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1対1のマッチング問題

1対1のマッチング問題における個人合理的メカニズム

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個人合理的なメカニズム

1対1のマッチング問題において何らかの均衡を遂行できるマッチングメカニズムの設計に成功した場合においても、そもそもエージェントたちがメカニズムに参加しなければ、メカニズムが意図するマッチングを遂行できなくなってしまいます。ただ、マッチメイカーはエージェントたちに対してメカニズムに参加するよう強制できるとは限りません。エージェントたちをメカニズムへ参加させるためには、エージェントたちがメカニズムに参加しても損をしないことを制度の中で保証する必要があります。

何らかの均衡を遂行するメカニズムが与えられたとき、すべてのエージェントにとって、均衡において直面する結果が、メカニズムに参加しない場合に直面する結果以上に望ましいことが保証されている場合、そのようなメカニズムは個人合理的(individual rational)であると言います。

エージェントは個人合理的なメカニズムに参加しても損することはありません。したがって、個人合理性はすべてのエージェントをメカニズムに参加させる上で最低限必要な条件です。このような意味において、個人合理性は参加制約(participation constraint)とも呼ばれます。

 

個人合理的なマッチング

1対1のマッチング問題において状態\(\succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup W}\)を任意に選びます。初期マッチングを\(\mu _{I}\in \mathcal{M}\)で表記します。つまり、\begin{equation*}\forall i\in M\cup W:\mu _{I}\left( i\right) =i
\end{equation*}です。このとき、マッチング\(\mu \in \mathcal{M}\)が、\begin{equation*}\forall i\in M\cup W:\mu \succsim _{i}^{\mathcal{M}}\left[ \succsim
_{M\cup W}\right] \ \mu _{I}
\end{equation*}を満たすのであれば、つまり、任意のエージェントにとってマッチング\(\mu \)が初期マッチング\(\mu _{I}\)以上に望ましい場合には、\(\succsim _{M\cup W}\)において\(\mu \)は個人合理的(indivisual rational)であると言います。一般に、個人合理的なマッチングは状態\(\succsim _{M\cup W}\)に依存して変化します。つまり、ある状態\(\succsim _{M\cup W}\)において個人合理的なマッチングが、別の状態\(\succsim_{M\cup W}^{\prime }\)においても個人合理的であるとは限りません。状態\(\succsim _{M\cup W}\)を任意に選んだとき、\begin{equation*}\forall i\in M\cup W:\mu_{I} \succsim_{i}^{\mathcal{M}}\left[ \succsim _{M\cup W}\right] \ \mu _{I}
\end{equation*}という関係が明らかに成り立ちます。つまり、初期マッチング\(\mu _{I}\)は常に個人合理的です。これは、1対1のマッチング問題には個人合理的な配分が必ず存在することを意味します。

例(私的価値モデルの場合)
1対1のマッチング問題の私的価値モデルにおいては、任意のエージェント\(i\in M\cup W\)および任意のマッチング\(\mu,\mu ^{\prime }\in \mathcal{M}\)に対して、\begin{equation*}\mu \succsim _{i}^{\mathcal{M}}\left[ \succsim _{M\cup W}\right] \ \mu
^{\prime }\Leftrightarrow \mu \left( i\right) \succsim _{i}\mu ^{\prime
}\left( i\right)
\end{equation*}という関係が成り立つため、エージェント\(i\)がマッチングどうしを比較する選好\(\succsim_{i}^{\mathcal{M}}\left[ \succsim _{M\cup W}\right] \)について考えるかわりに、エージェント\(i\)がマッチし得る相手どうしを比較する選好\(\succsim _{i}\)について考えても一般性は失われません。したがって、状態\(\succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup W}\)においてマッチング\(\mu \in \mathcal{M}\)が個人合理的であることとは、\begin{equation*}\forall i\in M\cup W:\mu \left( i\right) \succsim _{i}i
\end{equation*}が成り立つことを意味します。つまり、任意のエージェント\(i\)にとって、マッチング\(\mu \)のもとで自身とマッチする相手\(\mu \left( i\right) \)が誰ともマッチしないこと\(i\)以上に望ましいということです。
例(個人合理的なマッチング)
1対1のマッチング問題の私的価値モデルにおいて、エージェント集合が、\begin{eqnarray*}
M &=&\left\{ m_{1},m_{2},m_{3}\right\} \\
W &=&\left\{ w_{1},w_{2},w_{3}\right\}
\end{eqnarray*}であるとともに、任意のエージェント\(i\in M\cup W\)の選好関係\(\succsim _{i}\)は完備性と推移性に加えて狭義選好の仮定を満たすものとします。具体的には、エージェントたちの選好プロファイル\(\succsim _{M\cup W}\)が以下の表によって与えられているものとします。

$$\begin{array}{ccccc}\hline
プレイヤー\diagdown 順位 & 1 & 2 & 3 & 4 \\ \hline
m_{1} & w_{1} & w_{3} & w_{2} & m_{1} \\ \hline
m_{2} & w_{3} & w_{1} & w_{2} & m_{2} \\ \hline
m_{3} & w_{1} & w_{3} & m_{3} & w_{2} \\ \hline
w_{1} & m_{2} & m_{3} & m_{1} & w_{1} \\ \hline
w_{2} & m_{3} & m_{2} & w_{2} & m_{1} \\ \hline
w_{3} & m_{2} & m_{1} & m_{3} & w_{3} \\ \hline
\end{array}$$

表:プレイヤーの選好

以下のマッチング\begin{equation*}
\mu =\begin{pmatrix}
m_{1} & m_{2} & m_{3} \\
w_{1} & w_{2} & w_{3}\end{pmatrix}\end{equation*}に注目すると、先の選好プロファイル\(\succsim_{M\cup W}\)のもとではそれぞれのエージェントについて、\begin{eqnarray*}\mu \left( m_{1}\right) &=&w_{1}\succsim _{m_{1}}m_{1} \\
\mu \left( m_{2}\right) &=&w_{2}\succsim _{m_{2}}m_{2} \\
\mu \left( m_{3}\right) &=&w_{3}\succsim _{m_{3}}m_{3} \\
\mu \left( w_{1}\right) &=&m_{1}\succsim _{w_{1}}w_{1} \\
\mu \left( w_{2}\right) &=&m_{2}\succsim _{w_{2}}w_{2} \\
\mu \left( w_{3}\right) &=&m_{3}\succsim _{w_{3}}w_{3}
\end{eqnarray*}がいずれも成り立つため、\(\succsim _{M\cup W}\)において\(\mu \)は個人合理的です。以下のマッチング\begin{equation*}\mu ^{\prime }=\begin{pmatrix}
m_{1} & m_{2} & m_{3} \\
w_{1} & w_{3} & w_{2}\end{pmatrix}\end{equation*}に注目すると、先の選好プロファイル\(\succsim_{M\cup W}\)のもとではエージェント\(m_{3}\)について、\begin{equation*}m_{3}\succ _{m_{3}}w_{2}=\mu ^{\prime }\left( m_{3}\right)
\end{equation*}が成り立つため、\(\succsim_{M\cup W}\)において\(\mu ^{\prime }\)は個人合理的ではありません。

 

事後個人合理的なメカニズム

1対1のマッチング問題におけるメカニズム\(\phi \)が何らかの純粋戦略の組を均衡として遂行可能であるものとします。ただし、表明原理より、正直戦略の組が均衡になるケース、すなわち誘因両立的なメカニズムに対象を限定しても一般性は失われません。以上の条件のもとで、すべてのエージェントにはなおもメカニズムから逸脱しようとするインセンティブがない場合には、そのメカニズムは事後個人合理的(ex-post individualrational)であると言います。

状態が\(\succsim _{M\cup W}\)である場合、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)のもとではエージェントたちは正直戦略にもとづいて\(\succsim _{M\cup W}\)を申告し、その申告に対してメカニズムはマッチング\(\phi \left( \succsim _{M\cup W}\right) \)を定め、そのマッチングにおいてそれぞれのエージェント\(i\)は相手\(\phi_{i}\left( \succsim _{M\cup W}\right) \)とマッチします。一方、エージェント\(i\)がメカニズムに参加しない場合には初期マッチング\(\mu_{I}\)におけるマッチ相手\(\mu _{I}\left( i\right) =i\)に相当する誰ともマッチしないという結果に直面します。メカニズムを設計する段階において、マッチメイカーはどの状態が真の状態であるか分からないため、メカニズムが事後個人合理的であることを保証するためには、起こり得るあらゆる状態において、任意のエージェントが任意の均衡において直面するマッチングが初期マッチング以上に望ましいことを保証する必要があります。したがって、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)が事後個人合理的であることとは、\begin{equation}\forall i\in M\cup W,\ \forall \succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup
W}:\phi \left( \succsim _{M\cup W}\right) \ \succsim _{i}^{\mathcal{M}}\left[
\succsim _{M\cup W}\right] \ \mu _{I} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことを意味します。

メカニズム\(\phi \)に均衡が存在することを前提としない場合にはどうなるでしょうか。この場合、メカニズム\(\phi \)が個人合理的であることとは、エージェントたちが申告する選好プロファイル\(\succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup W}\)を任意に選んだとき、それに対して\(\phi \)が定めるマッチング\(\phi \left(\succsim _{M\cup W}\right) \)が\(\succsim _{M\cup W}\)のもとで個人合理的であること、すなわち、\begin{equation*}\forall \succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup W},\ \forall i\in M\cup
W:\phi \left( \succsim _{M\cup W}\right) \ \succsim _{i}^{\mathcal{M}}\left[
\succsim _{M\cup W}\right] \ \mu _{I}
\end{equation*}が成り立つこととして定義されます。この条件は形式的には\(\left( 1\right) \)と一致します。ただし、この場合、メカニズム\(\phi \)は誘因両立的であるとは限らないため、メカニズムが定めるマッチングはエージェントたちが申告する選好のもとで個人合理的である一方で、エージェントたちの真の選好のもとで個人合理的であるとは限りません。つまり、真の意味で個人合理的なマッチングを遂行するためには、メカニズムは事後個人合理的であるとともに誘因両立的である必要があるということです。

例(私的価値モデルの場合)
1対1のマッチング問題の私的価値モデルにおいては、任意のエージェント\(i\)について、マッチし得る相手どうしを比較する選好\(\succsim _{i}\)とマッチングどうしを比較する選好\(\succsim _{i}^{\mathcal{M}}\left[ \succsim _{M\cup W}\right] \)は実質的に等しくなります。したがって、誘因両立的なメカニズム\(\phi \)が事後個人合理的であることとは、\begin{equation}\forall i\in M\cup W,\ \forall \succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup
W}:\phi _{i}\left( \succsim _{M\cup W}\right) \succsim _{i}i \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つことを意味します。つまり、状態\(\succsim _{M\cup W}\)がいかなるものであるかに関わらず、任意のエージェント\(i\)は自身の真の選好\(\succsim _{i}\)を正直に表明することが均衡になるとともに、均衡マッチング\(\phi \left( \succsim _{M\cup W}\right) \)において、真の選好\(\succsim _{i}\)のもとで誰ともマッチしないこと以上に望ましいものと評価する相手\(\phi _{i}\left(\succsim _{M\cup W}\right) \)とマッチできることが保証されているということです。一方、メカニズム\(\phi \)が均衡を持つことを前提としない場合、\(\phi \)が事後個人合理的であることとは、\begin{equation*}\forall \succsim _{M\cup W}\in \mathcal{R}_{M\cup W},\ \forall i\in M\cup
W:\phi _{i}\left( \succsim _{M\cup W}\right) \succsim _{i}i
\end{equation*}が成り立つことを意味しますが、これは形式的には\(\left( 1\right) \)と一致します。つまり、エージェントたちが申告する選好\(\succsim _{M\cup W}\)がいかなるものであるかに関わらず、任意のエージェント\(i\)は、自身が表明した選好\(\succsim _{i}\)のもとで誰ともマッチしないこと以上に望ましいものと評価する相手\(\phi _{i}\left( \succsim_{M\cup W}\right) \)とマッチでできることが保証されているということです。
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