債券の定義
貨幣を「完全な流動性を持つ資産」と定義するとともに、貨幣には交換手段・価値尺度・価値貯蔵手段としての機能があることを解説しました。貨幣市場における貨幣への需要を理解するためには、人々が貨幣を保有することにより犠牲にするもの、すなわち機会費用を把握する必要があります。貨幣の機会費用を具体的に体現するのが債券(bonds)です。
通常、債券とは、発行体(借り手)による将来の債務返済を約束する有価証券のことを指します。つまり、政府や企業などの発行体が、資金を調達するために発行する負債証書を債券と呼びます。債券を購入する者(貸し手)は、満期までの間、定期的に利子を受け取る権利を持ち、満期時には元本の額面価格が償還されます。
一方、マクロ経済学の基礎的なモデルを構築する際には、貨幣以外の資産をすべてまとめて債券(bonds)と呼びます。したがって、マクロ経済学が定義する広義の債券の中には、負債証書としての狭義の債券が含まれるだけでなく、株式や投資信託、不動産なども含まれます。つまり、マクロ経済学では、「利子を生むが、流動性が貨幣に劣るすべての資産」を総称して債券と呼ぶということです。
貨幣は完全な流動性を持ちますが、利子を生み出しません。一方、債券の流動性は不完全ですが、利子を生み出します。人々が貨幣を保有することは流動性を選択することを意味しますが、それは同時に、債券がもたらす収益性を犠牲にすることを意味します。資産を貨幣と債券に分類することは、人々が流動性と収益性のトレードオフに直面しながら資産選択を行う状況を想定することを意味します。
$$\begin{array}{ccc}
\hline
資産のカテゴリー & 流動性 & 収益性 \\ \hline
貨幣 & 完全(即時決済可能・取引費用ゼロ) & 低い(ほぼゼロ)\\ \hline
債券 & 不完全(換金に時間と費用がかかる) & 高い(利子・配当・値上がり益) \\ \hline
\end{array}$$
債券価格と利子率の逆相関
広義の債券は様々なリターン(利子、配当、値上がり益など)をもたらしますが、マクロ経済学モデルでは、これらのリターンを利子率(interest rate)と呼ばれる単一の指標で代表させます。ただし、マクロ経済学に登場する利子率には名目利子率(nominal interest rate)と実質利子率(real interest rate)の2種類があり、これらを区別する必要があります。本節に関係あるのは名目利子率です。実質利子率については必要になった段階で改めて解説します。
名目利子率とは、債券の取引に対して実際に支払われる金利です。言い換えると、貨幣を保有するかわりに債券を保有することにより得られる名目的なリターンであり、貨幣保有の機会費用を表します。名目利子率を、\begin{equation*}
i\geq 0
\end{equation*}で表記します。名目利子率が\(i\)であることとは、貨幣を1単位保有することを諦めて今期において市場で債券を購入すれば、来期において、その1単位の貨幣が、\begin{equation*}1\left( 1+i\right) =1+i
\end{equation*}にまで増加することを意味します。債券がもたらすリターンが\(i\)であるということです。逆に、債券を購入せずに1単位の貨幣を保有し続けることは、債券がもたらすリターン\(i\)を諦めることを意味するため、名目利子率\(i\)は貨幣保有の機会費用に相当します。
名目利子率は債券がもたらすリターンであるため、名目利子率と債券の市場価格の間には深い関係があります。では、債券の市場価格はどのように決定されるのでしょうか。また、債券価格と名目利子率の間にはどのような関係が成立するのでしょうか。
現時点\(t=0\)において市場で債券を購入した場合に将来の各時点\(t\in\left\{ 1,2,\cdots ,T\right\} \)において得る収入を、時点\(t\)におけるキャッシュフロー(cash flow at time \(t\))と呼び、\begin{equation*}CF_{t}\geq 0
\end{equation*}で表記することとします。説明の便宜上、貨幣の単位として「円」を採用します。
貨幣を債券の購入にまわした場合に得られる来期のキャッシュフローは\(CF_{1}\)円ですが、これは現在保有している\(CF_{1}\)円の貨幣と同じ価値を持つわけではありません。実際、現在保有している\(\frac{CF_{1}}{1+i}\)円の貨幣を債券の購入にまわせば、来期において、\begin{equation*}\frac{CF_{1}}{1+i}\left( 1+i\right) =CF_{1}
\end{equation*}になり、これは来期のキャッシュフロー\(CF_{1}\)と一致します。以上より、来期\(t=1\)にもたらされるキャッシュフロー\(CF_{1}\)を現時点\(t=0\)において評価すると、その価値は、\begin{equation*}\frac{CF_{1}}{1+i}
\end{equation*}になることが明らかになりました。これを\(CF_{1}\)の現在割引価値(discounted present value)と呼びます。
議論を一般化します。貨幣を債券の購入にまわした場合に\(t\)期に得られるキャッシュフローは\(CF_{t}\)円ですが、これは現在保有している\(CF_{t}\)円の貨幣と同じ価値を持つわけではありません。実際、現在保有している\(\frac{CF_{t}}{\left( 1+i\right) ^{t}}\)円の貨幣を債券の購入にまわせば、\(t\)期において、\begin{equation*}\frac{CF_{t}}{\left( 1+i\right) ^{t}}\left( 1+i\right) ^{t}=CF_{t}
\end{equation*}になり、これは\(t\)期のキャッシュフロー\(CF_{t}\)と一致します。以上より、\(t\)期にもたらされるキャッシュフロー\(CF_{t}\)を現時点\(t=0\)において評価すると、その価値は、\begin{equation*}\frac{CF_{t}}{\left( 1+i\right) ^{t}}
\end{equation*}になる明らかになりました。これが\(CF_{t}\)の現在割引価値です。
現時点\(t=0\)において債券を購入すれば将来の各時点\(t\in \left\{ 1,2,\cdots ,T\right\} \)においてキャッシュフロー\(CF_{t}\geq 0\)が得られます。各期において生み出されるキャッシュフローを現在割引価値に換算した上で、その評価額の総和を、\begin{eqnarray*}B &=&\sum_{t=1}^{T}\frac{CF_{t}}{\left( 1+i\right) ^{t}} \\
&=&\frac{CF_{1}}{1+i}+\frac{CF_{2}}{\left( 1+i\right) ^{2}}+\cdots +\frac{CF_{T}}{\left( 1+i\right) ^{T}}
\end{eqnarray*}で表記します。他方で、債券市場において債券が実際に売買されている市場価格を\(P_{B}\)で表記します。
\(P_{B}>B\)が成り立つ場合、債券を購入するためには現時点において\(P_{B}\)だけ支払う必要がありますが、購入した債券がもたらすリターンの現在割引価値は\(B\)であるため、この取引により損をします。したがって、債券は購入されません。また、同様の理由により、現時点において債券を保有している人は債券を売却します。債券市場が機能しているならば、このような取引により債券価格\(P_{B}\)が下落します。
\(P_{B}<B\)が成り立つ場合、債券を購入するためには現時点において\(P_{B}\)だけ支払う必要がありますが、購入した債券がもたらすリターンの現在割引価値は\(B\)であるため、この取引により得をします。したがって、債券は購入されます。また、同様の理由により、現時点において債券を保有している人は債券を保有し続けます。債券市場が機能しているならば、このような取引により債券価格\(P_{B}\)が上昇します。
以上の理由により、債券の市場価格\(P_{B}\)は債券の現在割引価値\(B\)と一致すること、すなわち、\begin{equation}P_{B}=\sum_{t=1}^{T}\frac{CF_{t}}{\left( 1+i\right) ^{t}} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことが明らかになりました。名目利子率\(i\)が上昇すると将来のキャッシュフローをより大きく割り引くため各期のキャッシュフロー\(CF_{t}\)の現在割引価値\(\frac{CF_{t}}{\left( 1+i\right) ^{t}}\)が下がります。したがって\(\left( 1\right) \)の右辺は名目利子率\(i\)に関する減少関数であるため、それと一致する\(P_{B}\)もまた\(i\)に関する減少関数です。以上の事実は、以下の関係\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \text{名目利子率}i\text{が上昇すると債券の市場価格}P_{B}\text{は下落する} \\
&&\left( b\right) \ \text{名目利子率}i\text{が下落すると債券の市場価格}P_{B}\text{は上昇する}
\end{eqnarray*}が成り立つことを意味します。つまり、名目利子率\(i\)が上昇すると債券の相対的な魅力が低下し、債券の価格は下落します。逆に、名目利子率\(i\)が下落すると債券の相対的な魅力が向上し、債券の価格は上昇します。
&=&\frac{C}{1+i}+\frac{C}{\left( 1+i\right) ^{2}}+\cdots +\frac{C}{\left(
1+i\right) ^{T}}+\frac{D}{\left( 1+i\right) ^{T}}
\end{eqnarray*}と表現できます。\(T\)が償還期間です。
コンソル債
これまでは債券の価値を一般的な形で記述してきましたが、マクロ経済学のモデルでは多くの場合、債券をコンソル債(consols)として記述します。コンソル債とは、額面に対する一定の割合が利息として永続的に支払われるような債券です。各期の利息が一定であり、償還期間が無限であるということです。
名目利子率が\(i>0\)であり、コンソル債の額面金額が\(A\geq 0\)であり、各期において、額面\(A\)に対して\(\alpha \geq 0\)の割合で利息が永続的に支払われる状況を想定します。各期\(t\in \left\{ 1,2,\cdots \right\} \)のキャッシュフローは\(\alpha A\)であるため、その現在割引価値は、\begin{equation*}\frac{\alpha A}{\left( 1+i\right) ^{t}}
\end{equation*}です。したがって、コンソル債の現在割引価値は、\begin{eqnarray*}
B &=&\frac{\alpha A}{1+i}+\frac{\alpha A}{\left( 1+i\right) ^{2}}+\cdots \\
&=&\sum_{t=1}^{+\infty }\frac{\alpha A}{\left( 1+i\right) ^{t}} \\
&=&\lim_{T\rightarrow +\infty }\sum_{t=1}^{T}\frac{\alpha A}{\left(
1+i\right) ^{t}}\quad \because \text{無限級数の和の定義} \\
&=&\alpha A\lim_{T\rightarrow +\infty }\sum_{t=1}^{T}\frac{1}{\left(
1+i\right) ^{t}} \\
&=&\alpha A\lim_{T\rightarrow +\infty }\frac{\frac{1}{1+i}\left\{ 1-\left(
\frac{1}{1+i}\right) ^{T}\right\} }{1-\frac{1}{1+i}}\quad \because \text{等比数列の和} \\
&=&\alpha A\frac{\frac{1}{1+i}}{1-\frac{1}{1+i}}\quad \because i>0 \\
&=&\frac{\alpha A}{i}
\end{eqnarray*}となります。
以上の証明では\(i>0\)という条件が必須です。仮に、\(i=0\)である場合、\begin{eqnarray*}B &=&\frac{\alpha A}{1+i}+\frac{\alpha A}{\left( 1+i\right) ^{2}}+\cdots \\
&=&\alpha A+\alpha A+\cdots
\end{eqnarray*}となり、この無限級数は発散してしまいます。
いずれにせよ、債券市場が機能していれば債券の現在割引価値と市場価格が一致するため、コンソル債の市場価格もまた、\begin{equation}
P_{B}=\frac{\alpha A}{i} \quad \cdots (1)
\end{equation}と定まります。\(\left( 1\right) \)の右辺は名目利子率\(i\)に関する減少関数であるため、それと一致する\(P_{B}\)もまた\(i\)に関する減少関数です。以上の事実は、以下の関係\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \text{名目利子率}i\text{が上昇すると債券の市場価格}P_{B}\text{は下落する} \\
&&\left( b\right) \ \text{名目利子率}i\text{が下落すると債券の市場価格}P_{B}\text{は上昇する}
\end{eqnarray*}が成り立つことを意味します。この結果は先の議論の結論と整合的です。さらに、\(\left( 1\right) \)より、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ i=\alpha \Rightarrow P_{B}=A \\
&&\left( b\right) \ i>a\Rightarrow P_{B}<A \\
&&\left( c\right) \ i<a\Rightarrow P_{B}>A
\end{eqnarray*}を得ます。\(\left( a\right) \)が成り立つことは、債券の表面利率\(\alpha \)と市場利子率\(i\)が一致する場合、債券は額面価格で取引されることを意味します。\(\left( b\right) \)は市場利子率が表面利率を上回ると割引債となり、\(\left( c\right) \)は市場利子率が表面利率を下回ると割増債になることを意味します。
貨幣市場と債券市場の関係(ワルラスの法則)
マクロ経済学の分析においては、資産市場は、貨幣市場と債券市場の2つから構成されるものとみなされます。それぞれの市場における需要と供給を、\begin{eqnarray*}
M_{d} &:&\text{貨幣市場における需要} \\
M_{s} &:&\text{貨幣市場における供給} \\
B_{d} &:&\text{債券市場における需要} \\
B_{s} &:&\text{債券市場における供給}
\end{eqnarray*}で表記します。
家計が保有する資産の総量を、\begin{equation*}
W
\end{equation*}で表記します。分析期間内では家計全体の名目資産総量\(W\)が一致であるものと仮定します。また、貨幣以外の資産を債券と定義しているため、貨幣需要\(M_{d}\)と債券需要\(B_{d}\)の合計は、家計が保有する資産の総量と一致します。つまり、\begin{equation}W=M_{d}+B_{d} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つということです。
経済全体で市場に供給されている貨幣の総量\(M_{s}\)と債券の総量\(B_{s}\)の合計は、経済全体に存在する資産の総量\(W\)と一致します。つまり、\begin{equation}W=M_{s}+B_{s} \quad \cdots (2)
\end{equation}が成り立つということです。
\(\left( 1\right) ,\left( 2\right) \)より、\begin{equation*}M_{d}+B_{d}=M_{s}+B_{s}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation}
\left( M_{d}-M_{s}\right) =\left( B_{s}-B_{d}\right) \quad \cdots (3)
\end{equation}を得ます。\(\left( 3\right) \)の左辺は貨幣市場における超過需要であり、\(\left( 3\right) \)の右辺は債券市場における超過供給ですが、\(\left( 3\right) \)より、これらは一致します。\(\left( 3\right) \)が資産市場におけるワルラスの法則(Walras’s law)と呼びます。これは、人々が貨幣を過剰に欲すれば(貨幣市場における超過需要)、その分だけ債券を売却する必要があるという(債券市場における超過供給)、資産選択の二者択一性を反映しています。
ワルラスの法則\(\left( 3\right) \)のもとでは、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ M_{d}=M_{s}\Rightarrow B_{s}=B_{d} \\
&&\left( b\right) \ B_{s}=B_{d}\Rightarrow M_{d}=M_{s}
\end{eqnarray*}がともに成り立ちます。つまり、貨幣市場と債券市場の中の一方が均衡している場合、他方の市場もまた必ず均衡しています。したがって、マクロ経済分析において、資産市場の均衡条件を分析する際には、貨幣市場の均衡条件に焦点を当てるだけで十分です。なぜなら、貨幣市場の均衡条件が達成されている場合、ワルラスの法則より、債券市場もまた均衡していることが保証されるからです。
貨幣市場と債券市場の均衡条件が同時に成り立つ場合、利子率\(i\)は資産市場の均衡利子率として定まります。この関係は後にLM曲線として表現されます。LM曲線については場を改めて解説します。
債券の歴史的進化
近代的な債券システムが確立したのは、ヴェネツィアやジェノヴァなどの中世のイタリア都市国家においてです。国債が発行される前には、国王の私的な借金という形をとっていたため、返済が安定的に行われませんでした。債務を累積した国王は財源と債務を議会に委譲し、政府が主体となって債券を発行する形で資金を調達するようになりました。債券は裕福な市民に販売され、元本と利息の支払いを保証しました。
債券が金融市場の中心的な存在になったことは、イギリスの発展と深く関わっています。名誉革命後にフランスとの間で戦争が起きた結果、イギリスの財政支出が跳ね上がりました。それまで国王の借金に対して抑制的であった議会も国債発行を承諾せざるを得なくなり、政府は毎年安定した利息を支払う限り、元本の償還に期限を設けない長期の公債を発行できるようになりました。これがコンサル債の原型です。安定した国債市場が形成されたことで、政府は巨額の資金を安定的に調達できるようになり、これがイギリスの軍事力と経済的覇権を支える基盤になりました。
産業革命後には鉄道や電力などの大型投資に長期資金が必要になり、債券が資金源として活用されるようになります。20世紀後半以降、国際資本市場が整備されると、政府・企業・金融機関・個人が互いに債券を通じて資金を融通し合うようになり、様々な債券が生み出されました。今日の債券市場は、たんなる資金調達の場にとどまらず、金融政策の主要な伝達経路として機能しています。
演習問題
- 利息\(C\)が\(5\)円、額面\(F\)が\(100\)円、名目利子率\(i\)が\(5\)パーセント(\(0.05\))。
- 利息\(C\)が\(5\)円、額面\(F\)が\(100\)円、名目利子率\(i\)が\(10\)パーセント(\(0.1\))。
- コンソル債の価格\(P_{B}\)を求める公式を記述してください。
- 毎年\(10\)円の利息が支払われるコンソル債があるとき、名目利子率が\(2\)パーセント(\(0.02\))であれば、債券価格はいくらになりますか。
- 名目利子率が上昇した場合、債券価格はどうなりますか。「現在割引価値」という言葉を使って説明してください。
M_{d} &:&\text{貨幣需要} \\
M_{s} &:&\text{貨幣供給} \\
B_{d} &:&\text{債券需要} \\
B_{s} &:&\text{債券供給} \\
W &:&\text{経済全体の富}
\end{eqnarray*}と定めます。以下の問いに答えてください。
- 予算制約式(資産総額と需要・供給の関係)から導かれる恒等式\begin{equation*}\left( M_{d}-M_{s}\right) +\left( B_{d}-B_{s}\right) =0
\end{equation*}を用いて、貨幣市場が均衡しているとき(\(M_{d}=M_{s}\))、債券市場がどうなっているかを説明してください。 - 名目利子率\(i\)が上昇した結果、人々が手元の現金を減らして債券を買おうとした場合、債券価格\(P_{B}\)にはどのような圧力がかかりますか。
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