国民経済計算(SNA)
経済活動を記録するための統一基準のことを会計(account)と呼びます。会計の代表例としては、個人や家計を対象とする家計簿(household accounting)、民間企業を対象とする法人会計(corporate accounting)、中央政府や地方公共団体を対象とする公会計(public accounting)などが挙げられます。
一国の経済活動の全体像を記録するために国連が定める会計を国民経済計算(System of National Accounts, SNA)と呼びます。国連の加盟国はSNAに準拠する形で自国の統計を整備しています。日本もまたSNAにもとづいて国民経済計算(National Accounts of Japan, SNA)を整備し、毎年発表しています。
SNAの意義は、国の経済全体の構造と動向を体系的かつ数量的に把握するための共通の基盤を提供することにあります。また、各国が共通の基準を採用することにより、所得水準や経済成長率などの国際比較が可能になります。
SNAが提供する数多くの経済指標の中で最も重要な指標の1つが国内総生産(GDP)です。以下ではGDPについて解説します。
国内総生産(GDP)の定義
国内総生産はGross Domestic Productの訳語です。英語の頭文字をとってGDPと呼ばれます。Gross Domestic Productの日本語訳は「国内の生産活動で産出された総量」であり、その正確な定義は「ある一定期間において、ある国の経済において生産された、財・サービスの付加価値の総額」です。意味は以下の通りです。
GDPは「ある一定期間」において生み出された価値を表す指標です。ある期間内に発生した量を表す変数をフロー(flow)と呼び、過去からある時点までのフローの蓄積量を表す変数をストック(stock)と呼びます。GDPはある期間において新たに生み出された価値の合計であり、それ以前から生み出され続けてきた価値の蓄積量ではありません。したがってGDPはフロー変数です。GDPの集計期間としては1年や四半期(3カ月)などが主に採用されます。
GDPは「ある国の経済において生産された」価値を表す指標です。日本を念頭においた場合、日本人によるものであれ外国人によるものであれ、日本国内で新たに生産された価値であれば、それは日本のGDPに含まれます。逆に、日本人が海外で新たに生産した価値は日本のGDPに含まれません。
GDPは「財・サービスの付加価値」の総額を表す指標です。GDPは単なる生産額の総計ではなく、新たに加えられた生産額の総計であるということです。付加価値(added value)の意味を理解するために、国内で活動する企業\(i\)が別の企業\(j\)から原材料を仕入れた上で、それを用いて製品を生産する状況を想定します。企業が製品を生産する際に、原材料や部品、エネルギーなど、他の企業から購入する財やサービスのことを中間投入物(intermediate input)と呼びます。企業\(i\)が経済に新たに加えた生産額を得るためには、企業\(i\)が生み出した生産額から企業\(i\)が支出した中間投入額を差し引く必要があります。なぜなら、中間投入物は別の企業\(j\)が生産したものであり、企業\(i\)が新たに生産したものではないからです。したがって、以下の関係\begin{equation}\text{企業}i\text{による付加価値}=\text{企業}i\text{による生産額}-\text{企業}i\text{による中間投入額} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立ちます。企業が中間投入物を海外から輸入する場合にも同様の議論が成り立ちます。なぜなら、その場合の中間投入物は、外国企業が経済に対して新たに加えた生産額だからです。いずれにせよ、GDPは国内企業による付加価値の合計であるため、以下の関係\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による付加価値の合計} \\
&=&\sum_{i}\text{国内企業}i\text{による付加価値} \\
&=&\sum_{i}\left( \text{国内企業}i\text{による生産額}-\text{国内企業}i\text{による中間投入額}\right) \quad \because \left( 1\right) \\
&=&\sum_{i}\text{国内企業}i\text{による生産額}-\sum_{i}\text{国内企業}i\text{による中間投入額} \\
&=&\text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内企業による中間投入額の合計}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。
$$\begin{array}{cccccc}
\hline
生産者 & 所在地 & 生産物 & 生産額 & 中間投入額 & 付加価値 \\ \hline
飼料メーカー & 海外 & 飼料穀物 & 20 & 0 & 20 \\ \hline
酪農家 & 国内 & 生乳 & 60 & 20 & 40 \\ \hline
乳業メーカー & 国内 & 乳製品 & 120 & 60 & 60 \\ \hline
菓子メーカー & 国内 & お菓子 & 250 & 120 & 130 \\ \hline
\end{array}$$
付加価値に注目すると、この経済の1年間のGDPは、\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による付加価値の合計} \\
&=&40+60+130 \\
&=&230
\end{eqnarray*}として得られます。もしくは、\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内企業による中間投入額の合計} \\
&=&\left( 60+120+250\right) -\left( 20+60+120\right) \\
&=&230
\end{eqnarray*}と計算しても同じ結果が得られます。ちなみに、海外企業を含めたすべての企業による付加価値の合計は、\begin{equation*}
20+40+60+130=250
\end{equation*}ですが、これをGDPとして採用できません。なぜなら、GDPは国内の生産主体による付加価値の合計であるからです。また、国内企業による生産額の合計は、\begin{equation*}
60+120+250=430
\end{equation*}ですが、これをGDPとして採用できません。なぜなら、GDPは単なる生産額の総計ではなく、新たに加えられた生産額の合計であるからです。生産額の合計である\(430\)と真のGDPである\(230\)の間には\(200\)の乖離がありますが、これは中間投入額の合計である、\begin{equation*}20+60+120=200
\end{equation*}と一致します。つまり、総生産額\(430\)をGDPとして採用することは、中間投入額を二重に加算する誤りを犯していることを意味します。
最終生産額を用いたGDPの算出方法
生産された財・サービスのうち、中間投入として他の財・サービスの生産に使われないものを最終生産物(final goods)と呼びます。
国内総生産、すなわちGDPは、\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による付加価値の合計} \\
&=&\text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内企業による中間投入額の合計}
\end{eqnarray*}と定義されます。中間投入に関しては以下の関係\begin{eqnarray*}
&&\text{国内企業による中間投入額の合計} \\
&=&\text{国内から購入した中間投入額の合計}+\text{海外から購入した中間投入額の合計}
\end{eqnarray*}が成り立つため、\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内企業による中間投入額の合計} \\
&=&\text{国内企業による生産額の合計} \\
&&-\left( \text{国内から購入した中間投入額の合計}+\text{海外から購入した中間投入額の合計}\right) \\
&=&\left( \text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内から購入した中間投入額の合計}\right) \\
&&-\text{海外から購入した中間投入額の合計}
\end{eqnarray*}を得ます。国内企業による生産額の合計から国内から購入した中間投入額の合計を差し引くという行為は、すべての国内企業の総売上から原材料コストを差し引くことで二重計上部分を取り除くことを意味します。その結果残るのは国内で新たに生み出された価値、すなわち最終生産物の市場価値の総和と一致するため、以下の関係\begin{eqnarray*}
&&\text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内から購入した中間投入額の合計} \\
&=&\text{国内企業による最終生産額の合計}
\end{eqnarray*}が成り立ち、したがって、\begin{eqnarray*}
GDP &=&\left( \text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内から購入した中間投入額の合計}\right) \\
&&-\text{海外から購入した中間投入額の合計} \\
&=&\text{国内企業による最終生産額の合計}-\text{海外から購入した中間投入額の合計}
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
GDP=\text{国内企業による最終生産額の合計}-\text{海外から購入した中間投入額の合計}
\end{equation*}を得ます。
$$\begin{array}{cccccc}
\hline
生産者 & 所在地 & 生産物 & 生産額 & 中間投入額 & 付加価値 \\ \hline
飼料メーカー & 海外 & 飼料穀物 & 20 & 0 & 20 \\ \hline
酪農家 & 国内 & 生乳 & 60 & 20 & 40 \\ \hline
乳業メーカー & 国内 & 乳製品 & 120 & 60 & 60 \\ \hline
菓子メーカー & 国内 & お菓子 & 250 & 120 & 130 \\ \hline
\end{array}$$
付加価値に注目すると、この経済の1年間のGDPは、\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による付加価値の合計} \\
&=&40+60+130 \\
&=&230
\end{eqnarray*}として得られます。同じことを最終生産額に注目して導出します。飼料メーカーは海外企業であるため除外されます。酪農家は国内企業であり\(60\)だけ生産しますが、それはすべて乳業メーカーの中間投入物になるため、酪農家による最終生産額は\(0\)です。同様の理由により、乳業メーカーによる最終生産額もまた\(0\)です。菓子メーカーは国内メーカーであり\(250\)だけ生産しますが、これは他の企業の中間投入として使われないため、菓子メーカーが生み出した最終生産額は\(250\)です。ただし、そのうちの\(20\)は海外から購入した中間投入であるため、\begin{eqnarray*}GDP &=&\text{国内企業による最終生産額の合計}-\text{海外から購入した中間投入額の合計} \\
&=&250-20 \\
&=&230
\end{eqnarray*}となり、先と同じ結果が得られました。
市場取引と帰属計算
原則として、GDPの計上対象になるのは市場で取引される財・サービスだけです。市場で取引されない財・サービスはGDPに計上されません。
市場で取引されない財・サービスが例外的にGDPに計上されることもあります。実際にはその財・サービスが市場で取引されていないにも関わらず、あたかもそれが市場で取引されたものとみなし、市場で取引された場合の価格を想定してGDPに計上することを帰属計算(imputation)と呼びます。
演習問題
- ある時点における雇用者数
- ある年における年間所得
- ある時点における預金残高
- ある週における消費額
- ある月における労働時間
- 海外アーティストが日本公演によって得た所得
- 日本国内において親が子へ残す遺産
- 日本企業が海外の工場で生産し、海外で販売した製品の価値
- 日本国内の公共図書館が提供する図書館サービスの価値
- あなたが近所のカフェで飲んだコーヒーの代金
- 国民総生産は、国内において生産された付加価値と、海外に居住する人々が国内に出資した分に相当する付加価値との合計である。
- 国内総生産には、国内に住宅を所有する家計は自己に住宅を賃貸しているとみなされ、持ち家の帰属家賃が含まれる。
- 1億円の土地が売買され、その取引を仲介した不動産業者に10パーセントの仲介手数料が支払われた場合、この取引による土地の代金と仲介手数料はGDPに計上される。
- GDPには、市場で取引されるものがすべて計算されるわけではなく、各産業の生産額から原材料などの中間生産物額を差し引いた付加価値だけが形状される。
- 農家の生産物の自己消費分は市場で取引されていなくてもその金額がGDPに計上されるのと同様に、サラリーマンが庭で野菜を栽培し、それを自分で消費する場合も自家消費分としてGDPに計上される。
- 日本の企業がアメリカへ進出し、そこに工場を建てて生産を行った場合、現地で雇用したアメリカ人労働者が得た所得はアメリカのGDPを増加させるが、日本から派遣された日本人労働者が得た所得は日本のGDPを増加させることになる。
- 繊維産業の売り上げは800億円であり、中間投入は300億円です。ただし、200億円分の原料は国内の企業から購入し、100億円分の原料は海外から輸入しています。
- アパレル産業の売上は2500億円であり、中間投入は800億円です。ただし、800億円分の原料は国内の繊維産業から仕入れています。
- 小売業の売り上げは4000億円であり、中間投入は2500億円です。ただし、2500億円分の衣料品は国内のアパレル産業から仕入れています。
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