デフレギャップとインフレギャップ
閉鎖経済における総供給関数\(AS\left( Y\right) \)と総需要関数\(AD\left( Y\right) \)がそれぞれ、\begin{eqnarray*}AS\left( Y\right) &=&Y \\
AD\left( Y\right) &=&c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right) +I+G
\end{eqnarray*}で与えられているものとします。ただし、\(Y>0\)は国民所得を表す内生変数であり、\(T>0\)は所得税を表す外生変数であり、\(I>0\)は投資を表す外生変数であり、\(G>0\)は政府支出を表す外生変数であり、\(c_{0},c_{1}\in \mathbb{R} \)は\(c_{0}>0\)かつ\(0<c_{1}<1\)を満たす定数です。
生産主体と消費主体は独立に意思決定を行うため総需要と総供給は一致するとは限りません。つまり、\begin{equation*}
AS\left( Y\right) =Y\not=AD\left( Y\right)
\end{equation*}が成り立つということです。価格が硬直的な短期では、企業は超過需要や超過供給を解消するために数量調整(増産ないし減産)によって\(AS\left(Y\right) \)を変化させます。このような数量調整は、国民所得\(Y\)すなわち総供給\(AS\left( Y\right) \)が、企業が実際に売れると期待する水準\(AD\left( Y\right) \)と一致するまで行われます。つまり、数量調整の結果、短期における財市場均衡条件\begin{equation*}AS\left( Y\right) =AD\left( Y\right)
\end{equation*}を満たす国民所得\(Y\)の水準、すなわち均衡国民所得が、\begin{equation*}Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}と定まるとともに、均衡において、\begin{equation*}
AS\left( Y^{\ast }\right) =Y^{\ast }=AD\left( Y^{\ast }\right)
\end{equation*}が成立します。以上の事実は、経済の生産水準(総供給)が、実際に売れる水準(総需要)によって一方的に決定されることを意味します。以上のような調整メカニズムを有効需要の原理と呼びます。
短期において数量調整の結果として実現する均衡国民所得\(Y^{\ast }\)のもとでは財市場は均衡しますが、労働市場や資本市場は均衡しているとは限りません。一方、価格が変動する長期を想定した場合、物価や賃金が柔軟に変化することにより、何らかの実質レントと実質賃金および労働量と資本量のもとで2つの市場が均衡します(完全雇用)。完全雇用下では生産要素である資本と労働は適切に配分され、生産部門は利潤最大化を実現し、家計は効用最大化を実現しています。したがって、完全雇用は経済全体として最も効率的な状態であると言えます。完全雇用を実現する均衡資本量\(K^{\ast }\)と均衡労働量\(L^{\ast }\)を生産関数\(F\left( K,L\right) \)に代入することにより得られる値\begin{equation*}Y_{F}=F\left( K^{\ast },L^{\ast }\right)
\end{equation*}は経済の供給能力を最大限に活用した場合の国民所得であり、これを完全雇用国民所得と呼びます。
完全雇用国民所得\(Y_{F}\)はいわば国民所得の最大値の理論値であり、短期という制約のもとで実現する均衡国民所得\(Y^{\ast }\)と一致するとは限りません。短期では物価や賃金が硬直的であるため、総需要が変動しても価格調整ではなく数量調整で対応せざるを得ないからです。
短期における均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)を下回る場合、すなわち、\begin{equation*}Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}が成り立つ状態をデフレギャップと呼びます。デフレギャップが長期にわたって持続すると、価格メカニズムを通じてデフレギャップは解消される方向へ動きますが、そのプロセスにおいてデフレが生じます。デフレの問題を考慮すると、デフレギャップはデフレによって自然解消されるのを待つのではなく、様々な政策によって、経済に負担をかけずに意図的に解消することがマクロ経済政策の基本方針となります。具体的には、デフレギャップが存在する場合には以下の条件\begin{equation*}
Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}が成立するため、デフレギャップを解消するためには左辺の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を上昇させて、それを完全雇用国民所得\(Y_{F}\)に一致させる必要があります。
短期における均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)を上回る場合、すなわち、\begin{equation*}Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}が成り立つ状態をインフレギャップと呼びます。インフレギャップが長期にわたって持続すると、価格メカニズムを通じてインフレギャップは解消される方向へ動きますが、そのプロセスにおいてインフレが生じます。インフレの問題を考慮すると、インフレギャップはインフレによって自然解消されるのを待つのではなく、様々な政策によって、経済に負担をかけずに意図的に解消することがマクロ経済政策の基本方針となります。具体的には、インフレギャップが存在する場合には以下の条件\begin{equation*}
Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}が成立するため、インフレギャップを解消するためには左辺の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を下落させて、それを完全雇用国民所得\(Y_{F}\)に一致させる必要があります。
短期における均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}であるため、デフレギャップやインフレギャップを解消するためには右辺を構成するパラメータの値を変化させる必要がありますが、以下では政府支出\(G\)を変化させる政策について解説します。
政府支出\(G\)は国民経済計算(SNA)における「政府最終消費支出」に相当します。政府最終消費支出は、政府が公共サービスを提供するために行う最終消費支出に相当します。つまり、政府最終消費支出は政府が直接操作できるパラメータです。
政府支出を通じたデフレギャップの解消
デフレギャップが起きている状況を想定します。つまり、\begin{equation*}
Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) <Y_{F}
\end{equation*}が成立するということです。政府支出\(G\)の増加を通じて左辺を右辺と一致させるためには、\(G\)をどの程度増やす必要があるでしょうか。
短期における均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}であるため、政府支出を\(\Delta G>0\)だけ増やすと、新たな均衡国民所得が、\begin{equation*}Y^{\ast \ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G+\Delta G\right)
\end{equation*}として定まります。両者を比較すると、\begin{eqnarray*}
\Delta Y &=&Y^{\ast \ast }-Y^{\ast } \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G+\Delta G\right) -\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}} \\
&>&0\quad \because \Delta G>0\text{かつ}0<c_{1}<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}>0 \quad \cdots (1)
\end{equation}を得ます。以上より、政府支出を\(\Delta G\)だけ増やすと均衡国民所得が\(\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}\)だけ増えることが明らかになりました。さらに、\begin{eqnarray*}\frac{\left\vert \Delta Y\right\vert }{\left\vert \Delta G\right\vert } &=&\frac{\left\vert \frac{\Delta G}{1-c_{1}}\right\vert }{\left\vert \Delta
G\right\vert }\quad \because \left( 1\right) \\
&=&\frac{\frac{\Delta G}{1-c_{1}}}{\Delta G}\quad \because \Delta G>0\text{かつ}0<c_{1}<1 \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}} \\
&>&1\quad \because 0<c_{1}<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\left\vert \Delta Y\right\vert >\left\vert \Delta G\right\vert
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、政府支出の増分よりも均衡国民所得の増分の方が大きいということです。理由については後述します。
均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を政府支出\(G\)について偏微分することにより得られる値\begin{eqnarray*}\frac{\partial Y^{\ast }}{\partial G} &=&\frac{\partial }{\partial G}\left[
\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) \right] \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}}
\end{eqnarray*}を政府支出乗数(government expenditure multiplier)と呼びます。これは定数であるため、政府支出乗数が\(\frac{1}{1-c_{1}}\)であるという事実は、政府支出\(G\)がどのような水準であったとしても、そこを出発点とした上で、その他を一定とした上で\(G\)だけを\(1\)単位増やした場合、均衡国民所得が限界貯蓄性向\(1-c_{1}\)の逆数分だけ増加することを意味します。\(0<c_{1}<1\)であることを踏まえると、\begin{equation*}1<\frac{1}{1-c_{1}}
\end{equation*}を得ます。つまり、政府支出乗数は\(1\)より大きいため、政府支出の増加は、それよりも多い均衡国民所得の増加をもたらします。
デフレギャップに話を戻します。政府支出の増分\(\Delta G\)と、それにともなう均衡国民所得の増分\(\Delta Y\)の間には以下の関係\begin{equation}\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことが明らかになりました。デフレギャップ\(Y^{\ast }<Y_{F}\)を解消するために増やす必要のある国民所得の水準は、\begin{equation*}\Delta Y=Y_{F}-Y^{\ast }>0
\end{equation*}であるため、これと\(\left( 1\right) \)より、\begin{equation*}Y_{F}-Y^{\ast }=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}
\end{equation*}を得ます。これを\(\Delta G\)について解くことにより、デフレギャップを解消するために必要な追加的な政府支出の水準\begin{equation*}\Delta G=\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left( 1-c_{1}\right) >0
\end{equation*}が得られます。
\begin{array}{l}
AS\left( Y\right) =Y \\
AD\left( Y\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right) +I+G\end{array}\right.
\end{equation*}で与えられているものとする。ただし、\(Y>0\)は国民所得を表す内生変数であり、\(T>0\)は所得税を表す外生変数であり、\(I>0\)は投資を表す外生変数であり、\(G>0\)は政府支出を表す外生変数であり、\(c_{0},c_{1}\in \mathbb{R} \)は\(c_{0}>0\)かつ\(0<c_{1}<1\)を満たす定数である。短期における財市場均衡条件\begin{equation*}AS\left( Y\right) =AD\left( Y\right)
\end{equation*}を満たす国民所得\(Y\)の水準、すなわち均衡国民所得は、\begin{equation*}Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}である。完全雇用国民所得\(Y_{F}>0\)が、\begin{equation*}Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}を満たすものとする。このデフレギャップを解消するために必要な\(G\)の追加支出量は、\begin{equation*}\Delta G=\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left( 1-c_{1}\right)
\end{equation*}である。
\begin{array}{l}
AS\left( Y\right) =Y \\
AD\left( Y\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right) +I+G\end{array}\right.
\end{equation*}で与えられているものとします。以下の条件\begin{eqnarray*}
c_{0} &=&50 \\
c_{1} &=&0.6 \\
T &=&0 \\
I &=&100 \\
G &=&100
\end{eqnarray*}のもとでの均衡国民所得は、\begin{eqnarray*}
Y^{\ast } &=&\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) \\
&=&\frac{1}{1-0.6}\left( 50+100+100\right) \\
&=&625
\end{eqnarray*}です。完全雇用国民所得が、\begin{equation*}
Y_{F}=1000
\end{equation*}である場合には、\begin{equation*}
Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}が成り立つためデフレギャップが存在します。先の命題より、デフレギャップを解消するために必要な\(G\)の追加支出量は、\begin{eqnarray*}\Delta G &=&\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left( 1-c_{1}\right) \\
&=&\left( 1000-625\right) \left( 1-0.6\right) \\
&=&150
\end{eqnarray*}です。
政府支出を通じたインフレギャップの解消
インフレギャップについても同様の議論が成立します。具体的には以下の通りです。
インフレギャップが起きている状況を想定します。つまり、\begin{equation*}
Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) >Y_{F}
\end{equation*}が成立するということです。政府支出\(G\)の削減を通じて左辺を右辺と一致させるためには、\(G\)をどの程度減らす必要があるでしょうか。
短期における均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}であるため、政府支出を\(\Delta G<0\)だけ減らすと、新たな均衡国民所得が、\begin{equation*}Y^{\ast \ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G+\Delta G\right)
\end{equation*}として定まります。両者を比較すると、\begin{eqnarray*}
\Delta Y &=&Y^{\ast \ast }-Y^{\ast } \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G+\Delta G\right) -\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}} \\
&<&0\quad \because \Delta G<0\text{かつ}0<c_{1}<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}<0 \quad \cdots (1)
\end{equation}を得ます。以上より、政府支出を\(\Delta G\)だけ減らすと均衡国民所得が\(\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}\)だけ減ることが明らかになりました。さらに、\begin{eqnarray*}\frac{\left\vert \Delta Y\right\vert }{\left\vert \Delta G\right\vert } &=&\frac{\left\vert \frac{\Delta G}{1-c_{1}}\right\vert }{\left\vert \Delta
G\right\vert }\quad \because \left( 1\right) \\
&=&\frac{-\frac{\Delta G}{1-c_{1}}}{-\Delta G}\quad \because \Delta G<0\text{かつ}0<c_{1}<1 \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}} \\
&>&1\quad \because 0<c_{1}<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\left\vert \Delta Y\right\vert >\left\vert \Delta G\right\vert
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、政府支出の減少分よりも均衡国民所得の減少分の方が大きいということです。理由については後述します。
政府支出を削減する状況を想定しているため、政府支出\(G\)に対して、\begin{equation*}H=-G
\end{equation*}と定義した上で、均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を\(H\)について偏微分すると、\begin{eqnarray*}\frac{\partial Y^{\ast }}{\partial H} &=&\frac{\partial }{\partial H}\left[
\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I-H\right) \right] \\
&=&-\frac{1}{1-c_{1}}
\end{eqnarray*}を得ます。以上の事実は、政府支出\(G\)がどのような水準であったとしても、そこを出発点とした上で、その他を一定とした上で\(G\)だけを\(1\)単位減らした場合、均衡国民所得が限界貯蓄性向\(1-c_{1}\)の逆数分だけ減少することを意味します。\(0<c_{1}<1\)であることを踏まえると、\begin{equation*}1<\frac{1}{1-c_{1}}
\end{equation*}を得ます。つまり、政府支出の減少は、それよりも多い均衡国民所得の減少をもたらします。
インフレギャップに話を戻します。政府支出の減少分\(\Delta G\)と、それにともなう均衡国民所得の減少分\(\Delta Y\)の間には以下の関係\begin{equation}\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことが明らかになりました。インフレギャップ\(Y^{\ast}>Y_{F}\)を解消するために減らす必要のある国民所得の水準は、\begin{equation*}\Delta Y=Y_{F}-Y^{\ast }<0
\end{equation*}であるため、これと\(\left( 1\right) \)より、\begin{equation*}Y_{F}-Y^{\ast }=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}
\end{equation*}を得ます。これを\(\Delta G\)について解くことにより、インフレギャップを解消するために必要な政府支出の削減量\begin{equation*}\Delta G=\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left( 1-c_{1}\right) <0
\end{equation*}が得られます。
\begin{array}{l}
AS\left( Y\right) =Y \\
AD\left( Y\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right) +I+G\end{array}\right.
\end{equation*}で与えられているものとする。ただし、\(Y>0\)は国民所得を表す内生変数であり、\(T>0\)は所得税を表す外生変数であり、\(I>0\)は投資を表す外生変数であり、\(G>0\)は政府支出を表す外生変数であり、\(c_{0},c_{1}\in \mathbb{R} \)は\(c_{0}>0\)かつ\(0<c_{1}<1\)を満たす定数である。短期における財市場均衡条件\begin{equation*}AS\left( Y\right) =AD\left( Y\right)
\end{equation*}を満たす国民所得\(Y\)の水準、すなわち均衡国民所得は、\begin{equation*}Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}である。完全雇用国民所得\(Y_{F}>0\)が、\begin{equation*}Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}を満たすものとする。このインフレギャップを解消するために必要な\(G\)の削減量は、\begin{equation*}\Delta G=\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left( 1-c_{1}\right)
\end{equation*}である。
\begin{array}{l}
AS\left( Y\right) =Y \\
AD\left( Y\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right) +I+G\end{array}\right.
\end{equation*}で与えられているものとします。以下の条件\begin{eqnarray*}
c_{0} &=&50 \\
c_{1} &=&0.8 \\
T &=&0 \\
I &=&150 \\
G &=&200
\end{eqnarray*}のもとでの均衡国民所得は、\begin{eqnarray*}
Y^{\ast } &=&\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right) \\
&=&\frac{1}{1-0.8}\left( 50+150+200\right) \\
&=&2000
\end{eqnarray*}です。完全雇用国民所得が、\begin{equation*}
Y_{F}=1000
\end{equation*}である場合には、\begin{equation*}
Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}が成り立つためインフレギャップが存在します。先の命題より、インフレギャップを解消するために必要な\(G\)の削減量は、\begin{eqnarray*}\Delta G &=&\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left( 1-c_{1}\right) \\
&=&\left( 1000-2000\right) \left( 1-0.8\right) \\
&=&-200
\end{eqnarray*}です。
定額税のもとでの政府支出乗数効果
政府支出を増加させる場合に話を戻します。政府支出の増分\(\Delta G>0\)と、それにともなう均衡国民所得の増分\(\Delta Y>0\)の間には以下の関係\begin{equation*}\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}
\end{equation*}が成り立つとともに、\begin{equation*}
\left\vert \Delta Y\right\vert >\left\vert \Delta G\right\vert
\end{equation*}が成り立つことが明らかになりました。つまり、政府支出の増分より均衡国民所得の増分の方が大きいということです。なぜ、このような現象が起こるのでしょうか。
当初の均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}である一方、政府支出が\(\Delta G>0\)だけ増えた場合の新たな均衡国民所得は、\begin{equation*}Y^{\ast \ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G+\Delta G\right)
\end{equation*}であり、両者の差が、\begin{equation*}
\Delta Y=Y^{\ast \ast }-Y^{\ast }=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}>0
\end{equation*}と定まります。以上のプロセスは以下のように分解可能です。ただし、所得税\(T\)は定額税(lump-sum)であり、政府支出が\(\Delta G\)だけ増加する前後において、税金の徴収額が\(T\)のままであるものとします。
- 政府支出が\(\Delta G>0\)だけ増えると総需要も\(\Delta G\)だけ増える。短期では価格が硬直的であるため、増加した総需要\(\Delta G\)が生産を刺激し、企業が新たに付加価値\(\Delta G\)を生み出す。この増分を、\begin{equation*}\Delta Y_{1}=\Delta G>0\end{equation*}で表記する。
- 付加価値は分配されるため国民所得も\(\Delta Y_{1}\)だけ増加する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{1}\)は消費\(C\)の増加に寄与する。所得税は定額税であるため、新たな所得\(\Delta Y_{1}\)には課税されないため可処分所得は\(\Delta Y_{1}\)であり、そのうちの限界消費性向\(c_{1}\)の割合が新たな消費にまわるため総需要が\(c_{1}\Delta Y_{1}>0\)だけ増加する。短期では価格が硬直的であるため、増加した総需要\(c_{1}\Delta Y_{1}\)が生産を刺激し、企業が新たに付加価値\(c_{1}\Delta Y_{1}\)を生み出す。この増分を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{2} &=&c_{1}\Delta Y_{1} \\&=&c_{1}\Delta G\quad \because \Delta Y_{1}=\Delta G \\
&>&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 付加価値は分配されるため国民所得も\(\Delta Y_{2}\)だけ増加する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{2}\)は消費\(C\)の増加に寄与する。所得税は定額税であるため、新たな所得\(\Delta Y_{2}\)には課税されないため可処分所得は\(\Delta Y_{2}\)であり、そのうちの限界消費性向\(c_{1}\)の割合が新たな消費にまわるため総需要が\(c_{1}\Delta Y_{2}>0\)だけ増加する。短期では価格が硬直的であるため、増加した総需要\(c_{1}\Delta Y_{2}\)が生産を刺激し、企業が新たに付加価値\(c_{1}\Delta Y_{2}\)を生み出す。この増分を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{3} &=&c_{1}\Delta Y_{2} \\&=&c_{1}\cdot c_{1}\Delta G\quad \because \Delta Y_{2}=c_{1}\Delta G \\
&=&c_{1}^{2}\Delta G \\
&>&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 同様のプロセスが繰り返される。一般に、第\(n\)ラウンドにおいて新たに生み出される付加価値は、\begin{equation*}\Delta Y_{n}=c_{1}^{n-1}\Delta G>0\end{equation*}である。
- 以上を踏まえると、当初の追加的な政府支出\(\Delta G\)が生み出す付加価値の合計は、\begin{eqnarray*}\Delta Y &=&\Delta Y_{1}+\Delta Y_{2}+\Delta Y_{3}+\cdots +\Delta Y_{n}+\cdots \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }\Delta Y_{n} \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1}\Delta G\quad \because \Delta
Y_{n}=c_{1}^{n-1}\Delta G \\
&=&\Delta G\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\sum_{n=1}^{N}c_{1}^{n-1}\quad
\because \text{無限級数の和の定義} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\frac{c_{1}^{0}\left(
1-c_{1}^{N}\right) }{1-c_{1}}\quad \because \text{等比数列の和} \\
&=&\Delta G\frac{1\left( 1-0\right) }{1-c_{1}}\quad \because 0<c_{1}<1 \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}} \\
&>&0
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}>0
\end{equation*}であり、先と同様の結果が得られた。
以上から明らかになったように、政府が支出を\(\Delta G\)だけ増やすと、それが引き金となり限界消費性向\(c_{1}\)を通じた消費の増加が連鎖的に発生し、最終的には\(\Delta G\)を上回る国民所得の増加\(\Delta Y\)が実現します。このような現象を政府支出乗数効果(government expenditure multiplier effect)と呼びます。短期では価格が硬直的であるため、政府支出の増加がもたらす総需要の増加は生産量の増加として現れます。生産された付加価値は分配されて可処分所得として家計に渡り、再び支出されるため総需要が増加します。このような連鎖が乗数効果の核をなします。
定額税のもとでの政府支出逆乗数効果
政府支出を削減する場合にも同様の議論が成立します。具体的には以下の通りです。
政府支出の減少量\(\Delta G<0\)と、それにともなう均衡国民所得の減少量\(\Delta Y<0\)の間には以下の関係\begin{equation*}\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}
\end{equation*}が成り立つとともに、\begin{equation*}
\left\vert \Delta Y\right\vert >\left\vert \Delta G\right\vert
\end{equation*}が成り立つことが明らかになりました。つまり、政府支出の減少量より均衡国民所得の減少量の方が大きいということです。なぜ、このような現象が起こるのでしょうか。
当初の均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}である一方、政府支出が\(\Delta G<0\)だけ減った場合の新たな均衡国民所得は、\begin{equation*}Y^{\ast \ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G+\Delta G\right)
\end{equation*}であり、両者の差が、\begin{equation*}
\Delta Y=Y^{\ast \ast }-Y^{\ast }=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}<0
\end{equation*}と定まります。以上のプロセスは以下のように分解可能です。ただし、所得税\(T\)は定額税であり、政府支出が\(\Delta G\)だけ減少する前後において、税金の徴収額が\(T\)のままであるものとします。
- 政府支出が\(\Delta G<0\)だけ減ると総需要も\(\Delta G\)だけ減る。短期では価格が硬直的であるため、減少した総需要\(\Delta G\)が生産を縮小させ、付加価値が\(\Delta G\)だけ減少する。この減少量を、\begin{equation*}\Delta Y_{1}=\Delta G<0\end{equation*}で表記する。
- 付加価値が減少したため国民所得も\(\Delta Y_{1}\)だけ減少する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{1}\)は消費\(C\)の減少に寄与する。所得税は定額税であるため可処分所得は\(\Delta Y_{1}\)だけ減少し、そのうちの限界消費性向\(c_{1}\)の割合に相当する\(c_{1}\Delta Y_{1}<0\)だけ総需要が減少する。短期では価格が硬直的であるため、減少した総需要\(c_{1}\Delta Y_{1}\)が生産を縮小させ、付加価値が\(c_{1}\Delta Y_{1}\)だけ減少する。この減少量を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{2} &=&c_{1}\Delta Y_{1} \\&=&c_{1}\Delta G\quad \because \Delta Y_{1}=\Delta G \\
&<&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 付加価値が減少したため国民所得も\(\Delta Y_{2}\)だけ減少する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{2}\)は消費\(C\)の減少に寄与する。所得税は定額税であるため可処分所得は\(\Delta Y_{2}\)だけ減少し、そのうちの限界消費性向\(c_{1}\)の割合に相当する\(c_{1}\Delta Y_{2}<0\)だけ総需要が減少する。短期では価格が硬直的であるため、減少した総需要\(c_{1}\Delta Y_{2}\)が生産を縮小させ、付加価値が\(c_{1}\Delta Y_{2}\)だけ減少する。この減少量を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{3} &=&c_{1}\Delta Y_{2} \\&=&c_{1}\cdot c_{1}\Delta G\quad \because \Delta Y_{2}=c_{1}\Delta G \\
&=&c_{1}^{2}\Delta G \\
&<&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 同様のプロセスが繰り返される。一般に、第\(n\)ラウンドにおける付加価値の減少量は、\begin{equation*}\Delta Y_{n}=c_{1}^{n-1}\Delta G<0\end{equation*}である。
- 以上を踏まえると、当初の政府支出の削減\(\Delta G\)がもたらす付加価値の減少量の合計は、\begin{eqnarray*}\Delta Y &=&\Delta Y_{1}+\Delta Y_{2}+\Delta Y_{3}+\cdots +\Delta Y_{n}+\cdots \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }\Delta Y_{n} \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1}\Delta G\quad \because \Delta
Y_{n}=c_{1}^{n-1}\Delta G \\
&=&\Delta G\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\sum_{n=1}^{N}c_{1}^{n-1}\quad
\because \text{無限級数の和の定義} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\frac{c_{1}^{0}\left(
1-c_{1}^{N}\right) }{1-c_{1}}\quad \because \text{等比数列の和} \\
&=&\Delta G\frac{1\left( 1-0\right) }{1-c_{1}}\quad \because 0<c_{1}<1 \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}} \\
&<&0
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}}<0
\end{equation*}であり、先と同様の結果が得られた。
以上から明らかになったように、政府が支出を\(\Delta G\)だけ減らすと、それが引き金となり限界消費性向\(c_{1}\)を通じた消費の減少が連鎖的に発生し、最終的には\(\Delta G\)を上回る国民所得の減少\(\Delta Y\)が実現します。このような現象を政府支出逆乗数効果(government expenditure reverse multiplier effect)と呼びます。短期では価格が硬直的であるため、政府支出の減少がもたらす総需要の減少は生産量の減少として現れます。生産された付加価値が減少すれば可処分所得も減少し、すると消費が減少するため総需要が減少します。このような連鎖が逆乗数効果の核をなします。
比例税のもとでの政府支出乗数効果
政府支出を増加させる場合に話を戻します。これまでは所得税\(T\)が定額税である状況を想定しました。つまり、国民所得\(Y\)が増減しても所得税\(T\)が定数である状況を想定したということです。では、所得税が定額税と比例税から構成される場合には、すなわち、以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ T_{0}\geq 0 \\
&&\left( b\right) \ 0\leq t<1
\end{eqnarray*}を満たす定額税額\(T_{0}\in \mathbb{R} \)および比例税率\(t\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}T=T_{0}+tY
\end{equation*}と表現される場合の政府支出乗数はどうなるでしょうか。
この場合の総供給関数と総需要関数は、\begin{eqnarray*}
AS\left( Y\right) &=&Y \\
AD\left( Y\right) &=&c_{0}+c_{1}\left[ Y-\left( T_{0}+tY\right) \right] +I+G
\end{eqnarray*}であるため、短期における財市場均衡条件\begin{equation*}
AS\left( Y\right) =AD\left( Y\right)
\end{equation*}を満たす\(Y\)の水準、すなわち均衡国民所得は、\begin{equation*}Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left(
c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G\right)
\end{equation*}となります。政府支出を\(\Delta G>0\)だけ増やすと、新たな均衡国民所得が、\begin{equation*}Y^{\ast \ast }=\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left(
c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G+\Delta G\right)
\end{equation*}と定まります。両者を比較すると、\begin{eqnarray*}
\Delta Y &=&Y^{\ast \ast }-Y^{\ast } \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left( c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G+\Delta
G\right) -\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left(
c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G\right) \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&>&0\quad \because \Delta G>0\text{かつ}0<c_{1}<1\text{かつ}0\leq t<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }>0 \quad \cdots (1)
\end{equation}を得ます。以上より、所得税が定額税と比例税から構成される場合の政府支出乗数は、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}であることが明らかになりました。さらに、\begin{eqnarray*}
\frac{\left\vert \Delta Y\right\vert }{\left\vert \Delta G\right\vert } &=&\frac{\left\vert \frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\right\vert }{\left\vert \Delta G\right\vert }\quad \because \left( 1\right) \\
&=&\frac{\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }}{\Delta G} \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&>&1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\left\vert \Delta Y\right\vert >\left\vert \Delta G\right\vert
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、政府支出の増分よりも均衡国民所得の増分の方が大きいということです。乗数効果の波及プロセスは以下の通りです。
- 政府支出が\(\Delta G>0\)だけ増えると総需要も\(\Delta G\)だけ増える。短期では価格が硬直的であるため、増加した総需要\(\Delta G\)が生産を刺激し、企業が新たに付加価値\(\Delta G\)を生み出す。この増分を、\begin{equation*}\Delta Y_{1}=\Delta G>0\end{equation*}で表記する。
- 付加価値は分配されるため国民所得も\(\Delta Y_{1}\)だけ増加する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{1}\)は消費\(C\)の増加に寄与する。所得税は\(t\Delta Y_{1}\)であるため可処分所得は\(\Delta Y_{1}-t\Delta Y_{1}=\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}\)であり、そのうちの限界消費性向\(c_{1}\)の割合が新たな消費にまわるため総需要が\(c_{1}\left( 1-t\right)\Delta Y_{1}>0\)だけ増加する。短期では価格が硬直的であるため、増加した総需要\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}\)が生産を刺激し、企業が新たに付加価値\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}\)を生み出す。この増分を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{2} &=&c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1} \\&=&c_{1}\left( 1-t\right) \Delta G\quad \because \Delta Y_{1}=\Delta G \\
&>&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 付加価値は分配されるため国民所得も\(\Delta Y_{2}\)だけ増加する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{2}\)は消費\(C\)の増加に寄与する。所得税は\(t\Delta Y_{2}\)であるため可処分所得は\(\Delta Y_{2}-t\Delta Y_{2}=\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}\)であり、そのうちの限界消費性向\(c_{1}\)の割合が新たな消費にまわるため総需要が\(c_{1}\left( 1-t\right)\Delta Y_{2}>0\)だけ増加する。短期では価格が硬直的であるため、増加した総需要\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}\)が生産を刺激し、企業が新たに付加価値\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}\)を生み出す。この増分を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{3} &=&c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2} \\&=&c_{1}\left( 1-t\right) c_{1}\left( 1-t\right) \Delta G\quad \because
\Delta Y_{2}=c_{1}\left( 1-t\right) \Delta G \\
&=&c_{1}^{2}\left( 1-t\right) ^{2}\Delta G \\
&>&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 同様のプロセスが繰り返される。一般に、第\(n\)ラウンドにおいて新たに生み出される付加価値は、\begin{equation*}\Delta Y_{n}=c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1}\Delta G>0\end{equation*}である。
- 以上を踏まえると、当初の追加的な政府支出\(\Delta G\)が生み出す付加価値の合計は、\begin{eqnarray*}\Delta Y &=&\Delta Y_{1}+\Delta Y_{2}+\Delta Y_{3}+\cdots +\Delta Y_{n}+\cdots \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }\Delta Y_{n} \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1}\Delta G\quad
\because \Delta Y_{n}=c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1}\Delta G \\
&=&\Delta G\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1} \\
&=&\Delta G\sum_{n=1}^{+\infty }\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{n-1}
\\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\sum_{n=1}^{N}\left[ c_{1}\left(
1-t\right) \right] ^{n-1}\quad \because \text{無限級数の和の定義} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\frac{\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{0}\left\{ 1-\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{N}\right\} }{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\quad \because \text{等比数列の和} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\frac{1-\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{N}}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&=&\Delta G\frac{1-0}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\quad \because 0<c_{1}<1\text{および}0\leq t<1 \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&>&0
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }>0
\end{equation*}であり、先と同様の結果が得られた。
政府支出の増分\(\Delta G>0\)と、それにともなう均衡国民所得の増分\(\Delta Y>0\)の間には以下の関係\begin{equation}\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことが明らかになりました。デフレギャップ\(Y^{\ast }<Y_{F}\)を解消するために増やす必要のある国民所得の水準は、\begin{equation*}\Delta Y=Y_{F}-Y^{\ast }>0
\end{equation*}であるため、これと\(\left( 1\right) \)より、\begin{equation*}Y_{F}-Y^{\ast }=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}を得ます。これを\(\Delta G\)について解くことにより、デフレギャップを解消するために必要な追加的な政府支出の水準\begin{equation*}\Delta G=\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left[ 1-c_{1}\left( 1-t\right) \right] >0
\end{equation*}が得られます。
所得税が定額税である場合の政府支出乗数が、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}}
\end{equation*}である一方で、所得税の中に比例税部分が存在する場合の政府支出乗数が、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}であることが明らかになりました。両者を比較すると、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}}>\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}が成立します。つまり、比例税が存在する場合には政府支出乗数が小さくなります。実際、比例税が存在する場合、波及プロセスの各ステップにおいて増加した所得にも課税されるため可処分所得が小さくなるため、乗数の値が小さくなります。
定額税のもとでは政府支出の乗数効果が最大化されるため、政府支出の増加がもたらす短期的な景気刺激力は強力です。ただし、景気変動も増幅されやすいため、経済を安定させるという面では課題が残ります。一方、比例税のもとでは乗数効果が抑えられます。さらに、景気過熱時には税収が増え、景気後退時には税収が得るというメカニズムが働くため、景気の振幅を小さくできます。このような事情を踏まえた上で、比例税には自動安定化装置(automatic stabilizer)としての機能があると言われます。
比例税のもとでの政府支出逆乗数効果
これまでは政府支出を増やす場合を想定しましたが、政府支出を削減する場合にも同様の議論が成立します。具体的には以下の通りです。
所得税が定額税と比例税から構成される場合の総供給関数と総需要関数は、\begin{eqnarray*}
AS\left( Y\right) &=&Y \\
AD\left( Y\right) &=&c_{0}+c_{1}\left[ Y-\left( T_{0}+tY\right) \right] +I+G
\end{eqnarray*}であるため、短期における財市場均衡条件\begin{equation*}
AS\left( Y\right) =AD\left( Y\right)
\end{equation*}を満たす\(Y\)の水準、すなわち均衡国民所得は、\begin{equation*}Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left(
c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G\right)
\end{equation*}となります。政府支出を\(\Delta G<0\)だけ減らすと、新たな均衡国民所得が、\begin{equation*}Y^{\ast \ast }=\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left(
c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G+\Delta G\right)
\end{equation*}と定まります。両者を比較すると、\begin{eqnarray*}
\Delta Y &=&Y^{\ast \ast }-Y^{\ast } \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left( c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G+\Delta
G\right) -\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\left(
c_{0}-c_{1}T_{0}+I+G\right) \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&<&0\quad \because \Delta G<0\text{かつ}0<c_{1}<1\text{かつ}0\leq t<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }<0 \quad \cdots (1)
\end{equation}を得ます。以上より、所得税が定額税と比例税から構成される場合の政府支出乗数は、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}であることが明らかになりました。さらに、\begin{eqnarray*}
\frac{\left\vert \Delta Y\right\vert }{\left\vert \Delta G\right\vert } &=&\frac{\left\vert \frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\right\vert }{\left\vert \Delta G\right\vert }\quad \because \left( 1\right) \\
&=&\frac{-\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }}{-\Delta G}\quad
\because \Delta G<0\text{かつ}0<c_{1}<1\text{かつ}0\leq t<1 \\
&=&\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&>&1\quad \because 0<c_{1}<1\text{かつ}0\leq t<1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\left\vert \Delta Y\right\vert >\left\vert \Delta G\right\vert
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、政府支出の減少分よりも均衡国民所得の減少分の方が大きいということです。逆乗数効果の波及プロセスは以下の通りです。
- 政府支出が\(\Delta G<0\)だけ減ると総需要も\(\Delta G\)だけ減る。短期では価格が硬直的であるため、減少した総需要\(\Delta G\)が生産を縮小させ、付加価値が\(\Delta G\)だけ減少する。この減少量を、\begin{equation*}\Delta Y_{1}=\Delta G<0\end{equation*}で表記する。
- 付加価値が減少したため国民所得も\(\Delta Y_{1}\)だけ減少する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{1}\)は消費\(C\)の減少に寄与する。所得が\(\Delta Y_{1}\)だけ減ることは可処分所得が\(\Delta Y_{1}-t\Delta Y_{1}=\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}\)だけ減ることを意味し、さらにこれは消費および総需要が\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}<0\)だけ減ることを意味する。短期では価格が硬直的であるため、減少した総需要\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}\)が生産を縮小させ、付加価値が\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1}\)だけ減少する。この減少量を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{2} &=&c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{1} \\&=&c_{1}\left( 1-t\right) \Delta G\quad \because \Delta Y_{1}=\Delta G \\
&<&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 付加価値が減少したため国民所得も\(\Delta Y_{2}\)だけ減少する。投資\(I\)と政府支出\(G\)が一定であれば\(\Delta Y_{2}\)は消費\(C\)の減少に寄与する。所得が\(\Delta Y_{2}\)だけ減ることは可処分所得が\(\Delta Y_{2}-t\Delta Y_{2}=\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}\)だけ減ることを意味し、さらにこれは消費および総需要が\(c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}<0\)だけ減ることを意味する。短期では価格が硬直的であるため、減少した総需要\(c_{2}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}\)が生産を縮小させ、付加価値が\(c_{2}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2}\)だけ減少する。この減少量を、\begin{eqnarray*}\Delta Y_{3} &=&c_{1}\left( 1-t\right) \Delta Y_{2} \\&=&c_{1}\left( 1-t\right) c_{1}\left( 1-t\right) \Delta G\quad \because
\Delta Y_{2}=c_{1}\left( 1-t\right) \Delta G \\
&=&c_{1}^{2}\left( 1-t\right) ^{2}\Delta G \\
&<&0
\end{eqnarray*}で表記する。 - 同様のプロセスが繰り返される。一般に、第\(n\)ラウンドにおける付加価値の減少量は、\begin{equation*}\Delta Y_{n}=c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1}\Delta G<0\end{equation*}である。
- 以上を踏まえると、当初の政府支出の削減\(\Delta G\)がもたらす付加価値の減少量の合計は、\begin{eqnarray*}\Delta Y &=&\Delta Y_{1}+\Delta Y_{2}+\Delta Y_{3}+\cdots +\Delta Y_{n}+\cdots \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }\Delta Y_{n} \\
&=&\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1}\Delta G\quad
\because \Delta Y_{n}=c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1}\Delta G \\
&=&\Delta G\sum_{n=1}^{+\infty }c_{1}^{n-1}\left( 1-t\right) ^{n-1} \\
&=&\Delta G\sum_{n=1}^{+\infty }\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{n-1}
\\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\sum_{n=1}^{N}\left[ c_{1}\left(
1-t\right) \right] ^{n-1}\quad \because \text{無限級数の和の定義} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\frac{\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{0}\left\{ 1-\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{N}\right\} }{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\quad \because \text{等比数列の和} \\
&=&\Delta G\lim_{N\rightarrow +\infty }\frac{1-\left[ c_{1}\left( 1-t\right) \right] ^{N}}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&=&\Delta G\frac{1-0}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }\quad \because 0<c_{1}<1\text{および}0\leq t<1 \\
&=&\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \\
&<&0
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }<0
\end{equation*}であり、先と同様の結果が得られた。
政府支出の減少量\(\Delta G<0\)と、それにともなう均衡国民所得の減少量\(\Delta Y<0\)の間には以下の関係\begin{equation}\Delta Y=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) } \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことが明らかになりました。インフレギャップ\(Y^{\ast}>Y_{F}\)を解消するために減らす必要のある国民所得の水準は、\begin{equation*}\Delta Y=Y_{F}-Y^{\ast }<0
\end{equation*}であるため、これと\(\left( 1\right) \)より、\begin{equation*}Y_{F}-Y^{\ast }=\frac{\Delta G}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}を得ます。これを\(\Delta G\)について解くことにより、インフレギャップを解消するために必要な政府支出の削減量\begin{equation*}\Delta G=\left( Y_{F}-Y^{\ast }\right) \left[ 1-c_{1}\left( 1-t\right) \right] <0
\end{equation*}が得られます。
所得税が定額税である場合の政府支出乗数が、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}}
\end{equation*}である一方で、所得税の中に比例税部分が存在する場合の政府支出乗数が、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}であることが明らかになりました。両者を比較すると、\begin{equation*}
\frac{1}{1-c_{1}}>\frac{1}{1-c_{1}\left( 1-t\right) }
\end{equation*}が成立します。つまり、比例税が存在する場合には政府支出乗数が小さくなります。実際、比例税が存在する場合、波及プロセスの各ステップにおいて可処分所得の減少がマイルドになるため、乗数の値が小さくなります。
定額税のもとでは政府支出の逆乗数効果が最大化されるため、政府支出の減少がもたらす短期的な景気引き締め効果が強力です。ただし、景気変動も増幅されやすいため、経済を安定させるという面では課題が残ります。一方、比例税のもとでは逆乗数効果が抑えられます。さらに、景気過熱時には税収が増え、景気後退時には税収が得るというメカニズムが働くため、景気の振幅を小さくできます。比例税には自動安定化装置としての機能があります。
演習問題
- インフレギャップが存在する場合、物価や賃金の調整を通じて長期均衡に移行するプロセスは、経済にコストをもたらさないため望ましいとされる。
- 政府支出乗数は限界貯蓄性向が小さいほど、その値は大きくなる。
- 所得税\(T\)が定額税であるという仮定は、政府支出乗数効果の連鎖において、所得が増加しても税による漏出が発生しないことを保証している。
- 政府支出を削減した場合に国民所得が減少する現象を「政府支出逆乗数効果」と呼ぶが、このとき作用する乗数は、増加の場合とは異なる値となる。
C=50+0.8\left( Y-T\right)
\end{equation*}であるものとします。ただし、\(Y\)は国民所得であり、\(T\)は所得税です。所得税と投資と政府支出は、\begin{eqnarray*}T &=&100 \\
I &=&150 \\
G &=&100
\end{eqnarray*}であるものとします。以下の問いに答えてください。
- 閉鎖経済を想定した上で、短期において財市場で数量調整が行われる場合の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を求めてください。
- 完全雇用国民所得が、\begin{equation*}Y_{F}=900
\end{equation*}であるとき、デフレギャップまたはインフレギャップの有無とその大きさを求めてください。 - デフレギャップまたはインフレギャップが発生している場合、それを解消するために政府支出\(G\)をどれだけ変化させればよいか特定してください。
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