戦略的相互依存性とゲーム
複数の主体が関与する問題が与えられたとき、その問題に関与するそれぞれの主体にとって、自分の行動が他者の行動に影響を与えるとともに、他者の行動が自分の行動にも影響を与える場合、主体の間には戦略的相互依存性(strategic interdependence)が成立していると言います。
ゲーム理論(game theory)は、戦略的相互依存性に直面した主体による意思決定を分析する学問です。
戦略的相互依存関係が成立する状況をゲーム(game)と呼びます。ゲーム理論におけるゲームとは、将棋や囲碁、チェスなどのいわゆる「ゲーム」に限定される概念ではありません。ビジネスや政治、慣習、規範などをはじめとする様々な状況において、関与する主体の間に戦略的相互依存が成立していれば、ゲーム理論においてそれらはいずれもゲームとみなされます。戦略的相互依存関係が成立する状況において、それぞれの主体は自身の目標を達成するために競い合ったり、場合によっては協力するなど、あたかもゲームをプレーしているかのように振る舞うからです。
ゲームのルール
自然科学や他の社会科学と同様、ゲーム理論においても分析対象をモデル化した上で分析を行います。ゲーム理論の分析対象であるゲーム、すなわち戦略的相互依存関係が成立する状況をモデル化する際には、以下の要素に注目した上で、それぞれの要素を具体的に記述します。
- ゲームにおいて意思決定を行う主体は誰か。つまり、ゲームのプレイヤー(player)は誰か。
- プレイヤーたちはどのような順番(turn)で意思決定を行うか。
- プレイヤーたちが意思決定を行う際にどのような選択肢が与えられているか。つまり、プレイヤーたちはどのような行動(action)を選択可能か。
- プレイヤーが意思決定を行う際にどのような情報(information)が与えられているか。
- プレイヤーたちが意思決定を行う帰結として、どのような結果(outcome)が起こり得るか。
- プレイヤーたちはそれぞれの結果をどのように評価しているか。すなわち、プレイヤーはどのような利得(payoff)の体系を持っているか。
以上の要素をゲームのルール(rule)と呼びます。ゲームの開始後、それぞれの「プレイヤー」は自身が行動する「順番」になったら、その時点においてアクセス可能な「情報」を活用しつつ、何らかの行動原理にもとづいて、与えられた選択肢の中から特定の「行動」を選択します。すべてのプレイヤーによる意志決定が終了したら、プレイヤーたちが選んだ行動の組み合わせに応じて特定の「結果」が実現し、それぞれのプレイヤーは実現した結果から「利得」を得ます。
- プレイヤーはジャンケンに参加する2人です。彼らをプレイヤー\(1\)とプレイヤー\(2\)と呼ぶことにします。
- プレイヤー\(1\)と\(2\)は同時に行動します。
- プレイヤー\(1\)と\(2\)に与えられている行動はグー・チョキ・パーの3通りです。
- プレイヤー\(1\)と\(2\)は自分がどの手を出すかを決める際に、相手がどの手を出すかを事前に知ることができません。
- プレイヤー\(1\)と\(2\)が出す手の組み合わせが結果に相当しますが、それは「\(1\)が勝つ」「\(2\)が勝つ」「あいこ」の3通りに分類可能です。
- プレイヤー\(1\)と\(2\) がそれぞれの結果をどのように評価するかは様々な可能性があります。典型的な評価体系は、2人とも「自分が勝つ」「あいこ」「相手が勝つ」の順で好むというものです。
ミクロ経済学とゲーム理論の関係
ミクロ経済学(microeconomics)は市場そのものを全体として分析とするのではなく、消費者や生産者など、市場に参加する個々の主体による意思決定を分析対象とします。ゲーム理論もまた個々の主体による意思決定を分析対象とするため、この点においてゲーム理論をミクロ経済学に分類する場合があります。ゲーム理論の特徴は、戦略的相互依存関係を明示的に扱う点にあります。古典的なミクロ経済学では多くの場合、戦略的相互依存関係を明示的な形では考慮しません。具体的には以下の通りです。
古典的なミクロ経済学の中心分野は、消費者(家計)による意思決定を分析対象とする消費者理論(consumer theory)や、生産者(企業)による意思決定を分析と対象とする生産者理論(producer theory)などであり、そこで中心となるのは完全競争市場(perfectly competitive markets)の理論です。
消費者は自身の効用を最大化するために最適な消費行動を行い、生産者は自身の利潤を最大化するために最適な生産行動を行いますが、これらの主体にとって最適な行動は、商品の価格や所得、生産技術などの条件に依存して変化します。そこで、完全競争市場の理論では、価格や所得、生産技術などをモデルの外生条件とみなした上で、これらの条件が変化した場合に、消費者や生産者の行動がどのように変化するかを分析します。一方、個々の主体による意思決定が先の条件に影響を与え得る状況は、完全競争市場の理論の対象外です。
もっとも、消費者たちが一斉に行動を変えれば、市場の需給バランスが変化するため、その結果として市場価格は変化します。この意味において、消費者の行動は条件を変化させます。ただし、このような変化は消費者が集団として実現するものであり、個々の主体が単独で市場価格に影響を与えることはできません。仮に、個々の主体が自身の行動を通じて外生的な条件を変化させられるのであれば、それに応じて他の主体にとっての最適な行動も変化するため、そこでは戦略的相互依存関係が成立します。しかし、完全競争市場の理論では、個々の主体による意思決定が外生的な条件に影響を与える状況を考慮しないため、結果として、戦略的相互依存性を明示的に扱わない理論的枠組みになっています。完全競争市場はゲーム理論の対象ではありません。
とは言え、現実の消費者や生産者が直面するすべての問題を、完全競争市場の理論が想定する状況、すなわちそれぞれの主体は外生的に与えられた条件のもとで効用や利潤を最大化する、というモデルに落とし込むことはできません。具体例を挙げると、複占市場(duopoly market)において競争する2つの企業が自身の利益を最大化しようとする場合、彼らは競争相手の行動を外生的に与えられた条件とはみなしません。なぜなら、彼らはともに莫大な市場シェアを握っているため、各々が単独で商品の価格を始めとする条件を変化させることができるからです。つまり、複占市場において競争する両企業は相互依存的な状況に直面しているため、彼らが直面する意思決定問題を完全競争市場のモデルとして記述したのでは現実を上手く描写できないことになります。
複占市場のように戦略的相互依存性が重要な要因となる場を分析する際にはゲーム理論が役に立ちます。ゲーム理論を活用した複占市場の分析例としては、数量競争を念頭においたクールノーモデル(Cournot model)や、価格競争を念頭においたベルトランモデル(Bertrand model)などがあります。これらについては場を改めて詳しく解説します。
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