写像の左逆写像
前節では、写像\(f:A\rightarrow B\)が単射であるとは、異なる入力が異なる出力を持つことであることを学びました。単射では、ある出力が実際に\(f\)の値として現れている限り、その出力からもとの入力を一意に特定できます。しかし、単射であっても、終集合\(B\)のすべての要素が\(f\)の値として現れるとは限らないため、逆写像\(f^{-1}:B\rightarrow A\)が存在するとは限りません。それでも、まず\(f\)を適用し、その後に別の写像を適用することによって、必ず元の入力へ戻れる場合があります。このように、写像\(f\)の後に合成することで元の入力を復元する写像を\(f\)の左逆写像と呼びます。以下では、左逆写像の意味を明らかにしたうえで、その存在が写像の単射性とどのように関係しているかを考察します。
集合\(A\)に関する恒等写像\(I_{A}:A\rightarrow A\)とは、以下の条件\begin{equation*}\forall a\in A:I_{A}\left( a\right) =a
\end{equation*}を満たす写像として定義されます。つまり、恒等写像は入力した値をそのまま返します。
写像\(f:A\rightarrow B\)が与えられたとき、その始集合と終集合の立場を逆にした写像\(g:B\rightarrow A\)を任意に選べば、\(f\)の終集合と\(g\)の始集合はともに\(B\)で一致するため合成写像\begin{equation*}g\circ f:A\rightarrow A
\end{equation*}が常に定義可能であり、これはそれぞれの\(a\in A\)に対して、\begin{equation*}\left( g\circ f\right) \left( a\right) =g\left( f\left( a\right) \right) \in
A
\end{equation*}を定めます。
写像\(f:A\rightarrow B\)に対して、以下の条件\begin{equation*}g\circ f=I_{A}
\end{equation*}を満たす写像\(g:B\rightarrow A\)が存在する場合には、すなわち、\(f\)と合成することにより恒等写像\(I_{A}\)を生成するような写像\(g\)が存在する場合には、このような写像\(g\)を写像\(f\)の左逆写像(left inverse mapping of \(f\))と呼びます。この場合、任意の\(a\in A\)に対して、\begin{eqnarray*}\left( g\circ f\right) \left( a\right) &=&I_{A}\left( a\right) \quad
\because \text{左逆写像の定義} \\
&=&a\quad \because \text{恒等写像の定義}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。つまり、写像\(f\)による出力値\(f\left( a\right) \)を左逆写像\(g \)で返せばもとの入力値\(a\)を必ず復元できるということです。
\end{equation*}は写像になります。\(f\)の左逆写像\(g:B\rightarrow A\)が存在する状況を想定します。写像の定義より、\(g\)はそれぞれの出口\(b\in B\)に対して、そこに繋がっている入り口\(g\left( a\right) \in A\)を1つずつ特定します。さらに左逆写像の定義より、\begin{equation*}g\circ f=I_{A}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\forall a\in A:g\left( f\left( a\right) \right) =a
\end{equation*}が成り立ちます。以上の事実は、どの入り口\(a\in A\)を選んだ場合でも、そこから\(f\)にしたがって出口\(f\left( a\right) \)へ出て、そこから左逆写像\(g\)というガイドにしたがって進めば当初の入り口\(a\)に必ず戻れることを意味します。つまり、左逆写像が存在することとは、どの入り口からスタートして出口へ出ても、そこから逆走すれば間違いなくもとの入り口に戻れるようなカタログが与えられていることを意味します。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、写像\(f:A\rightarrow B\)を以下の図で定義します。
図から読み取れるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&c \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&b
\end{eqnarray*}が成立しています。この写像\(f\)は左逆写像を持つでしょうか。この写像は逆写像\(f^{-1}:B\rightarrow A\)を持つとともに、\begin{eqnarray*}f^{-1}\left( a\right) &=&2 \\
f^{-1}\left( b\right) &=&3 \\
f^{-1}\left( c\right) &=&1
\end{eqnarray*}が成り立ちます。その上で合成写像\(f^{-1}\circ f:A\rightarrow A\)をとれば、任意の\(x\in A\)に対して、\begin{eqnarray*}\left( f^{-1}\circ f\right) \left( x\right) &=&f^{-1}\left( f\left( x\right)
\right) \quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&x\quad \because \text{合成写像の性質}
\end{eqnarray*}となるため、\begin{equation*}
f^{-1}\circ f=I_{A}
\end{equation*}を得ます。したがって、\(f^{-1}\)は\(f\)の左逆写像であることが明らかになりました。
写像の逆写像と左逆写像の関係
上の例に限らず、一般に、写像の逆写像が存在する場合、それは左逆写像でもあります。
\end{equation*}が成り立つ。
写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在する場合、\(f^{-1}\)は\(f\)の左逆写像であることが明らかになりました。その一方で、写像\(f\)の逆写像が存在しないものの左逆写像が存在するような状況は起こり得ます。以下の例より明らかです。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c,d\right\}
\end{eqnarray*}に対して、2つの写像\begin{eqnarray*}
f &:&A\rightarrow B \\
g &:&B\rightarrow A
\end{eqnarray*}を以下の図で定義します。
図から明らかであるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&c
\end{eqnarray*}であるとともに、\begin{eqnarray*}
g\left( a\right) &=&2 \\
g\left( b\right) &=&1 \\
g\left( c\right) &=&3 \\
g\left( d\right) &=&3
\end{eqnarray*}です。さて、写像\(f\)の終集合の要素\(d\in B\)に対して、\(d=f\left( x\right) \)を満たす始集合の要素\(x\in A\)が存在しないため、\(f\)の逆写像は存在しません。その一方で、合成写像\(g\circ f:A\rightarrow A\)を生成すると、\begin{eqnarray*}\left( g\circ f\right) \left( 1\right) &=&g\left( f\left( 1\right) \right)
=g\left( b\right) =1 \\
\left( g\circ f\right) \left( 2\right) &=&g\left( f\left( 2\right) \right)
=g\left( a\right) =2 \\
\left( g\circ f\right) \left( 3\right) &=&g\left( f\left( 3\right) \right)
=g\left( c\right) =3
\end{eqnarray*}が成り立つため、\begin{equation*}
g\circ f=I_{A}
\end{equation*}を得ます。したがって、\(g\)は\(f\)の左逆写像であることが明らかになりました。
写像の左逆写像は存在するとは限らない
写像は左逆写像を持つとは限りません。以下の例より明らかです。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、写像\(f:A\rightarrow B\)を以下の図で定義します。
図から読み取れるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&b
\end{eqnarray*}が成立しています。この写像\(f\)の左逆写像\(g:B\rightarrow A\)は存在しないことを示すために、\(f\)の左逆写像\(g\)が存在するものと仮定して矛盾を導きます。左逆写像の定義より合成写像\(g\circ f:A\rightarrow A\)は恒等写像であるため、\begin{eqnarray*}\left( g\circ f\right) \left( 1\right) &=&1 \\
\left( g\circ f\right) \left( 3\right) &=&3
\end{eqnarray*}がともに成り立つはずです。したがって、\begin{equation}
\left( g\circ f\right) \left( 1\right) \not=\left( g\circ f\right) \left(
3\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}です。その一方で、\begin{eqnarray*}
\left( g\circ f\right) \left( 1\right) &=&g\left( f\left( 1\right) \right)
\quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&g\left( b\right) \quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}であるとともに、\begin{eqnarray*}
\left( g\circ f\right) \left( 3\right) &=&g\left( f\left( 3\right) \right)
\quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&g\left( b\right) \quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}であるため、\begin{equation*}
\left( g\circ f\right) \left( 1\right) =\left( g\circ f\right) \left(
3\right)
\end{equation*}となりますが、これは\(\left( 1\right) \)と矛盾です。したがって背理法より、\(f\)の左逆写像\(g\)は存在しないことが明らかになりました。
左逆写像は一意的であるとは限らない
写像の左逆写像が存在する場合、それは一意的に定まるとは限りません。これは、逆写像が一意的であることとは対称的な結果です。
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}で与えられているものとします。さらに写像\(f:A\rightarrow B\)を、\begin{eqnarray*}f\left( 1\right) &=&a \\
f\left( 2\right) &=&b
\end{eqnarray*}と定義します。この写像\(f\)の左逆写像は一意的ではありません(演習問題)。
左逆写像が一意的に定まらなない理由は以下の通りです。写像\(f:A\rightarrow B\)の左逆写像\(g:B\rightarrow A\)が存在する状況を想定します。左逆写像の定義より、\begin{equation}\forall a\in A:g\left( f\left( a\right) \right) =a \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つため、\(a\in A\)に対して\(f\left( a\right) =b\)とおいたとき、この\(b\)に対して\(g\)が定める値は、\begin{equation*}g\left( b\right) =a
\end{equation*}とならざるを得ません。つまり、\(f\)の値域\(f\left( A\right) \)上では左逆写像\(g\)の値は完全に決まっているため、\(g\)の定義域を\(f\left( A\right) \)上に制限した写像\begin{equation*}g:f\left( A\right) \rightarrow A
\end{equation*}は一意的であり、これは、\(f\)の終集合を\(f\left(A\right) \)に制限した写像\(f:A\rightarrow f\left( A\right) \)の逆写像\begin{equation*}f^{-1}:f\left( A\right) \rightarrow A
\end{equation*}と一致します。その一方で、\(f\left( A\right) \)に属さない値\(b\in B\backslash f\left( A\right) \)に対しては\(g\left( a\right) \)をどのように定めても\(\left( 1\right) \)は満たされるため、\(g\)は\(f \)の左逆写像であり続けます。つまり、左逆写像\(g:B\rightarrow A\)は一般に、\begin{equation*}g\left( b\right) =\left\{
\begin{array}{cc}
f^{-1}\left( b\right) & \left( if\ b\in f\left( A\right) \right) \\
A\text{の任意の要素} & \left( if\
b\not\in f\left( A\right) \right)\end{array}\right.
\end{equation*}という形で構成できます。\(b\not\in f\left( A\right) \)を満たす\(b\in B\)に対する\(g\left( b\right) \)の定め方は自由であるため、\(g\)は一意的ではありません。
単射と左逆写像の関係
どのような写像が左逆写像を持つのでしょうか。先ほど例を通じて確認したように、与えられた写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在する場合、それは同時に\(f\)の左逆写像であることが保証されます。その一方で、先ほど例を通じて確認したように、与えられた写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在しない場合でも、\(f\)の左逆写像が存在するケースは起こり得ます。
実際には、写像\(f\)が単射であれば、その左逆写像が存在することを保証できます。
先の命題において\(A\)が空集合の場合には主張は成り立ちません。実際、空写像\begin{equation*}f:\phi \rightarrow B
\end{equation*}は単射ですが、\(B\not=\phi \)の場合には写像\begin{equation*}g:B\rightarrow \phi
\end{equation*}そのものが存在しないため、\(f\)は左逆写像を持ちません。
先の命題の逆もまた成立します。つまり、写像の左逆写像が存在する場合、その写像が単射であることが保証されます。
以上の2つの命題より、写像が左逆写像を持つことと、その写像が単射であることが必要十分であることが明らかになりました。
集合\(A,B\)について\(A\not=\phi \)である場合、写像\(f:A\rightarrow B\)が単射であることと、\(f\)の左逆写像\(g:B\rightarrow A\)が存在することは必要十分条件である。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c,d\right\}
\end{eqnarray*}に対して、2つの写像\begin{eqnarray*}
f &:&A\rightarrow B \\
g &:&B\rightarrow A
\end{eqnarray*}を以下の図で定義します。
図から明らかであるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&c
\end{eqnarray*}であるとともに、\begin{eqnarray*}
g\left( a\right) &=&2 \\
g\left( b\right) &=&1 \\
g\left( c\right) &=&3 \\
g\left( d\right) &=&3
\end{eqnarray*}です。先に確認したように、\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)は存在しない一方で、\(g\)は\(f\)の左逆写像です。したがって、先の命題より\(f\)は単射であるはずです。実際、\(f\)は始集合\(A\)のそれぞれの要素に対して終集合\(B\)の異なる要素を割り当てているため、\(f\)は単射です。この結果は先の命題の主張と整合的です。
先の命題は、写像の左逆写像が存在することと、その写像が単射であることは必要十分であることを主張しています。したがって、写像の左逆写像が存在しないことと、その写像が単射ではないこともまた必要十分です。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、写像\begin{equation*}
f:A\rightarrow B
\end{equation*}を以下の図で定義します。
図から読み取れるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&b
\end{eqnarray*}です。先に示したように、この写像\(f\)は左逆写像を持ちません。したがって先の命題より、\(f\)は単射ではないはずです。実際、\begin{equation*}f\left( 1\right) =f\left( 3\right) =b
\end{equation*}が成立しているため、\(f\)は単射ではありません。この結果は先の命題の主張と整合的です。
演習問題
\end{equation*}を定めるものとします。\(f\)の左逆写像を1つ構成してください。
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}で与えられているものとします。さらに写像\(f:A\rightarrow B\)を、\begin{eqnarray*}f\left( 1\right) &=&a \\
f\left( 2\right) &=&b
\end{eqnarray*}と定義します。この写像\(f\)の左逆写像が存在することを示してください。さらに、\(f\)の左逆写像は一意的でないことを示してください。
\end{equation*}を像として定めるものとします。この写像\(f\)は単射であるため、\(f\)の左逆写像\(g:\mathbb{N} \rightarrow \mathbb{N} \)が存在するはずです。\(g\)を具体的に特定してください。
