戦略的相互依存性とゲーム
私たちが行う意思決定の中には、自分だけで考えればよいものもあれば、他者がどのように行動するかを考慮しなければならないものもあります。
例えば、商品の購入量を決めるときには、所得や価格などの条件を踏まえて、自分にとって最も望ましい選択肢を探します。一方、企業が商品の価格を決める場合には、競争相手がどのような価格を設定するかによって、自社にとって望ましい価格も変化します。また、選挙、オークション、交渉、スポーツなどにおいても、自分にとって望ましい行動は、他者がどのように行動するかに依存します。
このように、複数の主体の意思決定が互いに影響し合う状況を分析するための理論がゲーム理論です。本章では、ゲーム理論における「ゲーム」とは何かを明らかにしたうえで、ゲームを記述するために必要な要素について学びます。
複数の主体が関与する問題が与えられたとき、それぞれの主体が得る結果が、自分の行動だけでなく、他の主体の行動にも依存する場合、主体の間には戦略的相互依存性(strategic interdependence)が成立していると言います。戦略的相互依存性が成立する状況では、それぞれの主体にとって望ましい行動は、他の主体がどのように行動するかによって変化します。したがって、各主体は、自分の行動を決定する際に、他の主体の行動を考慮する必要があります。ゲーム理論(game theory)は、戦略的相互依存性に直面した主体による意思決定を分析する学問です。
戦略的相互依存関係が成立する状況をゲーム(game)と呼びます。ゲーム理論におけるゲームとは、将棋や囲碁、チェスなどのいわゆる「ゲーム」に限定される概念ではありません。ビジネスや政治、慣習、規範などをはじめとするさまざまな状況において、関与する主体の間に戦略的相互依存が成立していれば、ゲーム理論においてそれらはゲームとみなされます。戦略的相互依存関係が成立する状況において、それぞれの主体は自身の目標を達成するために競い合ったり、場合によっては協力するなど、あたかもゲームをプレーしているかのように振る舞うからです。
ゲームのルール
自然科学や他の社会科学と同様、ゲーム理論においても分析対象をモデル化した上で分析を行います。ゲーム理論の分析対象であるゲーム、すなわち戦略的相互依存関係が成立する状況をモデル化する際には、以下の要素に注目した上で、それぞれの要素を具体的に記述します。
- ゲームにおいて意思決定を行う主体は誰か。つまり、ゲームのプレイヤー(player)は誰か。
- プレイヤーたちはどのような順序(order of moves)で意思決定を行うか。すなわち、意思決定のタイミングはどのように定められているか。
- プレイヤーたちが意思決定を行う際にどのような選択肢が与えられているか。つまり、プレイヤーたちはどのような行動(action)が選択可能か。
- プレイヤーが意思決定を行う際にどのような情報(information)が与えられているか。
- プレイヤーたちが意思決定を行う帰結として、どのような結果(outcome)が起こり得るか。
- プレイヤーたちはそれぞれの結果をどのように評価しているか。すなわち、プレイヤーはどのような利得(payoff)の体系を持っているか。
本稿では、ゲームを構成する以上の要素を、広い意味でのゲームのルール(rule)と呼ぶこととします。ゲームの開始後、それぞれの「プレイヤー」は自身が行動する「順序」になったら、その時点においてアクセス可能な「情報」を活用しつつ、何らかの行動原理にもとづいて、与えられた選択肢の中から特定の「行動」を選択します。すべてのプレイヤーによる意思決定が終了したら、プレイヤーたちが選んだ行動の組み合わせと、必要に応じて偶然による出来事にもとづいて特定の「結果」が実現し、それぞれのプレイヤーは実現した結果から「利得」を得ます。
- プレイヤーはジャンケンに参加する2人です。彼らをプレイヤー\(1\)とプレイヤー\(2\)と呼ぶことにします。
- 2人は同時に行動します。
- 2人に与えられている行動はともに「グー・チョキ・パー」の3通りです。
- 2人はともに、自分がどの手を出すかを決める際に、相手の手を事前に知ることができません。
- 2人が出す手の組み合わせが結果に相当します。その組み合わせは全部で9通り存在しますが、それぞれの組み合わせから「\(1\)の勝利」「\(2\)の勝利」「あいこ」のいずれかの勝敗結果が生じます。
- 2人が結果をどのように評価するかはさまざまな可能性があります。典型的な評価体系は、2人とも「自分が勝つ」「あいこ」「相手が勝つ」の順で好むというものです。
ゲーム理論と意思決定理論の違い
ある主体が直面する意思決定問題を分析する際には、その主体にとっての結果が何によって決まるかに注目する必要があります。
意思決定者が1人だけであり、その意思決定者が得る結果が、自身の行動と、本人には制御できない外生的な条件によって決まる場合、そのような問題は意思決定理論の対象です。意思決定理論(decision theory)は、与えられた環境のもとで、意思決定者がどのような行動を選ぶべきかを分析する理論です。
一方、複数の意思決定主体が存在し、それぞれの主体が得る結果が自身の行動だけでなく他の主体の行動にも依存する場合、そのような問題はゲーム理論の対象です。ゲーム理論では、それぞれのプレイヤーは、他のプレイヤーがどのように行動するかを考慮した上で、自身の行動を選択します。
以上の違いは、結果が確実に決まるか、それとも不確実であるかという違いではありません。意思決定理論においても偶然によって結果が決まる不確実な状況を扱います。また、ゲーム理論においても、プレイヤーの行動に加えて、偶然による出来事が結果に影響を与える状況を扱うことがあります。
ゲーム理論では、このような偶然による出来事を、しばしば自然(nature)による選択として表現します。自然は、自らの目的を実現するために行動するプレイヤーではなく、あらかじめ定められた確率にしたがって出来事を発生させる仮想的な主体です。したがって、自然がゲームに含まれているからといって、そのこと自体によって戦略的相互依存性が生じるわけではありません。
また、ゲーム理論では、他のプレイヤーが選ぶ行動が事前には分からない場合、その行動を確率的に予想することがあります。しかし、他のプレイヤーの行動に関する不確実性と、ルーレットの結果のような偶然による不確実性は、性質が異なります。他のプレイヤーは自身の目的や予想にもとづいて行動を選択するのに対し、自然による出来事は、原則として一定の確率にしたがって発生するからです。
したがって、意思決定理論とゲーム理論を区別する上で重要なのは、結果に不確実性が存在するかどうかではありません。重要なのは、意思決定者が1人だけであり、外生的に与えられた環境に直面しているのか、それとも複数の意思決定主体が存在し、それぞれの結果が互いの行動に依存しているのかという点です。
ゲームのプレイヤーは人間に限られない
ゲーム理論におけるプレイヤー(player)とは、ゲームにおいて意思決定を行う主体です。プレイヤーという言葉からは、将棋やチェスなどに参加する人間が連想されますが、ゲーム理論におけるプレイヤーは人間に限られません。
例えば、同じ市場で商品の価格や生産量を決定する企業は、それぞれプレイヤーとして扱われます。また、政策をめぐって競争する政党、外交や安全保障に関する意思決定を行う国家、公共政策を選択する政府や地方自治体、賃金や労働条件について交渉する企業と労働組合なども、ゲームのプレイヤーになり得ます。さらに、オンライン上で自動的に価格を変更するコンピュータープログラムや、対戦型ゲームを行う人工知能なども、一定の規則にもとづいて行動を選択する主体として、プレイヤーとみなすことができます。
ゲーム理論において重要なのは、プレイヤーが人間であるかどうかではありません。重要なのは、その主体が複数の選択肢の中から行動を選び、その選択がゲームの結果に影響を与えるとともに、実現し得る結果に対して何らかの評価体系を持っていることです。
ただし、企業、政府、政党、国家などは、現実には多数の人々によって構成されています。例えば、企業の意思決定には、経営者、取締役、株主、従業員など、さまざまな主体が関与しています。それにもかかわらず、企業を一人のプレイヤーとして扱う場合、企業内部の複数の構成員が、あたかも統一された目的のもとで一つの意思決定を行うかのように仮定していることになります。
このように、複数の人々から構成される組織を一人のプレイヤーとして扱うことは、現実そのものではなく、分析を行うためのモデル化上の仮定です。この仮定が適切であるかどうかは、分析の目的に依存します。
以上の例が示唆するように、誰を一人のプレイヤーとして扱うかは、あらかじめ客観的に決まっているわけではありません。分析者は、明らかにしたい問題に応じて意思決定主体を特定し、どの主体を一人のプレイヤーとして扱うかを決定する必要があります。
行動の組み合わせと結果の区別
ゲームを記述する際には、プレイヤーたちが選んだ行動の組み合わせと、それによって実現する結果を区別する必要があります。
それぞれのプレイヤーが1つずつ行動を選んだとき、すべてのプレイヤーが選んだ行動をまとめたものを、行動の組み合わせ(action profile)と呼びます。例えば、2人でジャンケンを行う場合、プレイヤー1がグーを選び、プレイヤー2がチョキを選ぶことは、一つの行動の組み合わせです。
これに対して、結果(outcome)とは、行動の組み合わせにもとづいて実現する事態です。先の行動の組み合わせからは、「プレイヤー1が勝ち、プレイヤー2が負ける」という結果が生じます。それぞれのプレイヤーは、実現した結果を自身の選好にもとづいて評価し、その評価が利得として表されます。
行動の組み合わせと結果が1対1に対応する場合には、両者の違いは目立ちません。しかし、一般には、異なる行動の組み合わせから同じ結果が生じる場合もあれば、同じ行動の組み合わせから複数の結果が生じる場合もあります。
まず、異なる行動の組み合わせから同じ結果が生じる場合について考えます。
一方、同じ行動の組み合わせから複数の結果が生じる場合もあります。
また、どこまでを異なる結果として区別するかは、分析の目的にも依存します。ジャンケンにおいて、勝敗だけが重要であれば、プレイヤー1がグーで勝つ場合とチョキで勝つ場合を、同じ「プレイヤー1の勝利」という結果にまとめることができます。一方、出した手そのものに賞金や費用が結び付いている場合には、同じ勝利であっても、どの手を出して勝ったかを異なる結果として区別する必要があります。
このように、結果とは、単にプレイヤーたちが選んだ行動を並べたものではありません。結果は、プレイヤーたちの行動の組み合わせと、必要に応じて偶然による出来事にもとづいて実現し、プレイヤーによる評価の対象となる事態です。ゲームをモデル化する際には、行動の組み合わせからどのような結果が生じるかを明らかにした上で、それぞれのプレイヤーが各結果をどのように評価するかを特定する必要があります。
利得は金銭に限られない
ゲーム理論における利得(payoff)とは、実現した結果がプレイヤーにとってどの程度望ましいかを表すものです。「利得」という言葉からは、利益や収入などの金銭的な成果が連想されますが、ゲーム理論における利得は、必ずしも金銭を意味するわけではありません。
例えば、企業間の価格競争を分析する場合には、それぞれの企業が得る利潤を利得として扱うことができます。一方、将棋やチェスでは、勝利、引き分け、敗北などがプレイヤーにとって重要な結果です。また、選挙では候補者や政党が望む政策の実現、外交交渉では国家の安全や国際的な影響力、通勤経路の選択では目的地に到着するまでの時間などが、プレイヤーによる結果の評価に影響を与えます。この他にも、商品の消費から得られる満足、社会的な名誉や評判、危険や損失の回避、公平感、他者への配慮など、プレイヤーが重視するさまざまな要因を利得に反映できます。したがって、利得とは金銭的な収益そのものではなく、結果に対するプレイヤーの総合的な評価を表す概念です。
ゲーム理論では、プレイヤーが複数の結果をどのような順序で好むかを、そのプレイヤーの選好(preference)と呼びます。例えば、ジャンケンにおいて、あるプレイヤーが勝利を引き分けより好み、引き分けを敗北より好む場合、このプレイヤーの選好は「勝利」「引き分け」「敗北」の順に結果を評価するものとして表されます。
利得は、このような結果に対する選好を数値によって表現したものです。例えば、勝利に\(2\)、引き分けに\(1\)、敗北に\(0\)という利得を割り当てれば、数値が大きい結果ほどプレイヤーにとって望ましいことが表されます。
ただし、これらの数値が、満足度や喜びの大きさを直接測定しているとは限りません。この例で重要なのは、\begin{equation*}
2>1>0
\end{equation*}という大小関係であり、勝利が引き分けより望ましく、引き分けが敗北より望ましいという選好の順序が保たれていることです。そのため、勝利に\(100\)、引き分けに\(20\)、敗北に\(− 5\)という利得を割り当てた場合でも、結果の望ましさの順序は同じです。したがって、利得の数値そのものには常に直接的な意味があるわけではありません。多くの場合、利得は、どの結果が他の結果よりも望ましいかを表すために用いられます。利得の数値を設定する際に重要なのは、その数値がプレイヤーの結果に対する選好を正しく反映していることです。
また、同じ結果であっても、それに対する評価はプレイヤーによって異なる場合があります。例えば、同じ金額の賞金を獲得する場合でも、その金額をどの程度うれしいと感じるかは、プレイヤーの所得や状況によって異なるかもしれません。また、同じ政策が実現する場合でも、それを望ましいと評価する政党もあれば、望ましくないと評価する政党もあります。したがって、ゲームを記述する際には、客観的な結果を特定するだけでなく、それぞれのプレイヤーが各結果をどのように評価しているかを明らかにする必要があります。同じ結果の集合が与えられていても、プレイヤーの選好、すなわち利得の体系が異なれば、プレイヤーにとって望ましい行動も変化し得るからです。
ミクロ経済学とゲーム理論の関係
ミクロ経済学(microeconomics)は市場そのものを全体として分析するのではなく、消費者や生産者など、市場に参加する個々の主体による意思決定を分析対象とします。ゲーム理論もまた個々の主体による意思決定を分析対象とするため、この点においてゲーム理論をミクロ経済学に分類する場合があります。ゲーム理論の特徴は戦略的相互依存関係を明示的に扱う点にあります。一方、古典的なミクロ経済学では多くの場合、戦略的相互依存関係を明示的な形では考慮しません。具体的には以下の通りです。
古典的なミクロ経済学の中心分野は、消費者(家計)による意思決定を分析対象とする消費者理論(consumer theory)や、生産者(企業)による意思決定を分析と対象とする生産者理論(producer theory)などであり、そこで中心となるのは完全競争市場(perfectly competitive markets)の理論です。
消費者は自身の効用を最大化するために最適な消費行動を行い、生産者は自身の利潤を最大化するために最適な生産行動を行いますが、これらの主体にとって最適な行動は、商品の価格や所得、生産技術などの条件に依存して変化します。完全競争市場の理論では、価格や所得、生産技術などをモデルの外生条件とみなした上で、これらの条件が変化した場合に消費者や生産者の行動がどのように変化するかを分析するため、主体間の戦略的相互依存性は明示的には扱われません。その意味において、標準的な完全競争市場モデルは、通常のゲーム理論的分析とは異なる枠組みです。
もっとも、消費者たちが一斉に行動を変えれば市場の需給バランスが変化するため、その結果として市場価格は変化します。この意味において、消費者の行動は条件を変化させます。ただし、このような変化は消費者が集団として実現するものであり、個々の主体が単独で市場価格に影響を与えるわけではありません。仮に、個々の主体が自身の行動を通じて外生的な条件を変化させられるのであれば、それに応じて他の主体にとっての最適な行動も変化するため、そこでは戦略的相互依存関係が成立します。しかし、完全競争市場の理論では、個々の主体による意思決定が外生的な条件に影響を与える状況を考慮しないため、結果として、戦略的相互依存性を明示的に扱わない理論的枠組みになっています。
とは言え、現実の消費者や生産者が直面するすべての問題を、完全競争市場の理論が想定する状況、すなわちそれぞれの主体は外生的に与えられた条件のもとで効用や利潤を最大化する、というモデルに落とし込むことはできません。具体例を挙げると、複占市場(duopoly market)において競争する2つの企業が自身の利益を最大化しようとする場合、彼らは競争相手の行動を外生的に与えられた条件とはみなしません。なぜなら、彼らはともに大きな市場シェアを占めているため、各々が単独で商品の価格を始めとする条件を変化させることができるからです。つまり、複占市場において競争する両企業は相互依存的な状況に直面しているため、彼らが直面する意思決定問題を完全競争市場のモデルとして記述したのでは現実を上手く描写できないことになります。
複占市場のように戦略的相互依存性が重要な要因となる場を分析する際にはゲーム理論が役に立ちます。ゲーム理論を活用した複占市場の分析例としては、数量競争を念頭においたクールノーモデル(Cournot model)や、価格競争を念頭においたベルトランモデル(Bertrand model)などがあります。これらについては場を改めて詳しく解説します。
演習問題
- 一人の消費者が、価格の決まっている自動販売機で、どの飲み物を購入するかを決める。
- 二つの企業が、同じ市場で販売する商品の価格を同時に決める。
- 複数の受験者が、それぞれ異なる日時に、絶対評価による資格試験を受験する。
- 複数の受験者が、成績上位100人だけが合格する試験を受験する。
ログイン
会員向けコンテンツです。
まだ会員登録がお済みでない方は、会員登録ページよりアカウントを作成してください。