合理性の仮定はそれほど無理のない仮定ですが、それでも実際の消費者の選好は合理性を満たさないケースがあります。コンドルセの逆説や消費者の選択肢が連続的に変化する場合などが典型的なケースです。

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コンドルセの逆説

消費者が直面するそれぞれの選択肢を消費ベクトルとして表現し、消費者が選択可能な消費ベクトルからなる集合を消費集合\(X\)として表した上で、消費者が消費ベクトルどうしを比較する選好関係\(\succsim \)を\(X\)上の二項関係として定式化しました。さらに、消費者はヒトとして一定の合理性を備えており、それと整合的な意思決定を行っているとの想定のもと、\(\succsim \)に関して合理性、すなわち完備性と推移性を仮定しました。合理的な選好のもとでは、消費集合に属するすべての消費ベクトルを好ましい順番に循環しない形で並べることができます。

合理的な選好について復習する

合理性の仮定は常識に照らし合わせてもそれほど無理のない仮定ですが、現実には、消費者による意思決定がそれと矛盾するような状況も起こり得ます。例えば、消費者が複数の基準をもとの個々の消費ベクトルを評価した上で、それぞれの基準のもとでの評価を積み重ねていき、最終的に最も望ましい消費ベクトルを選ぶ場合がそのようなケースに相当します。少しわかりづらいため、以下に具体例を挙げます。

消費者が消費集合\(X=\{x,y,z\}\)に直面したとき、ある評価基準を反映した選好関係\(\succsim _{1}\)のもとでは、\begin{equation*}
x\succ _{1}y\succ _{1}z
\end{equation*}が成り立ち、別の評価基準\(\succsim _{2}\)のもとでは、\begin{equation*}
y\succ _{2}z\succ _{2}x
\end{equation*}が成り立ち、さらに別の評価基準\(\succsim _{3}\)のもとでは、\begin{equation*}
z\succ _{3}x\succ _{3}y
\end{equation*}が成り立つものとします。以上の3つの評価基準はいずれも合理性を満たすものとします。消費者の選好関係\(\succsim \)を、「より多くの評価基準のもとで相対的に高く評価される消費ベクトルをより好む」という形で定義します。以上を踏まえた上で\(x\)と\(y\)を評価すると、\(\succsim _{1}\)と\(\succsim _{3}\)のもとでは\(x\)は\(y\)よりも望ましく、\(\succsim _{2}\)のもとでは\(y\)は\(x\)よりも望ましいため、\(\succsim \)の定義より、\begin{equation}
x\succ y \tag{1}
\end{equation}が成り立ちます。続いて、\(y\)と\(z\)を評価すると、\(\succsim _{1}\)と\(\succsim _{2}\)のもとでは\(y\)は\(z\)よりも望ましく、\(\succsim _{3}\)のもとでは\(z\)は\(y\)よりも望ましいため、\(\succsim \)の定義より、\begin{equation}
y\succ z \tag{2}
\end{equation}が成り立ちます。最後に、\(x\)と\(z\)を評価すると、\(\succsim _{1}\)のもとでは\(x\)は\(z\)よりも望ましく、\(\succsim _{2}\)と\(\succsim _{3}\)のもとでは\(z\)は\(x\)よりも望ましいため、\(\succsim \)の定義より、\begin{equation}
z\succ x \tag{3}
\end{equation}が成り立ちます。\(\left( 1\right) ,\left( 2\right) ,\left( 3\right) \)が同時に成り立つことは、\(\succsim \)が推移性を満たさないことを意味します。つまり、個々の評価基準に相当する\(\succsim _{1},\succsim _{2},\succsim _{3}\)が合理性を満たす場合においても、それらを用いて総合的に消費ベクトルを比較する場合、そのような選好関係\(\succsim \)は合理性を満たすとは限りません。

上の例における\(\succsim _{1},\succsim _{2},\succsim _{3}\)のそれぞれを、ある1つの集団に属する3人の選好と読み替えると、上のように定義される\(\succsim \)は「多数決で消費ベクトルどうしの優劣を決める」ことに相当します。このようにして集団の選好関係\(\succsim \)を定めるとき、上の議論が示唆するように、\(\succsim \)は合理性を満たすとは限りません。

一般に、集団に属する個々のメンバーの選好が合理性を満たす場合でも、それらの選好を用いて何らかの形で集団の選好を定義するとき、集団の選好は合理性を満たすとは限りません。このような問題をコンドルセの逆説(Condorcet paradox)と呼びます。

例(コンドルセの逆説)
消費集合\(X\)上に定義された意思決定主体\(A\)の選好を\(\succsim _{A}\)で表し、意思決定主体\(B\)の選好を\(\succsim _{B}\)で表します。これらは合理性を満たすものとします。その上で、この2人から構成される集団の選好\(\succsim \)を、任意の\(x,y\in X\)に対して、\begin{equation*}
x\succsim y\ \Leftrightarrow \ (x\succsim _{A}y\ \wedge \ x\succsim _{B}y)
\end{equation*}を満たすものとして定義します。つまり、\(x\)と\(y\)を比較する際に、2人がともに\(x\)を\(y\)以上に好む場合、そしてその場合にのみ、集団として\(x\)を\(y\)以上に好むものと定めます。このように定義された\(\succsim \)が完備性を満たすためには、任意の\(x,y\in X\)について\(x\succsim y\)と\(y\succsim x\)の少なくとも一方が成り立つ必要があります。\(\succsim \)の定義より、これは、\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ x\succsim _{A}y\ \wedge \ x\succsim _{B}y \\
&&\left( b\right) \ y\succsim _{A}x\ \wedge \ y\succsim _{B}x
\end{eqnarray*}の少なくとも一方が成り立つことを意味します。しかし、\(\left( a\right) \)と\(\left( b\right) \)がともに成り立たないようなケースは起こり得ます。実際、\(x\succ _{A}y\)かつ\(y\succ _{B}x\)であるような消費ベクトル\(x,y\in X\)に注目すると、\(\succ \)の定義より、\begin{eqnarray*}
&&\left( c\right) \ x\succsim _{A}y\ \wedge \ \lnot (y\succsim _{A}x) \\
&&\left( d\right) \ y\succsim _{B}x\ \wedge \ \lnot (x\succsim _{B}y)
\end{eqnarray*}がともに成り立ちます。このとき\(\left( a\right) \)と\(\left( b\right) \)はともに成り立ちません。したがって、先に定義した選好\(\succsim \)は完備性を満たしません。

 

消費ベクトルの連続的変化

消費ベクトルが連続的に変化する場合にも、選好関係が合理性を満たさない状況が起こり得ます。例えば、消費集合が\(X=\mathbb{R}_{+}^{N}\)であるとき、消費者の選好\(\succsim \)が合理性を満たすものと仮定します。それぞれの商品\(n\)の数量\(x_{n}\)は非負の実数を値として取り得ます。つまり、それぞれの商品の数量は連続的に変化するため、区別が困難であるような消費ベクトル\(x^{1},x^{2}\in X\)をとることができます。これらは厳密には異なる消費ベクトルですが、消費者にとっては区別が困難であるため、この消費者にとっては\(x^{1}\sim x^{2}\)であるという事態は起こり得ます。さらに別の消費ベクトル\(x^{3}\in X\)をとります。ただし、\(x^{3}\)は\(x^{2}\)と区別が困難であるような消費ベクトルであるものとします。これらは厳密には異なる消費ベクトルですが、消費者にとっては区別が困難であるため、消費者にとっては\(x^{2}\sim x^{3}\)であるという事態は起こり得ます。以前に示したように、選好関係\(\succsim \)が合理的である場合、無差別関係\(\sim \)は推移性を満たします。したがって、\(x^{1}\sim x^{2}\)と\(x^{2}\sim x^{3}\)が成り立つ場合には\(x^{1}\sim x^{3}\)が成り立ちます。

無差別関係の推移性について復習する

さらに、\(x^{3}\)とは区別が困難であるような消費ベクトル\(x^{4}\)についても同様に考えると\(x^{1}\sim x^{4}\)が成り立ち、\(x^{4}\)とは区別が困難であるような消費ベクトル\(x^{5}\)についても同様に\(x^{1}\sim x^{5}\)が成り立つはずです。このようなプロセスは永遠に続きます。つまり、任意の番号\(v\)について、\(x^{v-1}\)とは区別が困難であるような消費ベクトル\(x^{v}\)について\(x^{1}\sim x^{v}\)が成り立つはずです。

こうして得られる消費ベクトルの列\(\{x^{v}\}\)の隣り合う2つの消費ベクトルは区別が困難であるほど似ていますが、番号\(v\)が十分大きければ、\(x^{1}\)と\(x^{v}\)の違いは明白です。したがって、消費者に対して\(x^{1}\)と\(x^{v}\)を改めて提示したとき、\(x^{1}\succ x^{v}\)または\(x^{v}\succ x^{1}\)が成り立つという事態は起こり得ます。これは\(x^{1}\sim x^{v}\)と矛盾です。したがって、この消費者の選好関係\(\succsim \)は合理性を満たしません。

例(消費ベクトルの連続的変化)
上の解説では商品の「数量」が連続的に変化するケースを取り上げましたが、商品の「種類」が連続的に変化する場合にも同様の問題が起こり得ます。オンラインショップでシャツを購入しようとしている消費者について考えます。シャツのサイズと形はすでに決めたため、あとは色を選ぶだけです。このショップでは、客が好きな色を指定すると、その色のシャツをオーダーメイドで作成してくれます。消費ベクトル\(x=\left( x_{1},x_{2},\cdots ,x_{N}\right) \)において、\(x_{1}\)は色1のシャツの消費量、\(x_{2}\)は色2のシャツの消費量、などと解釈します。このとき、「色1のシャツを1枚買う」という消費ベクトルは\(x^{1}=\left( 1,0,\cdots ,0\right) \)として、「色2のシャツを1枚買う」という消費ベクトルは\(x^{2}=\left( 0,1,\cdots ,0\right) \)として表すことができます。他の色のシャツについても同様です。色は無数に存在するため、任意の番号\(v\)について、色\(v\)と色\(v+1\)は区別できないほど似ているものとします。こうして消費ベクトルの列\(\{x^{v}\}\)を構成すると、先ほどと同様に考えることにより、消費者の選好関係\(\succsim \)が合理性を満たさない状況が起こり得ることが示されます。

次回は選好関係に関する連続性と呼ばれる仮定について解説します。

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