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完備情報ゲームと不完備情報ゲーム

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相互知識と共有知識

ゲームに参加するすべてのプレイヤーがある事実\(P\)を知っている場合には、その事実\(P\)はプレイヤーたちの相互知識(mutual knowledge)であると言います。

ゲームに参加するすべてのプレイヤーがある事実\(P\)を知っているものとしましょう。つまり、事実\(P\)はプレイヤーたちの相互知識です。さらに、すべてのプレイヤーが\(P\)を知っているという事実を\(P_{1}\)で表し、さらに、すべてのプレイヤーが事実\(P_{1}\)を知っているという事実を\(P_{2}\)で表します。事実\(P_{3},P_{4},\cdots \)についても同様に考えます。その上で、これら無限個の事実\(P_{1},P_{2},P_{3},P_{4},\cdots \)が成立する場合には、事実\(P\)はプレイヤーたちの共有知識(common knowledge)であると言います。

定義より、ある事実\(P\)がプレイヤーたちの共有知識であるならば、その事実\(P\)は同時にプレイヤーたちの相互知識です。しかし、その逆は成立するとは限りません。つまり、相互知識は共有知識であるとは限りません。以下にそのような相互知識の例を挙げます。

例(相互知識だが共有知識ではない事実)
赤い帽子をかぶった 2 人が向き合って立っています。2 人をそれぞれ\(A,B\)と呼びましょう。\(A,B\)はそれぞれ、相手の帽子は見えますが、自分の帽子は見えません。このとき、事実\(P\)を以下のように定義します。$$
P:\text{少なくとも 1 人は赤い帽子をかぶっている}
$$\(A\)は\(B\)の帽子が赤であることを確認できるため、\(A\)は事実\(P\)を知っています。同様に、\(B\)は\(A\)の帽子が赤であることを確認できるため、\(B\)も事実\(P\)を知っています。2 人とも事実\(P\)を知っているため、この事実\(P\)は 2 人の相互知識です。しかし、この事実\(P\)は 2 人の共有知識ではありません。そのことを以下で確認しましょう。

仮に事実\(P\)が 2 人の共有知識であるならば、「\(B\)が事実\(P\)を知っている」ということを\(A\)は知っているはずです。そしてそれは、$$\left( a\right) \ \text{「}B\text{の帽子が赤であることを}B\text{が知っている」ことを}A\text{は知っている} $$$$\left( b\right) \ \text{「}A\text{の帽子が赤であることを}B\text{が知っている」ことを}A\text{は知っている}$$の少なくとも一方が成り立つことを意味します。しかし、\(B\)が自身の帽子を見ることができないことを\(A\)は知っているため、\(\left( a\right) \)は成り立ちません。また、\(A\)は自身の帽子を見られないので、\(B\)が見ている\(A\)の帽子が赤であることを\(A\)は確認できません。したがって、\(\left( b\right) \)も成り立ちません。\(\left( a\right) \)と\(\left( b\right) \)がともに成り立たないことは、事実\(P\)が 2 人の共有知識であるという当初の仮定が誤りであることを意味するので、事実\(P\)は 2 人の共有知識ではありません。

 

完備情報ゲーム

戦略的相互依存関係に直面したそれぞれのプレイヤーは、自分が直面している状況を常に正確に把握できるとは限りません。例えば、複占市場において競争する 2 つの企業はそれぞれ、競争相手の生産コストを知っているとは限らず、知っている場合とそうでない場合とでは意志決定の内容が変わってきます。したがって、戦略的相互依存関係を分析する際には、プレイヤーがゲームのルールについてどの程度精通しているかを事前に明らかにしておく必要があります。

ゲームのルールのすべての要素がすべてのプレイヤーの共有知識であるとき、そのゲームを完備情報ゲーム(game of complete information)と呼びます。

完備情報ゲームと完全情報ゲームは音の響きが似ているため混同されがちですが、これらは異なる概念です。先に説明したように、完全情報ゲームは動学ゲームの 1 つのカテゴリーであり、完備情報ゲームとは異なる概念です。例えば、ある動学ゲームのルールがプレイヤーたちの共有知識であるとき、そのゲームは完備情報ゲームです。しかし、そのゲームに参加する少なくとも 1 人のプレイヤーが意思決定を行うある時点において、それ以前に行われた他のプレイヤーによる意思決定の内容を観察できないのであれば、それは不完全情報ゲームです。

例(完備情報ゲーム)
ある商品が 2 つの企業だけによって生産されているものとします。それぞれの企業が供給可能な量、それぞれの企業の生産コスト、さらに市場に供給する商品の量に応じて商品の市場価格がどのように変化するかなどの情報が 2 つの企業の共有知識であるとします。以上の条件のもとでそれぞれの企業は自身の利潤を最大化するような生産量を選択するものとします。ただし両企業は互いにカルテルを結ぶことができず、両者の間に生産量に関する拘束的合意が成立しない状況を想定します。また、それぞれの企業は同時に生産量を決定するものとします。このような状況は完備情報ゲームとして記述されます。

 

不完備情報ゲーム

完備情報ゲームではないゲームを不完備情報ゲーム(game of incomplete information)と呼びます。具体的には、ゲームのルールの少なくとも 1 つの要素が共有知識ではない場合には、そのゲームは不完備情報ゲームです。

少なくとも 1 人のプレイヤーがゲームの少なくとも 1 つの要素を知らないとき、ゲームのルールは相互知識ではありません。相互知識ではないことは共有知識ではないことを同時に意味するため、そのゲームは不完備情報ゲームです。頻繁に利用される不完備情報ゲームのモデルは、他のプレイヤーの利得を知らないプレイヤーが存在するようなモデルです。

不完備情報ゲームのプレイヤーが保有するゲームのルールに関する情報のうち、そのプレイヤーだけが観察可能で、他のプレイヤーたちが観察できないものを、そのプレイヤーが持つ私的情報(private information)やタイプ(type)などと呼びます。少なくとも 1 人のプレイヤーが私的情報を持つ場合には、プレイヤーたちが直面する情報構造は対称的ではないため、情報の非対称性(asymmetric information)が存在すると表現します。一方、私的情報を持つプレイヤーが存在しない場合には、プレイヤーたちが直面する情報構造は対称的であるため、情報の対称性(symmetric information)が存在すると表現します。完備情報ゲームは情報の対称性が成立する戦略的状況であるのに対し、不完備情報ゲームは情報の非対称性が成立する戦略的状況です。

例(不完備情報ゲーム)
先の複占市場の例において、仮に競争する 2 つの企業が競争相手の生産コストを知らない場合には、その状況は不完備情報ゲームとして記述されます。

次回からは完備情報の静学ゲームと呼ばれるクラスのゲームについて詳しく解説します。

関連知識

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