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ゲーム理論におけるゲームの具体例

「核の傘」のゲーム理論的分析:MADからカウンターフォースまで

核の傘の非合理性

核抑止論における核の傘(nuclear umbrella)、すなわち拡大抑止(extended deterrence)という概念に関連して、多くの人が抱くであろう違和感があります。

「核保有国は、同盟国への攻撃に対して本当に報復するのか。自国の都市が核の炎に包まれるリスクを冒してまで、同盟国を守るはずはないのでは。」

国家の本質が自国の生存と国益の最大化であるならば、同盟国を救うために自国の数千万人の命を危険にさらし、国家存亡の淵に立たされるという選択肢は非合理と思われます。かつてフランスのド・ゴール大統領が「パリのためにニューヨークを犠牲にできるか」と米国に突き付けた問いは、今もなお、核の傘の急所を突いています。

ゲーム理論の世界では、自分が実行するつもりのない行動を相手に提示することを信憑性のない脅し(non-credible threat)やから脅し(empty threat)などと呼びます。核保有国\(A\)が敵国\(E\)に対し、「同盟国\(B\)に手を出したら核で報復する」と宣言した状況を想定します。いざ敵国\(E\)が同盟国\(B\)に攻撃を仕掛けた際、\(A\)国にとって「報復」を選べば再報復により自国も壊滅し、「静観」を選べば(同盟国を失うものの)自国の破滅は免れるという利得構造であるならば、\(A\)国の最適な選択は「静観」になります。したがって、この場合、\(A\)国による「報復する」という宣言は信憑性のない脅しです。敵国\(E\)が合理的であれば、\(A\)国による「報告する」という宣言が実行されないことを見抜き、躊躇なく\(B\)国を攻撃します。つまり、同盟国のために自国を犠牲にするはずがないという私たちの直感は、ゲーム理論の予測と一致します。

では、なぜ核の傘という制度は半世紀以上にわたり国際秩序の根幹に居座り続けているのでしょうか。この一見破綻しているように見える論理を維持するために、なぜ大国は膨大な知力と予算を注ぎ込んできたのでしょうか。本来、信憑性のない脅しであり実行されるはずのない報復を、実行される可能性のある選択肢に偽装するために、どのようなロジックが作られてきたのでしょうか。本稿では、核の傘という非合理的な装置を維持するために考案されてきた理論を、ゲーム理論のモデルを用いて分析します。

 

分析の枠組み

核の傘をめぐる状況は、核保有国である\(A\)国、同盟国である\(B\)国、そして敵対国である\(E\)国の3者間で行われる相互作用です。

敵対国\(E\)が同盟国\(B\)に侵攻しようとする際、核保有国\(A\)が敵対国\(E\)に対して報復の脅しをかけることで侵攻を思いとどまらせようとします。本稿では、この状況を「\(E\)国が攻撃を仕掛けるかどうか」と「\(A\)国が報復するかどうか」という2主体間の意思決定プロセスとしてモデル化します。

現実の外交は複雑ですが、問題の本質を峻別するために以下を想定します。

国際社会には世界政府は存在しないため、国家間には拘束的合意が成立しません。したがって、問題としている戦略的状況は非協力ゲームです。

冷戦期以降、核保有国は自国の核戦力や同盟国を失った際のダメージなどを、演説や白書を通じてあえて公開してきました。抑止とは、相手にこちらの計算を理解させることを通じて実現するため、当事者どうしがパラメータを共有しているものとみなすことは抑止理論の出発点として妥当です。そこで、問題としている戦略的状況は完備情報ゲームであるものと仮定します。

さらに、問題としている戦略的状況は核保有国\(A\)と敵対国\(E\)が以下の順番で意思決定を行う動学ゲームであるものとみなします。

  1. 敵対国\(E\)は核保有国\(A\)の同盟国\(B\)を攻撃するか攻撃しないかのどちらか一方を選択する。
  2. \(A\)国は\(E\)国による意思決定を観察した上で、\(E\)国が\(B\)国を攻撃する場合には、それに対して報復するか静観するかのどちらか一方を選択する。一方、\(E\)国が\(B\)国を攻撃しない場合にはゲームが終了する。

以降では、プレイヤーたちの利得を決定するパラメータを定義します。

核保有国\(A\)にとっての同盟国\(B\)の戦略的価値を表すパラメータを、\begin{equation*}V\in \left( 0,+\infty \right)
\end{equation*}で表記します。これは、\(A\)国にとって、\(B\)国が自陣営に留まることから得られる利益を表します。具体的には、基地の設置、敵国に対する前方展開能力の確保、敵国との間の緩衝地帯など、軍事拠点としての価値が挙げられます。また、貿易相手としての経済的価値もあります。同盟国を見捨てないという国際的な名声の確保も重要です。なぜなら、これを失うと他の同盟国も離反してしまうからです。

敵国\(E\)にとっての\(B\)国戦略的価値を表すパラメータを、\begin{equation*}G\in \left( 0,+\infty \right)
\end{equation*}で表記します。これは、敵国\(E\)が\(A\)国の同盟国である\(B\)国を占領した際に手にする利益を表します。具体的には、土地や資源、戦略的に重要な港湾など領土と資源が挙げられます。また、自国の影響力を広げ、\(A\)国の包囲網を打破できるメリットもあります。ナショナリズムの高揚や体制維持など、国内向けの政治的成果としても重要です。

核保有国\(A\)が報復した際に敵国\(E\)が受ける損害を表すパラメータを、\begin{equation*}C_{E}\in \left( 0,+\infty \right)
\end{equation*}で表記します。これは、\(A\)国による核攻撃によって敵国\(E\)が被る物理的・社会的なダメージを表します。具体的には、都市機能や経済網、通信網の停止など社会インフラの崩壊が挙げられます。また、軍事基地や司令部、部隊など軍事力の壊滅も含まれます。そして何より、放射性物質による国土の不毛化があります。抑止が成立するためには、\(B\)国を攻撃することの損害が利益を上回ること、すなわち、\begin{equation*}G<C_{E}
\end{equation*}が成立していることを\(E\)国に認識させる必要があります。

核保有国\(A\)が敵国である\(E\)に対して報復した際に被る自己犠牲コストを表すパラメータを、\begin{equation*}C_{A}\in \left( 0,+\infty \right)
\end{equation*}で表記します。これは、報復が自国を危機にさらすリスクを表す指標です。具体的には、\(E\)国の残存戦力による反撃ダメージや、核を使用したことによるる国際社会からの孤立などが含まれます。

さらに、このモデルにおいて動的な役割を果たすのが、ダメージ・リミテーション係数\begin{equation*}
d\in \left[ 0,1\right] \end{equation*}です。これは、核保有国\(A\)が報復を決断した際に敵国\(E\)から受ける自己犠牲コスト\(C_{A}\)をどれだけ低減できるかを表すパラメータであり、\(A\)国が報復した際の実際のコストは、\begin{equation*}dC_{A}\in \lbrack 0,+\infty )
\end{equation*}として表現されます。つまり、\begin{equation*}
d=1
\end{equation*}であることは、敵の反撃能力を一切削ぐことができず、報復の代償として\(C_{A}\)をそのまま受け入れなければならないことを意味します。また、\begin{equation*}0<d<1
\end{equation*}であることは、何らかの手段により、敵の反撃が自国に到達する確率、あるいは到達した際の破壊規模が一定の割合で減衰することを意味します。さらに、\begin{equation*}
d=0
\end{equation*}であることは、敵の反撃を完全に無力化できることを意味します。

以上を踏まえた上で、問題としている戦略的状況を以下の展開型ゲームとして表現します。

図:展開型ゲーム
図:展開型ゲーム

それぞれの頂点に記された利得のうち、上の値は\(A\)国が得る利得であり、下の値は\(E\)国が得る利得です。数値の意味は以下の通りです。

\(E\)国が攻撃しない場合にはゲームが終わります。\(A\)国は同盟国\(B\)の価値\(V\)を失うことはなく、報復にともなうコストやリスク\(dC_{A}\)を支払う必要はありません。一方、\(E\)国は新たな領土や資源\(G\)を得られませんが、報復による被害\(C_{E}\)も受けません。そこで、この場合に\(A\)国が得る利得を\(V\)で表し、\(E\)国が得る利得を\(0\)で表します。

\(E\)国が\(B\)国を攻撃し、それに対して\(A\)国が報復した場合を想定します。\(A\)国は報復により敵の侵略を防ぎ、あるいは敵を壊滅させることで、同盟国\(B\)を含む自身の勢力圏\(V\)を死守します。しかし、報復という行動に出る以上、それにともなうリスク\(dC_{A}\)を支払う必要があるため、\(A\)国の利得は\(V-dC_{A}\)です。一方、\(E\)国は一旦は\(B\)国を手中に収めることができたとしても、直後に\(A\)国から核報復を受ければ侵略は無効化されるとともに損害\(C_{E}\)を被ります。したがって、この場合の\(E\)国の利得は\(-C_{E}\)です。

\(E\)国が\(B\)国を攻撃し、\(A\)国がそれを静観した場合を想定します。\(A\)国は報復にともなうコストやリスク\(dC_{A}\)を支払う必要はありませんが、同盟国\(B\)および国際的な信用\(V\)を失います。したがって、この場合の\(A\)国の利得は\(0\)です。一方、\(E\)国は報復されないため損害\(C_{E}\)を受けることなく\(B\)国を手中に収めて利得\(G\)を得ます。したがって、この場合の\(E\)国の利得は\(G\)です。

\(E\)国の純粋戦略を特定するためには、\(E\)国が意思決定を行う情報集合\(\left\{ x_{0}\right\} \)において選択する行動を特定する必要があります。つまり、\(E\)国の純粋戦略集合は、\begin{equation*}A_{E}=A\left( \left\{ x_{0}\right\} \right) =\left\{ \text{攻撃},\text{非攻撃}\right\}
\end{equation*}です。一方、\(A\)国の純粋戦略を特定するためには、\(A\)国が意思決定を行う情報集合\(\left\{x_{1}\right\} \)において行動を特定する必要があります。つまり、\(A\)国の純粋戦略集合は、\begin{equation*}A_{E}=A\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) =\left\{ \text{報復},\text{静観}\right\}
\end{equation*}です。

 

核独占期の覇権と論理

原子爆弾(atomic bomb)の開発は1942年から米国で始まったマンハッタン計画(Manhattan Project)で進められ、1945年に実験が成功します。この時点において、米国は唯一の核保有国でした。

第2次世界大戦後の荒廃した西欧諸国には、ソ連の圧倒的な地上軍に対抗する通常兵力を準備する経済的余裕はありませんでした。もし米国が西欧諸国を見捨てれば資本主義の拠点は共産圏に飲み込まれ、米国の生存権そのものが脅かされます。同盟国がもたらす価値の維持こそが、米国を核の傘という理論へと駆り立てた最大の動機でした。

このような背景の中、1953年に就任したアイゼンハワー大統領(Dwight David Eisenhower)は国防費の削減と同盟の維持を両立させるため、核兵器による報復能力を背景に敵を威嚇・抑止するニュールック戦略(New Look Strategy)を打ち出しました。アイゼンハワーは核兵器をタブーではなく、実戦で使用可能な選択肢と位置付けたということです。これを受け、ダレス国務長官(John Foster Dulles)は1954年、同盟国の防衛のために核戦力を活用することを公式に宣言しました。これが核の傘(拡大抑止)の始まりです。

核独占期における最大の特徴は、核保有国\(A\)(米国)が報復を選択しても、敵国\(E\)(ソ連)から核による再報復を受けるリスクがないという点にあります。つまり、\(A\)国が\(E\)国に対して報復した際に被る自己犠牲コスト\(C_{A}\)が極めて低いということです。そこで、\begin{equation*}C_{A}=0
\end{equation*}とみなすと、先の展開型ゲームは以下のようになります。

図:核独占期
図:核独占期

ただし、\(A\)国の利得に関しては、\begin{equation*}0<V
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、同盟国を見捨てる(\(0\))くらいなら、コストのかからない報復をして守る(\(V\))方が得です。一方、\(E\)国の利得に関しては、\begin{equation*}-C_{E}<0<G
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、無傷で\(B\)国を奪える(\(G\))ならば最高ですが、核で報復されるリスク(\(-C_{E}\))があるため、何もしない(\(0\))ほうがマシです。

このゲームには純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。具体的には以下の通りです。

命題(核独占期の部分ゲーム完全均衡)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:核独占期
図:核独占期

ただし、\(V,G,C_{E}\in \mathbb{R} \)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ 0<V \\
&&\left( b\right) \ -C_{E}<0<G
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在し、それは、\begin{eqnarray*}\left( s_{E},s_{A}\right) &=&\left( s_{E}\left( \left\{ x_{0}\right\}
\right) ,s_{A}\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) \right) \\
&=&\left( \text{非攻撃},\text{報復}\right)
\end{eqnarray*}である。したがって、均衡経路は「非攻撃」である。

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以上の結果から導き出される結論は、核独占期においては核の傘は単なる約束ではなく、鉄壁の防衛として機能していたということです。

核を独占している段階において米国は、自国を犠牲にしてまで同盟国を守るわけがないというジレンマに直面していません。なぜなら、ソ連は核兵器を保有しておらず報復コスト\(C_{A}\)がゼロに近い以上、米国にとって同盟国を守ることはノーリスクで自国の勢力圏を維持するという極めて合理的かつ低コストな戦略だからです。

ダレス国務長官が「場所を問わず、即座に核で報復する」と豪語できたのは、それがブラフではなく、米国にとって核を撃っても自国は痛くはないという数学的裏付けがあったからです。これがいわゆる大量報復戦略(massive retaliation)の黄金時代です。

同盟国側もまた、米国が直面している利得構造を見抜いていました。ゆえに、自国で核を持つリスクを冒すよりも、米国の傘の下に留まることが安価で安全な選択でした。

しかし、この均衡は1949年のソ連による核実験の成功、そして1957年のスプートニク・ショックによって崩れ始めます。

 

相互確証破壊(MAD)の衝撃

1949年、ソ連もまた核実験を成功させます。さらに1957年、ソ連による世界初の人工衛星スプートニク1号(Sputnik 1)の打ち上げ成功は西側に戦慄を与えました。これは、ソ連が米国本土を攻撃可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM: Intercontinental Ballistic Missile)技術を手にしたことを意味したからです。

これまでの大量報復戦略は、米国だけが核を利用できるという前提(\(C_{A}=0\))に立脚していました。しかし、ソ連が報復核攻撃を生き延び、その上で米国本土へ核を撃ち返す能力を持ったことで、世界は相互確証破壊(MAD: Mutual Assured Destruction)の時代へと突入します。核保有国どうしの軍事衝突がエスカレートして一方が核兵器を使用した場合、攻撃を受けた側に核戦力が残っていれば、核による報復を行います。このような戦略をMADと呼びます。

MADとは、単に双方が核兵器を持っている状態を指すのではありません。もし一方が先制攻撃によって相手の核をすべて破壊できるなら、核戦争には勝者が生まれます。しかし、ICBMや潜水艦、ミサイルを格納する堅牢なサイロの登場により、たとえ核による先制攻撃を受けても、生き残った核兵器で相手を壊滅させる能力を双方が保有するようになりました。MADの成立です。

MADのもとでは、核の標的は軍事基地ではなく、敵の主要都市に据えられます。MADが遂行される結果、両国において無数の人々が命を失い、主要都市が壊滅するとともに放射性物質で汚染されるため、両国の文明そのものが消滅してしまいます。つまり、MADのもとでは、両国がお互いの国民を人質として差し出し合っています。合理的な指導者であれば、攻撃を選択した瞬間に自国の破滅が確定することを理解するため、攻撃を思いとどまります。

MADが成立した世界では、先のモデルは以下のように修正されます。

まず、\(A\)国が報復を選んだ瞬間、自国の都市が核攻撃を受けることが確定するため、報復した際に被る自己犠牲コスト\(C_{A}\)が極めて大きくなります。加えて、当時はミサイルの迎撃技術や先制攻撃の精度も低く、敵の反撃を軽減する手段がないため、ダメージ・リミテーション係数\(d\)が大きく評価されます。そこで、\begin{equation*}d=1
\end{equation*}とみなします。すると、先の展開型ゲームは以下のようになります。

図:MAD期
図:MAD期

ただし、\(A\)国の利得に関しては、\begin{equation*}V-C_{A}<0<V
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、現状維持(\(V\))が最善であり、同盟国を守る対価として自国も壊滅する(\(V-C_{A}\))ことが最悪です。一方、\(E\)国の利得に関しては、先と同様に、\begin{equation*}-C_{E}<0<G
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、無傷で\(B\)国を奪える(\(G\))ならば最高ですが、核で報復されるリスク(\(-C_{E}\))があるため、何もしない(\(0\))ほうがマシです。

このゲームには純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。具体的には以下の通りです。

命題(MAD期の部分ゲーム完全均衡)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:MAD期
図:MAD期

ただし、\(V,G,C_{E}\in \mathbb{R} \)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ V-C_{A}<0<V \\
&&\left( b\right) \ -C_{E}<0<G
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在し、それは、\begin{eqnarray*}\left( s_{E},s_{A}\right) &=&\left( s_{E}\left( \left\{ x_{0}\right\}
\right) ,s_{A}\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) \right) \\
&=&\left( \text{攻撃},\text{静観}\right)
\end{eqnarray*}である。したがって、均衡経路は「攻撃\(\rightarrow \)静観」である。

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以上の分析結果は、核抑止論における逆説を示しています。

MADは自分の命を守るために打ち返すという自国防衛(直接抑止)には極めて強力な根拠を与えます。しかし、他人のために自分の命を捨てるという核の傘(拡大抑止)において致命的な弱点となります。皮肉なことに、核が絶対的な破壊兵器になればなるほど、それは他国を助けるためには使えない兵器になりました。

この時期、西欧諸国が最も恐れたのは、米国の安全と同盟国の安全が切り離されるデカップリング(decoupling)でした。フランスのド・ゴール大統領は「パリのためにニューヨークを犠牲にできるか」と問いましたが、これまでの分析から明らかであるように、ゲーム理論は彼の質問に対して「No」と答えます。

次章では、この状況を打破するために考案されたカウンターフォース戦略について分析します。

 

カウンターフォースによる抑止の再構築

1960年代、ケネディ(John Fitzgerald Kennedy)政権下において、マクナマラ(Robert Strange McNamara)国務長官はMADのジレンマに直面していました。仮にソ連がヨーロッパに侵入した場合、米国が核を使えばソ連による報復で国が滅び、使わなければ同盟国を失う。このジレンマを打開するために提唱されたのがカウンターフォース戦略(counterforce strategy)すなわち対軍事力戦略です。MADのもとでは核の標的が敵の主要都市でしたが、マクナマラは方針を変更し、核攻撃の主要目標は、敵の核戦力や軍事施設をピンポイントで破壊・無力化することであると明言しました。

MADのもとで核の傘は信憑性を失いましたが、その理由は、同盟国のために敵国に報復した際のコストとリスク\(dC_{A}\)が限りなく大きいことでした。MADが成立している状況では、敵国による再報復により自国は壊滅的な被害を受けます。カウンターフォース戦略の本質は、報復にともなうコストとリスク\(dC_{A}\)を許容可能な範囲まで引き下げることにあります。

敵が再報復として核ミサイルを発射する前、あるいは発射直後にその大部分を破壊できれば、自国に降り注ぐ核弾頭の数が劇的に減少します。これにより、自国の被害\(dC_{A}\)を国家壊滅レベルから限定的な被害へと押し下げることができます。また、敵の都市を狙わなければ、敵もこちらの都市を狙わないというエスカレーション・コントロールも狙いでした。

1970年代以降にミサイルの命中精度が飛躍的に向上したことが、カウンターフォース攻撃を技術的に可能にしました。高性能な慣性センサーに加え、飛行中に星の位置を確認しながら軌道を修正する技術が導入され、ミサイルが自らの位置を正確に把握できるようになりました。こうした技術進歩を背景に、核攻撃の目標を都市だけでなく軍事施設へと柔軟に変更できる方針が打ち出されました。

カウンターフォースが成立した世界では、先のモデルは以下のように修正されます。

まず、核攻撃のターゲットが都市から軍事施設に限定されることで被害が限定的になり、報復した際に被る自己犠牲コスト\(C_{A}\)が、政治的に許容可能な範囲内に収まる可能性が生まれます。加えて、ミサイルの精密誘導技術により敵の報復能力を無力化できる確率が高まり、ダメージ・リミテーション係数\(d\)が小さくなります。その結果、両者の積である報復にともなうコストとリスク\(dC_{A}\)が圧縮されます。すると、先の展開型ゲームは以下のようになります。

図:カウンターフォース
図:カウンターフォース

ただし、\(A\)国の利得に関しては、\begin{equation*}0<V-dC_{A}<V
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、技術革新により\(dC_{A}\)が圧縮されるため、こちらが報復しても敵の反撃を最小限に抑え込むことができ、ゆえに同盟国を無抵抗で見捨てる(\(0\))ことよりも、同盟国を守り抜く(\(V-dC_{A}\))ほうが望ましくなります。一方、\(E\)国の利得に関しては、これまでと同様に、\begin{equation*}-C_{E}<0<G
\end{equation*}が成り立つものとします。つまり、無傷で\(B\)国を奪える(\(G\))ならば最高ですが、核で報復されるリスク(\(-C_{E}\))があるため、何もしない(\(0\))ほうがマシです。

このゲームには純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。具体的には以下の通りです。

命題(カウンターフォース期の部分ゲーム完全均衡)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:カウンターフォース
図:カウンターフォース

ただし、\(V,G,C_{E}\in \mathbb{R} \)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ 0<V-dC_{A}<V \\
&&\left( b\right) \ -C_{E}<0<G
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在し、それは、\begin{eqnarray*}\left( s_{E},s_{A}\right) &=&\left( s_{E}\left( \left\{ x_{0}\right\}
\right) ,s_{A}\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) \right) \\
&=&\left( \text{非攻撃},\text{報復}\right)
\end{eqnarray*}である。したがって、均衡経路は「非攻撃」である。

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MADのもとで核の傘は信憑性を失いました。しかし、以上の分析結果が示すように、カウンターフォース戦略を導入することにより、同盟国のために報復の引き金を引くという選択肢は信憑性のない脅しではなく、合理的な選択へと引き戻されました。

しかし、マクナマラはやがて、カウンターフォースからMADへと回帰していきます。現実の核戦力は静止したパズルではなく、相手がいるゲームだからです。米国がソ連の核戦力を正確に狙えるようになると、ソ連はミサイルを移動式にしたり、潜水艦に積んだりして狙わせない工夫をしました。米国がダメージ・リミテーション係数\(d\)を下げるために莫大な予算を投じても、敵が回避策を講じればすぐに\(1\)に戻ってしまいます。

また、仮に米国が敵の核戦力を完全に破壊できる能力(\(d=0\))を手に入れたとソ連が確信したら、ソ連はどのように動くでしょうか。「米国はリスクなしで我々の核戦力を破壊できるようになった。であるならば、米国が引き金を引く前に、こちらが先に撃つしかない。」本来、抑止は平和を守るためのものですが、カウンターフォースを突き詰めすぎると逆に相手に先制攻撃を急がせてしまうため、状況が不安定になります。

マクナマラが最終的にMADへと回帰していったという事実は重要な教訓を含んでいます。それは、ダメージ・リミテーション係数\(d\)の技術的なコントロールには限界があり、最終的には敵に与える恐怖\(C_{E}\)という根元的な暴力に頼らざるを得ないということです。また、どれほど命中精度を上げ、どれほど迎撃網を敷いても、核兵器がもたらす自己犠牲コスト\(dC_{A}\)の絶対的な大きさを消し去ることはできません。核の傘とは、本質的には、非合理的なことを合理的に見せかけるための詭弁なのかもしれません。

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