労働市場の均衡
生産者が労働投入量\(L\)を自由に変更できる一方で資本投入量\(K\)を変更できない短期を想定した上で、生産者が直面する利潤最大化問題を、\begin{equation*}\max_{L}\ P\cdot F\left( L,\overline{K}\right) -WL-R\overline{K}
\end{equation*}と定式化しました。ただし、\begin{eqnarray*}
P &:&\text{物価(外生変数)}
\\
L &:&\text{労働投入量(内生変数)} \\
\overline{K} &:&\text{資本投入量(外生変数)} \\
F\left( L,K\right) &:&\text{生産関数} \\
W &:&\text{名目賃金(外生変数)} \\
R &:&\text{名目レント(外生変数)}
\end{eqnarray*}です。その上で、生産者による意思決定を労働需要関数\begin{equation*}
L^{D}=L^{D}\left( \frac{W}{P},\overline{K}\right)
\end{equation*}として表現しました。つまり、実質賃金と資本投入量\(\left( \frac{W}{P},\overline{K}\right) \)に直面した状況において利潤を最大化する労働投入量が\(L^{D}\left( \frac{W}{P},\overline{K}\right) \)です。
家計が直面する効用最大化問題を、\begin{equation*}
\max_{\left( C,1-L\right) }\ U\left( C,1-L\right) \quad s.t.\quad P^{e}C=WL
\end{equation*}と定式化しました。ただし、\begin{eqnarray*}
C &:&\text{消費(内生変数)}
\\
L &:&\text{労働時間(内生変数)} \\
1-L &:&\text{余暇時間(内生変数)} \\
U\left( C,1-L\right) &:&\text{効用関数} \\
P^{e} &:&\text{期待物価(外生変数)} \\
W &:&\text{名目賃金(外生変数)}
\end{eqnarray*}です。効用最大化問題は制約条件のない最大化問題\begin{equation*}
\max_{L}\ U\left( \left( \frac{W}{P^{e}}\right) L,1-L\right)
\end{equation*}へと言い換え可能であり、家計による意思決定を労働供給関数\begin{equation*}
L^{S}=L^{S}\left( \frac{W}{P^{e}}\right)
\end{equation*}として表現しました。つまり、期待実質賃金\(\frac{W}{P^{e}}\)に直面した状況において効用を最大化する労働時間が\(L^{S}\left( \frac{W}{P^{e}}\right) \)です。
労働市場における需要が労働需要関数\(L^{D}\left( \frac{W}{P},\overline{K}\right) \)によって表現され、供給が労働供給関数\(L^{S}\left( \frac{W}{P^{e}}\right) \)によって表現されることが明らかになりました。仮に、生産者と家計の間に物価に関する情報の非対称性が存在しないのであれば、すなわち、\begin{equation*}P=P^{e}
\end{equation*}が成り立つのであれば、\begin{equation*}
L^{D}\left( \frac{W}{P},\overline{K}\right) =L^{S}\left( \frac{W}{P}\right)
\end{equation*}を満たす実質賃金\(\frac{W}{P}\)において労働市場は均衡し、そこでの需要と供給は一致します。しかし、実際には、生産者は物価水準\(P\)を観察できる一方で家計は\(P\)を観察できず、家計が認識する物価\(P^{e}\)は、\begin{equation*}P^{e}\not=P
\end{equation*}を満たす可能性があります。このような状況において、労働市場はどのようなプロセスを経て均衡するのでしょうか。以降では、資本投入量が\(\overline{K}\)で一定である一方で、名目賃金\(W\)と物価\(P\)および期待物価\(P^{e}\)が変動しながら労働市場が均衡していくメカニズムを分析します。
適応的予想形成仮説(AEH)のもとでの労働市場の均衡
時点\(t\in \left\{ 0,1,2,\cdots \right\} \)における実際の物価を\(P_{t}\)で表記し、家計が予測する期待物価を\(P_{t}^{e}\)で表記します。その上で、以下の関係\begin{equation}P_{t+1}^{e}=P_{t}+\left( 1-\lambda \right) \left( P_{t}^{e}-P_{t}\right)
\quad \left( 0<\lambda <1\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つものと仮定する場合、これを適応的予想形成仮説(adaptive expectations hypothesis, AEH)と呼びます。
来期\(t+1\)の予想\(P_{t+1}^{e}\)と今期\(t\)の予想\(P_{t}^{e}\)の差は予想の修正量を表しますが、それを、\begin{equation*}\Delta P_{t+1}^{e}=P_{t+1}^{e}-P_{t}^{e}
\end{equation*}で表記します。このとき、\begin{eqnarray*}
\Delta P_{t+1}^{e} &=&P_{t+1}^{e}-P_{t}^{e} \\
&=&\left[ P_{t}+\left( 1-\lambda \right) \left( P_{t}^{e}-P_{t}\right) \right] -P_{t}^{e}\quad \because \left( 1\right) \\
&=&P_{t}+P_{t}^{e}-P_{t}-\lambda P_{t}^{e}+\lambda P_{t}-P_{t}^{e} \\
&=&\lambda \left( P_{t}-P_{t}^{e}\right)
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\Delta P_{t+1}^{e}=\lambda \left( P_{t}-P_{t}^{e}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。\(P_{t}-P_{t}^{e}\)は今期における予想の誤差であるため、それと\(\lambda \)の積が予想の修正量\(\Delta P_{t+1}^{e}\)であることは、\(\lambda \)が予想の調整速度に相当するパラメータであることを意味します。
今期\(t\)における家計の予想物価が実際の物価と一致している場合には、すなわち、\begin{equation*}P_{t}^{e}=P_{t}
\end{equation*}が成り立つ場合には、\begin{equation*}
\Delta P_{t+1}^{e}=0
\end{equation*}であり、ゆえに、\begin{equation*}
P_{t+1}^{e}=P_{t}
\end{equation*}を得ます。つまり、今期\(t\)の予想に誤差がない場合、来期\(t+1\)において家計は物価が引き続き\(P_{t}\)であるものと予想します。
今期\(t\)における家計の予想物価\(P_{t}^{e}\)が実際の物価\(P_{t}\)を上回っている場合には、すなわち、\begin{equation*}P_{t}^{e}>P_{t}
\end{equation*}が成り立つ場合には、\begin{eqnarray*}
\Delta P_{t+1}^{e} &=&\lambda \left( P_{t}-P_{t}^{e}\right) \\
&<&0\quad \because P_{t}^{e}>P_{t}
\end{eqnarray*}を得ます。つまり、今期\(t\)の予想が上振れている場合、来期\(t+1\)において家計は予想物価を\(\Delta P_{t+1}^{e}\)だけ下方修正します。
今期\(t\)における家計の予想物価\(P_{t}^{e}\)が実際の物価\(P_{t}\)を下回っている場合には、すなわち、\begin{equation*}P_{t}^{e}<P_{t}
\end{equation*}が成り立つ場合には、\begin{eqnarray*}
\Delta P_{t+1}^{e} &=&\lambda \left( P_{t}-P_{t}^{e}\right) \\
&>&0\quad \because P_{t}^{e}<P_{t}
\end{eqnarray*}を得ます。つまり、今期\(t\)の予想が下振れている場合、来期\(t+1\)において家計は予想物価を\(\Delta P_{t+1}^{e}\)だけ上方修正します。
$$\begin{array}{cc}
\hline
今期の予想 & 来期の予想 \\ \hline
正確(P_{t}^{e}=P_{t}) & 変化しない(\Delta P_{t+1}^{e}=0) \\ \hline
上振れ(P_{t}^{e}>P_{t}) & 下方修正(\Delta P_{t+1}^{e}<0) \\ \hline
下振れ(P_{t}^{e}<P_{t}) & 上方修正(\Delta P_{t+1}^{e}>0) \\ \hline
\end{array}$$
適応的予想形成仮説を採用する場合、労働市場の均衡は以下のメカニズムのもとで実現します。
今期において、\begin{equation*}
P_{t}^{e}=P_{t}
\end{equation*}であるとともに、\begin{equation}
L_{t}=L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}},\overline{K}\right) =L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}^{e}}\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つものとします。つまり、今期において家計は物価を正しく予想しているとともに、その物価水準\(P_{t}\)と名目賃金\(W_{t} \)から形成される実質賃金\(\frac{W_{t}}{P_{t}}\)のもとで労働市場が均衡している状況を想定します。\(L_{t}\)は均衡労働量です。労働供給関数および労働需要関数の定義より均衡実質賃金\(\frac{W_{t}}{P_{t}}\)において生産者は利潤を最大化しており、家計は効用を最大化しています。したがって、均衡労働量\(L_{t}\)を短期の生産関数\(F\left( L,\overline{K}\right) \)に代入することにより得られる値\begin{equation}Y_{F}=F\left( L_{t},\overline{K}\right) \quad \cdots (2)
\end{equation}は(資本投入量\(\overline{K}\)が一定という意味において)短期における完全雇用国民所得です。
来期\(t+1\)において物価が上昇した状況を想定します。つまり、\begin{equation*}P_{t+1}>P_{t}
\end{equation*}です。\(P_{t}^{e}=P_{t}\)および適応的予想形成仮説より、\begin{equation*}P_{t+1}^{e}=P_{t}
\end{equation*}であるため、\begin{equation*}
P_{t+1}^{e}<P_{t+1}
\end{equation*}を得ます。つまり、実際の物価は\(P_{t}\)から\(P_{t+1}\)へ上昇しているものの、家計はそれを観察できず、来期の物価を今期の物価\(P_{t}\)のままと誤って認識しているということです。したがって、労働供給に関しては、\begin{equation}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}^{e}}\right) =L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}}\right) \quad \cdots (3)
\end{equation}が成り立ちます。家計は実質賃金の変化を観察できないため労働供給は変わらないということです。\(P_{t+1}>P_{t}\)ゆえに\(\frac{W_{t}}{P_{t+1}}<\frac{W_{t}}{P_{t}}\)ですが、労働需要関数は実質賃金に関する減少関数であるため、\begin{equation}L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}},\overline{K}\right) <L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right) \quad \cdots (4)
\end{equation}を得ます。生産者は実質賃金の下落を観察できるため労働需要を増やすということです。\(\left( 1\right) ,\left( 3\right) ,\left(4\right) \)より、\begin{equation}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}^{e}}\right) <L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right) \quad \cdots (5)
\end{equation}を得ますが、これは労働市場において超過需要が発生していることを意味します。
労働市場で超過需要が発生すると、企業間の労働獲得競争により名目賃金\(W\)が上昇します。つまり、\begin{equation*}W_{t}<W
\end{equation*}です。名目賃金については、生産者と家計がともに観察可能であることに注意してください。\(\frac{W_{t}}{P_{t+1}^{e}}<\frac{W}{P_{t+1}^{e}}\)ですが、労働供給関数は実質賃金に関する増加関数であるため、\begin{equation*}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}^{e}}\right) <L^{S}\left( \frac{W}{P_{t+1}^{e}}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。また、\(\frac{W_{t}}{P_{t+1}}<\frac{W}{P_{t+1}}\)ですが、労働需要関数は実質賃金に関する減少関数であるため、\begin{equation*}L^{D}\left( \frac{W}{P_{t+1}},\overline{K}\right) <L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。以上の方向性で名目賃金\(W\)が調整されますが、これらと\(\left( 5\right) \)より、最終的に、来期\(t+1\)における名目賃金\(W_{t+1}\)が、以下の条件\begin{equation}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}^{e}}\right) <L^{S}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}^{e}}\right) =L^{D}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}},\overline{K}\right)
<L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right) \quad \cdots (6)
\end{equation}を満たす水準で決定されます。来期の均衡労働量を、\begin{equation}
L_{t+1}=L^{S}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}^{e}}\right) =L^{D}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}},\overline{K}\right) \quad \cdots (7)
\end{equation}で表記します。
労働供給関数の定義より、生産者は均衡実質賃金\(\frac{W_{t+1}}{P_{t+1}}\)のもとで利潤を最大化しています。一方、\(\frac{W_{t+1}}{P_{t+1}}\not=\frac{W_{t+1}}{P_{t+1}^{e}}\)および労働需要関数の定義より、家計は誤った期待\(\frac{W_{t+1}}{P_{t+1}^{e}}\)にもとづいて効用を最大化しているため、実際の均衡実質賃金\(\frac{W_{t+1}}{P_{t+1}}\)のもとでの真の効用最大化から外れています。したがって来期の均衡労働量\(L_{t+1}\)を短期の生産関数\(F\left( L,\overline{K}\right) \)に代入することにより得られる値\begin{equation*}F\left( L_{t+1},\overline{K}\right)
\end{equation*}は完全雇用国民所得\(Y_{F}\)と一致しません。実際、\begin{eqnarray*}L_{t} &=&L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}^{e}}\right) \quad \because \left(
1\right) \\
&=&L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}^{e}}\right) \quad \because
P_{t+1}^{e}=P_{t}^{e} \\
&<&L^{S}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}^{e}}\right) \quad \because \left(
6\right) \\
&=&L_{t+1}\quad \because \left( 7\right)
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
L_{t}<L_{t+1}
\end{equation*}が成り立ちますが、短期の生産関数\(F\left( L,\overline{K}\right) \)は\(L\)に関する増加関数であるため、このとき、\begin{equation*}F\left( L_{t},\overline{K}\right) <F\left( L_{t+1},\overline{K}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。さらに\(\left( 3\right) \)より、\begin{equation*}Y_{F}<F\left( L_{t+1},\overline{K}\right)
\end{equation*}を得ます。つまり、物価が上昇すると労働市場において均衡労働量が増加し、財市場において総供給が増加する結果、均衡国民所得は完全雇用国民所得を上回ります。
以上のメカニズムから明らかであるように、物価の上昇幅\(P_{t+1}-P_{t}>0\)すなわち実際の物価と予想物価の差\(P_{t+1}-P_{t+1}^{e}>0\)が大きいほど、来期\(t+1\)における総供給\(F\left( L_{t+1},\overline{K}\right) \)と今期\(t\)における総供給\(F\left( L_{t+1},\overline{K}\right) \)すなわち完全雇用国民所得\(Y_{T}\)の差は大きくなります。そこで、何らかの定数\(\alpha >0\)のもとで、以下の近似関係\begin{equation*}F\left( L_{t+1},\overline{K}\right) \approx Y_{F}+\alpha \left(
P_{t+1}-P_{t+1}^{e}\right)
\end{equation*}が成り立つものと仮定します。来期\(t+1\)における総供給を、\begin{equation*}Y_{t+1}=F\left( L_{t+1},\overline{K}\right)
\end{equation*}と表記するのであれば、先の近似関係を、\begin{equation*}
Y_{t+1}\approx Y_{F}+\alpha \left( P_{t+1}-P_{t+1}^{e}\right)
\end{equation*}と表現できます。
このような事情を踏まえた上で、完全雇用国民所得が\(Y_{F}\)であり、物価が\(P\)であり、期待物価が\(P^{e}\)である場合には、財市場における総供給\(Y\)は、何らかの定数\(\alpha >0\)を用いて、以下のような関係\begin{equation}Y=Y_{F}+\alpha \left( P-P^{e}\right) \quad \cdots (9)
\end{equation}として表されるものと仮定します。つまり、完全雇用国民所得\(Y_{F}\)が与えられた場合、財市場における総供給\(Y^{S}\)を、物価\(P\)と期待物価\(P^{e}\)に関する関数\begin{eqnarray*}Y^{S} &=&Y^{S}\left( P,P^{e}\right) \\
&=&Y_{F}+\alpha \left( P-P^{e}\right)
\end{eqnarray*}として表現するということです。このような関数\(Y^{S}\left( P,P^{e}\right) \)を総供給関数(aggregate supply function)と呼びます。
\(\left( 9\right) \)を変形すると、\begin{equation*}P=P^{e}+\frac{1}{\alpha }\left( Y-Y_{F}\right)
\end{equation*}を得ます。財市場における総供給\(Y\)は国民所得(GDP)と一致するため、以上の関係は、期待物価\(P^{e}\)が高いほど、また、実際の国民所得\(Y\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)よりも高いほど、実際の物価\(P\)が高くなることを意味します。
物価が下落する場合にも同様の議論が成り立ちます。
完全予見仮説(PFH)のもとでの労働市場の均衡
時点\(t\in \left\{ 0,1,2,\cdots \right\} \)における実際の物価を\(P_{t}\)で表記し、家計が予測する期待物価を\(P_{t}^{e}\)で表記します。その上で、以下の関係\begin{equation*}P_{t}^{e}=P_{t}
\end{equation*}が成り立つものと仮定する場合、これを完全予見仮説(perfect foresight hypothesis, PFH)と呼びます。これは、任意の時点において家計が物価を正しく認識すること、すなわち、生産者と家計の間に物価に関する情報の非対称性が存在しないことを意味します。
完全予見仮説を採用する場合、労働市場の均衡は以下のメカニズムのもとで実現します。
完全予見仮説より、今期において、\begin{equation*}
P_{t}^{e}=P_{t}
\end{equation*}が成り立ちます。その上で、\begin{equation}
L_{t}=L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}},\overline{K}\right) =L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}}\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つものとします。つまり、今期において家計は物価を正しく予想しているとともに、その物価水準\(P_{t}\)と名目賃金\(W_{t} \)から形成される実質賃金\(\frac{W_{t}}{P_{t}}\)のもとで労働市場が均衡している状況を想定します。\(L_{t}\)は均衡労働量です。
労働供給関数および労働需要関数の定義より均衡実質賃金\(\frac{W_{t}}{P_{t}}\)において生産者は利潤を最大化しており、家計は効用を最大化しています。したがって、均衡労働量\(L_{t}\)を短期の生産関数\(F\left( L,\overline{K}\right) \)に代入することにより得られる値\begin{equation*}Y_{F}=F\left( L_{t},\overline{K}\right)
\end{equation*}は短期の完全雇用国民所得です。
来期\(t+1\)において物価が上昇した状況を想定します。つまり、\begin{equation*}P_{t+1}>P_{t}
\end{equation*}です。完全予見仮説より、\begin{equation*}
P_{t+1}^{e}=P_{t+1}
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、生産者だけでなく家計もまた物価が\(P_{t}\)から\(P_{t+1}\)へ上昇したことを観察しているということです。\(P_{t+1}>P_{t}\)ゆえに\(\frac{W_{t}}{P_{t+1}}<\frac{W_{t}}{P_{t}}\)ですが、労働供給関数は実質賃金に関する増加関数であるため、\begin{equation}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}}\right) <L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}}\right) \quad \cdots (2)
\end{equation}が成り立ち、労働需要関数は実質賃金に関する減少関数であるため、\begin{equation}
L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t}},\overline{K}\right) <L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right) \quad \cdots (3)
\end{equation}を得ます。\(\left( 1\right) ,\left( 2\right),\left( 3\right) \)より、\begin{equation}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}}\right) <L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right) \quad \cdots (4)
\end{equation}を得ますが、これは労働市場において超過需要が発生していることを意味します。
労働市場で超過需要が発生すると、企業間の労働獲得競争により名目賃金\(W\)が上昇します。つまり、\begin{equation*}W_{t}<W
\end{equation*}へと変化します。名目賃金についても、生産者と家計がともに観察可能であることに注意してください。\(\frac{W_{t}}{P_{t+1}}<\frac{W}{P_{t+1}}\)ですが、労働供給関数は実質賃金に関する増加関数であるため、\begin{equation*}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}}\right) <L^{S}\left( \frac{W}{P_{t+1}}\right)
\end{equation*}が成り立ち、労働需要関数は実質賃金に関する減少関数であるため、\begin{equation*}
L^{D}\left( \frac{W}{P_{t+1}},\overline{K}\right) <L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right)
\end{equation*}が成り立ちます。これらと\(\left( 4\right) \)より、最終的に、来期\(t+1\)における名目賃金\(W_{t+1}\)が、以下の条件\begin{equation*}L^{S}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}}\right) <L^{S}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}}\right) =L^{D}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}},\overline{K}\right)
<L^{D}\left( \frac{W_{t}}{P_{t+1}},\overline{K}\right)
\end{equation*}を満たす水準で決定されます。今期の均衡労働量を、\begin{equation*}
L_{t+1}=L^{S}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}}\right) =L^{D}\left( \frac{W_{t+1}}{P_{t+1}},\overline{K}\right)
\end{equation*}で表記します。
労働供給関数および労働需要関数の定義より、来期\(t+1\)の均衡実質賃金\(\frac{W_{t+1}}{P_{t+1}}\)において生産者は利潤を最大化しており、家計は効用を最大化しています。したがって、均衡労働量\(L_{t+1}\)を短期の生産関数\(F\left( L,\overline{K}\right) \)に代入することにより得られる値\begin{equation*}Y_{F}=F\left( L_{t+1},\overline{K}\right)
\end{equation*}もまた短期の完全雇用国民所得です。
以上の議論から明らかになったように、完全予見仮説のもとでは、物価の変動にともない労働市場の均衡が変化しても、財市場における総供給量\(Y^{S}\)は変化せず、その水準は常に完全雇用国民所得\(Y_{F}\)と一致します。つまり、完全予見仮説のもとでは、総供給関数が、\begin{equation*}Y^{S}\left( P,P^{e}\right) =Y^{S}\left( P,P\right) =Y_{F}
\end{equation*}と定まります。
物価が下落する場合にも同様の議論が成り立ちます。
演習問題
\end{equation*}が成り立つこととして定義しました。以下の問いに答えてください。
- 適応的予想形成仮説は以下の命題\begin{equation*}P_{t+1}^{e}=P_{t}^{e}+\lambda \left( P_{t}-P_{t}^{e}\right)
\end{equation*}と必要十分であることを示した上で、その直感的な意味を説明してください。 - 問1の結果を踏まえた上で、\(\lambda =1\)であることは何を意味するか説明してください。
- 物価を過小予想している場合には期待物価が上昇すること、すなわち、\begin{equation*}P_{t}^{e}<P_{t}\Rightarrow P_{t}^{e}<P_{t+1}^{e}
\end{equation*}が成り立つことを示してください。 - 物価を過大予想している場合には期待物価が下落すること、すなわち、\begin{equation*}P_{t}<P_{t}^{e}\Rightarrow P_{t+1}^{e}<P_{t}^{e}
\end{equation*}が成り立つことを示してください。
プレミアム会員専用コンテンツです
【ログイン】【会員登録】