ゲーム構造に関する知識にもとづくゲームの分類
前節までに、ゲームにおける情報の観察可能性と記憶について学びました。完全情報ゲームと不完全情報ゲームの違いは、各プレイヤーが意思決定を行う時点で、それまでに選ばれた行動や起きた出来事を観察できるかという点にあります。また、完全記憶ゲームと不完全記憶ゲームの違いは、各プレイヤーが過去に自分の得た情報と、自分の選んだ行動を後の意思決定時点まで覚えているかという点にあります。
しかし、ゲームにおける情報の問題は、過去の行動を観察できるか、観察した情報を覚えているかという問題に限られません。プレイヤーは、自分が直面しているゲームの構造そのものを正確に知っているとは限らないからです。例えば、同じ市場で競争する複数の企業は、競争相手がどの程度の生産費用を負担しているかを知らない場合があります。また、オークションの参加者は、自分が商品をどの程度高く評価しているかを知っていても、他の入札者の評価額を知りません。このように、プレイヤー、選択可能な行動、意思決定のタイミング、結果の決まり方、利得など、ゲームの構造に関する情報がプレイヤーたちの間でどの程度共有されているかを明らかにする必要があります。
本節では、まず相互知識と共有知識の違いを説明します。その上で、ゲームの構造がプレイヤーたちの共有知識であるかという観点から、完備情報ゲームと不完備情報ゲームを区別します。
相互知識
ゲームに参加するすべてのプレイヤーが、ある事実\(P\)を知っている場合、事実\(P\)はプレイヤーたちの相互知識(mutual knowledge)であると言います。相互知識であるために必要なのは、それぞれのプレイヤーが事実\(P\)を知っていることです。
ただし、ある事実が相互知識であったとしても、それぞれのプレイヤーが、他のプレイヤーもその事実を知っていることまで知っているとは限りません。
共有知識
相互知識よりも強い知識の状態として共有知識(common knowledge)があります。ある事実\(P\)がプレイヤーたちの共有知識であるとは、次のような高次の知識がすべて成立していることを意味します。
まず、すべてのプレイヤーが事実\(P\)を知っています。さらに、すべてのプレイヤーが、「すべてのプレイヤーが事実\(P\)を知っている」ということを知っています。さらに、すべてのプレイヤーが、「すべてのプレイヤーが、すべてのプレイヤーが事実\(P_{1}\)を知っていることを知っている」ということを知っています。このような高次の知識が、どの段階まで進んでも成立している場合、事実\(P\)はプレイヤーたちの共有知識であると言います。言い換えると、もとの事実\(P\)に対して、無限個の事実\(P_{1},P_{2},P_{3},\cdots \)を、\begin{eqnarray*}P_{1} &:&\text{すべてのプレイヤーが}P\text{を知っている} \\
P_{2} &:&\text{すべてのプレイヤーが}P_{1}\text{を知っている} \\
P_{3} &:&\text{すべてのプレイヤーが}P_{2}\text{を知っている} \\
&&\vdots
\end{eqnarray*}などと定義したとき、これら無限個の事実\(P_{1},P_{2},P_{3},\cdots \)が成立する場合には、もとの事実\(P\)はプレイヤーたちの共有知識です。
したがって、共有知識は、単にすべてのプレイヤーが同じ事実を知っている状態\(P_{1}\)よりも強い条件です。ゆえに、ある事実が共有知識であるならば、それは相互知識でもあります。しかし、ある事実が相互知識であっても、それが共有知識であるとは限りません。以下の例より明らかです。
\end{equation*}\(A\)は\(B\)の帽子が赤であることを確認できるため、\(A\)は事実\(P\)を知っています。同様に、\(B\)は\(A\)の帽子が赤であることを確認できるため、\(B\)も事実\(P\)を知っています。2人とも事実\(P\)を知っているため、この事実\(P\)は2人の相互知識です。しかし、この事実\(P\)は2人の共有知識ではありません。そのことを以下で確認します。仮に事実\(P\)が2人の共有知識であるならば、「\(B\)が事実\(P\)を知っている」ということを\(A\)は知っているはずです。そしてそれは、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \text{「}B\text{の帽子が赤であることを}B\text{が知っている」ことを}A\text{は知っている} \\
&&\left( b\right) \ \text{「}A\text{の帽子が赤であることを}B\text{が知っている」ことを}A\text{は知っている}
\end{eqnarray*}の少なくとも一方が成り立つことを意味します。しかし、\(B\)が自身の帽子を見ることができないことを\(A\)は知っているため\(\left(a\right) \)は成り立ちません。また、\(A\)は自身の帽子を見られないので、\(B\)が見ている\(A\)の帽子が赤であることを\(A\)は確認できません。したがって\(\left( b\right) \)も成り立ちません。\(\left( a\right) \)と\(\left( b\right) \)がともに成り立たないことは、事実\(P\)が2人の共有知識であるという当初の仮定が誤りであることを意味するため、事実\(P\)は2人の共有知識ではありません。
公的な告知と共有知識
先の帽子の例において、第三者がAとBの前で「少なくとも1人は赤い帽子をかぶっている」と発言した状況を想定します。AとBは、その発言を同時に聞きます。また、それぞれが、相手もその発言を聞いたことを確認できます。このとき、AとBはともに、少なくとも1人が赤い帽子をかぶっていることを知ります。さらにAは、Bもその事実を知っていることを知ります。Bも、Aがその事実を知っていることを知ります。またAは、Bが、Aもその事実を知っていることを知っていると判断できます。Bについても同様です。このように、公の場における告知によって、事実\(P\)はAとBの共有知識になります。
公的な告知は、単に新しい情報を伝えるだけではありません。誰が何を知っているかについての高次の知識を変化させる役割も果たします。
完備情報ゲーム
戦略的相互依存関係に直面するプレイヤーは、自分がどのようなゲームをプレーしているかを常に正確に把握できるとは限りません。したがって、ゲームを分析する際には、各プレイヤーがゲームの構造について何を知っているか、また、その知識がプレイヤーたちの間でどの程度共有されているかを明らかにする必要があります。
プレイヤー、各プレイヤーが選択できる行動、意思決定のタイミング、情報構造、行動から結果が決まる仕組み、および各プレイヤーの利得など、ゲームの構造を構成する要素がプレイヤーたちの共有知識である場合、そのゲームを完備情報ゲーム(game of complete information)と呼びます。
完備情報ゲームでは、すべてのプレイヤーがゲームの構造を知っているだけではありません。すべてのプレイヤーが、「すべてのプレイヤーがゲームの構造を知っている」ということを知っています。さらに、そのこともすべてのプレイヤーが知っており、このような高次の知識が共有されています。
完全情報と完備情報の違い
完備情報ゲームと完全情報ゲームは、名称が似ているため混同されやすいですが、異なる概念です。完全情報は、動学ゲームにおいて、各プレイヤーが意思決定を行う時点で、それまでに選ばれた行動や起きた出来事を観察できるかという問題です。これに対して完備情報は、プレイヤー、行動、利得など、ゲームの構造がプレイヤーたちの共有知識であるかという問題です。
直感的には、次のように区別できます。完全情報は「それまでにゲームの中で何が起きたかを知っているか」という問題です。完備情報は「自分たちがどのようなゲームをプレーしているかを知っているか」という問題です。したがって、完備情報ゲームでありながら不完全情報ゲームである場合があります。
反対に、過去の行動を観察できる動学ゲームであっても、相手の利得や費用を知らない場合には、不完備情報ゲームになる可能性があります。
不完備情報ゲーム
完備情報ゲームではないゲームを不完備情報ゲーム(game of incomplete information)と呼びます。すなわち、ゲームの構造を構成する少なくとも一つの要素がプレイヤーたちの共有知識ではない場合、そのゲームは不完備情報ゲームです。
不完備情報ゲームには、さまざまな場合があります。第一に、少なくとも1人のプレイヤーが、ゲームの構造を構成するある要素そのものを知らない場合があります。例えば、ある企業が競争相手の生産費用を知らない場合です。
第二に、すべてのプレイヤーがある要素を知っていたとしても、そのことが共有知識になっていない場合があります。例えば、両方のプレイヤーが互いの利得を知っていたとしても、一方のプレイヤーが「相手も自分の利得を知っているかどうか」を知らない場合には、利得構造は共有知識ではありません。
したがって、不完備情報ゲームとは、単に誰かが何かを知らないゲームだけを意味するわけではありません。ゲームの構造に関する知識が、十分な高次の水準まで共有されていない場合も含まれます。
私的情報とタイプ
あるプレイヤーだけが観察でき、他のプレイヤーが観察できない情報を、そのプレイヤーの私的情報(private information)と呼びます。私的情報を持つプレイヤーは、その情報にもとづいて意思決定します。一方、他のプレイヤーは、観察できない私的情報について予想しながら行動する必要があります。
プレイヤーの利得や意思決定に影響する私的情報をまとめて表すものを、そのプレイヤーのタイプ(type)と呼びます。タイプが何を表すかは、分析するゲームによって異なります。
タイプは、必ずしも一つの数値であるとは限りません。プレイヤーの利得や意思決定に関係する複数の私的情報をまとめて、タイプとして表す場合もあります。
信念
不完備情報ゲームでは、プレイヤーは他のプレイヤーのタイプを正確には知りません。しかし、何も考えずに意思決定するわけではありません。プレイヤーは、知らないタイプについて、どのような可能性があり、それぞれがどの程度あり得るかを予想します。
プレイヤーが、観察できない情報や他のプレイヤーのタイプについて抱く予想を、そのプレイヤーの信念(belief)と呼びます。不完備情報ゲームでは、各プレイヤーは自分のタイプと、他のプレイヤーのタイプに関する信念にもとづいて意思決定します。
情報の対称性と非対称性
プレイヤーたちが同じ情報を持っている場合、情報の対称的(symmetric)が存在すると言います。逆に、異なるプレイヤーが異なる情報を持っている場合、情報の非対称性(asymmetric information)が存在すると言います。
完備情報と不完備情報の区別と、情報の対称性と非対称性の区別は、同じものではありません。あるプレイヤーだけが私的情報を持つ場合には、不完備情報と情報の非対称性が同時に存在することが多くあります。しかし、不完備情報ゲームであれば、情報の非対称性が存在するとは限りません。
公的情報と私的情報
すべてのプレイヤーが観察でき、そのこともプレイヤーたちの間で共有されている情報を公的情報(public information)と呼びます。これに対して、特定のプレイヤーだけが観察できる情報が私的情報です。
ただし、現実の情報が、常に完全に公的な情報と完全に私的な情報のどちらかに分類されるとは限りません。一部のプレイヤーだけが知っている情報や、情報の内容は公開されていても、他のプレイヤーがその情報を観察したかどうかが分からない場合もあります。
演習問題
- 会議が午前10時に始まるという事実は、2人の相互知識ですか。
- この事実は、2人の共有知識ですか。
- 会議の主催者が、2人の参加する会議の場で「明日の会議は午前10時に始まります」と発言したものとします。この発言によって、会議の開始時刻に関する知識はどのように変化しますか。
- このゲームは完全情報ゲームですか。
- このゲームは完備情報ゲームですか。
- 各入札者の私的情報は何ですか。
- 各入札者のタイプとして何を用いることができますか。
- このゲームは完備情報ゲームですか。
- この状況では、情報は対称的ですか。
- この状況には不完備情報の問題がありますか。
- この例から、不完備情報と情報の非対称性について何が分かりますか。
- ある事実がすべてのプレイヤーの相互知識であれば、その事実は共有知識でもある。
- ある事実が共有知識であれば、その事実は相互知識でもある。
- 不完備情報ゲームでは、必ず情報の非対称性が存在する。
- あるプレイヤーだけが知っている評価額は、そのプレイヤーの私的情報である。
- 完備情報ゲームでは、プレイヤーは他のプレイヤーが今回選んだ行動を必ず観察できる。
- タイプとは、プレイヤーの私的情報をゲーム理論上まとめて表したものである。
