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非分割財の交換経済

非分割財の交換問題における安定メカニズム

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安定的なコア

非分割財の交換問題私的価値モデルが与えられたとき、状態\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)において配分\(a_{I}\in A\)が広義コアであることとは、それに対して、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in T,\ \exists j\in T:a_{i}^{\prime }=h_{j} \\
&&\left( b\right) \ \forall i\in T:a_{i}^{\prime }\succ _{i}a_{i}
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}^{\prime }\in A\)とエージェント集合\(T\subset I\)の組が存在しないことを意味します。条件\(\left( a\right) \)は、提携\(T\)に属するエージェントたちが初期保有する商品を交換することを通じて局所的な配分\(a_{T}^{\prime }\)を自力で達成できることを意味し、条件\(\left( b\right) \)は、そのような交換によって提携\(T\)のエージェントたちが狭義にパレート改善可能であることを意味します。したがって、配分\(a_{I}\)が広義コアであることとは、任意の提携が\(a_{I}\)から逸脱して狭義パレート改善できないことを意味します。では、エージェントたちが商品を交換して広義コア\(a_{I}\)が実現した後においても、任意の提携はそこにとどまり続ける動機があるのでしょうか。つまり、エージェントたちが商品を再交換する可能性を考慮してもなお、広義コアは広義コアであり続けるのでしょうか。

以下の例が示唆するように、初期時点において広義コアであるような配分は、商品の交換後においても広義コアであり続けるとは限りません。

例(広義コアの比較)
非分割財の交換問題の私的価値モデルにおいて、エージェント集合が、\begin{equation*}
I=\left\{ 1,2,3\right\}
\end{equation*}であるとともに、任意のエージェント\(i\in I\)の選好関係\(\succsim _{i}\)は完備性と推移性に加えて狭義選好の仮定を満たすものとします。エージェントたちの選好プロファイル\(\succsim _{I}\)が以下の表で与えられているものとします。

$$\begin{array}{cccc}\hline
エージェント\diagdown 順位 & 1 & 2 & 3 \\ \hline
1 & h_{3} & h_{2} & h_{1} \\ \hline
2 & h_{1} & h_{2} & h_{3} \\ \hline
3 & h_{2} & h_{3} & h_{1} \\ \hline
\end{array}$$

表:エージェントの選好

以下の2つの配分\begin{eqnarray*}
a_{I} &=&\left( a_{1},a_{2},a_{3}\right) =\left( h_{3},h_{1},h_{2}\right) \\
a_{I}^{\prime } &=&\left( a_{1}^{\prime },a_{2}^{\prime },a_{3}^{\prime
}\right) =\left( h_{2},h_{1},h_{3}\right)
\end{eqnarray*}はともに先の選好プロファイル\(\succsim _{I}\)のもとで広義コアです(確認してください)。まずは、初期配分\(h_{I}\)を出発点にエージェントたちが商品を交換し、広義コア\(a_{I}\)が実現した状況を想定します。つまり、\(a_{I}\)を初期配分とする新たな交換問題について考えるということです。この新たな交換問題において全員が自身にとって最も望ましい商品を保有しているため、初期配分\(a_{I}\)は依然として広義コアです。続いて、初期配分\(h_{I}\)を出発点にエージェントたちが商品を交換し、広義コア\(a_{I}^{\prime }\)が実現した状況を想定します。つまり、\(a_{I}^{\prime }\)を初期配分とする新たな交換問題について考えるということです。この新たな交換問題において初期配分\(a_{I}^{\prime }\)は広義コアではありません。実際、この新たな交換問題において提携\(\left\{ 1,3\right\} \)に注目すると、エージェント\(1\)は商品\(a_{1}^{\prime }=h_{2}\)を初期保有し、エージェント\(3\)は商品\(a_{3}^{\prime }=h_{3}\)を初期保有していますが、彼らが商品を交換することにより提携\(\left\{1,3\right\} \)は狭義にパレート改善可能だからです。言い換えると、提携\(\left\{ 1,3\right\} \)に属するエージェントたちは商品を再交換する動機を持ちます。

非分割財の交換問題の私的価値モデルが与えられたとき、状態\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)において配分\(a_{I}\in A\)が広義コアであるものとします。さらに、この広義コア\(a_{I}\)を初期配分とする新たな交換問題について考えたとき、\(\succsim _{I}\)において\(a_{I}\)が依然として広義コアであるならば、すなわち、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in T,\ \exists j\in T:a_{i}^{\prime }=a_{j} \\
&&\left( b\right) \ \forall i\in T:a_{i}^{\prime }\succ _{i}a_{i}
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}^{\prime }\in A\)とエージェント集合\(T\subset I\)の組が存在しない場合には、\(\succsim _{I}\)において\(a_{I}\)は安定的(stable)であると言います。

非分割財の交換問題に複数の広義コアが存在する場合、安定的な広義コアはそうではない広義コアよりも頑強です。なぜなら、エージェントたちが商品の再交換を行う可能性を考慮したとき、安定的な広義コアを出発点に商品を再交換しようとする提携は存在しない一方で、安定的ではない広義コアに関しては、そこから商品を再交換しようとする提携が存在し得るからです。

 

安定メカニズム

非分割財の交換問題の私的価値モデルにおいて、メカニズム\(\phi \)が何らかの純粋戦略の組を均衡として遂行可能であるものとします。ただし、表明原理より、正直戦略の組が均衡になるケース、すなわち誘因両立的なメカニズムに対象を限定しても一般性は失われません。状態が\(\succsim _{I}\)である場合、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)のもとではエージェントたちは正直戦略にもとづいて\(\succsim _{I}\)を申告し、その申告に対してメカニズムは配分\(\phi \left( \succsim _{I}\right) \)を定めますが、この配分が\(\succsim _{I}\)のもとで安定的な広義コアであることが保証される場合、このメカニズム\(\phi \)は安定メカニズム(stable mechanism)であると言います。

メカニズムを設計する段階において、制度設計者はどの状態が真の状態であるか分からないため、誘因両立的なメカニズムが安定的であることを保証するためには、起こり得るあらゆる状態において、そこでの均衡配分が安定的な広義コアであることを保証する必要があります。したがって、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)が安定的であることとは、状態\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)を任意に選んだとき、そこでの均衡配分\(\phi \left(\succsim _{I}\right) \in A\)が\(\succsim _{I}\)のもとで広義コアであるとともに、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in T,\ \exists j\in T:a_{i}^{\prime }=\phi
_{j}\left( \succsim _{I}\right) \\
&&\left( b\right) \ \forall i\in T:a_{i}^{\prime }\succ _{i}\phi _{i}\left(
\succsim _{I}\right)
\end{eqnarray*}をともに満たす提携\(T\subset I\)と配分\(a_{I}\in A\)の組が存在しないことを意味します。つまり、状態\(\succsim _{I}\)がいかなるものであるかに関わらず、任意のエージェント\(i\)は自身の真の選好\(\succsim _{i}\)を正直に表明することが均衡になるとともに、均衡配分\(\phi \left( \succsim _{I}\right) \)が\(\succsim _{I}\)のもとで安定的な広義コアになるということです。

メカニズム\(\phi \)のもとでのベイジアンゲーム\(G\left( \phi \right) \)に均衡が存在することを前提としない場合にはどうなるでしょうか。この場合、メカニズム\(\phi \)が安定的であることとは、エージェントたちが申告する選好プロファイル\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)を任意に選んだとき、それに対して\(\phi \)が定める配分\(\phi \left( \succsim_{I}\right) \)が\(\succsim _{I}\)のもとで安定的な広義コアであることを意味します。具体的には、\(\phi \left(\succsim _{I}\right) \)が\(\succsim _{I}\)のもとで広義コアであるとともに、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in T,\ \exists j\in T:a_{i}^{\prime }=\phi
_{j}\left( \succsim _{I}\right) \\
&&\left( b\right) \ \forall i\in T:a_{i}^{\prime }\succ _{i}\phi _{i}\left(
\succsim _{I}\right)
\end{eqnarray*}をすべて満たす提携\(T\subset I\)と配分\(a_{I}\in A\)の組が存在しないということです。これは誘因両立的なメカニズム\(\phi \)が安定的であることを意味する先の条件と形式的には一致します。ただし、この場合、メカニズム\(\phi \)は誘因両立的であるとは限らないため、メカニズムが定める配分はエージェントたちが申告する選好プロファイルのもとで安定的な広義コアである一方で、エージェントたちの真の選好のもとで安定的な広義コアであるとは限りません。つまり、真の意味で安定的な広義コアを遂行するためには、メカニズムは安定的であるとともに誘因両立的である必要があるということです。

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