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生産者理論

1生産物モデルにおける費用最小化問題

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1生産物モデルにおける費用最小化問題

分析対象である生産者にとって、経済に存在する商品の中でも\(N\)種類の商品が生産要素であり、それらとは異なる\(1\)種類の商品が生産物である状況、すなわち\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルを想定します。これまで考えてきた利潤最大化問題では、生産者は技術的な制約に直面する中、利潤を最大化するような生産ベクトルを選ぶものと仮定しました。その上で、生産者が直面する意思決定問題を、生産集合に属する生産ベクトルの中から利潤を最大化するようなものを特定する最適化問題として定式化しました。具体的には、生産者の技術が生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)ないし生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)として表現されているとき、価格ベクトル\(\left( w,p\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N+1}\)に直面した生産者が解くべき利潤最大化問題は、\begin{equation*}\max_{\left( x,y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}}py-w\cdot x\quad \text{s.t.}\quad \left( x,y\right) \in Y
\end{equation*}または、\begin{equation*}
\max_{\left( x,y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}}py-w\cdot x\quad \text{s.t.}\quad f\left( x\right) \geq y
\end{equation*}として定式化されます。本節では異なる角度から生産者の意思決定を考えます。

具体的には、まず、生産者にとって目標となる産出量\(q\in \mathbb{R} _{+}\)を選びます。つまり、生産者が生産物を\(q\)だけ生産しようとしている状況を想定するということです。プライステイカーの仮定より要素価格ベクトル\(w\in \mathbb{R} _{++}^{N}\)は外生的に与えられるため、生産者が何らかの投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)を選ぶと生産費用が\begin{equation*}w\cdot x=\sum_{n=1}^{N}w_{n}x_{n}
\end{equation*}として定まります。以上の状況のもとで、生産者は産出量\(q\)を実現し、なおかつ生産費用\(w\cdot x\)を最小化するような投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)を選ぶものと仮定します。生産者の行動原理に関するこのような仮定を費用最小化(cost minimization)の仮定と呼びます。

生産者は技術的な制約に直面しているため、任意の産出量\(q\)を目標として設定できるわけではありません。生産者の技術が生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)として表現されているとき、投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)のもとで実現可能な産出量からなる集合は可能産出量集合\begin{equation*}P\left( x\right) =\left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ \left( x,y\right) \in Y\right\}
\end{equation*}として定義されます。投入ベクトルは\(\mathbb{R} _{+}^{N}\)上の点であるため、生産者が自身の技術のもとで実現可能な産出量からなる集合は、\begin{equation*}P\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) =\left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ \exists x\in \mathbb{R} _{+}^{N}:\left( x,y\right) \in Y\right\}
\end{equation*}となります。一方、プライステイカーの仮定より、生産者は要素価格ベクトル\(w\in \mathbb{R} _{++}^{N}\)を与えられたものとして意思決定を行います。つまり、\(w\)の水準が生産者による意思決定に影響を与えることはあっても、生産者による意思決定が\(w\)の水準に影響を与えることはないということです。以上を踏まえると、費用最小化とプライステイカーを仮定する場合、生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)によって表現される技術を持つ生産者が要素価格ベクトルと目標産出量\(\left( w,q\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times P\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \)に直面したときに解くべき問題は、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \left( x^{\ast },q\right) \in Y \\
&&\left( b\right) \ \forall \left( x,q\right) \in Y:w\cdot x\geq w\cdot
x^{\ast }
\end{eqnarray*}をともに満たす投入ベクトル\(x^{\ast }\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)を特定する最適化問題として定式化されます。このような最適化問題を\(\left( w,q\right) \)のもとでの費用最小化問題(cost minimization problem)と呼びます。条件\(\left( a\right) \)は、費用最小化問題の解\(x^{\ast }\)が目標となる産出量\(q\)を実現する投入ベクトルであることを意味します。必要投入量集合\begin{equation*}R\left( q\right) =\left\{ x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\ |\ \left( x,q\right) \in Y\right\}
\end{equation*}を用いると、これを、\begin{equation*}
\left( a\right) \ x^{\ast }\in R\left( q\right)
\end{equation*}と表現することもできます。条件\(\left( b\right) \)は、費用最小化問題の解\(x^{\ast }\)は、目標となる産出量\(q\)を実現する投入ベクトルの中でも費用を最小化するものであることを意味しますが、これを費用最小化(cost minimization)の条件と呼びます。必要投入量集合を用いると、これを、\begin{equation*}\left( b\right) \ \forall x\in R\left( q\right) :w\cdot x\geq w\cdot x^{\ast
}
\end{equation*}と表現することもできます。費用最小化問題とは、与えられた要素価格ベクトル\(w\)と目標産出量\(q\)のもとで、\(q\)を実現する投入ベクトルの中から費用を最小化するようなものを特定する最適化問題に相当します。

要素価格ベクトルと目標産出量\(\left( w,q\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times P\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \)のもとでの費用最小化問題は、生産費用\(w\cdot x\)を目的関数とし、目標産出量に関する制約を制約条件とする以下のような制約付き最小化問題\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}w\cdot x\quad \text{s.t.} \quad \left( x,q\right) \in Y
\end{equation*}に他なりません。必要投入量集合を用いると、これを、\begin{equation*}
\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}w\cdot x\quad \text{s.t.} \quad x\in R\left( q\right)
\end{equation*}と表現することもできます。生産者が直面する費用最小化問題は要素価格ベクトル\(w\)と目標産出量\(q\)に依存して変化するため、生産者による意思決定を総体的に記述するためには、生産者が直面し得るすべての\(\left( w,q\right) \)について、そこでの費用最小化問題を考える必要があります。その上で、\(\left( w,q\right) \)の変化に伴い、生産者による選択がどのように変化するかを考察することになります。

例(1生産物モデルにおける費用最小化問題)
1生産要素1生産物モデルにおいて生産者の技術が生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{2}\)として表現されている場合、要素価格と目標産出量\(\left( w,q\right) \in \mathbb{R} _{++}\times P\left( \mathbb{R} _{+}\right) \)に直面した生産者が解くべき費用最小化問題は、\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}}wx\quad \text{s.t.}\quad \left( x,q\right) \in Y
\end{equation*}または、\begin{equation*}
\min_{x\in \mathbb{R} _{+}}wx\quad \text{s.t.}\quad x\in R\left( q\right)
\end{equation*}となります。

例(1生産物モデルにおける費用最小化問題)
2生産要素1生産物モデルにおいて生産者の技術が生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{3}\)として表現されている場合、要素価格ベクトルと目標産出量\(\left( w_{1},w_{2},q\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\times P\left( \mathbb{R} _{+}^{2}\right) \)に直面した生産者が解くべき費用最小化問題は、\begin{equation*}\min_{\left( x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}}w_{1}x_{1}+w_{2}x_{2}\quad \text{s.t.}\quad \left(
x_{1},x_{2},q\right) \in Y
\end{equation*}または、\begin{equation*}
\min_{\left( x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}}w_{1}x_{1}+w_{2}x_{2}\quad \text{s.t.}\quad \left(
x_{1},x_{2}\right) \in R\left( q\right)
\end{equation*}となります。

 

生産関数を用いた費用最小化問題の表現

生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)が与えられたとき、生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの投入ベクトル\(x\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x\right) =\max \left\{ y\in \mathbb{R} _{+}\ |\ \left( x,y\right) \in Y\right\}
\end{equation*}を値として定める関数として定義されます。任意の\(\left( x,y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)に対して、\begin{equation*}\left( x,y\right) \in Y\Rightarrow f\left( x\right) \geq y
\end{equation*}という関係が成り立つため、生産関数\(f\)が存在する場合には、要素価格ベクトルと目標産出量\(\left( w,q\right) \in \mathbb{R} _{++}^{N}\times P\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \)のもとでの費用最小化問題\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}w\cdot x\quad \text{s.t.}\quad \left( x,q\right) \in Y
\end{equation*}について考えるかわりに、以下の最小化問題\begin{equation*}
\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}w\cdot x\quad \text{s.t.}\quad f\left( x\right) \geq q
\end{equation*}を考えても一般性は失われません。

命題(生産関数を用いた費用最小化問題)
\(N\)生産要素\(1\)生産物モデルにおいて生産集合\(Y\subset \mathbb{R} _{+}^{N+1}\)に加えて生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{N}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が存在するものとする。要素価格ベクトルと目標産出量\(\left( w,q\right)\in \mathbb{R} _{++}^{N}\times P\left( \mathbb{R} _{+}^{N}\right) \)を任意に選んだとき、投入ベクトル\(x^{\ast }\in \mathbb{R} _{+}^{N}\)が以下の問題\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}w\cdot x\quad \text{s.t.}\quad f\left( x\right) \geq y
\end{equation*}の解であることは、\(x^{\ast }\)が\(\left( w,q\right) \)のもとでの費用最小化問題\begin{equation*}\min_{x\in \mathbb{R} _{+}^{N}}w\cdot x\quad \text{s.t.}\quad \left( x,q\right) \in Y
\end{equation*}の解であるための必要十分条件である。

例(費用最小化問題)
2生産要素1生産物モデルにおいて生産集合が、\begin{equation*}
Y=\left\{ \left( x_{1},x_{2},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{3}\ |\ x_{1}^{\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}\geq y\right\}
\end{equation*}で与えられているものとします。生産関数\(f:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が存在して、それぞれの\(\left( x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{equation*}f\left( x_{1},x_{2}\right) =x_{1}^{\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}
\end{equation*}を定めます。したがって、要素価格ベクトルと目標産出量\(\left(w_{1},w_{2},q\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\times P\left( \mathbb{R} _{+}^{2}\right) \)のもとでの費用最小化問題を、\begin{equation*}\min_{\left( x_{1},x_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}}w_{1}x_{1}+w_{2}x_{2}\quad \text{s.t.}\quad x_{1}^{\frac{1}{2}}x_{2}^{\frac{1}{2}}\geq q
\end{equation*}と表現しても一般性は失われません。

 

演習問題

問題(費用最小化問題)
2生産要素1生産物モデルにおける生産集合が、\begin{equation*}
Y=\left\{ \left( x_{1},x_{2},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{3}\ |\ x_{1}+2x_{2}\geq y\right\}
\end{equation*}で与えられているものとします。費用最小化問題を定式化してください。

証明

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問題(費用最小化問題)
2生産要素1生産物モデルにおける生産集合が、\begin{equation*}
Y=\left\{ \left( x_{1},x_{2},y\right) \in \mathbb{R} _{+}^{3}\ |\ \min \left\{ x_{1},\frac{x_{2}}{2}\right\} \geq y\right\}
\end{equation*}で与えられているものとします。費用最小化問題を定式化してください。

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