WIIS

完備情報の静学ゲーム

複数均衡問題とコミットメント

目次

Mailで保存
Xで共有

複数均衡問題に対する説明体系

問題としている戦略的状況が完備情報の静学ゲームであるとともに、それが戦略型ゲーム\begin{equation*}
G=\left( I,\left\{ S_{i}\right\} _{i\in I},\left\{ u_{i}\right\} _{i\in
I}\right)
\end{equation*}として記述されているものとします。ただし、\(I\)はプレイヤー集合、\(S_{i}\)はプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合、\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)はプレイヤー\(i\)の利得関数です。

ゲーム\(G\)に複数のナッシュ均衡が存在するとともに、それらがいずれも支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではない場合、プレイヤーたちがその中のどれを実際にプレーすることになるかを合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることを根拠として説明できるとは限りません。

例(複数均衡の問題)
以下の利得行列で表される完備情報の静学ゲーム\(G\)について考えます。

$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\diagdown 2 & C & D \\ \hline
C & 0,0 & -1^{\ast },1^{\ast } \\ \hline
D & 1^{\ast },-1^{\ast } & -10,-10 \\ \hline
\end{array}$$

純粋戦略の組\begin{equation*}
\left( D,C\right) ,\left( C,D\right)
\end{equation*}はともに純粋戦略ナッシュ均衡であることは明らかです。任意のプレイヤーは支配戦略を持たないため、ナッシュ均衡である\(\left( D,C\right) ,\left( C,D\right) \)はともに支配戦略均衡ではなく、支配される戦略の逐次消去の解でもありません。したがって、\(\left( D,C\right) \)と\(\left(C,D\right) \)のどちらが実際にプレーされることになるかを、プレイヤーの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であるという仮定を根拠に説明できるとは限りません。

このような事情を踏まえると、複数均衡の問題に対しては、特定のナッシュ均衡がプレーされる根拠を与える何らかの説明体系が必要です。複数均衡問題の説明体系としては、大きく分けて2種類あります。1つ目はゲームの利得構造から説明する方法であり、2つ目はゲームに記述されていない要素、特にプレイヤーの心理的な側面から説明する方法です。今回は後者の立場からコミットメントの問題について考えます。

 

コミットメント

一般に、コミットメントとは、「固い決意や責任に裏付けられた約束」に相当する概念ですが、ゲーム理論において「コミットメント」と言うとき、それは単なる約束の意味に留まりません。

プレイヤーが特定の行動を選択することを他のプレイヤーに信じさせようとしている状況を想定します。多くの場合、単なる口約束では、相手はその約束を信じてくれません。そこで、プレイヤーは何らかの形で自身の選択肢を意図的に狭めることにより、約束以外の行動を選択できない状況や、もしくは約束を破った場合に自身がより不利になる状況を意図的に作り出し、約束に信憑性を持たせようとします。この場合、プレイヤーは約束した行動にコミットしている(committed)と言います。

自身の選択肢をあえて狭めることにより特定の戦略にコミットすることでゲームの利得構造を変化させ、結果として、自身にとってより望ましい結果を導くことができるのであれば、それは望ましい戦略であると言えます。この場合、どのような形で自身を約束にコミットするかが重要になります。このような問題をコミットメント問題(commitment problems)と呼びます。また、コミットメントを実現するためにプレイヤーが採用する仕組みや工夫をコミットメントデバイス(commitment device)と呼びます。

例(コミットメント)
以下の利得行列で表される完備情報の静学ゲーム\(G\)について考えます。

$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\diagdown 2 & C & D \\ \hline
C & 0,0 & -1^{\ast },1^{\ast } \\ \hline
D & 1^{\ast },-1^{\ast } & -10,-10 \\ \hline
\end{array}$$

純粋戦略の組\begin{equation*}
\left( D,C\right) ,\left( C,D\right)
\end{equation*}はともに純粋戦略ナッシュ均衡であることは明らかですが、これらは支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去の解ではないため、プレイヤーたちがどちらの均衡を実際にプレーすることになるかは、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であるという仮定から予想することはできません。では、このゲームに以下のような文脈を与えたらどうなるでしょうか。2人のドライバーがお互いに相手の車に向かって一直線に走行し、衝突寸前まで車を走らせるゲームをチキンゲーム(game of chicken)と呼びます。チキンゲームにおいてそれぞれのドライバーに与えられている選択肢は、衝突の寸前にそのまま直進する(純粋戦略\(C\))か、ハンドルを切って回避するか(純粋戦略\(D\))のどちらか一方です。一方のドライバーがそのまま直進し、他方のドライバーがハンドルを切って回避した場合、直進したドライバーは勝者であり、回避したドライバーは敗者です。2人ともハンドルを切って回避した場合には引き分けです。また、2人とも直進した場合には車は衝突してしまうため、勝ち負けどころではありません。繰り返しになりますが、\(\left( D,C\right) \)と\(\left(C,D\right) \)はともにナッシュ均衡であるため、これは複数均衡問題です。チキンゲームにおいて一方のドライバーが相手に対して「おまえがハンドルを切らないと死ぬことになるぞ。なぜなら俺は絶対にハンドルを切らないからな。」と脅しをかけることはできるでしょうか。プレイヤー\(1\)が先のように相手を脅した状況を想定します。仮にプレイヤー\(2\)がハンドルを切らなかった場合(\(s_{2}=D\))、プレイヤー\(1\)の利得に関して、\begin{equation*}u_{1}\left( C,D\right) =c>d=u_{1}\left( D,D\right)
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、プレイヤー\(2\)がハンドルを切らない場合には、プレイヤー\(1\)にとって最適な選択はハンドルを切ること(\(s_{1}=C\))であるため、先の脅しには信憑性がありません。したがって、プレイヤー\(2\)は相手による脅しを真に受ける合理的な理由が存在しないことになります。プレイヤー\(1\)が自分の脅しを信憑性のない脅しから信憑性のある脅しへ転化させるためには、自分がハンドルを切らないことにコミットする必要があります。例えば、プレイヤー\(1\)が自分の車のハンドルを破壊し、そのことを相手に知らしめることに成功した場合、プレイヤー\(1\)がハンドルを切らないことが双方の共通認識となるため、ゲームは以下の形へと変化します。

$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$

この新たなゲームにおけるプレイヤー\(2\)の最適戦略は\(C\)であるため、プレイヤー\(1\)は「ハンドルを壊す」というコミットメントデバイスを通じて純粋戦略\(D\)へコミットすることにより、自身にとって最も望ましい結果である\(\left( D,C\right) \)を実現することに成功します。

 

演習問題

問題(コミットメント)
2つの企業が熾烈な価格競争を行っています。このままでは赤字が続き倒産してしまうため、両社とも本心では価格競争をやめたいと思っています。ただ、ライバル企業の思惑は分からず、自社だけが競争から撤退するとライバルに市場をすべて奪われてしまいます。少なくとも一方が撤退すれば価格競争は終わりますが、双方が撤退しなければ価格競争は続き、両社とも倒産してしまいます。企業に与えられている選択肢は市場から撤退すること(純粋戦略\(C\))と市場に残り続けること(純粋戦略\(D\))の2つです。2つの企業が直面する状況は以下の利得行列

$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$

として表現されます。ただし、\(a>b>c>d\)です。

  1. 純粋戦略ナッシュ均衡を求めた上で、複数均衡問題が存在することを示してください。
  2. 複数均衡問題を解決するようなコミットメントデバイスとしてどのようなものがあるでしょうか。具体的なシナリオを提示してください。
解答を見る

プレミアム会員専用コンテンツです
ログイン】【会員登録

問題(コミットメント)
総量\(V>0\)の資源を2つの個体に配分しようとしている状況を想定します。それぞれの個体に与えられている選択肢は以下の2つです。1つ目は、資源を得るために相手を攻撃するという選択肢であり、これをタカ戦略(Hawk strategy)と呼びます。2つ目は、相手と戦わずに撤退するという選択肢であり、これをハト戦略(Dove strategy)と呼びます。両者がともにタカ戦略を選択する場合には熾烈な戦いが行われるため、その結果、両者は確実に\(C>0\)の損害を被ります。勝者は資源を\(V\)だけを獲得できるものの、戦いがもたらす損失の大きさ\(C\)はそれを上回るものとします。つまり、\(C>V>0\)が成り立つということです。加えて、両者の強さに差はなく、等しい確率でどちらか一方が勝利するものとします。つまり、勝った場合の利得は\(V-C\)であり、負けた場合の利得は\(-C\)であるため、両者がタカ戦略を選択する場合に各個体が直面する利得の期待値は、\begin{equation*}\frac{1}{2}\left( V-C\right) +\frac{1}{2}\left( -C\right) =\frac{V}{2}-C
\end{equation*}です。\(C>V>0\)ゆえに\(\frac{V}{2}-C<0\)であることに注意してください。つまり、戦いは割に合いません。一方がタカ戦略を選択し他方がハト戦略を選択する場合には戦いが起こらないため、双方に損害は発生しません。この場合、タカ戦略を選択した個体が資源\(V\)を占有することになるため、ハト戦略を選択した個体が得る資源は\(0\)です。両者がともにハト戦略を選択する場合にも戦いは起こらないため、双方に損害は発生しません。この場合、両者は資源を2等分するものとします。つまり、両者がハト戦略を選択する場合、それぞれの個体が得られる資源は\(\frac{V}{2}>0\)です。両者が直面する状況は以下の利得行列

$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & D & H \\ \hline
D & \frac{V}{2},\frac{V}{2} & 0,V \\ \hline
H & V,0 & \frac{V}{2}-C,\frac{V}{2}-C \\ \hline
\end{array}$$

として表現されます。ただし、\(C>V>0\)です。

  1. 純粋戦略ナッシュ均衡を求めた上で、複数均衡問題が存在することを示してください。
  2. 複数均衡問題を解決するようなコミットメントデバイスとしてどのようなものがあるでしょうか。具体的なシナリオを提示してください。
解答を見る

プレミアム会員専用コンテンツです
ログイン】【会員登録

関連知識

Mailで保存
Xで共有

質問とコメント

プレミアム会員専用コンテンツです

会員登録

有料のプレミアム会員であれば、質問やコメントの投稿と閲覧、プレミアムコンテンツ(命題の証明や演習問題とその解答)へのアクセスなどが可能になります。

ワイズのユーザーは年齢・性別・学歴・社会的立場などとは関係なく「学ぶ人」として対等であり、お互いを人格として尊重することが求められます。ユーザーが快適かつ安心して「学ぶ」ことに集中できる環境を整備するため、広告やスパム投稿、他のユーザーを貶めたり威圧する発言、学んでいる内容とは関係のない不毛な議論などはブロックすることになっています。詳細はガイドラインをご覧ください。

誤字脱字、リンク切れ、内容の誤りを発見した場合にはコメントに投稿するのではなく、以下のフォームからご連絡をお願い致します。

プレミアム会員専用コンテンツです
ログイン】【会員登録