ユークリッド空間上にベクトル加法とスカラ乗法と呼ばれる演算を定義します。これらの演算が定義されたユークリッド空間は実ベクトル空間としての性質を満たします。

2019年6月16日:公開

ベクトル加法とスカラー乗法

ユークリッド空間\(\mathbb{R}^{n}\)の点からなる順序対\(\left( x,y\right) \in \mathbb{R}^{n}\times \mathbb{R}^{n}\)に対して、以下のような\(\mathbb{R}^{n}\)の点\begin{equation*}
x+y=\left( x_{1}+y_{1},\cdots ,x_{n}+y_{n}\right) \in \mathbb{R}^{n}
\end{equation*}を定める演算\(+\)をベクトル加法(vector addition)と呼びます。ただし\(x=\left( x_{1},\cdots ,x_{n}\right) \)かつ\(y=\left( y_{1},\cdots ,y_{n}\right) \)であり、\(\left( x_{1}+y_{1},\cdots ,x_{n}+y_{n}\right) \)内の\(+\)はいずれも\(\mathbb{R}\)上に定義された加法を表す記号です。\(x+y\)を\(x\)と\(y\)の(sum)やベクトル和(vector sum)などと呼びます。\(\mathbb{R}^{n}\)の任意の点\(x,y\)に対して和\(x+y\)もまた\(\mathbb{R}^{n}\)の点になりますが、このことを指して\(\mathbb{R}^{n}\)は\(+\)について閉じている(closed)と言います。

実数集合\(\mathbb{R}\)の点とユークリッド空間\(\mathbb{R}^{n}\)の点からなる順序対\(\left( \alpha ,x\right) \in \mathbb{R}\times \mathbb{R}^{n}\)に対して、以下のような\(\mathbb{R}^{n}\)の点\begin{equation*}
\alpha \cdot x=\left( \alpha \cdot x_{1},\cdots ,\alpha \cdot x_{n}\right) \in \mathbb{R}^{n}
\end{equation*}を定める演算\(\cdot \)をスカラー乗法(scalar multiplication)と呼びます。ただし\(x=\left( x_{1},\cdots ,x_{n}\right) \)であり、\(\left( \alpha \cdot x_{1},\cdots ,\alpha \cdot x_{n}\right) \)内の\(\cdot \)はいずれも\(\mathbb{R}\)上に定義された乗法を表す記号です。\(\alpha \cdot x\)を\(\alpha \)による\(x\)のスカラー積(scalar product)と呼びます。ただし、スカラー積の記号\(\cdot \)を省略して\(\alpha x\)と書くこともあります。

 

\(n\)次元ユークリッド空間は実ベクトル空間

ベクトル和とスカラー積は以下の性質を満たします。

命題(ユークリッド空間は実ベクトル空間)
実数集合\(\mathbb{R}\)とユークリッド空間\(\mathbb{R}^{n}\)に対して定義されたベクトル加法\(+\)とスカラー乗法\(\cdot \)は以下を満たす。\begin{eqnarray*}
&&\left( V_{1}\right) \ \forall x,y,z\in \mathbb{R}^{n}:(x+y)+z=x+(y+z) \\
&&\left( V_{2}\right) \ \forall x,y,\in \mathbb{R}^{n}:x+y=y+x \\
&&\left( V_{3}\right) \ \exists 0\in \mathbb{R}^{n},\ \forall x\in \mathbb{R}^{n}:x+0=0+x=x \\
&&\left( V_{4}\right) \ \forall x\in \mathbb{R}^{n},\ \exists -x\in \mathbb{R}^{n}:x+(-x)=\left( -x\right) +x=0 \\
&&\left( V_{5}\right) \ \forall x\in \mathbb{R}^{n},\ \forall \alpha ,\beta \in \mathbb{R}:\alpha \cdot (\beta \cdot x)=(\alpha \cdot \beta )\cdot x \\
&&\left( V_{6}\right) \ \exists 1\in \mathbb{R},\ \forall x\in \mathbb{R}^{n}:1\cdot x=x \\
&&\left( V_{7}\right) \ \forall x\in \mathbb{R}^{n},\ \forall \alpha ,\beta \in \mathbb{R}:(\alpha +\beta )\cdot x=\alpha \cdot x+\beta \cdot x \\
&&\left( V_{8}\right) \ \forall x,y\in \mathbb{R}^{n},\ \forall \alpha \in \mathbb{R}:\alpha \cdot (x+y)=\alpha \cdot x+\alpha \cdot y
\end{eqnarray*}
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上の命題では\(\mathbb{R}\)上に定義された加法と\(\mathbb{R}^{n}\)上に定義されたベクトル加法がともに同一の記号\(+\)で、\(\mathbb{R}\)上に定義された乗法と\(\mathbb{R}^{n}\)上に定義されたベクトル乗法がともに同一の記号\(\cdot \)で表記されている点に注意する必要があります。例えば、\(\left( V_{5}\right) \)において\(\alpha \cdot \beta \)中の\(\cdot \)は\(\mathbb{R}\)における乗法を表す一方で、それ以外の\(\cdot \)はスカラー乗法を表す記号です。また、\(\left( V_{7}\right) \)において\(\alpha +\beta\)中の\(+\)は\(\mathbb{R}\)における加法を表す一方で、もう一方の\(+\)はベクトル加法を表す記号です。

性質\(\left( V_{1}\right) \)はベクトル加法に関して結合律(associative law)が成り立つことを意味します。つまり、3 つの点\(x,y,z\)を加えるとき、最初に\(x\)と\(y\)を足す場合(この場合には最終的に\(\left( x+y\right) +z\)を得る)と最初に\(y\)と\(z\)を足す場合(この場合には最終的に\(x+\left( y+z\right) \)を得る)の 2 通りが考えられますが、どちらの場合でも最終的に得られる結果が等しくなるということです。

性質\(\left( V_{2}\right) \)はベクトル加法に関して交換律(commutative law)が成り立つことを意味します。一般に、2 つの点\(x,y\)に関して 2 つの順序対\(\left( x,y\right) ,\left( y,x\right) \)は区別されるため、\(\left( x,y\right) \)に\(+\)を適用して得られる\(x+y\)と\(\left( y,x\right) \)に\(+\)を適用して得られる\(y+x\)は区別されます。しかし、これらが常に等しくなることを\(\left( V_{2}\right) \)は主張しています。

性質\(\left( V_{3}\right) \)は任意の点\(x\)に足してもその結果が\(x\)のままであるような点\(0\)の存在を保証しています。具体的に、この点は、\begin{equation*}
0=\left( 0,\cdots ,0\right) \in \mathbb{R}^{n}
\end{equation*}であり、これをゼロベクトル(zero vector)や加法単位元(additive identity element)などと呼びます。

性質\(\left( V_{4}\right) \)はそれぞれの点\(x\)に対して、それに足すと結果がゼロベクトルになるような点\(-x\)の存在を保証しています。具体的に、この点は、\begin{equation*}
-x=\left( -x_{1},\cdots ,-x_{n}\right) \in \mathbb{R}^{n}
\end{equation*}であり、これを\(x\)の負ベクトル(negative vector)や加法逆元(additive inverse element)などと呼びます。

性質\(\left( V_{5}\right) \)はスカラー積\(\beta \cdot x\)に対してスカラー乗法を適用して得られる\(\alpha \cdot (\beta \cdot x)\)がスカラー積\((\alpha \cdot \beta )\cdot x \)と一致することを主張しています。

性質\(\left( V_{6}\right) \)は任意の点\(x\)にかけてもその結果が\(x\)のままであるような実数\(1\)の存在を保証しています。この実数をイチ(one)や乗法単位元(multiple identity element)などと呼びます。

性質\(\left( V_{7}\right) \)と\(\left( V_{8}\right) \)はベクトル加法とスカラー乗法の関係を規定するものであり、これらを分配律(distributive law)と呼びます。

実数集合\(\mathbb{R}\)とユークリッド空間\(\mathbb{R}^{n}\)に定義されたベクトル加法\(+\)とスカラー乗法\(\cdot \)がこれらの性質を満たすことは、\(\left( \mathbb{R},\mathbb{R}^{n},+,\cdot \right) \)が\(\mathbb{R}\)をスカラー場とするベクトル空間(vector space with a scalar field \(\mathbb{R}\))であること、すなわち実ベクトル空間(real vector space)であることを意味します。ベクトル空間については場を改めて解説します。ちなみに、\(\left( \mathbb{R},\mathbb{R}^{n},+,\cdot \right) \)においてスカラー場が\(\mathbb{R}\)であることや演算\(+,\cdot \)が定義されていることが文脈から明らかである場合には、実ベクトル空間をシンプルに\(\mathbb{R}^{n}\)で表します。また、以降においてユークリッド空間\(\mathbb{R}^{n}\)と言うとき、そこには上の性質を満たすベクトル加法\(+\)とスカラー乗法\(\cdot \)が定義されているものとみなします。

次回はユークリッド空間上に定義されるベクトル差やスカラー商について解説します。
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