写像の左逆写像
集合\(A\)に関する恒等写像\(I_{A}:A\rightarrow A\)とは、以下の条件\begin{equation*}\forall a\in A:I_{A}\left( a\right) =a
\end{equation*}を満たす写像として定義されます。つまり、恒等写像は入力した値をそのまま返します。
写像\(f:A\rightarrow B\)が与えられたとき、その始集合と終集合の立場を逆にした写像\(g:B\rightarrow A\)を任意に選べば、\(f\)の終集合と\(g\)の始集合はともに\(B\)で一致するため合成写像\begin{equation*}g\circ f:A\rightarrow A
\end{equation*}が常に定義可能であり、これはそれぞれの\(a\in A\)に対して、\begin{equation*}\left( g\circ f\right) \left( a\right) =g\left( f\left( a\right) \right) \in
A
\end{equation*}を定めます。
さて、写像\(f:A\rightarrow B\)が与えられた状況を想定します。このとき、この写像\(f\)と何らかの写像\(g:B\rightarrow A\)と合成することにより恒等写像\(I_{A}:A\rightarrow A\)を生成できるのであれば、すなわち、以下の条件\begin{equation}g\circ f=I_{A}\left( a\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}を満たす写像\(g\)が存在する場合には、このような写像\(g\)を写像\(f\)の左逆写像(left inverse mapping of \(f\))と呼びます。この場合、任意の\(a\in A\)に対して以下の関係\begin{eqnarray*}\left( g\circ f\right) \left( a\right) &=&g\left( f\left( a\right) \right)
\quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&I_{A}\left( a\right) \quad \because \left( 1\right) \\
&=&a\quad \because \text{恒等写像の定義}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。つまり、写像\(f\)は始集合の要素\(a\in A\)に対して終集合の要素\(f\left( a\right) \in B\)を定めますが、\(f\)の左逆写像\(g\)が存在する場合、\(g\)は先の要素\(f\left( a\right) \in B\)をもとの値\(g\left( f\left( a\right) \right) =a\)に戻します。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、写像\(f:A\rightarrow B\)を以下の図で定義します。
図から読み取れるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&c \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&b
\end{eqnarray*}が成立しています。この写像\(f\)は左逆写像を持つでしょうか。この写像は逆写像\(f^{-1}:B\rightarrow A\)を持つとともに、\begin{eqnarray*}f^{-1}\left( a\right) &=&2 \\
f^{-1}\left( b\right) &=&3 \\
f^{-1}\left( c\right) &=&1
\end{eqnarray*}が成り立ちます。その上で合成関数\(f^{-1}\circ f:A\rightarrow A\)をとれば、任意の\(x\in A\)に対して、\begin{eqnarray*}\left( f^{-1}\circ f\right) \left( x\right) &=&f^{-1}\left( f\left(
x\right) \right) \quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&x\quad \because \text{合成写像の性質}
\end{eqnarray*}となるため、\begin{equation*}
f^{-1}\circ f=I_{A}
\end{equation*}を得ます。したがって、\(f^{-1}\)は\(f\)の左逆写像であることが明らかになりました。
上の例に限らず、一般に、写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在する場合、\(f^{-1}\)は\(f\)の左逆写像でもあります。
写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在する場合、\(f^{-1}\)は\(f\)の左逆写像であることが明らかになりました。その一方で、写像\(f\)の逆写像が存在しないものの左逆写像が存在するような状況は起こり得ます。以下の例より明らかです。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、2つの写像\begin{eqnarray*}
f &:&A\rightarrow B \\
g &:&B\rightarrow A
\end{eqnarray*}を以下の図で定義します。
図から明らかであるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&c
\end{eqnarray*}であるとともに、\begin{eqnarray*}
g\left( a\right) &=&2 \\
g\left( b\right) &=&1 \\
g\left( c\right) &=&3 \\
g\left( d\right) &=&3
\end{eqnarray*}です。さて、写像\(f\)の終集合の要素\(d\in B\)に対して、\(d=f\left( x\right) \)を満たす始集合の要素\(x\in A\)が存在しないため、\(f\)の逆写像は存在しません。その一方で、合成写像\(g\circ f:A\rightarrow A\)を生成すると、\begin{eqnarray*}\left( g\circ f\right) \left( 1\right) &=&g\left( f\left( 1\right) \right)
=g\left( b\right) =1 \\
\left( g\circ f\right) \left( 2\right) &=&g\left( f\left( 2\right) \right)
=g\left( a\right) =2 \\
\left( g\circ f\right) \left( 3\right) &=&g\left( f\left( 3\right) \right)
=g\left( c\right) =3
\end{eqnarray*}が成り立つため、\begin{equation*}
g\circ f=I_{A}
\end{equation*}を得ます。したがって、\(g\)は\(f\)の左逆写像であることが明らかになりました。
写像の左逆写像は存在するとは限らない
写像は左逆写像を持つとは限りません。以下の例より明らかです。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、写像\(f:A\rightarrow B\)を以下の図で定義します。
図から読み取れるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&b
\end{eqnarray*}が成立しています。この写像\(f\)の左逆写像\(g:B\rightarrow A\)は存在しないことを示すために、\(f\)の左逆写像\(g\)が存在するものと仮定して矛盾を導きます。左逆写像の定義より合成写像\(g\circ f:A\rightarrow A\)は恒等写像であるため、\begin{eqnarray*}\left( g\circ f\right) \left( 1\right) &=&1 \\
\left( g\circ f\right) \left( 3\right) &=&3
\end{eqnarray*}がともに成り立つはずです。したがって、\begin{equation}
\left( g\circ f\right) \left( 1\right) \not=\left( g\circ f\right) \left(
3\right) \quad \cdots (1)
\end{equation}です。その一方で、\begin{eqnarray*}
\left( g\circ f\right) \left( 1\right) &=&g\left( f\left( 1\right) \right)
\quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&g\left( b\right) \quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}であるとともに、\begin{eqnarray*}
\left( g\circ f\right) \left( 3\right) &=&g\left( f\left( 3\right) \right)
\quad \because \text{合成写像の定義} \\
&=&g\left( b\right) \quad \because f\text{の定義}
\end{eqnarray*}であるため、\begin{equation*}
\left( g\circ f\right) \left( 1\right) =\left( g\circ f\right) \left(
3\right)
\end{equation*}となりますが、これは\(\left( 1\right) \)と矛盾です。したがって背理法より、\(f\)の左逆写像\(g\)は存在しないことが明らかになりました。
単射と左逆写像の関係
では、どのような写像が左逆写像を持つのでしょうか。先ほど例を通じて確認したように、与えられた写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在する場合、それは同時に\(f\)の左逆写像であることが保証されます。写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在することと\(f\)が全単射であることは必要十分であるため、全単射\(f\)は必ず左逆写像を持つことになります。
その一方で、先ほど例を通じて確認したように、与えられた写像\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)が存在しない場合でも、\(f\)の左逆写像が存在するケースは起こり得ます。つまり、\(f\)が全単射でない場合にも、その左逆写像が存在するケースは起こり得るということです。実際には、写像\(f\)が単射であれば、その左逆写像が存在することを保証できます。
実は、上の命題の逆もまた成立します。つまり、写像の左逆写像が存在する場合、その写像が単射であることが保証されます。
以上の2つの命題より、写像が左逆写像を持つことと、その写像が単射であることが必要十分であることが明らかになりました。
写像\(f:A\rightarrow B\)が単射であることと、\(f\)の左逆写像\(g:B\rightarrow A\)が存在することは必要十分条件である。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、2つの写像\begin{eqnarray*}
f &:&A\rightarrow B \\
g &:&B\rightarrow A
\end{eqnarray*}を以下の図で定義します。
図から明らかであるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&c
\end{eqnarray*}であるとともに、\begin{eqnarray*}
g\left( a\right) &=&2 \\
g\left( b\right) &=&1 \\
g\left( c\right) &=&3 \\
g\left( d\right) &=&3
\end{eqnarray*}です。先に確認したように、\(f\)の逆写像\(f^{-1}\)は存在しない一方で、\(g\)は\(f\)の左逆写像です。したがって、先の命題より\(f\)は単射であるはずです。実際、\(f\)は始集合\(A\)のそれぞれの要素に対して終集合\(B\)の異なる要素を割り当てているため、\(f\)は単射です。この結果は先の命題の主張と整合的です。
先の命題は、写像の左逆写像が存在することと、その写像が単射であることは必要十分であることを主張しています。したがって、写像の左逆写像が存在しないことと、その写像が単射ではないこともまた必要十分です。
A &=&\left\{ 1,2,3\right\} \\
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}に対して、写像\begin{equation*}
f:A\rightarrow B
\end{equation*}を以下の図で定義します。
図から読み取れるように、\begin{eqnarray*}
f\left( 1\right) &=&b \\
f\left( 2\right) &=&a \\
f\left( 3\right) &=&b
\end{eqnarray*}です。先に示したように、この写像\(f\)は左逆写像を持ちません。したがって先の命題より、\(f\)は単射ではないはずです。実際、\begin{equation*}f\left( 1\right) =f\left( 3\right) =b
\end{equation*}が成立しているため、\(f\)は単射ではありません。この結果は先の命題の主張と整合的です。
演習問題
B &=&\left\{ a,b,c\right\}
\end{eqnarray*}で与えられているものとします。さらに写像\(f:A\rightarrow B\)を、\begin{eqnarray*}f\left( 1\right) &=&a \\
f\left( 2\right) &=&b
\end{eqnarray*}と定義します。この写像\(f\)の左逆写像が存在することを示してください。さらに、\(f\)の左逆写像は一意的でないことを示してください。
\end{equation*}を像として定めるものとします。この写像\(f\)は単射であるため、\(f\)の左逆写像\(g:\mathbb{N} \rightarrow \mathbb{N} \)が存在するはずです。\(g\)を具体的に特定してください。
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