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消費者理論

非合理的な選好

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非合理的な選好関係

消費者が直面する選択肢を消費ベクトルとして表現し、消費者が選択可能な消費ベクトルからなる集合を消費集合\(X\)として表した上で、消費者が消費ベクトルどうしを比較する評価体系を選好関係と呼ばれる\(X\)上の二項関係\(\succsim \)として定式化しました。さらに、消費者はヒトとして一定の合理性を備えており、それと整合的な意思決定を行うという想定のもと、選好関係\(\succsim \)が完備性推移性をともに満たすこと、すなわち、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall x,y\in X:(x\succsim y\vee y\succsim x) \\
&&\left( b\right) \ \forall x,y,z\in X:\left[ (x\succsim y\wedge y\succsim
z)\Rightarrow x\succsim z\right] \end{eqnarray*}が成り立つことを仮定しました。完備性と推移性を満たす選好関係を合理的な選好関係と呼びます。合理的な選好を持つ消費者は、自身が直面し得るすべての消費ベクトルを好ましい順番に循環しない形で並べることができます。

完備性と推移性は常識的かつ無理のない仮定であるように思われますが、実際には、現実の様々な局面において消費者の選好が合理的ではないような状況は起こり得ます。完備性もしくは推移性の少なくとも一方が成り立たない場合、選好関係は合理的ではないと言います。以下では消費者の選好が合理性を満たさないような状況について解説します。

 

選択肢が多すぎる場合

消費者が直面する選択肢が多すぎる場合、すべての消費ベクトルに対して優劣をつけるのは困難であることから、選好関係が合理的ではない状況が起こり得ます。

例(選択肢が多すぎる場合)
店には5種類のシャツが1枚ずつ売っています。それぞれのシャツを\(1,2,3,4,5\)と呼び、シャツ\(i\ \left( =1,2,3,4,5\right) \)の消費量を\(x_{i}\ \left( =0,1\right) \)で表記するのであれば、それぞれの消費ベクトルを、\begin{equation*}\left( x_{1},x_{2},x_{3},x_{4},x_{5}\right)
\end{equation*}と表現できます。例えば、消費ベクトル\(\left( 1,0,0,0,0\right) \)はシャツ\(1\)を1枚だけ購入するという選択肢に対応し、消費ベクトル\(\left( 0,1,0,0,1\right) \)はシャツ\(2\)とシャツ\(5\)を1枚ずつ購入するという選択肢に対応します。他についても同様です。\(x_{i}\)は\(0\)もしくは\(1\)を値としてとり得るため、消費者が直面する消費ベクトルの個数は\(2^{5}=32\)個です。この\(32\)個の消費ベクトルの中から\(2\)個を選ぶ場合の選び方は全部で\(\binom{32}{2}=496\)通り存在しますが、選好関係が完備性を満たすためには、この\(496\)通りそれぞれについて、提示された2つの消費ベクトルどうしの優劣を判断する必要があります。

 

選択肢が連続的に変化する場合

消費者が直面する選択肢が連続的に変化する場合にも、選好関係が合理的ではない状況が起こり得ます。

例(商品の数量が連続的に変化する場合)
消費集合\(\mathbb{R} _{+}^{N}\)上に定義された選好関係\(\succsim \)が合理性の仮定を満たすものとします。それぞれの商品\(n\)の消費量\(x_{n}\)は任意の非負の実数を値としてとる連続的な変数であるため、限りなく等しい2つの消費ベクトル\(x^{1},x^{2}\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)をとることができます。これらは厳密には異なる消費ベクトルですが、消費者にとっては区別が困難であるため、この消費者にとって\(x^{1}\)と\(x^{2}\)が無差別であるような状況は起こり得ます。すなわち、\begin{equation*}x^{1}\sim x^{2}
\end{equation*}です。さらに、\(x^{2}\)とは区別が困難であるような第3の消費ベクトル\(x^{3}\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)をとったとき、先と同様の理由により、\begin{equation*}x^{2}\sim x^{3}
\end{equation*}が成立する状況は起こり得ます。選好関係\(\succsim \)が推移性を満たす場合には無差別関係\(\sim \)もまた推移性を満たすため、このとき、\begin{equation*}x^{1}\sim x^{3}
\end{equation*}が成り立ちます。同様の議論をいくらでも繰り返すことができます。つまり、それぞれの番号\(v\in \mathbb{N} \)について、\(x^{v-1}\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)とは区別が困難であるような消費ベクトル\(x^{v}\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)をとったとき、選好関係\(\succsim \)が推移性を満たす限りにおいて、\begin{equation*}x^{1}\sim x^{v}
\end{equation*}が成り立つはずです。こうして得られる消費ベクトルの列\(\{x^{v}\}\)の隣り合う2つの消費ベクトルは区別が困難であるほど似ていますが、番号\(v\)が十分大きければ、\(x^{1}\)と\(x^{v}\)の違いは明白になります。そこで、消費者に対して\(x^{1}\)と\(x^{v}\)を改めて提示した場合に、\(x^{1}\succ x^{v}\)または\(x^{v}\succ x^{1}\)が成り立つという事態は起こり得ます。これは\(x^{1}\sim x^{v}\)と矛盾です。したがって、この消費者の選好関係\(\succsim \)は合理性を満たしません。
例(商品の性質が連続的に変化する場合)
先の例では商品の「数量」が連続的に変化するケースを取り上げましたが、商品の「性質」が連続的に変化する場合にも同様の問題が起こります。オンラインショップでシャツを購入しようとしている状況を想定します。購入するシャツのサイズと形は決まっているため、あとは色を選ぶだけです。このショップでは客が好みを色を指定すると、その色のシャツをオーダーメイドで作成してくれます。消費ベクトル\(x=\left( x_{1},x_{2},\cdots,x_{N}\right) \)において、\(x_{1}\)は色1のシャツの消費量、\(x_{2}\)は色2のシャツの消費量、などと解釈します。このとき、「色1のシャツを1枚買う」という消費ベクトルは\(x^{1}=\left( 1,0,\cdots ,0\right) \)として、「色2のシャツを1枚買う」という消費ベクトルは\(x^{2}=\left( 0,1,\cdots ,0\right) \)として表すことができます。他の色のシャツについても同様です。色は無数に存在するため、それぞれの番号\(v\in \mathbb{N} \)について、色\(v\)と色\(v+1\)は区別できないほど似ている状況が作ることができます。こうして得られる消費ベクトルの列\(\{x^{v}\}\)に対して先と同様の議論が成立するため、消費者の選好関係\(\succsim \)が合理性を満たさない状況が起こり得ます。

 

コンドルセの逆説

消費ベクトルを評価する上での基準が複数存在し、それぞれの基準のもとでの評価を積み上げる形で総合的に消費ベクトルどうしの優劣を決定する場合、選好関係が合理的ではない状況が起こり得ます。このような問題をコンドルセの逆説(Condorcet paradox)と呼びます。

例(複数の判断基準が存在する場合)
消費集合\(X=\left\{ x,y,z\right\} \)に直面したときに、ある評価基準を反映した選好関係\(\succsim _{1}\)のもとでは、\begin{equation*}x\succ _{1}y\succ _{1}z
\end{equation*}が成り立ち、別の評価基準を反映した選好関係\(\succsim _{2}\)のもとでは、\begin{equation*}y\succ _{2}z\succ _{2}x
\end{equation*}が成り立ち、別の評価基準を反映した選好関係\(\succsim _{3}\)のもとでは、\begin{equation*}z\succ _{3}x\succ _{3}y
\end{equation*}が成り立つものとします。以上の3つの選好関係はいずれも合理性を満たすものとします。消費者の選好関係\(\succsim \)を「より多くの評価基準のもとで相対的に高く評価される消費ベクトルをより好む」という形で定義します。以上を踏まえた上で\(x\)と\(y\)を比較すると、\(\succsim _{1}\)と\(\succsim _{3}\)のもとでは\(x\)は\(y\)よりも望ましく、\(\succsim_{2}\)のもとでは\(y\)は\(x\)よりも望ましいため、\(\succsim \)の定義より、\begin{equation}x\succ y \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立ちます。\(y\)と\(z\)を評価すると、\(\succsim _{1}\)と\(\succsim _{2}\)のもとでは\(y\)は\(z\)よりも望ましく、\(\succsim_{3}\)のもとでは\(z\)は\(y\)よりも望ましいため、\(\succsim \)の定義より、\begin{equation}y\succ z \quad \cdots (2)
\end{equation}が成り立ちます。\(x\)と\(z\)を評価すると、\(\succsim _{1}\)のもとでは\(x\)は\(z\)よりも望ましく、\(\succsim _{2}\)と\(\succsim _{3}\)のもとでは\(z\)は\(x\)よりも望ましいため、\(\succsim \)の定義より、\begin{equation}z\succ x \quad \cdots (3)
\end{equation}が成り立ちます。選好関係\(\succsim \)が推移性を満たす場合、狭義選好関係\(\succ \)もまた推移性を満たしますが、\(\left( 1\right) ,\left( 2\right) ,\left( 3\right) \)が同時に成り立つことは\(\succ \)の推移性と矛盾です。したがって、この消費者の選好関係\(\succsim \)は推移性を満たしません。個々の評価基準を反映した選好\(\succsim_{1},\succsim _{2},\succsim _{3}\)がそれぞれ合理性を満たす場合においても、それらを用いて総合的に消費ベクトルを比較する場合、そのような選好関係\(\succsim \)は合理性を満たすとは限らないということです。
例(集団の選好)
上の例において、個々の評価基準を反映した選好\(\succsim _{1},\succsim _{2},\succsim _{3}\)を異なる3人の選好に読み替えるとともに、消費者の選好関係\(\succsim \)を「より多くの人から相対的に高く評価される消費ベクトルを集団としてもより好む」という形で集団の選好に読み替えます。つまり、この3人からなる集団の選好関係\(\succsim \)を多数決によって決めるということです。すると、先と同様の議論により、集団の選好\(\succsim \)が推移性を満たさないことが示されます。つまり、集団に属する個々のメンバーの選好\(\succsim _{1},\succsim _{2},\succsim _{3}\)がそれぞれ合理性を満たす場合においても、彼らの多数決によって決まる集団としての選好\(\succsim \)は合理性を満たすとは限らないということです。

 

フレーミング効果

実質的には同じ選択肢であっても、提示の仕方が変わると消費者の選好が変わってしまい、その結果、選好関係が合理的ではない状況が起こり得ます。このような問題をフレーミング効果(framing effect)と呼びます。

例(フレーミング効果)
消費者が定価\(10,000\)円の商品\(A\)と定価\(1,000\)円の商品\(B\)を1つずつ購入しようとしている状況を想定します。以下の3つの選択肢\begin{eqnarray*}x &:&\text{近所の店において}A,B\text{をともに定価で購入する} \\
y &:&\text{遠方の店において}A\text{を定価で、}B\text{を半額で購入する} \\
z &:&\text{遠方の店において}A\text{を}500\text{円引きで、}B\text{を定価で購入する}
\end{eqnarray*}について考えます。消費者に対して\(x\)と\(y\)だけを提示した場合、商品が「半額」であることのインパクトに惹かれて遠方の店へ足を選ぶ状況は起こり得ます。つまり、\begin{equation}y\succ x \quad \cdots (1)
\end{equation}です。一方、消費者に対して\(x\)と\(z\)だけを提示した場合、定価\(10,000\)円の商品が\(500\)円引きになることのインパクトはそれほど大きくないため、近所の店で買い物を済ませてしまう状況は起こり得ます。つまり、\begin{equation}x\succ z \quad \cdots (2)
\end{equation}です。また、消費者に対して\(y\)と\(z\)だけを提示した場合、それらは実質的に等しいため(同じ店で同じ商品を購入して\(500\)円節約するという意味において)、\begin{equation}y\sim z \quad \cdots (3)
\end{equation}が成立する状況は起こり得ます。すべての消費者が同じ反応を示すわけではありませんが、こうした一連の反応を示す消費者が存在することも事実です。選好関係\(\succsim \)が推移性を満たす場合、狭義選好関係\(\succ \)もまた推移性を満たしますが、\(\left( 1\right),\left( 2\right) ,\left( 3\right) \)が同時に成り立つことは\(\succ \)の推移性と矛盾です。なぜなら、\(\left( 1\right) ,\left( 2\right) \)および\(\succ \)の推移性より\(y\succ z\)が成り立ちますが、これは\(\left( 3\right) \)と矛盾するからです。したがって、この消費者の選好関係\(\succsim \)は推移性を満たしません。実質的には同じ内容の選択肢であっても、伝え方や表現を変えることで、与える印象が変わってしまいます。フレーミング効果の影響を受けた消費者の選好は合理的であるとは限りません。

 

ビュリダンのロバ(選択の壁)

ビュリダンのロバ(Buridan’s ass)とは理性的な判断にもとづく選択の難しさを示唆する以下のような思考実験です。お腹を空かせたロバが餌を探しています。そのロバは合理的で賢く、より近い場所にある干し草を常に選ぶことができるものとします。ロバは別々の場所に干し草の山を1つずつ発見しましたが、草の量やロバからの距離は完全に同じです。ロバは悩みましたが、どちらか一方を選ぶことができず、そのまま餓死してしまいます。

ロバはなぜ選ぶことができなかったのでしょうか。ある選択肢を選ぶことは別の選択肢を選ばないことを同時に意味するため、何かを選択すると「選択を誤ったのではないか」「別の選択肢のほうがよかったのではないか」という後悔や不安の念に駆られます。特に、ビュリダンのロバの逸話のように、直面した選択肢が同様の条件の場合、もしくは同じ程度に魅力的である場合には、合理的な思考のみから結論を下すことは困難です。決断することに伴う不安が決断しないことに伴う痛みよりも大きい場合、決断そのものができなくなってしまう状況が起こり得ます。このような選択の壁に直面した消費者の選好は完備性を満たさず、したがって合理的ではありません。

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