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不確実性下の意思決定

不確実性を評価する選好関係

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選好関係

何らかの行動を選択した場合、実際に起こり得る結果として複数の候補が存在し、なおかつ、その中のどの結果が実際に起こるかが完全に予測できない状況、すなわちランダムネスが成立している状況を想定した上で、そのような状況において意思決定主体が直面する個々の選択肢をクジと呼ばれる概念として定式化しました。起こり得るすべての結果からなる集合\(X\)が有限集合や可算集合である場合、クジとは、それぞれの結果\(x\in X\)に対して、その結果が起こる確率\(L\left( x\right) \in \mathbb{R} \)を特定する関数\begin{equation*}L:X\rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}として表現されます。一方、結果集合\(X\)が数直線\(\mathbb{R} \)上の区間などの非可算集合である場合、クジ\(L\)は確率密度関数\begin{equation*}f_{L}:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}として表現されます。主体が直面するすべてのクジからなる集合を\(\mathcal{L}\)で表記します。

続いて問題になるのは、選択肢からなる集合を与えられた主体がどのように意思決定を行うかという点です。一般に、複数の主体に対して同一の選択肢集合を提示したとき、彼らはその中から同じものを選ぶとは限りません。クジに対する好みの体系は人それぞれだからです。例えば、資産の運用先として国債や株式、不動産投資、仮想通貨投資など様々な選択肢が存在しますが、資産運用にはリスクが伴うため、どの形で運用するにせよリターンを事前に確定することはできません。そのような状況下において、ローリスク・ローリターンを好む人、逆にハイリスク・ハイリターンを好む人などがおり、そのような好みの体系の違いが投資行動の違いとして反映されます。いずれにせよ、主体による意思決定は、その人が持つ好みの体系によって左右されることには疑いの余地はありません。そこで、意思決定主体が持つ好みの体系を選好関係(preference relation)や効用関数(utility function)などの概念を用いてモデル化します。

クジ集合\(\mathcal{L}\)に直面した主体は、\(\mathcal{L}\)の要素であるクジどうしを比較しながら、自身にとって最も望ましい何らかのクジを選択します。そこで、主体が持つ好みの体系を\(\mathcal{L}\)上の二項関係\(\succsim \)として定式化し、これを選好関係(preference relation)や広義の選好関係(weak preference relation)などと呼びます。具体的には、2つのクジ\(L,L^{\prime }\in \mathcal{L}\)を任意に選んだときに、\begin{equation*}L\succsim L^{\prime }\Leftrightarrow \text{主体は}L\text{を}L^{\prime }\text{以上に好む}
\end{equation*}を満たすものとして\(\succsim \)を定義します。つまり、比較対象として2つのクジ\(L,L^{\prime }\)が提示されたとき、主体が\(L\)を\(L^{\prime }\)以上に好むとき、そしてその場合にのみ、\(L\succsim L^{\prime }\)が成り立つものとして\(\succsim \)を定義するということです。ただし、\(L\)を\(L^{\prime }\)以上に好むとは、\(L\)を\(L^{\prime }\)よりも好むか、または\(L\)と\(L^{\prime }\)を同じ程度好むことを意味します。ちなみに、\(L\succsim L^{\prime }\)が成り立つ場合には、主体は\(L\)\(L^{\prime }\)以上に好む(\(L\) is at least as good as \(L^{\prime }\))とか、\(L\)\(L^{\prime }\)よりも広義に選好する(weakly prefer \(L\) to \(L^{\prime }\))などと言います。

例(選好関係)
ある人が「\(1000\)万円の資産をどのように運用すべきか」を検討している状況を想定します。以下の3つの行動\begin{eqnarray*}a_{1} &=&\text{国債を購入する} \\
a_{2} &=&\text{株に投資する} \\
a_{3} &=&\text{仮想通貨を購入する}
\end{eqnarray*}が選択肢として与えられているものとします。行動\(a_{1}\)を選択した場合には以下の1通りの結果\begin{equation*}1010\text{万円(利子として}10\text{万円を得る)}
\end{equation*}が起こり得るものとします。つまり、\begin{equation*}
X_{1}=\left\{ 1010\right\}
\end{equation*}です。行動\(a_{2}\)を選択した場合には以下の3通りの結果\begin{eqnarray*}&&1200\text{万円(株価が上昇し}200\text{万円を得る)} \\
&&1000\text{万円(株価はそのまま)} \\
&&800\text{万円(株価が下落し}200\text{万円を失う)}
\end{eqnarray*}が起こり得るものとします。つまり、\begin{equation*}
X_{2}=\left\{ 1200,1000,800\right\}
\end{equation*}です。行動\(a_{3}\)を選択した場合には以下の3通りの結果\begin{eqnarray*}&&2000\text{万円(暗号通貨が暴騰し}1000\text{万円を得る)} \\
&&1000\text{万円(暗号通貨の価格はそのまま)} \\
&&0\text{万円(暗号通貨が暴落し}1000\text{万円を失う)}
\end{eqnarray*}が起こり得るものとします。つまり、\begin{equation*}
X_{3}=\left\{ 2000,1000,0\right\}
\end{equation*}です。結果集合は、\begin{eqnarray*}
X &=&X_{1}\cup X_{2}\cup X_{3} \\
&=&\left\{ 2000,1200,1010,1000,800,0\right\}
\end{eqnarray*}となります。国債からは確実に利子を得られる場合、行動\(a_{1}\)にともなうクジは\(L_{1}:X\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}L_{1}\left( x\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
1 & \left( if\ x=1010\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}です。株を購入した場合に株価の値上がり・そのまま・値下がりが等確率で起こるならば、行動\(a_{2}\)にともなうクジは\(L_{2}:X\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}L_{2}\left( x\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
\frac{1}{3} & \left( if\ x=1200,1000,800\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}です。暗号通貨を購入した場合に暗号通貨の値上がり・そのまま・値下がりが等確率で起こるならば、行動\(a_{3}\)にともなうクジは\(L_{3}:X\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}L_{3}\left( x\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
\frac{1}{3} & \left( if\ x=2000,1000,0\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}です。ローリスク・ローリターンを好む人の選好関係\(\succsim \)のもとでは、\begin{equation*}L_{1}\succsim L_{2}\succsim L_{3}
\end{equation*}が成り立ちます。逆に、ハイリスク・ハイリターンを好む人の選好関係\(\succsim \)のもとでは、\begin{equation*}L_{3}\succsim L_{2}\succsim L_{1}
\end{equation*}が成り立ちます。ちなみに、3つの投資先を対象にポートフォリオを組むのであれば、それは複合クジ\begin{equation*}
C=\left( C\left( L_{1}\right) ,C\left( L_{2}\right) ,C\left( L_{3}\right)
\right)
\end{equation*}として表現されるとともに、結果主義の仮定のもと、これもまた単純クジとみなされ選好関係\(\succsim \)のもとでの比較対象となります。
例(結果集合)
結果集合が、\begin{equation*}
X=\left\{ 1,2,3\right\}
\end{equation*}であるとともに、以下の3つのクジ\begin{eqnarray*}
L_{1} &=&\left( \frac{5}{10},\frac{4}{10},\frac{1}{10}\right) \\
L_{2} &=&\left( \frac{4}{10},\frac{4}{10},\frac{2}{10}\right) \\
L_{3} &=&\left( \frac{8}{10},0,\frac{2}{10}\right)
\end{eqnarray*}に注目します。ある人は期待値をもとにクジどうしを比較するものとします。それぞれのクジがもたらす期待値は、\begin{eqnarray*}
E_{1}\left( x\right) &=&1\cdot \frac{5}{10}+2\cdot \frac{4}{10}+3\cdot
\frac{1}{10}=\frac{8}{5} \\
E_{2}\left( x\right) &=&1\cdot \frac{4}{10}+2\cdot \frac{4}{10}+3\cdot
\frac{2}{10}=\frac{9}{5} \\
E_{3}\left( x\right) &=&1\cdot \frac{8}{10}+2\cdot 0+3\cdot \frac{2}{10}=\frac{7}{5}
\end{eqnarray*}であるため、この人の選好関係\(\succsim \)のもとでは、\begin{equation*}L_{2}\succsim L_{1}\succsim L_{3}
\end{equation*}が成り立ちます。

 

狭義選好関係

クジ集合\(\mathcal{L}\)上の選好関係\(\succsim \)が与えられたとき、任意の2つのクジ\(L,L^{\prime }\in \mathcal{L}\)に対して、\begin{equation*}L\succ L^{\prime }\Leftrightarrow \left[ L\succsim L^{\prime }\wedge \lnot
(L^{\prime }\succsim L)\right] \end{equation*}を満たすものとして定義される\(\mathcal{L}\)上の二項関係\(\succ \)を狭義選好関係(strict preference relation)と呼びます。つまり、比較対象として2つのクジ\(L,L^{\prime }\)が提示されたとき、主体が\(L\)を\(L^{\prime }\)以上に好む一方で\(L^{\prime }\)を\(L\)以上には好まないとき、そしてその場合にのみ、\(L\succ L^{\prime }\)が成り立つものとして\(\succ \)を定義するということです。言い換えると、\(L\succ L^{\prime }\)が成り立つこととは、主体にとって\(L\)が\(L^{\prime }\)よりも望ましいことを意味します。\(L\succ L^{\prime }\)が成り立つ場合には、主体は\(L\)\(L^{\prime }\)よりも選好する(prefer \(L\) to \(L^{\prime }\))とか、\(L\)\(L^{\prime }\)よりも狭義に選好する(strictly prefer \(L\) to \(L^{\prime }\))などと言います。

 

無差別関係

クジ集合\(\mathcal{L}\)上の選好関係\(\succsim \)が与えられたとき、任意の2つのクジ\(L,L^{\prime }\in \mathcal{L}\)に対して、\begin{equation*}L\sim L^{\prime }\Leftrightarrow \left( L\succsim L^{\prime }\wedge
L^{\prime }\succsim L\right)
\end{equation*}を満たすものとして定義される\(\mathcal{L}\)上の二項関係\(\sim \)を無差別関係(indifference relation)と呼びます。つまり、比較対象として2つのクジ\(L,L^{\prime }\)が提示されたとき、主体が\(L\)を\(L^{\prime }\)以上に好むと同時に\(L^{\prime }\)を\(L\)以上に好むとき、そしてその場合にのみ\(L\sim L^{\prime }\)が成り立つものとして\(\sim \)を定義するということです。言い換えると、\(L\sim L^{\prime }\)が成り立つこととは、主体にとって\(L\)と\(L^{\prime }\)が同じ程度望ましいことを意味します。\(L\sim L^{\prime }\)が成り立つ場合には、主体にとって\(L\)\(L^{\prime }\)は無差別である(indifferent between \(L\) and \(L^{\prime }\))と言います。

 

選好関係の特徴づけ

選好関係\(\succsim \)から派生的に狭義選好関係\(\succ \)や無差別関係\(\sim \)を定義しましたが、それらの定義を踏まえると、クジ\(L,L^{\prime }\in \mathcal{L}\)を任意に選んだときに、\begin{equation*}L\succsim L^{\prime }\Leftrightarrow \left( L\succ L^{\prime }\vee L\sim
L^{\prime }\right)
\end{equation*}という関係が成り立つことが示されます(演習問題)。つまり、\(L\succsim L^{\prime }\)が成り立つことと\(L\succ L^{\prime }\)と\(L\sim L^{\prime}\)の少なくとも一方が成り立つことは必要十分です。直感的には、\(L\)を\(L^{\prime }\)以上に好むことは、\(L\)を\(L^{\prime }\)よりも好むか、または\(L\)と\(L^{\prime }\)を同じ程度好むことを意味しますが、上の関係はそのような直感と整合的です。

命題(選好関係の特徴づけ)
クジ集合\(\mathcal{L}\)の要素であるクジ\(L,L^{\prime }\in \mathcal{L}\)を任意に選んだとき、\begin{equation*}L\succsim L^{\prime }\Leftrightarrow \left( L\succ L^{\prime }\vee L\sim
L^{\prime }\right)
\end{equation*}が成り立つ。

証明

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当初の話の流れでは最初に選好関係\(\succsim \)を先に定義し、そこから派生的に狭義選好関係\(\succ \)や無差別関係\(\sim \)を定義しました。以上の命題は、そのような話の流れとは逆に、先に\(\succ \)と\(\sim \)を定義した上で、そこから派生的に\(\succsim \)を定義することも可能であることを示唆しています。具体的には、クジ集合\(\mathcal{L}\)の二項関係である狭義選好関係\(\succ \)と無差別関係\(\sim \)がそれぞれ与えられたとき、任意の\(L,L^{\prime}\in \mathcal{L}\)に対して、\begin{equation*}L\succsim L^{\prime }\Leftrightarrow \left( L\succ L^{\prime }\vee L\sim
L^{\prime }\right)
\end{equation*}を満たすものとして\(\mathcal{L}\)上の新たな二項関係である選好関係\(\succsim \)を定義することもできるということです。

ちなみに、上の命題をもう少し精緻化できます。上の命題によると、\(L\succsim L^{\prime }\)が成り立つことは、\(L\succ L^{\prime }\)と\(L\sim L^{\prime }\)の「少なくとも一方」が成り立つことと必要十分です。つまり、\(L\succsim L^{\prime }\)が成り立つ場合に\(L\succ L^{\prime }\)と\(L\sim L^{\prime }\)の両方がともに成り立つことを可能性を含んでいます。しかし実際には、\(L\succ L^{\prime }\)と\(L\sim L^{\prime }\)が同時に成り立つことはありません(演習問題)。したがって、上の命題において論理和\(\vee \)を排他的論理和\(\veebar \)に置き換えることができます。つまり、\(L\succsim L^{\prime }\)が成り立つことは、\(L\succ L^{\prime }\)と\(L\sim L^{\prime}\)の「どちらか一方」が成り立つことと必要十分です。

命題(選好関係の特徴づけ)
クジ集合\(\mathcal{L}\)の要素であるクジ\(L,L^{\prime }\in \mathcal{L}\)を任意に選んだとき、\begin{equation*}L\succsim L^{\prime }\Leftrightarrow \left( L\succ L^{\prime }\veebar L\sim
L^{\prime }\right)
\end{equation*}という関係が成り立つ。

証明

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例(選好関係の特徴づけ)
クジ\(L,L^{\prime },L^{\prime \prime }\in \mathcal{L}\)が与えられたとき、主体の選好関係\(\succsim \)は、\begin{equation*}L\succsim L^{\prime }\succsim L^{\prime \prime }
\end{equation*}を満たすものとします。上の命題より、このことは、以下の4つの場合\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ L\succ L^{\prime }\succ L^{\prime \prime } \\
&&\left( b\right) \ L\succ L^{\prime }\sim L^{\prime \prime } \\
&&\left( c\right) \ L\sim L^{\prime }\succ L^{\prime \prime } \\
&&\left( d\right) \ L\sim L^{\prime }\sim L^{\prime \prime }
\end{eqnarray*}の中のいずれかであることを意味します。

 

演習問題

問題(選好関係)
福袋の中に入っている可能性のある品物からなる集合を\(X\)で表記します。\(X\)の要素は以下の通りです。\begin{eqnarray*}x_{1} &=&\text{ブランド}A\text{の服(}30000\text{円)} \\
x_{2} &=&\text{ブランド}A\text{のアクセサリー(}20000\text{円)}
\\
x_{3} &=&\text{ブランド}B\text{の服(}25000\text{円)} \\
x_{4} &=&\text{ブランド}B\text{のアクセサリー(}26000\text{円)}
\end{eqnarray*}ただし、商品名の隣に記されている価格は、その商品をネットオークションで転売した場合に得られる価格です。3種類の福袋が用意されており、それらは以下のクジとして表現されています。\begin{eqnarray*}
L_{1} &=&\left( \frac{2}{3},\frac{1}{3},0,0\right) \\
L_{2} &=&\left( 0,0,\frac{2}{3},\frac{1}{3}\right) \\
L_{3} &=&\left( \frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4}\right)
\end{eqnarray*}つまり、福袋\(L_{1}\)には確率\(\frac{2}{3}\)でブランド\(A\)の服が入っており、確率\(\frac{1}{3}\)でブランド\(A\)のアクセサリーが入っているということです。他についても同様です。クジ集合が、\begin{equation*}\mathcal{L}=\left\{ L_{1},L_{2},L_{3}\right\}
\end{equation*}であるものとします。以下の問いに答えてください。

  1. ブランド\(A\)の品物を手に入れられるかどうかだけが重要な人にとっての選好関係を特定してください。
  2. ブランド\(B\)の品物を手に入れられるかどうかだけが重要な人にとっての選好関係を特定してください。
  3. 転売したときに得られる金額の期待値を最大化しようとする人の選好関係を特定してください。
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