最後通牒ゲーム
ナッシュの要求ゲームと呼ばれる交渉問題を完備情報の静学ゲームとみなした上で戦略型ゲームとして表現し、純粋戦略ナッシュ均衡を求めました。簡単に復習します。
2人のプレイヤーが\(1\)ドルを分けようとしています。両者は同時に、自身の取り分となるべき金額を提示します。両者が提示する金額の和が\(1\)ドル以下であれば、両者はそれぞれ自身が提示した金額をそのまま受け取ることができます。一方、両者が提示する金額の和が\(1\)ドルを超えてしまった場合、交渉は決裂し、両者は何も得られません。以上の戦略的状況を戦略型ゲームとして定式化するとともに、以下のようなナッシュ均衡が存在することを示しました。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left[ 0,1\right] \end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)はそれぞれの\(\left( s_{1},s_{2}\right)\in S_{1}\times S_{2}\)に対して、\begin{equation*}u_{i}\left( s_{1},s_{2}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
s_{i} & \left( if\ s_{1}+s_{2}\leq 1\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるものとする。このゲーム\(G\)において、以下の純粋戦略の組\begin{equation*}\left( s_{1},s_{2}\right) =\left( 1,0\right) ,\left( 0,1\right) ,\left(
1,1\right)
\end{equation*}はいずれも広義の純粋戦略ナッシュ均衡である。加えて、\begin{equation*}
s_{1}+s_{2}=1
\end{equation*}を満たす\(\left( s_{1},s_{2}\right) \in S_{1}\times S_{2}\)の中でも\(\left( 1,0\right) \)および\(\left( 0,1\right) \)以外の組はいずれも狭義の純粋戦略ナッシュ均衡である。また、他に純粋戦略ナッシュ均衡は存在しない。
ナッシュの要求ゲームでは2人のプレイヤーが同時に自身の取り分となるべき金額を提示する状況を想定しています。では、最初に一方のプレイヤーが自身の取り分を提案し、それを受けて他方のプレイヤーが提案を受け入れるかどうかを決定する場合には何が起こるでしょうか。そのような状況においても均衡は存在するでしょうか。また、均衡が存在する場合、それはどのような性質を備えているでしょうか。
2人のプレイヤーが\(1\)ドルを分けようとしています。まずはプレイヤー\(1\)が配分を提案します。プレイヤー\(2\)が提案に同意する場合、その提案通りに\(1\)ドルを配分してゲームは終了します。プレイヤー\(2\)が提案に同意しない場合、交渉は決裂し、両者は何も得られません。
プレイヤー\(2\)にはプレイヤー\(1\)からの提案に同意するか否かの選択肢しか与えられておらず、別の提案を申し出ることはできません。このような意味において、以上のような動学的ナッシュの要求ゲームを最後通牒ゲーム(ultimatum game)や最終通告ゲームなどと呼びます。
完備情報の動学ゲームとしての最後通牒ゲーム
最後通牒ゲームが想定する状況をゲーム論の意味でのゲームと解釈します。2人のプレイヤーが事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に強制力がない状況を想定するのであれば、ナッシュの要求ゲームは非協力ゲームとなります。さらに、2人のプレイヤーが順番に行動する状況を想定しているため、最後通牒ゲームは動学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールがプレイヤーたちにとって共有知識であることを仮定するのであれば、最後通牒ゲームは完備情報の動学ゲームとして記述されます。
そこで、最後通牒ゲームを以下のような展開型ゲーム\(\Gamma \)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)はプレイヤー\(i\)を表します。ゲーム\(\Gamma \)のその他の要素は以下のゲームの木によって表現されます。
ただし、\(O_{1}\in \left[ 0,1\right] \)は「プレイヤー\(1\)が提案する自身の取り分」という行動に、\(A\)は「提案に同意する」という行動(agreeの頭文字)に、\(R\)は「提案に同意しない」という行動(rejectの頭文字)にそれぞれ対応します。また、プレイヤーが最終的に得る金額と利得を同一視しています。
最後通牒ゲームにおける部分ゲーム完全均衡
最後通牒ゲームにおけるプレイヤー\(1\)の純粋戦略を特定するためには、ゲームの初期点から構成される情報集合においてプレイヤー\(1\)が選択する行動\begin{equation*}O_{1}\in \left[ 0,1\right] \end{equation*}を指定する必要があります。つまり、プレイヤー\(1\)のそれぞれの純粋戦略は\(O_{1}\)の値として表現されます。
プレイヤー\(2\)の純粋戦略を特定するためには、プレイヤー\(1\)が提案した直後に到達するそれぞれの情報集合においてプレイヤー\(2\)が選択する行動を指定する必要があり、それは、プレイヤー\(1\)によるそれぞれの提案\(O_{1}\in \left[ 0,1\right] \)に対して、それに対する反応\(s_{2}\left( O_{1}\right) \in \left\{ A,R\right\} \)を特定する写像\begin{equation*}s_{2}:\left[ 0,1\right] \rightarrow \left\{ A,R\right\}
\end{equation*}として定式化されます。つまり、プレイヤー\(2\)のそれぞれの純粋戦略は以上のような写像\(s_{2}\)として表現されます。
最後通牒ゲームには以下のような純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。
このゲーム\(\Gamma \)には部分ゲーム完全均衡が1つだけ存在し、それは、「\(O_{1}=1\)」というプレイヤー\(1\)の純粋戦略と「自身が直面する任意の情報集合において\(A\)を選択する」というプレイヤー\(2\)の純粋戦略からなる組である。したがって、均衡経路は「プレイヤー\(1\)が\(O_{1}=1\)を選択し、続いてプレイヤー\(2\)が\(A\)を選択する」というものであり、均衡結果は\(\left( 1,0\right) \)である。
最後通牒の有効性
2人のプレイヤーが同時に意思決定を行うナッシュの要求ゲームには複数の純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、任意の\(p\in \left[ 0,1\right] \)に関する、\begin{equation*}\left( p,1-p\right)
\end{equation*}はいずれも純粋戦略ナッシュ均衡のもとで均衡結果になり得ます。ただ、ナッシュの要求ゲームにおける純粋戦略ナッシュ均衡はいずれも支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去の解ではなく、また、その中に利得支配ないしリスク支配する均衡は存在しないため、どの均衡結果が実現するかを予測するのは困難です。
一方、同様の状況において動学的な要素を入れて問題を最後通牒ゲームへと変換した場合には、\begin{equation*}
\left( 1,0\right)
\end{equation*}だけが部分ゲーム完全均衡のもとで均衡結果になり得ることが明らかになりました。つまり、ゲームに動学的な要素が加わると、配分の提案者であるプレイヤー\(1\)にとって望ましい均衡結果が実現することを理論的に予測できるようになります。最後通牒という手法は提案者側に有利な結果をもたらし得ることを以上の結果は示唆しています。
最後通牒ゲームの現実性
プレイヤーの目的が自身が得る利得の最大化であり、均衡概念として部分ゲーム完全均衡を採用する場合、最後通牒ゲームの均衡結果において配分の提案者が総取りすることが理論的に結論付けられることが明らかになりました。この結果は現実的でしょうか。被験者たちに最後通牒ゲームをプレーさせると、多くの場合、理論通りの結果にはなりません。被験者たちにゲーム理論の授業を受けさせて、部分ゲーム完全均衡などの諸概念を学ばせた後においてもなお、最後通牒ゲームの実験結果は理論通りにはなりません。なぜでしょうか。
現実の人々は、自身が得る利得だけを基準に意思決定を行っているわけではありません。自分が得る利得と他のプレイヤーが得る利得を比較する際に感じる不公平感や羨望、後ろめたさなど、ゲームの中に記述されていない要因もプレイヤーの意思決定を左右します。最後通牒ゲームにおいて配分の提案者が総取りする状況になった場合、他方のプレイヤーはゲームに記述された利得を得るだけでなく、相手に総取りされてしまうという不公平な状況に置かれることに起因した追加的な負の利得を得ます。配分の提案者は相手のそのような感情を織り込んだ上で意思決定を行うことになるため、全取りを提案して相手に断られる事態になることを恐れ、よりフェアな提案を行います。最後通牒ゲームの理論を現実に近づけるためには、「両者が得る利得の差」などの要素を明示的に組み込む形でプレイヤーたちの利得関数を定式化する必要があります。
演習問題
\left( 1,0\right)
\end{equation*}だけが均衡結果として起こり得ることが明らかになりました。一方、均衡概念として純粋戦略ナッシュ均衡を採用した場合には、任意の\(p\in \left[ 0,1\right] \)について、\begin{equation*}\left( p,1-p\right)
\end{equation*}が均衡結果として実現し得ることを示してください。また、そのような均衡の中には信憑性のない脅しを均衡戦略として含むものが存在することを解説してください。
プレミアム会員専用コンテンツです
【ログイン】【会員登録】