狭義パレート効率的な配分
非分割財の交換問題において、何らかの均衡を遂行できるような商品交換メカニズムを設計する場合、そもそもどのような均衡を目指すべきかという問題が発生します。制度設計者が何らかの意味において社会的に望ましい均衡を遂行しようとする場合、望ましさの基準として何を採用すべきであるかが問題になります。代表的な基準は効率性(efficiency)です。
非分割財の交換問題において状態\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)を任意に選びます。このとき、2つの配分\(a_{I},a_{I}^{\prime }\in A\)の間に、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in I:a_{I}^{\prime }\ \succsim _{i}^{A}\left[
\succsim _{I}\right] \ a_{I} \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{I}^{\prime }\ \succ _{i}^{A}\left[
\succsim _{I}\right] \ a_{I}
\end{eqnarray*}という条件がともに成り立つ場合、\(\succsim _{I}\)において\(a_{I}^{\prime }\)は\(a_{I}\)を広義パレート支配する(weakly Pareto dominate)と言います。同じことを、\(a_{I}\)は\(a_{I}^{\prime }\)によって広義パレート支配される(weakly Pareto dominated)と言うこともできます。
条件\(\left( a\right) \)は、任意のエージェントにとって\(a_{I}^{\prime }\)が\(a_{I}\)以上に望ましいことを意味し、条件\(\left( b\right) \)は、少なくとも1人のエージェントにとって\(a_{I}^{\prime }\)が\(a_{I}\)よりも望ましいことを意味します。したがって、\(\succsim _{I}\)において\(a_{I}^{\prime }\)が\(a_{I}\)を広義パレートする場合、\(a_{I}\)から\(a_{I}^{\prime }\)へ移行することにより、全員の満足度を低下させることなく少なくとも1人の満足度を高めることができます。そのような意味において、\(a_{I}\)から\(a_{I}^{\prime }\)へ移行することを広義のパレート改善(weakly Pareto improvement)と呼びます。誰かの犠牲を伴わずに誰かの満足度を高めることができるのであれば、それは明らかに望ましい変化です。したがって、広義のパレート改善は目標とすべき指標の1つとして位置付けられます。
a_{i}\succsim _{i}a_{i}^{\prime }
\end{equation*}という関係が成り立つため、エージェント\(i\)が配分どうしを比較する選好\(\succsim _{i}^{A}[\succsim _{I}]\)について考えるかわりに、エージェント\(i\)が商品どうしを比較する選好\(\succsim _{i}\)について考えても一般性は失われません。したがって、状態\(\succsim _{I}\)において配分\(a_{I}^{\prime }\)が配分\(a_{I}\)を広義パレート支配することとは、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in I:a_{i}^{\prime }\succsim _{i}a_{i} \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{i}^{\prime }\succ _{i}a_{i}
\end{eqnarray*}がともに成り立つこととして表現されます。つまり、任意のエージェントにとって\(a_{I}^{\prime }\)のもとで割り当てられる商品が\(a_{I}\)のもとで割り当てられる商品以上に望ましく、なおかつ、少なくとも1人のエージェントにとって\(a_{I}^{\prime }\)のもとで割り当てられる商品が\(a_{I}\)のもとで割り当てられる商品よりも望ましいということです。
状態\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)において配分\(a_{I}\in A\)が他のいかなる配分によっても広義パレート支配されない場合、すなわち、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in I:a_{I}^{\prime }\ \succsim _{i}^{A}\left[
\succsim _{I}\right] \ a_{I} \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{I}^{\prime }\ \succ _{i}^{A}\left[
\succsim _{I}\right] \ a_{I}
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}^{\prime }\in A\)が存在しない場合、\(\succsim _{I}\)において\(a_{I}\)は狭義パレート効率的(strictly Pareto efficient)であると言います。狭義パレート効率的な配分は状態\(\succsim _{I}\)に依存して変化します。つまり、ある状態\(\succsim _{I}\)において狭義パレート効率的な配分が別の状態\(\succsim _{I}^{\prime }\)においても狭義パレート効率的であるとは限りません。
状態\(\succsim _{I}\)において配分\(a_{I}\)が狭義パレート効率的であるものとします。これに対して、\begin{equation*}\exists j\in I:a_{I}^{\prime }\ \succ _{j}^{A}\left[ \succsim _{I}\right] \
a_{I}
\end{equation*}を満たす配分\(a_{I}^{\prime }\)を任意に選びます。\(a_{I}\)から\(a_{I}^{\prime }\)へ移行すると少なくとも1人のエージェント\(j\)の満足度が高まるということです。さて、狭義パレート効率性の定義より\(a_{I}^{\prime }\)は\(a_{I}\)を広義パレート支配しないため、このとき、\begin{equation*}\forall i\in I:a_{I}^{\prime }\ \succsim _{i}^{A}\left[ \succsim _{I}\right]
\ a_{I}
\end{equation*}は成り立たず、したがって、\begin{equation*}
\exists i\in I:a_{I}\ \succ _{i}^{A}\left[ \succsim _{I}\right] \
a_{I}^{\prime }
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、狭義パレート効率的な配分\(a_{I}\)を出発点に、あるエージェント\(j\)の満足度を高める形で別の配分\(a_{I}^{\prime }\)へ移行しようとすると、少なくとも1人のエージェント\(i\)の満足度が下がってしまいます。狭義パレート効率的な配分が与えられたとき、そこから広義パレート改善を実現するのは不可能であるため、狭義パレート効率的な配分は目指すべき目標になり得ます。
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{i}^{\prime }\succ _{i}a_{i}
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}^{\prime }\in A\)が存在しないことを意味します。
I=\left\{ 1,2,3,4\right\}
\end{equation*}であるとともに、任意のエージェント\(i\in I\)の選好関係\(\succsim _{i}\)は完備性と推移性に加えて狭義選好の仮定を満たすものとします。エージェントたちの選好プロファイル\(\succsim _{I}\)が以下の表で与えられているものとします。
$$\begin{array}{ccccc}\hline
プレイヤー\diagdown 順位 & 1 & 2 & 3 & 4 \\ \hline
1 & h_{3} & h_{4} & h_{2} & h_{1} \\ \hline
2 & h_{3} & h_{4} & h_{1} & h_{2} \\ \hline
3 & h_{1} & h_{2} & h_{4} & h_{3} \\ \hline
4 & h_{1} & h_{2} & h_{3} & h_{4} \\ \hline
\end{array}$$
以下の配分\begin{equation*}
a_{I}=\left( a_{1},a_{2},a_{3},a_{4}\right) =\left(
h_{3},h_{4},h_{1},h_{2}\right)
\end{equation*}は先の選好プロファイル\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的です。実際、\(1\)と\(3\)はそれぞれ自身にとって最も望ましい商品を得ているため、彼らが得る商品を変更する形での広義パレート改善は不可能です。その一方で、\(2\)や\(4\)により望ましい商品を与えようとすると\(1\)や\(3\)が得る商品が変わってしまいます。したがって\(a_{I}\)が\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的であることが明らかになりました。以下の配分\begin{equation*}a_{I}^{\prime }=\left( a_{1}^{\prime },a_{2}^{\prime },a_{3}^{\prime
},a_{4}^{\prime }\right) =\left( h_{4},h_{3},h_{2},h_{1}\right)
\end{equation*}もまた先の選好プロファイル\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的です。実際、\(2\)と\(4\)はそれぞれ自身にとって最も望ましい商品を得ているため、彼らが得る商品を変更する形での広義パレート改善は不可能です。その一方で、\(1\)や\(3\)により望ましい商品を与えようとすると\(2\)や\(4\)が得る商品が変わってしまいます。したがって\(a_{I}^{\prime }\)が\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的であることが明らかになりました。以下の配分\begin{equation*}a_{I}^{\prime \prime }=\left( a_{1}^{\prime \prime },a_{2}^{\prime \prime
},a_{3}^{\prime \prime },a_{4}^{\prime \prime }\right) =\left(
h_{1},h_{2},h_{3},h_{4}\right)
\end{equation*}は先の選好プロファイル\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的ではありません。実際、先の\(a_{I}\)や\(a_{I}^{\prime }\)へ移行することにより広義パレート改善可能だからです。
狭義事後効率的なメカニズム
非分割財の交換問題におけるメカニズム\(\phi \)が何らかの純粋戦略の組を均衡として遂行可能であるものとします。ただし、表明原理より、正直戦略の組が均衡になるケース、すなわち誘因両立的なメカニズムに対象を限定しても一般性は失われません。状態が\(\succsim _{I}\)である場合、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)のもとではエージェントたちは正直戦略にもとづいて\(\succsim _{I}\)を申告し、その申告に対してメカニズムは均衡配分\(\phi \left( \succsim _{I}\right) \)を定めますが、この配分が\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的であることが保証される場合、このメカニズム\(\phi \)は狭義事後効率的(strictly ex-post efficient)であると言います。
メカニズムを設計する段階において、制度設計者はどの状態が真の状態であるか分からないため、誘因両立的なメカニズムが狭義事後効率的であることを保証するためには、起こり得るあらゆる状態において、そこでの均衡配分が狭義パレート効率的であることを保証する必要があります。したがって、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)が狭義事後効率的であることとは、状態\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)を任意に選んだとき、そこでの均衡配分\(\phi \left(\succsim _{I}\right) \in A\)に対して、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in I:a_{I}\ \succsim _{i}^{A}\left[ \succsim
_{I}\right] \ \phi \left( \succsim _{I}\right) \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{I}\ \succ _{i}^{A}\left[ \succsim _{I}\right] \ \phi \left( \succsim _{I}\right)
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}\in A\)が存在しないことを意味します。
メカニズム\(\phi \)のもとでのベイジアンゲーム\(G\left( \phi \right) \)に均衡が存在することを前提としない場合にはどうなるでしょうか。この場合、メカニズム\(\phi \)が狭義事後効率的であることとは、エージェントたちが申告する選好プロファイル\(\succsim _{I}\in \mathcal{R}_{I}\)を任意に選んだとき、それに対して\(\phi \)が定める配分\(\phi \left( \succsim _{I}\right) \)が\(\succsim _{I}\)のもとで狭義パレート効率的であること、すなわち、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in I:a_{I}\ \succsim _{i}^{A}\left[ \succsim
_{I}\right] \ \phi \left( \succsim _{I}\right) \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{I}\ \succ _{i}^{A}\left[ \succsim _{I}\right] \ \phi \left( \succsim _{I}\right)
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}\in A\)が存在しないことを意味します。これは誘因両立的なメカニズム\(\phi \)が狭義事後効率的であることを意味する先の条件と形式的には一致します。ただし、この場合、メカニズム\(\phi \)は誘因両立的であるとは限らないため、メカニズムが定めるマッチングはエージェントたちが申告する選好プロファイルのもとで狭義パレート効率的である一方で、エージェントたちの真の選好のもとで狭義パレート効率的であるとは限りません。つまり、真の意味で狭義パレート効率的な配分を遂行するためには、メカニズムは狭義事後効率的であるとともに誘因両立的である必要があるということです。
\succsim _{I}\right) \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{i}\succ _{i}\phi _{i}\left( \succsim
_{I}\right)
\end{eqnarray*}ともに満たす配分\(a_{I}\in A\)が存在しないことを意味します。つまり、状態\(\succsim _{I}\)がいかなるものであるかに関わらず、任意のエージェント\(i\)は自身の真の選好\(\succsim _{i}\)を正直に表明することが均衡になるとともに、均衡配分\(\phi \left( \succsim _{I}\right) \)が\(\succsim_{I}\)のもとで狭義パレート効率的であるということです。一方、メカニズム\(\phi \)が均衡を持つことを前提としない場合、\(\phi \)が狭義事後効率的であることは、エージェントたちが申告する\(\succsim_{I}\in \mathcal{R}_{I}\)を任意に選んだとき、それに対して\(\phi \)が定める配分\(\phi \left(\succsim _{I}\right) \in A\)に対して、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall i\in I:a_{i}\succsim _{i}\phi _{i}\left(
\succsim _{I}\right) \\
&&\left( b\right) \ \exists i\in I:a_{i}\succ _{i}\phi _{i}\left( \succsim
_{I}\right)
\end{eqnarray*}をともに満たす配分\(a_{I}\in A\)が存在しないことを意味します。両者は形式的に同じですが、意味合いは異なるため注意が必要です。
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