総需要と総供給は一致するとは限らない
国内総生産(GDP)とは「ある一定期間において、ある国の経済において生産された、財・サービスの付加価値の総額」であり、以下の関係\begin{eqnarray*}
GDP &=&\text{国内企業による付加価値の合計} \\
&=&\text{国内企業による生産額の合計}-\text{国内企業による中間投入額の合計} \\
&=&\text{国内企業による最終生産額の合計}-\text{海外から購入した中間投入額の合計}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。
国内総所得(GDI)とは「ある一定期間において、ある国の経済において生産された付加価値が、雇用者、資本所有者、政府などの経済主体に分配された所得の総額」であり、その内訳は、\begin{equation*}
GDI=W+P+D+\left( T-S\right)
\end{equation*}です。ただし、\begin{eqnarray*}
W &:&\text{雇用者所得} \\
P &:&\text{営業余剰・混合所得} \\
D &:&\text{固定資本減耗} \\
T &:&\text{間接税} \\
S &:&\text{補助金}
\end{eqnarray*}です。
国内総支出(GDE)とは「ある一定期間において、ある国の経済において生産された付加価値に対する、国民、企業、政府などの経済主体による支出の総額」であり、その内訳は、\begin{equation*}
GDE=C+G+I+N+\left( X-M\right)
\end{equation*}です。ただし、\begin{eqnarray*}
C &:&\text{民間最終消費支出}
\\
G &:&\text{政府最終消費支出}
\\
I &:&\text{総固定資本形成} \\
N &:&\text{在庫変動} \\
X &:&\text{輸出} \\
M &:&\text{輸入}
\end{eqnarray*}です。
企業が生産活動を行うと、その生産から得られた総収入は必ずどこかへ流れます。会計の原則によれば、収入は必ず支出または利益として記録されなければなりません。したがって、以下の関係\begin{equation*}
GDP=GDI
\end{equation*}は常に成り立ちます。そこで、これらをまとめて、\begin{equation*}
Y=GDP=GDI
\end{equation*}と表記します。
三面等価の原理より、\begin{equation}
GDP=GDE \quad \cdots (1)
\end{equation}もまた成立しますが、これは会計的な調整の結果であり、経済全体の総供給と総需要が一致することまでは意味しません。実際、\(\left( 1\right) \)が成り立つことは、\begin{equation}\text{国内企業による付加価値の合計}=C+G+I+N+\left( X-M\right)
\quad \cdots (2)
\end{equation}が成り立つことを意味しますが、\begin{eqnarray*}
N^{P} &:&\text{意図した在庫変動} \\
N^{U} &:&\text{意図しない在庫変動}
\end{eqnarray*}と表記した上で、\begin{equation*}
N=N^{P}+N^{U}
\end{equation*}とした場合、\(\left( 2\right) \)は、\begin{equation*}\text{国内企業による付加価値の合計}=C+G+I+N^{P}+N^{U}+\left(
X-M\right)
\end{equation*}となります。これを変形すると、\begin{equation}
\text{国内企業による生産額の合計}+M=\text{国内企業による中間投入額の合計}+C+G+I+N^{P}+X+N^{U} \quad \cdots (3)
\end{equation}を得ます。\(\left( 3\right) \)の左辺は総供給であり、\(\left( 3\right) \)の右辺から\(N^{U}\)を除いたものが総需要ですが、生産主体と消費主体は独立に意思決定を行うため、総供給と総需要は一致するとは限りません。両者が一致しない場合には、\begin{equation*}N^{U}\not=0
\end{equation*}であるとともに、以下の関係\begin{eqnarray*}
N^{U} &>&0\Leftrightarrow \text{供給超過による売れ残りが}N^{U}\text{だけ発生している} \\
N^{U} &<&0\Leftrightarrow \text{需要超過による品不足が}N^{U}\text{だけ発生している}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。では、総需要と総供給が一致しない場合、どのようなプロセスを経てそれらが一致するよう調整されるのでしょうか。以下で順番に考えます。
モデルの整理
GDPは国内において生産された付加価値の合計であるため、これは経済の総供給に相当します。そのことを指して、\begin{equation*}
AS=Y
\end{equation*}と表記します。左辺の\(AS\)は総供給(aggregate supply)を表す記号であり、右辺の\(Y\)はGDPを表す記号です。
会計の原則によれば、収入は必ず支出または利益として記録されなければならないため、以下の関係\begin{equation*}
GDP=GDI
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y=GDI
\end{equation*}が常に成り立ちます。つまり、\(Y\)は国内総所得を表す記号でもあります。特に、海外との取引(輸出・輸入・海外からの所得の受け取り・海外への支払い)が存在しない閉鎖経済を想定する場合、国内で生み出された所得と国民が受け取る所得は一致するため、\begin{equation*}GDI=GNI
\end{equation*}が成り立ち、したがって、\begin{equation*}
Y=GNI
\end{equation*}もまた常に成り立ちます。つまり、閉鎖経済を想定する場合には\(Y\)は国民総所得を表す記号でもあります。
国内総支出は、\begin{eqnarray*}
GDE &=&C+G+I+N+\left( X-M\right) \\
&=&C+G+I+\left( N^{P}+N^{U}\right) +\left( X-M\right) \quad \because
N=N^{P}+N^{U} \\
&=&C+G+I+N^{P}+\left( X-M\right) +N^{U}
\end{eqnarray*}と定義されます。\(N^{P}\)は意図した在庫変動であるため、これを\(I\)に含めて考えることができます。つまり、\(I+N^{P}\)を改めて\(I\)と表記できるということです。その一方で、\(N^{U}\)は意図しない在庫変動です。したがって、経済の総需要は、\(GDE\)から\(N^{U}\)を除いた、\begin{equation*}AD=C+G+I+\left( X-M\right)
\end{equation*}として表現できます。左辺の\(AD\)は総需要(aggregate demand)を表す記号です。また、右辺中の\(I\)には\(N^{P}\)が含まれていることに注意してください。特に、閉鎖経済を想定する場合には、\begin{equation*}X=M=0
\end{equation*}が成り立つため、この場合の総需要は、\begin{equation*}
AD=C+G+I
\end{equation*}となります。
結論をまとめます。経済の総供給と総需要をそれぞれ、\begin{eqnarray*}
AS &=&Y \\
AD &=&C+G+I+\left( X-M\right)
\end{eqnarray*}と定義します。ただし、\(Y\)は国内総生産(GDP)および国内総所得(GDI)を表す記号です。特に、閉鎖経済を想定する場合、経済の総供給と総需要をそれぞれ、\begin{eqnarray*}AS &=&Y \\
AD &=&C+G+I
\end{eqnarray*}となり、\(Y\)は国内総生産(GDP)および国民総所得(GNI)と一致します。このような事情を踏まえた上で、以降では\(Y\)をシンプルに国民所得(national income)と呼びます。また、民間最終消費支出\(C\)をシンプルに消費(consumption)と呼び、政府最終消費支出\(G\)をシンプルに政府支出(government expenditure)と呼び、意図した在庫変動\(N^{P}\)を含めた総固定資本形成\(I\)をシンプルに投資(investment)と呼ぶこととします。
意思決定の順番は以下の通りです。ただし、閉鎖経済を想定します。
- 総供給の決定:企業は前期の販売実績や将来の総需要(支出)の予測などにもとづいて総供給\begin{equation*}AS=Y
\end{equation*}を決定し、それを実行する。 - 付加価値の分配:生産活動が行われると、生み出された財・サービスが売れたかどうかに関係なく、その付加価値の対価として所得が発生する。会計の原則より付加価値は分配されつくすため国民所得もまた\(Y\)と定まる。
- 総需要の決定:国民所得\(Y\)を受け取った家計、企業、政府が計画にもとづいて総需要\begin{equation*}AD=C+G+I\end{equation*}を決定する。
- 財市場での調整:財市場において総供給\(AS\)と総需要\(AD\)が出会う。生産主体と消費主体は独立に意思決定を行うため\(AS\)と\(AD\)は一致するとは限らない。両者の差は意図しない在庫変動\(N^{U}\)として現れる。何らかのメカニズムのもとで\(N^{U}\)が解消され、総供給と総需要が一致する。
短期における数量調整メカニズム
財市場において総需要と総供給が一致する場合、買いたい人はすべて予定通りに買うことができ、売り手は作ったものがすべて予定通り売れているため、調整は起こりません。では、財市場において総供給と総需要が一致しない場合、どのようなメカニズムのもとで調整が行われるのでしょうか。調整法としては価格調整(price adjustment)と数量調整(quantity adjustment)の2通りがあります。
価格調整とは、供給量は据え置いたままで、売れ残りが発生している場合には価格を引き下げて売り上げを増やし、品不足の場合には価格を引き上げて売り上げを減らす方法です。一方、数量調整とは、価格は据え置いたままで、売れ残りが発生している場合には供給量を減らし、品不足の場合には供給量を増やす方法です。どちらを採用するかは、財・サービスの性質によります。
総需要と総供給について議論している場合、想定しているのは経済全体の需給バランスです。経済全体で見た場合、製造業などGDPに占める割合が大きい産業の多くでは製品の在庫が可能であるため、経済全体では数量調整が支配的であると考えられます。
生産活動が行われると、生み出された財・サービスが売れたかどうかに関係なく、その付加価値の対価として所得が発生します。分配面での最大の項目は雇用者所得ですが、契約・慣習・労働者のモラル維持などの理由から、企業は賃金をすぐに下げられません。これを賃金の下方硬直性(downward rigidity of wages)。その結果、総需要が減少してもなお企業はコスト高のままであり、売れ残りが続くと利益が圧迫されます。利益を守るため、または在庫過剰を解消するために、企業は生産量を削減し、在庫を減らそうとします。なお、生産量を減らす際に、企業は賃金を下げずに雇用量を減らします。
賃金はある程度上方硬直的(upward rigidity of wages)でもあるため、総需要が増加した場合には逆向きの議論が成立します。契約上、賃金はある程度固定されています。また、企業が一時的な需要増加だと判断した場合、賃金を上げて固定費を増やすよりも、残業などで対応しようとします。その結果、総需要が増加しても企業はコストは安定しているため、企業の利益は増加します。品不足を放置すると、本来得られたはずの売上を逃す機会損失につながるため、企業は生産量を増加させます。なお、生産量を増やす際に、企業は賃金を上げずに雇用量を増やします。
総需要と総供給が一致しない場合、価格調整ではなく数量調整が行われる根拠をいくつか挙げました。いずれにせよ、価格調整ではなく数量調整を主なメカニズムとみなす経済モデルをケインズ経済学(Keynsian Economics)と呼びます。
マクロ経済学において短期(short run)と言う場合、それは「需要と供給に不一致があったとしても価格が変化しない期間」を指します。ケインズ経済学は短期の経済モデルであり、数量調整モデルです。
総需要と総供給が一致しない場合、それが価格調整ではなく数量調整によって解消されるのであれば、総供給は総需要によって決定されることになります。これを有効需要の原理(principle of effective demand)と呼びます。
以降では、短期における数量調整メカニズムを前提とした上で、具体的なモデルを用いて有効需要の原理を表現し、さらに総需要と総供給の均衡条件を特定した上で、均衡における国民所得を導きます。
プレミアム会員専用コンテンツです
【ログイン】【会員登録】