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不完全競争市場の理論

独占力の源泉:規模の経済性と自然独占

目次

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独占の分類

完全競争市場において生産者はプライス・テイカーであり、商品の市場価格と限界費用が一致するような生産量を選択することになります。一方、独占市場において商品は1つの企業によって供給されるため、独占企業による供給量がそのまま市場全体の供給量と一致し、独占企業が商品の供給量を変化させれば商品の均衡価格も変化します。独占企業はこうしたプライス・メイカーとしての立場を利用することにより、商品の市場価格が限界価格を上回るような生産量を選択することが可能になります。独占均衡において発生する「市場価格と限界費用の乖離」という現象の背景には独占企業がプライス・メイカーであるという事実があり、さらに、独占企業がプライス・メイカーであることの背景には、独占企業が市場において商品を供給する唯一の企業であるという事実があるということです。このような事情を踏まえた上で、企業が限界費用を上回る市場価格を設定することを可能にする力を市場支配力と定義しました。では、独占市場はどのような理由により形成され、維持されるのでしょうか。

独占市場が形成される要因は2つに大別されます。1つ目は、企業どうしの対等な競争が行われる環境が整っていないことに起因する独占です。そもそも市場への参入が不可能である場合や、参入は可能であるものの既存企業と対等な立場で競争できない場合などには独占が形成されます。このような独占は参入障壁(entry barriers)と呼ばれる概念を軸に説明されます。2つ目は、企業どうしの対等な競争が行われる環境が整っていることを前提とした上でもなお発生する独占です。このような独占はコンテスタブル・マーケット(contestable market)の理論を用いて説明されます。

今回はコンテスタブル・マーケットの理論を用いて自然独占(natural monopoly)と呼ばれるタイプの独占について解説します。企業間で対等な競争が行われる環境が整ってることを前提とした上でも独占が維持され得ることを示すためには、そもそも、対等な競争とはどのような状況であり(コンテスタブル・マーケットの定義)、また、そのような状況においてどのような条件が成立していれば独立は維持されると言えるか(コンテスタブル・マーケットにおける均衡としての独占の定義)、その基準を明確に定義する必要があります。順番に解説します。

 

コンテスタブル・マーケット

コンテスタブル・マーケット(contestable market)とは、参入と退出が自由であり、なおかつ、すでに参入している企業(既存企業)が置かれている状況と、その市場への参入を検討している企業(潜在的参入企業)が置かれている状況を比べた場合に、参入障壁など特定の企業に有利に働く条件は存在せず、両者の違いは「その市場にすでに参入しているかどうか」という点だけであるような状況を想定した市場モデルです。対等な条件に置かれた企業どうしが自由に参入ないし退出を行うことができる市場、すなわちコンテスタブル・マーケットを想定した上で、そのような市場においても独占が均衡となり得るのであれば、そこで形成される独占は参入障壁とは異なる要因によって形成されたものであると結論付けることができます。以上が話の枠組みです。

コンテスタブル・マーケットは以下の3つの条件を満たす市場として定義されます。

1つ目の条件は、問題としている市場の消費者にとって既存企業が生産する商品と潜在的参入企業が生産する商品は同質財として認識されるとともに、既存企業と潜在的参入企業は同一の生産技術を利用できるというものです。これは、既存企業と潜在的参入企業は同一の市場の需要曲線に直面しており、なおかつ、同一の費用関数を持っているものと仮定することを意味します。同質財を想定するということは、消費者はより安い価格を設定する企業から商品を購入することを意味します。つまり、コンテスタブル・マーケットは、同一の費用関数を持つ既存企業と潜在的参入企業が価格競争を行う状況を想定しています。

2つ目の条件は、新たに参入してきた企業に対して、既存企業は対抗措置として価格を変更しないというものです。これをベルトラン・ナッシュの仮定(Bertrand-Nash assumption)と呼びます。以上の仮定のもとでは、潜在的参入企業は既存企業が設定している現行価格にもとづいて参入時に自身が得られるであろう利潤を計算し、正の利潤が得られるのであれば参入し、非正の利潤のもとでは参入しないことになります。また、先述の理由によりコンテスタブル・マーケットでは同一の費用関数を持つ既存企業と潜在的参入企業が価格競争を行うため、潜在的参入企業が既存企業よりも低い価格のもとで参入すれば市場を奪うことができます。逆の立場から言うと、既存企業は同等の生産能力を持つ潜在的参入企業によって常に監視されているため、事前に、十分低い価格を設定しておく動機があるということです。

3つ目の条件は、市場から退出する際に回収不可能な費用(サンク費用)が存在しないというものです。多くの場合、市場へ参入する際には固定費用を投資する必要がありますが、市場から撤退する際に初期投資をそのまま回収できるとは限りません。一度支払ってしまった固定費用が回収不可能である場合、そのような固定費用をサンク費用と呼びます。既存企業はすでに固定費用を払っているため、固定費用を回収できるかどうかは今後の意思決定に影響を与えません。一方、参入を検討している企業は固定費用をまだ支払っていないため、固定費用がサンク費用になってしまうという事実は参入を躊躇わせる理由になり得ます。つまり、サンク費用の存在は参入障壁として働くため、コンテスタブル・マーケットではサンク費用は存在しないものと仮定するということです。

例(電撃的参入)
コンテスタブル・マーケットは電撃的参入(hit-and-run entry)が可能な市場と定義される場合もあります。電撃的参入とは、短期間のうちに稼げるだけ稼いで直ちに退出するような行動を指します。言い換えると、先の3つの条件の中の少なくとも1つが満たされない場合、電撃的参入は潜在的参入企業にとって魅力的な戦略ではなくなってしまいます。まず、既存企業が生産する商品と潜在的参入企業が生産する商品が同質財ではない場合や、既存企業と潜在的参入企業の生産技術に差がある場合などには、潜在的参入企業は純粋な価格競争に持ち込めないため、短期間で需要をすべて奪うことはできません。また、潜在的参入企業への対抗措置として既存企業が価格を事後的に変更できる場合には、潜在的参入企業が電撃的参入から得られる利益は限定されてしまいます。加えて、参入時に支払う固定費用がサンク費用になってしまう場合、電撃的参入から利益を得られたとしてもトータルでは赤字になってしまうため割が合わず、潜在的参入企業は電撃的参入を行わないことになります。つまり、コンテスタブル・マーケットとは、電撃的参入という競争の極限形態を可能にするほど十分に開かれた市場、対等な競争が行われる市場を想定したモデルであるということです。

 

コンテスタブル・マーケットにおける持続可能な解としての独占

コンテスタブル・マーケットに1つの企業(既存企業)がすでに参入しており、多数の企業(潜在的参入企業)がその市場への参入を検討している状況を想定します。

コンテスタブル・マーケットの定義より、既存企業と潜在的参入企業は同一の市場の需要曲線に直面しています。そこで、市場の逆需要関数が、\begin{equation*}
p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}で与えられているものとします。つまり、商品の総供給量が\(q\geq 0\)であるとき、商品の価格が、\begin{equation*}p\left( q\right) \geq 0
\end{equation*}で均衡するということです。逆需要関数\(p\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \exists \overline{q}>0,\ \forall q>0:\left[ q\geq
\overline{q}\Rightarrow p\left( q\right) =0\right] \\
&&\left( b\right) \ \exists \overline{p}>0:p\left( 0\right) =\overline{p} \\
&&\left( c\right) \ p\text{は}\left[ 0,\overline{q}\right] \text{上で連続} \\
&&\left( d\right) \ p\text{は}[0,\overline{q})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}を満たすものとします。条件\(\left( a\right) \)は、商品の総供給量\(q\)がある正の値\(\overline{q}\)以上になると商品の均衡価格が\(0\)になることを意味します。消費者が消費できる量には限りがあるため、需要と供給の関係を考慮すると当然の仮定です。条件\(\left( b\right) \)は、商品が市場に供給されない場合の均衡価格が正であるということです。商品が消費者にとって価値を持つ限りにおいて、これは当然の結果です。条件\(\left( a\right) ,\left( c\right) \)より逆需要関数\(p\)は\(\mathbb{R} _{+}\)上です。条件\(\left( d\right) \)は、総供給量\(q\)が増えるほど均衡価格\(p\left( q\right) \)が下落することを意味します。つまり、逆需要曲線は右下がりであるということです。以上の条件を満たす逆需要関数\(p\)のグラフ、すなわち逆需要曲線を以下に描きました。企業は逆需要曲線の形状を把握しているものとします。

図:市場の逆需要曲線
図:市場の逆需要曲線

先の命題中の条件を満たす逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)の定義域を\(\left[ 0,\overline{q}\right] \)へと縮小すると値域は\(\left[ 0,\overline{p}\right] \)になるとともに、得られた関数\begin{equation*}p:\left[ 0,\overline{q}\right] \rightarrow \left[ 0,\overline{p}\right] \end{equation*}は狭義単調減少関数になるため、その逆関数\begin{equation*}
p^{-1}:\left[ 0,\overline{p}\right] \rightarrow \left[ 0,\overline{q}\right] \end{equation*}が存在することが保証されます。以上を踏まえた上で、それぞれの\(p\geq 0\)に対して、\begin{equation*}q\left( p\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
p^{-1}\left( p\right) & \left( if\ 0\leq p\leq \overline{p}\right) \\
0 & \left( if\ p>\overline{p}\right)\end{array}\right.
\end{equation*}を値として定める市場の需要関数\begin{equation*}
q:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}を定義します。つまり、商品の価格が\(p\geq 0\)であるときに市場の需要は、\begin{equation*}q\left( p\right) \geq 0
\end{equation*}で均衡するということです。需要関数\(q\)は逆需要関数\(p\)と同様に以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \exists \overline{p}>0,\ \forall p>0:\left[ p\geq
\overline{p}\Rightarrow q\left( p\right) =0\right] \\
&&\left( b\right) \ \exists \overline{q}>0:q\left( 0\right) =\overline{q} \\
&&\left( c\right) \ q\text{は}\left[ 0,\overline{p}\right] \text{上で連続} \\
&&\left( d\right) \ q\text{は}[0,\overline{p})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}を満たします。条件\(\left( a\right) \)は、商品の価格\(p\)がある正の値\(\overline{p}\)以上になると商品の均衡数量が\(0\)になるということです。消費者の所得には限りがあるため、これは当然の仮定です。条件\(\left(b\right) \)は、商品の価格がゼロである場合の需要が正であるということです。商品が消費者にとって価値を持つ限りにおいて、これは当然の結果です。条件\(\left( a\right) ,\left( c\right) \)より、需要関数\(p\)は\(\mathbb{R} _{+}\)上で連続です。条件\(\left( d\right) \)は価格\(p\)が上昇するほど市場の需要\(q\left(p\right) \)が下落することを意味します。つまり、需要曲線は右下がりです。以上の条件を満たす需要関数\(p\)のグラフ、すなわち需要曲線を以下に描きました。関数\(q\)の変数である価格\(p\)が縦軸になっていることに注意してください。企業は需要関数\(q\)の形状を把握しているものとします。

図:市場の需要曲線
図:市場の需要曲線

コンテスタブル・マーケットの定義より、既存企業と潜在的参入企業は同一の費用関数を持っています。そこで、すべての企業は同一の費用関数\begin{equation*}
c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}を持っているものとします。つまり、それぞれの企業\(i\)が商品を\(q_{i}\geq 0\)だけ生産するのに必要な最小費用が、\begin{equation*}c\left( q_{i}\right) \geq 0
\end{equation*}であるということです。費用関数\(c\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall q>0:c\left( q\right) >0 \\
&&\left( b\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で連続} \\
&&\left( c\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で狭義単調増加}
\end{eqnarray*}を満たすものとします。条件\(\left( a\right) \)は、商品を生産する場合の費用は正であることを意味します。条件\(\left( b\right) ,\left( c\right) \)より、費用曲線は\(\mathbb{R} _{+}\)上で連続な右上がりの曲線です。

以上の状況において独占が均衡である場合にはどのような条件が成立しているでしょうか。ただし、ここでの均衡とは、既存企業が1社だけ存在するコンテスタブル・マーケットにおいて、既存企業にとって市場に残ることが最適であり、なおかつ、すべての潜在的参入企業にとって市場に参入しないことが最適であるような状態を指します。そのような状態が実現している価格と数量の組を\begin{equation*}
\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}
\end{equation*}で表記し、便宜上、これを均衡と呼びます。

均衡\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)では1社の既存企業がすべての商品を供給するため、均衡数量\(q^{\ast }\geq 0\)は既存企業による供給量と一致し、それと均衡価格\(p^{\ast }\geq 0\)の間には以下の条件\begin{equation*}q^{\ast }=q\left( p^{\ast }\right)
\end{equation*}が成立します。これを需給均衡条件と呼びます。

既存企業にとって均衡\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)のもとで市場に残ることが最適であることは、市場から退出しても利潤を増やせないことを意味します。具体的には、市場に残った場合の利潤は\(p^{\ast }\cdot q^{\ast }-c\left( q^{\ast }\right) \)であり、市場から退出した場合の利潤は\(0\)であるため、市場に残ることが最適であることとは、以下の条件\begin{equation*}p^{\ast }q^{\ast }-c\left( q^{\ast }\right) \geq 0
\end{equation*}が成り立つことを意味します。これを非負の利潤原則と呼びます。これは、\begin{equation*}
p^{\ast }\geq \frac{c\left( q^{\ast }\right) }{q^{\ast }}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
p^{\ast }\geq AC\left( q^{\ast }\right)
\end{equation*}と言い換え可能です。つまり、均衡\(\left( p^{\ast},q^{\ast }\right) \)において価格は平均費用以上であるということです。

潜在的参入企業にとって均衡\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)のもとで市場に参入しないことが最適であることは、市場に参入すると赤字になってしまうことを意味します。コンテスタブル・マーケットの定義より、潜在的参入企業は既存の価格\(p^{\ast }\)を所与としながら意思決定行い、参入した場合には価格競争が行われます。価格競争の均衡では全員が等しい価格を設定します。新たに企業が既存価格\(p^{\ast }\)を下回る価格\(p\)のもとで参入してきた場合、参入企業が市場の需要\(q\left( p\right) \)を分け合うことになるため、その場合に参入企業が得る利潤は\(q\leq q\left( p\right) \)を満たす何らかの\(q\)を用いて\(pq-c\left( q\right) \)として表されます。以上を踏まえると、すべての潜在企業にとって市場に参入しないことが最適であることとは、以下の条件\begin{equation*}\forall p\in \left( 0,p^{\ast }\right) ,\ \forall q\in (0,q\left( p\right)
]:pq-c\left( q\right) <0
\end{equation*}が成り立つことを意味します。これは、\begin{equation*}
\forall p\in \left( 0,p^{\ast }\right) ,\ \forall q\in (0,q\left( p\right)
]:p<\frac{c\left( q\right) }{q}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\forall p\in \left( 0,p^{\ast }\right) ,\ \forall q\in (0,q\left( p\right)
]:p<AC\left( q\right)
\end{equation*}と言い換え可能です。逆に、上の条件が成り立たない場合、すなわち、\begin{equation*}
\exists p\in \left( 0,p^{\ast }\right) ,\ \exists q\in (0,q\left( p\right)
]:p\geq AC\left( q\right)
\end{equation*}が成り立つ場合、参入企業は\(\left( p,q\right) \)のもとで市場に参入することにより非負の利潤を得られる余地があります。

以上の3つの条件を改めて列挙すると、\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ q^{\ast }=q\left( p^{\ast }\right) \\
&&\left( b\right) \ p^{\ast }q^{\ast }-c\left( q^{\ast }\right) \geq 0 \\
&&\left( c\right) \ \forall p\in \left( 0,p^{\ast }\right) ,\ \forall q\in
(0,q\left( p\right) ]:pq-c\left( q\right) <0
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ q^{\ast }=q\left( p^{\ast }\right) \\
&&\left( b\right) \ p^{\ast }\geq AC\left( q^{\ast }\right) \\
&&\left( c\right) \ \forall p\in \left( 0,p^{\ast }\right) ,\ \forall q\in
(0,q\left( p\right) ]:p<AC\left( q\right)
\end{eqnarray*}となります。これらをまとめて持続可能性(sustainability)の条件と呼びます。持続可能性の条件を満たす価格と数量の組\(\left( p^{\ast},q^{\ast }\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)が存在することは、コンテスタブル・マーケットにおいて1社の既存企業だけが市場に参入し続けることが均衡になり得ること、すなわち独占が均衡になり得ることを意味します。そこで、以上の条件を満たす組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)が存在する場合、コンテスタブル・マーケットにおいて独占は\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)のもとで持続可能(sustainable)であるといい、\(\left( p^{\ast },q^{\ast}\right) \)を持続可能な解(sustainable solution)やコンテスタブル均衡(contestableequilibrium)などと呼びます。コンテスタブル均衡は長期均衡に相当する概念です。

コンテスタブル・マーケットにおいて独占は持続可能になり得るのでしょうか。言い換えると、市場の需要関数(逆需要関数)または企業の費用関数が何らかの性質を満たしている場合に、以上の3つの条件を満たす価格と数量の組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)が存在することを保証できるのでしょうか。順番に考えます。

 

大域的な規模の経済性を満たす費用関数のもとでの独占

コンテスタブル・マーケットでは既存企業と潜在的参入企業は同一の費用関数\begin{equation*}
c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}を持っているものと想定しますが、費用関数が以下の条件\begin{equation*}
\forall \lambda >1,\ \forall q\in \mathbb{R} _{+}:c\left( \lambda q\right) <\lambda c\left( q\right)
\end{equation*}を満たす場合、\(c\)は大域的な規模の経済性(global economies of scale)を持つと言います。

生産量が\(q=0\)である場合、先の条件は、\begin{equation*}\forall \lambda >1:c\left( 0\right) <\lambda c\left( 0\right)
\end{equation*}となりますが、この条件と整合的であるためには、\begin{equation*}
c\left( 0\right) >0
\end{equation*}である必要があります。つまり、固定費用は正であるということです。一方、生産量が\(q>0\)である場合、これと\(\lambda >1\)より\(\lambda q>0\)であるため、先の条件の両辺を\(\lambda q\)で割ることにより、\begin{equation*}\forall \lambda >1,\ \forall q\in \mathbb{R} _{++}:\frac{c\left( \lambda q\right) }{\lambda q}<\frac{c\left( q\right) }{q}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\forall \lambda >1,\ \forall q\in \mathbb{R} _{++}:AC\left( \lambda q\right) <AC\left( q\right)
\end{equation*}を得ます。つまり、生産量を\(q\)から\(\lambda q\)へ増やすと平均費用は減少します。結論を整理すると、費用関数\(c\)が大域的な規模の経済性を持つこととは、固定費用が正であるとともに、任意の生産量\(q\)を出発点に、そこから生産量を任意の量だけ増やした場合、その前後において平均費用が必ず減少することを意味します。

固定費用が大きい場合には大域的な規模の経済性が成立します。したがって、大規模設備が必要な装置産業、膨大な開発投資が必要な先端産業、膨大な広告投資が必要な産業などでは固定費用が大きくなるため、大域的な規模の経済性が成立する傾向があります。

命題(固定費用が大きい場合には大域的な規模の経済性が成り立つ)
費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)がそれぞれの生産量\(q\in \mathbb{R} _{+}\)に対して定める値が、\begin{equation*}c\left( q\right) =V\left( q\right) +C
\end{equation*}として表されるものとする。ただし、\(V:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は可変費用関数であり、\(C>0\)は固定費用である。\(C\)が十分大きい場合には、\(c\)は大域的な規模の経済性を満たす。
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生産量の増加にともない限界費用が減少し続ける場合にも大域的な規模の経済性が成立します。したがって、生産量の増加とともに蓄積される知識が生産コストを削減する上で大きな役割を果たす産業、原材料の購入量が増加するにつれて原材料の単価が安くなる場合などでは限界費用は減少し続けるため、大域的な規模の経済性が成立する傾向があります。

命題(限界費用が減少し続ける場合には大域的な規模の経済性が成り立つ)
費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall q\in \mathbb{R} _{+}:MC^{\prime }\left( q\right) <0 \\
&&\left( b\right) \ c\left( 0\right) \geq 0
\end{eqnarray*}を満たす場合には、\(c\)は大域的な規模の経済性を満たす。
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コンテスタブル・マーケットにおいて企業の費用関数が大域的な規模の経済性を持つ場合、市場の需要曲線と平均費用曲線が交わる点において独占が持続可能になることが保証されます。

命題(大域的な規模の経済を満たす生産関数のもとでの独占)
コンテスタブル・マーケットの逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \exists \overline{q}>0,\ \forall q>0:\left[ q\geq
\overline{q}\Rightarrow p\left( q\right) =0\right] \\
&&\left( b\right) \ \exists \overline{p}>0:p\left( 0\right) =\overline{p} \\
&&\left( c\right) \ p\text{は}\left[ 0,\overline{q}\right] \text{上で連続} \\
&&\left( d\right) \ p\text{は}[0,\overline{q})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}を満たすものとする。この場合、需要関数\(q:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が存在して以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( e\right) \ \exists \overline{p}>0,\ \forall p>0:\left[ p\geq
\overline{p}\Rightarrow q\left( p\right) =0\right] \\
&&\left( f\right) \ \exists \overline{q}>0:q\left( 0\right) =\overline{q} \\
&&\left( g\right) \ q\text{は}\left[ 0,\overline{p}\right] \text{上で連続} \\
&&\left( h\right) \ q\text{は}[0,\overline{p})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}が成り立つ。また、費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( i\right) \ \forall q>0:c\left( q\right) >0 \\
&&\left( j\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で連続} \\
&&\left( k\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で狭義単調増加}
\\
&&\left( l\right) \ c\text{は大域的な規模の経済性を満たす}
\end{eqnarray*}を満たすものとする。さらに、以下の条件\begin{equation*}
\left( m\right) \ \exists q\in \lbrack 0,\overline{p}):p\left( q\right)
=AC\left( q\right)
\end{equation*}が成り立つ場合には独占が持続可能であるような価格と数量の組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\)が存在するとともに、その組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)において、\begin{eqnarray*}&&\left( A\right) \ q^{\ast }=q\left( p^{\ast }\right) \\
&&\left( B\right) \ p^{\ast }=AC\left( q^{\ast }\right)
\end{eqnarray*}が成り立つ。

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既存企業が1社だけ存在するコンテスタブル・マーケットにおいて費用関数が大域的な規模の経済性を満たす場合、需給均衡条件を満たし、なおかつ価格と平均費用が一致するような価格と数量の組\(\left( p^{\ast},q^{\ast }\right) \)のもとで独占が持続可能であることが明らかになりました。したがって、均衡において独占企業が得る利潤はゼロです。

 

狭義劣加法性を満たす費用関数のもとでの独占(自然独占)

コンテスタブル・マーケットにおいて企業の費用関数が大域的な規模の経済性を満たす場合、市場の需要曲線と平均費用曲線が交わる点において独占が持続可能であることが明らかになりました。ただ、大域的な規模の経済性は平均費用が減少し続けることを要求しており、条件としては強すぎます。そこで、以下では代替的な条件を模索します。

コンテスタブル・マーケットでは既存企業と潜在的参入企業は同一の費用関数\begin{equation*}
c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}を持っているものと想定します。問題としている商品を合計\(q>0\)だけ生産する状況を想定します。\(1\)社だけによって商品が生産される場合、その企業が負担する費用は、\begin{equation*}c\left( q\right) \geq 0
\end{equation*}です。一方、\(N\)社によって商品が生産される場合、彼らが負担する費用の合計は、\begin{equation*}q_{1}+\cdots +q_{N}=q
\end{equation*}を満たす何らかの生産量の組\(\left( q_{1},\cdots ,q_{N}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\)を用いて、\begin{equation*}c_{1}\left( q_{1}\right) +\cdots +c\left( q_{n}\right) \geq 0
\end{equation*}と表されます。以上を踏まえたとき、以下の条件\begin{equation*}
\forall N\geq 2,\ \forall \left( q_{1},\cdots ,q_{N}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}:\left[ q_{1}+\cdots +q_{N}=q\Rightarrow c\left( q\right) \leq
c\left( q_{1}\right) +\cdots +c\left( q_{n}\right) \right] \end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\forall N\geq 2,\ \forall \left( q_{1},\cdots ,q_{N}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}:\left[ \sum_{n=1}^{N}q_{n}=q\Rightarrow c\left( q\right) \leq
\sum_{n=1}^{N}c\left( q_{n}\right) \right] \end{equation*}が満たされる場合には、商品を合計\(q\)だけ生産する際に、複数の企業が生産を分担するのではなく\(1\)社ですべてを生産すれば総費用を常に最小化できることを意味します。そこで、以上の条件が満たされる場合、費用関数\(c\)は生産量\(q\)において劣加法性(subadditive at \(q\))を満たすと言います。また、以上の条件が狭義の不等号のもとで成立する場合には、すなわち、\begin{equation*}\forall N\geq 2,\ \forall \left( q_{1},\cdots ,q_{N}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}:\left[ \sum_{n=1}^{N}q_{n}=q\Rightarrow c\left( q\right)
<\sum_{n=1}^{N}c\left( q_{n}\right) \right] \end{equation*}が成り立つ場合には、費用関数\(c\)は生産量\(q\)において狭義劣加法性(strictly subadditive at \(q\))を満たすと言います。

以下の条件を満たす費用関数は狭義劣加法性を満たします。

命題(狭義劣加法性のための十分条件)
費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が生産量\(q>0\)に関して、\begin{equation*}\forall x,y\in \mathbb{R} :\left[ \left( 0\leq y\leq q\wedge 0<x<y\right) \Rightarrow c\left( y\right)
<c\left( x\right) +c\left( y-x\right) \right] \end{equation*}を満たすならば、\(c\)は生産量\(q\)において狭義劣加法性を満たす。
証明

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市場の需要関数\(q:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が単調減少である場合、この市場における需要の最大値は価格が\(p=0\)である場合の均衡数量\begin{equation*}\overline{q}=q\left( 0\right)
\end{equation*}となります。費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が最大値\(\overline{q}\)以下の任意の生産量\(q\)において狭義劣加法性を満たす場合、\(c\)は狭義劣加法性を満たす(strictly subadditive)と言います。

大域的な規模の経済性を満たす費用関数は狭義劣加法性を満たします。

命題(狭義劣加法性と規模の経済性の関係)
費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が大域的な規模の経済性を満たす場合、\(c\)は狭義劣加法性を満たす。
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上の命題の逆は成立するとは限りません。つまり、狭義劣加法性を満たす費用関数は大域的な規模の経済性を満たすとは限りません。実際、大域的な規模の経済性を満たす費用関数のもとでは平均費用曲線が右下がりであるのに対し、狭義劣加法性を満たす費用関数のもとでは平均費用曲線は最終的に右上がりになり得ます。加えて、コンテスタブル・マーケットにおいて企業の費用関数が狭義劣加法性を満たす場合、独占は持続可能になるとは限りません。実際、狭義劣加法性を満たす費用関数のもとで平均費用曲線が最終的に右上がりになるとともに、平均費用曲線が右上がりになっている領域において需要曲線と交わる場合、潜在的参入企業は既存価格を下回る価格のもとで参入することにより正の利潤を得られるため(演習問題)、独占は持続可能ではありません。

費用関数が劣加法性を満たす状況において独占が持続可能である場合、そのような独占を自然独占(natural monopoly)と呼びます。狭義劣加法性を満たす費用関数のもとでは平均費用曲線は最終的に右上がりになり得ます。ただ、平均費用曲線と需要曲線の交点よりも左側の領域において平均費用曲線が右上がりになっていないことさえ保証できれば自然独占は持続可能です。

命題(狭義劣加法性を満たす生産関数のもとでの独占)
コンテスタブル・マーケットの逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \exists \overline{q}>0,\ \forall q>0:\left[ q\geq
\overline{q}\Rightarrow p\left( q\right) =0\right] \\
&&\left( b\right) \ \exists \overline{p}>0:p\left( 0\right) =\overline{p} \\
&&\left( c\right) \ p\text{は}\left[ 0,\overline{q}\right] \text{上で連続} \\
&&\left( d\right) \ p\text{は}[0,\overline{q})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}を満たすものとする。この場合、需要関数\(q:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が存在して以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( e\right) \ \exists \overline{p}>0,\ \forall p>0:\left[ p\geq
\overline{p}\Rightarrow q\left( p\right) =0\right] \\
&&\left( f\right) \ \exists \overline{q}>0:q\left( 0\right) =\overline{q} \\
&&\left( g\right) \ q\text{は}\left[ 0,\overline{p}\right] \text{上で連続} \\
&&\left( h\right) \ q\text{は}[0,\overline{p})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}が成り立つ。また、費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( i\right) \ \forall q>0:c\left( q\right) >0 \\
&&\left( j\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で連続} \\
&&\left( k\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で狭義単調増加}
\\
&&\left( l\right) \ c\text{は狭義劣加法性を満たす}
\end{eqnarray*}を満たすものとする。さらに、以下の条件\begin{eqnarray*}
&&\left( m\right) \ p\left( q\right) =AC\left( q\right) \\
&&\left( n\right) \ \forall q^{\prime }\in (0,q]:AC\left( q^{\prime }\right)
\leq AC\left( q^{\prime }\right)
\end{eqnarray*}を満たす\(q\in \lbrack 0,\overline{p})\)が存在する場合には独占が持続可能であるような価格と数量の組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\)が存在するとともに、その組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)において、\begin{eqnarray*}&&\left( A\right) \ q^{\ast }=q\left( p^{\ast }\right) \\
&&\left( B\right) \ p^{\ast }=AC\left( q^{\ast }\right)
\end{eqnarray*}が成り立つ。

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既存企業が1社だけ存在するコンテスタブル・マーケットにおいて費用関数が狭義劣加法性を満たす場合、需給均衡条件を満たし、なおかつ価格と平均費用が一致するような価格と数量の組\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)に注目したとき、そのような点よりも左側の領域において平均費用曲線は右上がりではない場合には、\(\left(p^{\ast },q^{\ast }\right) \)において自然独占が持続可能であることが明らかになりました。したがって、均衡において独占企業が得る利潤はゼロです。\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)よりも右側の領域において平均費用曲線が右上がりである分には分析結果に影響を与えません。この点において、費用関数が狭義劣加法性を満たす場合の独占、すなわち自然独占と、費用関数が大域的な規模の経済性を満たす場合の独占は異なります。

 

平均費用曲線と需要曲線が交わらない場合

コンテスタブル・マーケットにおいて企業の費用関数が大域的な規模の経済性を満たす場合、市場の需要曲線と平均費用曲線が交わる点において独占が持続可能であることが明らかになりました。また、企業の費用関数が狭義劣加法性を満たすとともに、市場の需要曲線と平均費用曲線が交わる点よりも左側の領域において平均費用曲線は右上がりではない場合にも、市場の需要曲線と平均費用曲線が交わる点において自然独占が持続可能であることが明らかになりました。

では、そもそも市場の需要曲線と平均費用曲線が交わらない場合にはどうなるでしょうか。企業の費用関数が大域的な規模の経済性や狭義劣加法性を満たす一方で、市場の需要が小さすぎる状況を想定するということです。この場合、平均費用が市場価格を常に上回ってしまうため、既存企業が市場を独占しても利潤は負になってしまうため、既存企業もまた市場から退出し、商品の供給が行われないことになります。

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