均衡は存在しません。
$$\begin{array}{ccc}\hline
1\backslash 2 & H & T \\ \hline
H & 1,-1 & -1,1 \\ \hline
T & -1,1 & 1,-1 \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)の混合拡張\(G^{\ast }\)において、2人のプレイヤーがともに\(H,T\)を等確率で選ぶことが広義の混合戦略ナッシュ均衡である。しかも、それ以外に広義の混合戦略ナッシュ均衡は存在しない。
現実のプレイヤーの振る舞い
硬貨合わせゲームにおいて、2人のプレイヤーがともに表と裏を等しい確率で選ぶことが混合戦略ナッシュ均衡になることが明らかになりました。つまり、双方にとって、相手が表と裏を等しい確率で選ぶ限りにおいて、自分もまた表と裏を等しい確率で選ぶことが最適であり、そこから逸脱する動機を持たないということです。加えて、これは硬貨合わせゲームにおける唯一のナッシュ均衡です。2人が均衡にしたがう場合、\(\frac{1}{2}\)の確率でプレイヤー\(1\)が勝ち、\(\frac{1}{2}\)の確率でプレイヤー\(2\)が勝つため、均衡においてそれぞれのプレイヤーが直面する期待利得は、\begin{equation*}1\cdot \frac{1}{2}+\left( -1\right) \cdot \frac{1}{2}=0
\end{equation*}となります。
ただ、現実のプレイヤーは、表と裏を完全に等しい確率で選ぶことができるとは限りません。例えば、硬貨合わせゲームを繰り返しプレーする状況を想定したとき、プレイヤーは毎回、表と裏を等しい確率で選んでいると思っていても、何らかの理由により、実際の確率には偏りが出てしまう場合があります。対戦相手によるプレーの偏りを察知できるのであれば、もしくは何らかの方法を通じて相手が偏ったプレーをするよう誘導できるのであれば、それに対する最適な戦略は「表と裏を等しい確率で選ぶ」とは異なるものになります。実際、プレイヤー\(2\)の混合戦略を、\begin{equation*}\sigma _{2}=(\sigma _{2}\left( H\right) ,\sigma _{2}\left( T\right)
,)=(\sigma _{2},1-\sigma _{2})
\end{equation*}で表記する場合、それに対するプレイヤー\(1\)の最適反応対応\(b_{1}:\left[ 0,1\right] \rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}b_{1}\left( \sigma _{2}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
0 & \left( if\ 0\leq \sigma _{2}<\frac{1}{2}\right) \\
\left[ 0,1\right] & \left( if\ \sigma _{2}=\frac{1}{2}\right) \\
1 & \left( if\ \frac{1}{2}<\sigma _{2}\leq 1\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を満たすため(演習問題)、プレイヤー\(2\)が裏を少しでも多く出す傾向があればプレイヤー\(1\)は確実に裏を出すことが最適であり、逆に、プレイヤー\(2\)が表を少しでも多く出す傾向があればプレイヤー\(1\)は確実に表を出すことが最適です。プレイヤー\(2\)の立場からも同様の議論が成り立ちます。ギャンブルの達人は以上のような「相手の偏り」を上手く利用しているということです。
演習問題
,)=(\sigma _{2},1-\sigma _{2})
\end{equation*}で表記する場合、それに対するプレイヤー\(1\)の最適反応対応\(b_{1}:\left[ 0,1\right] \rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}b_{1}\left( \sigma _{2}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
0 & \left( if\ 0\leq \sigma _{2}<\frac{1}{2}\right) \\
\left[ 0,1\right] & \left( if\ \sigma _{2}=\frac{1}{2}\right) \\
1 & \left( if\ \frac{1}{2}<\sigma _{2}\leq 1\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}であることを示してください。また、プレイヤー\(1\)の混合戦略を、\begin{equation*}\sigma _{1}=\left( \sigma _{1}\left( H\right) ,\sigma _{1}\left( T\right)
\right) =\left( \sigma _{1},1-\sigma _{1}\right)
\end{equation*}で表記する場合、それに対するプレイヤー\(2\)の最適反応対応\(b_{2}:\left[ 0,1\right] \rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}b_{2}\left( \sigma _{1}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
1 & \left( if\ 0\leq \sigma _{1}<\frac{1}{2}\right) \\
\left[ 0,1\right] & \left( if\ \sigma _{1}=\frac{1}{2}\right) \\
0 & \left( if\ \frac{1}{2}<\sigma _{1}\leq 1\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}であることを示してください。
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