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経済学入門

事例分析:農産物市場における価格決定

目次

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農産物の総供給曲線の特徴

農産物の供給は短期的には非弾力的であり、外生的な要因により総供給曲線がシフトしやすい傾向があります。理由は以下の通りです。

農産物生産は栽培規模と栽培期間の制約を強く受けます。農産物を生産する際には作付面積をあらかじめ決定し、種まきから収穫まで数カ月かかるため、農産物価格が上昇しても供給量を即座に調整できません。そのため、短期的に農産物の供給は非弾力的であり、総供給曲線の傾きは大きくなる傾向があります。長期的には農地開発や新規参入、品種改良などを通じて供給量を増やすことができます。

多くの農産物は在庫調整が困難です。生鮮野菜や果物は収穫後すぐに消費する必要があるため、在庫を通じて供給を調整することが困難です。そのため、供給は非弾力的になります。他方で、米や小麦などの穀物は一定期間の保存が可能であるため、在庫調整を通じて供給を調整することがある程度は可能です。そのため、生鮮野菜や果物と比べると供給が弾力的になる傾向があります。

農産物の生産は天候や自然災害の影響を受けやすいという特徴があります。日照不足や台風、干ばつ、霜害などによって農産物の生産量が急減すると総供給曲線は左側へシフトします。

例(日本の農業市場における供給構造)
以上の特徴は一般論ですが、日本の農業市場ではさらに以下のような構造的制約が存在します。日本では農業人口の半数以上が高齢者であり、若年層の新規参入は限定的です。また、農地取得の手続きが複雑であり、農村地域での住居・インフラ・教育などの生活環境が十分でないことから、農業就業希望者の移住・定着には困難が伴います。加えて、小規模かつ分散的な農地構造や、機械導入が困難な地形条件などの要因も存在します。加えて、外国人労働者への依存度が高まる一方で、外国人労働者は数年ごとに入れ替わるため熟練労働者として定着しづらい環境があります。このような事情もあり、日本の農業市場では長期的にも供給を拡大できないという状況、すなわち総供給曲線の右側へのシフトが困難であるような状況が続いています。

 

農産物の総需要曲線の特徴

農産物の需要は非弾力的である傾向があります。理由は以下の通りです。

米や野菜、果物などの農産物は多くの人にとって日常的に消費する生活必需品であり、価格の変化に対して消費を急激に変化させることはできません。また、人間の胃袋の容量には限界があるため消費量にも限界があります。そのため、多くの農産物の需要は非弾力的であり、総需要曲線の傾きは大きくなる傾向があります。ただし、比較的高価な野菜や果物の需要は弾力的な側面があります。

多くの農作物は腐りやすく、鮮度が商品価値を左右するため、価格が安くなっても買いだめができません。逆に、価格が上がった場合、冷蔵保存ができず代替しづらい野菜はある程度購入されます。そのため、多くの農産物の需要は非弾力的であり、総需要曲線の傾きは大きくなる傾向があります。ただし、米やジャガイモ、玉ねぎなど保存可能性が高い農産物については、需要の価格弾力性がやや高めになる傾向があります。

 

農産物価格の特徴

短期的には農産物価格は乱高下する傾向があります。理由は以下の通りです。

農産物の供給と需要は非弾力的であることが明らかになりました。したがって、農産物の総供給曲線と総需要曲線はともに大きな傾きを持ちます。そのような状況において、天候不順など外生的な要因により総供給曲線が左側へシフトすると、農産物の価格は大きく上昇します。逆に、好天など外生的な要因により総供給曲線が右側へシフトすると、農産物の価格は大きく下落します。日照不足や台風、干ばつ、霜害など農産物の総供給曲線をシフトさせる要因が多いため、農産物の価格は不安定かつ乱高下します。

例(豊作貧乏)
農産物の供給と需要は非弾力的であるため、天候が良好で農作物が予想以上に収穫できた場合、農作物の価格が大きく下落します。価格非弾力的な商品については、価格が下落しても取引量がそれほど増加しないため、結果として農家の収入が減少してしまうという逆説的な状況が起こり得ます。これを豊作貧乏と呼びます。豊作の場合に農家はすべての生産物を市場に供給せず、一部を廃棄したり、出荷時期を調整するなどして市場価格の極端な下落を防ごうとする力が働きます。

例(凶作)
農産物の供給と需要は非弾力的であるため、天候不良などが原因で不作であった場合、農作物の価格が大きく上昇します。農作物の価格上昇は消費者の生活負担を増加させます。その一方で、価格非弾力的な商品については、価格が上昇しても取引量がそれほど減少しないため、結果として農家の収入が増加すると考えがちです。実際には、市場価格が上昇しても農協や仲介業者、小売業者などの流通経路を経ることで、農家への実際の支払い価格はそこまで上がらない場合があります。事前に契約価格が定められている場合についても同様です。また、不作の原因が気候変動ではなく台風や水害による設備被害や土壌劣化を伴う場合には、翌年以降の生産にも打撃を与えることがあります。

 

農産物市場における短期と長期

経済学における短期とは、一部の生産要素の投入量が固定されており、生産者が商品の供給量を自由に調整できないタイムスパンを指します。農業における短期とは、おおむね作付から収穫までの1つの周期を意味します。農業生産では季節や生育期間、土地や労働の制約があるため生産量は基本的に確定しており、市場の価格変動に対して供給量を調整するのが困難です。したがって、短期的な需要の変動や天候による供給ショックは、ほぼ価格の変動として現れます。凶作による価格の急騰や豊作貧乏などは、供給の価格非弾力性が支配的な短期に特有の減少です。

経済学における長期とは、すべての生産要素の投入量が可変であり、生産者が市場への参入・退出を含めて自由に供給量を調整できるタイムスパンを指します。長期になると、農業生産者は生産規模の調整、設備投資、土地利用の変更、技術の導入、労働力の再配置などが可能になります。また、農業への新規参入や撤退といった供給主体の入れ替わりも起こります。そのため、長期における総供給曲線は短期の場合よりも傾きが緩やかになり、価格の安定性は相対的に高くなる傾向があります。

 

価格安定化のための政策

農産物価格の不安定性は農家の所得の不安定性に直結します。そこで、各国の政府は価格変動リスクを軽減するために様々な政策を講じてきました。

例(最低価格制度)
政府が市場価格の下限を設定し、それを下回った場合に買い上げを行う制度を最低価格制度(価格支持)と呼びます。生産過剰や財政負担の増大を招きやすい点が欠点です。戦後日本における米や麦などを対象とした食糧管理制度が具体例です。

例(備蓄制度)
農産物を一時的に市場から隔離して価格を安定させる制度を備蓄制度と呼びます。価格が高騰した場合には備蓄から放出し、逆に価格が下落した場合には備蓄に回します。価格の急変を抑えられるものの、保存可能な品目に対象が限定されます。日本における備蓄米制度が具体例です。

例(生産調整)
需要に対して供給が過剰にならないよう、作付面積を調整したり、生産量の上限を設ける制度を生産調整と呼びます。日本における減反政策が具体例です。

例(所得補償制度)
市場価格に関わらず、一定の所得を生産者に保証することにより所得面での安定化を図る制度を所得補償制度と呼びます。予算管理が難しいという欠点があります。日本でかつて行われていた農業者戸別所得補償制度が具体例です。

例(保険制度)
自然災害や価格下落によって被害を受けた場合に、損失の一部を補てんする保険制度が存在します。日本における収入保険が具体例です。

農産物価格や農家の所得を安定させる政策は生産者保護の観点からは重要ですが、いくつか課題もあります。まず、過剰な保護は市場メカニズムを歪め、生産意欲や効率性を損なう恐れがあります。また、政策の実施に伴う財政的コストが高い場合、持続性に問題があります。したがって、単に価格を操作するのではなく、リスク分散や農業経営の自立性向上を促す政策もまた求められます。

 

演習問題

問題(短期と長期)
農産物市場において、総供給曲線が短期と長期とで異なる形状をとる理由を説明してください。

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問題(豊作貧乏)
「豊作貧乏」が生じる経済的なメカニズムを、需要と供給の枠組みを用いて説明してください。

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問題(価格安定策の必要性)
短期的には供給が固定されているにも関わらず、政府が価格安定策を講じない場合、市場にはどのような影響が出るでしょうか。農産物市場を対象に、生産者と消費者の両面から論じてください。

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問題(農業政策とタイムスパン)
農業政策を設計する上では、短期と長期を区別して考えることが不可欠である理由を説明してください。また、短期と長期において、それぞれどのような政策が要請されるか説明してください。

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問題(スマート農業の影響)
農業のデジタル化は、短期・長期のどちらの供給調整能力により大きな影響を与えるでしょうか。議論してください。

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関連知識

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