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攻撃的リアリズム理論から見るイスラエルとイランの軍事衝突

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攻撃的リアリズムの考え方

攻撃的リアリズム(offensive realism)とは、米国の国際政治学者ジョン・ミアシャイマー(John J. Mearsheimer)によって体系化された国際政治理論です。

この理論は、国際社会の基本構造に関する以下の前提を出発点とします:

  • 国際社会には中央政府が存在しない(無政府状態)
  • 国家は軍事力を持っているため、他国は潜在的に危険な存在である
  • 国家は他国の意図を完全には知ることができない
  • 国家の最優先目標は自身の生存である
  • 国家は合理的に行動する

以上の条件の必然的な帰結として、国家はパワーを巡って争うことになります。潜在的に危険な存在である他国の意図を知ることができない状況下で、国家は他国に対して恐怖を抱くようになります。仮に他国から攻撃された場合、侵略国を罰してくれる中央政府は存在しないため、国家は自助努力するしかありません。そこで、国家は自らの安全を確保するために、他国よりもパワーを持とうとします。なぜなら、弱い国は強い国を攻撃しようとは思わないからです。国家は最終的に地域覇権(regional hegemony)を目指します。世界覇権(world hegemony)は地理的・軍事的理由から困難であるため、国家はまず自国の地域で圧倒的優位を確立しようとします。

 

イランの行動

イランは人口・資源ともに中東の大国であり、地域において大きな影響力を持っています。イランは、自国の安全と影響力を確保するため、軍事能力の強化を進めてきました。具体的には、

  • 弾道ミサイルの開発
  • 核技術の研究
  • 同盟勢力への支援

などです。

とくに核開発は、イランにとっては抑止力の獲得という意味を持ちます。核兵器を保有すれば、外部からの軍事攻撃を抑止できる可能性が高まるためです。

攻撃的リアリズムの観点から見ると、イランによるこれらの行動は、拡張主義というよりも、安全保障上の合理的選択として理解されます。

 

イスラエルの行動

イスラエルは国土が小さく、人口も周辺諸国と比較して少ないため、潜在的に敵対する国家が軍事力を大きく増強することは、国家存続そのものに関わる脅威となります。

国土が小さく、人口や産業が集中している場合、数発の核でも国家機能が壊滅します。相手からの核攻撃に対して報復できる能力を有していたとしても、国土が小さい場合には、相手からの先制攻撃が致命傷になってしまうということです。そのためイスラエルは、敵対国が核兵器を保有する前に先制攻撃で破壊するという戦略(ベギン・ドクトリン)を採用してきました。歴史的には、

  • Operation Opera(1981年、イラクが建設中だった原子炉をイスラエルが空爆)
  • Operation Orchard(2007年、シリアの原子炉をイスラエルが空爆)

などが典型例です。

今回のイラン攻撃もまたベギン・ドクトリンの一環とみなすことができます。イスラエルは敵対国であるイランが核兵器を持つことを決して許しません。

攻撃的リアリズムの観点から見ると、このような先制行動は非合理的な攻撃ではなく、生存を確保するための合理的戦略として理解されます。

 

安全保障ジレンマとしての両国の対立

国家の究極の目的が自国の生存であったとしても、一方の得が他方の損になるようなゼロサムの状況においては、国家が自国の相対的なパワーを最大化しようとすることと、他国を攻撃して支配しようとすることが実質的に等しくなります。つまり、自国の生存を目指す国家は自国を防御するだけでなく、侵略を阻止するために他国を攻撃してパワーを奪っておこうと考えるということです。ある国が自国の安全を増加させようとすると、それが他国の安全の減少につながるため、他国の存続を脅かさずに自国の生き残りのチャンスを増加させるのは困難です。これを安全保障のジレンマ(security dilemma)と呼びます。

国家は安全を確保するためにより多くのパワーを得ようとしますが、この行動が他国を不安にさせるため、他国もまたより多くのパワーを得ようとします。アナーキーの中で国家が自国の生き残りを確保する一番良い方法は、他国より有利になり、他国からパワーを奪い取ることであるため、安全保障をめぐるパワーの蓄積という悪循環に終わりはありません。

イランによる抑止のための軍備と、イスラエルによる生存のための攻撃。両国はともに生存を確保するために行動していますが、それが安全保障のジレンマを引き起こしています。自国の安全を高める行動が相手には脅威に見え、相互不信が拡大する。

両国の対立は道徳的な善悪の問題ではなく、国際政治の構造から生じる安全保障競争として理解されます。

 

米国の中東戦略の変遷

冷戦期において、米国にとって中東は重要な戦略地域でした。その最大の理由はソ連との勢力争いです。冷戦期の国際政治は二極構造であり、米国とソ連は世界各地で影響力を競っていました。中東はヨーロッパ・アジア・アフリカの交差点に位置し、また石油資源を多く抱える地域でもあります。この地域でソ連の影響力が拡大すれば、世界のパワーバランスに大きな影響を与える可能性がありました。そのため米国は、中東において親米政権を維持し、ソ連の影響力拡大を阻止することを重要な戦略目標としてきました。

しかし、ソ連の崩壊により冷戦が終結すると、国際政治の構造は大きく変化します。米国は国際政治において圧倒的なパワーを持つ国家となりました。国際システムは単極構造となり、米国が他国から軍事的に挑戦される可能性は小さくなりました。しかし、攻撃的リアリズムの観点からは、どれほど強い国家であっても、将来の脅威を無視することはできません。国際社会は無政府状態であり、国家は他国の意図を完全に知ることができないからです。米国にとって最も重要な戦略目標は、自国の地域覇権を維持すると同時に、他の地域で覇権国が出現するのを阻止することでした。

21世紀に入ると中国の台頭が米国の最大の戦略課題となります。このような状況の中で、米国にとって中東の重要性は相対的に低下していきました。中東には欧州や東アジアのような潜在的地域覇権国が存在しないためです。そのためリアリズムの観点からは、米国が中東への関与を縮小し、より重要な地域に戦略資源を集中させようとするのは合理的な行動と考えられます。

 

米国のイラン攻撃の矛盾

しかし、米国による今回のイランへの軍事行動は、このような長期的戦略と完全には一致していません。

攻撃的リアリズムでは、大国は限られた軍事資源を最も重要な戦略地域に集中させるべきだと考えます。現在の国際政治において、米国にとって最も重要な地域は中国が台頭している東アジアです。この観点から見ると、中東での軍事衝突に深く関与することは、米国の戦略資源を分散させる可能性があります。

とは言え、米国の行動は完全に非合理というわけでもありません。大国は、自国の影響力が急速に低下することを避けようとするからです。もし米国が中東から急速に撤退すれば、地域のパワーバランスが大きく変化する可能性があります。特に、イランが地域で影響力を拡大すれば、中東の勢力均衡が崩れ、米国の同盟国が不安定になる可能性があります。そのため米国は、長期的には中東の重要性が低下しているにもかかわらず、地域秩序が急激に変化することを防ぐため、一定の軍事的関与を維持し続けています。

リアリズムの観点では、このような行動は国内政治やイデオロギーよりも、勢力均衡を維持しようとする大国の行動として理解されます。

 

米国外交と国内政治(イスラエルロビー論)

ここまで本稿では、攻撃的リアリズムの枠組みにもとづき、今回の戦争を主に国際構造から説明してきました。リアリズムの観点では、国家の行動は基本的に国際システムの構造によって規定されます。無政府状態の下で生存を確保するため、国家はパワーを追求し、勢力均衡をめぐる競争が生じるという考え方です。

しかし、現実の外交政策は常に国際構造だけで決定されるわけではありません。国内政治が外交政策に影響を与える場合もあります。その代表的研究であるイスラエルロビー論では、米国の中東政策の一部が、米国国内の政治勢力によって強く影響を受けている可能性を指摘しています。ここで言う「イスラエルロビー」とは、イスラエルの安全保障を重視する政治団体、ロビー団体、シンクタンク、政治家などのネットワークを指します。米国のイスラエルに対する強い軍事的・外交的支援は、米国の広範な国益と必ずしも完全に一致しているとは限りません。イスラエルを支援する政策は、米国内の政治的要因によって部分的に形成されている可能性があるということです。

もっとも、この議論はリアリズムの理論そのものを否定するものではありません。ミアシャイマー自身も、国家の外交政策の大部分は国際構造によって説明できると考えています。ただし、特定の政策については、国内政治の影響によって国際構造の論理から部分的に逸脱することがあるという指摘です。この観点から見ると、米国の中東政策は、国際政治の構造と国内政治の要因という二つの要素の相互作用によって形成されていると考えることができます。

 

この戦争の戦略的受益者

攻撃的リアリズム理論において、大国の基本戦略は「自国の地域覇権を確立し、他地域で新たな覇権国が出現するのを防ぐこと」とされます。しかし、大国がすべての地域において軍事介入することは不可能です。そこで、大国が採るべき合理的戦略はオフショア・バランシング(offshore balancing)であるとされます。この戦略の考え方は次の通りです。

  • 地域の国家同士に勢力均衡を形成させる
  • 自国は直接軍事介入を避ける
  • 覇権国が出現しそうになった場合のみ介入する

つまり、大国は地域の外側(offshore)に位置しながら均衡を維持する役割を担います。

現在、米国にとって唯一の潜在的覇権国は中国であるため、米国の戦略的資源は東アジアに集中されるべきです。しかし、先述の通り、今回の戦争では、戦略的にはオフショア・バランサーであるべき米国が当事者として内側(onshore)で行動しています。

一方、中国は中東の勢力争いに直接参加するのではなく、地域の外側から状況を観察しながら自国の利益を確保しています。中国から見れば、最大の競争相手である米国が中東において資源を浪費いる構図になっています。国際政治におけるパワーは相対的なものであるため、米国が中東で消耗するほど、中国の相対的地位は強化されることになります。

中東での戦争が長期化するほど、米国の戦略的関心と資源は分散され、その間に中国が東アジアにおける軍事力と影響力を拡大する余地が生まれます。こうした意味において、今回の紛争は、当事国以外の国にとっても重要な戦略的意味を持つ出来事であると言えます。

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