教材一覧
教材一覧
教材検索

ベクトル空間

ベクトル空間の定義と具体例

目次

前のページ:

体の定義と具体例

次のページ:

ベクトル加法の性質

Twitterで共有
メールで共有

ベクトル空間の定義

\(K\)と非空の集合\(V\)が与えられているものとします。さらに、集合\(V\)上にはベクトル加法(vector addition)と呼ばれる二項演算\(+\)が定義されており、体\(K\)と集合\(V\)上にはスカラー乗法(scalar multiplication)と呼ばれる二項演算が定義されているものとします。

ベクトル加法\(+\)が\(V\)の要素を成分とする順序対\(\left( x,y\right) \in V\times V\)に対して定める\(V\)の要素を、\begin{equation*}x+y\in V
\end{equation*}で表記し、これを\(x\)と\(y\)のベクトル和(vector sum)と呼びます。\(\left( x,y\right) \)にベクトル加法\(+\)を作用させることを\(x\)と\(y\)を足す(add)と言います。二項演算の定義より、\begin{equation*}\forall x,y\in V:x+y\in V
\end{equation*}が成り立ちますが、このことを指して\(V\)はベクトル加法\(+\)について閉じている(closed)と言います。つまり、\(V\)の任意の2つの要素のベクトル和が\(V\)の要素になることが保証されているということです。

スカラー乗法が\(K\)の要素と\(V\)の要素を成分とする順序対\(\left( a,x\right) \in K\times V\)に対して定める\(V\)の要素を、\begin{equation*}ax\in V
\end{equation*}で表記し、これを\(a\)と\(x\)のスカラー倍(scalarproduct)と呼びます。\(\left(a,x\right) \)にスカラー乗法を作用させることを\(x\)に\(a\)を掛ける(multiply)と言います。二項演算の定義より、\begin{equation*}\forall a\in K,\ \forall x\in V:ax\in V
\end{equation*}が成り立ちますが、このことを指して\(V\)はスカラー乗法について閉じている(closed)と言います。つまり、\(V\)の任意の要素の任意のスカラー倍が\(V\)の要素になることが保証されているということです。

集合\(V\)の要素をベクトル(vector)と呼び、体\(K\)の要素をスカラー(scalar)と呼びます。体\(K\)および集合\(V\)上に定義されたベクトル加法とスカラー乗法が以下の性質を満たすとき、\(V\)を\(K\)上のベクトル空間(vector space)や線型空間(linear space)などと呼びます。

1つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{1}\right) \ \forall x,y,z\in V:\left( x+y\right) +z=x+\left(
y+z\right)
\end{equation*}であり、これをベクトル加法に関する結合律(associative law)と呼びます。括弧\(\left( \ \right) \)はベクトル加法\(+\)を適用する順番を表す記号です。つまり、左辺\(\left( x+y\right) +z\)は、はじめに\(x\)と\(y\)を足した上で、得られた結果\(x+y\)と\(z\)をさらに足して得られる結果です。右辺の\(x+\left(y+z\right) \)は、はじめに\(y\)と\(z\)を足した上で、\(x\)と先の結果を足して得られる結果です。結合律はこれらの結果が等しいことを保証します。つまり、3つのベクトル\(x,y,z\)に対してベクトル加法を適用する際には、隣り合うどの2つを先に足しても得られる結果は変わらないということです。

2つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{2}\right) \ \exists 0\in V,\ \forall x\in V:x+0=x
\end{equation*}というものです。これは、任意のベクトル\(x\)に足してもその結果が\(x\)のままであるようなベクトル\(0\)の存在を保証しています。このようなベクトル\(0\)をベクトル加法単位元(identity element of vector addition)やゼロベクトル(zero vector)などと呼びます。

3つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{3}\right) \ \forall x\in V,\ \exists -x\in V:x+\left( -x\right) =0
\end{equation*}というものです。これは、それぞれのベクトル\(x\)に対して、それに足すと結果がゼロベクトルになるようなベクトル\(-x\)の存在を保証しています。このベクトル\(-x\)を\(x\)のベクトル加法逆元(inverse element of vector addition)と呼びます。

4つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{4}\right) \ \forall x,y\in V:x+y=y+x
\end{equation*}であり、これをベクトル加法に関する交換律(commutative law)と呼びます。本来、2つのベクトル\(x,y\)に関する順序対\(\left( x,y\right) ,\left( y,x\right) \)は異なるものとして区別されるため、\(\left( x,y\right) \)に\(+\)を適用して得られる\(x+y\)と\(\left( y,x\right) \)に\(+\)を適用して得られる\(y+x\)もまた区別されるべきですが、上の公理はこれらが等しいことを保証します。

5つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{5}\right) \ \forall a,b\in K,\ \forall x\in V:a\left( bx\right)
=\left( a\cdot b\right) x
\end{equation*}であり、これを乗法とスカラー乗法の間の互換性(compatibility)と呼びます。ただし、右辺中の\(\cdot \)は体\(K\)上の乗法を表す記号です。これは、ベクトルをスカラー\(b\)倍して得られるベクトル\(bx\)をさらにスカラー\(a\)倍して得られるベクトルが、ベクトル\(x\)のスカラー\(a\cdot b\)倍と一致することを保証します。

6つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{6}\right) \ \exists 1\in K,\ \forall x\in V:1x=x
\end{equation*}というものです。これは、任意のベクトル\(x\)に掛けてもその結果が\(x\)のままであるようなスカラー\(1\)の存在を保証するとともに、これは体\(K\)上の乗法単位元と一致するという主張です。このようなスカラー\(1\)をスカラー乗法単位元(identity element of scalar multiplication)と呼ぶこともできます。つまり、スカラー乗法単位元は乗法単位元と一致します。

7つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{7}\right) \ \forall a\in K,\ \forall x,y\in V:a\left( x+y\right)
=ax+ay
\end{equation*}というものであり、これをベクトル加法に関するスカラー乗法の分配律(distributivity of
scalar multiplication with respect to vector addition)と呼びます。これは、ベクトル和のスカラー倍が、スカラー倍どうしのベクトル和と一致することを保証します。

8つ目の公理は、\begin{equation*}
\left( V_{8}\right) \ \forall a,b\in K,\ \forall x\in V:\left( a+b\right)
x=ax+bx
\end{equation*}というものであり、これを加法に関するスカラー乗法の分配律(distributivity of scalar multiplication with respect to addition)と呼びます。ただし、左辺中の\(+\)はスカラー\(K\)上の加法を表す記号です。これは、ベクトル\(x\)をスカラー\(a+b\)倍して得られるベクトルが、ベクトル\(x\)のスカラー\(a\)倍して得られるベクトルと、ベクトル\(x\)をスカラー\(b\)倍して得られるベクトルのベクトル和と一致することを保証します。

ベクトル空間を規定する公理は以上の通りです。通常、体\(K\)上のベクトル空間\(V\)を\(\left(K,V\right) \)で表記しますが、体が\(K\)であることが文脈から明らかである場合には、これをシンプルに\(V\)と表記することもできます。また、体\(K\)がベクトル空間\(\left( K,V\right) \)を構成する場合、\(K\)をスカラー場(scalar field)や係数体(field of scalars)などと呼びます。

定義(ベクトル空間)
体\(K\)および非空な集合\(V\)上に定義されたベクトル加法とスカラー乗法と呼ばれる2つの二項演算が以下の公理\begin{eqnarray*}&&\left( V_{1}\right) \ \forall x,y,z\in V:\left( x+y\right) +z=x+\left(
y+z\right) \\
&&\left( V_{2}\right) \ \exists 0\in V,\ \forall x\in V:x+0=x \\
&&\left( V_{3}\right) \ \forall x\in V,\ \exists -x\in V:x+\left( -x\right)
=0 \\
&&\left( V_{4}\right) \ \forall x,y\in V:x+y=y+x \\
&&\left( V_{5}\right) \ \forall a,b\in K,\ \forall x\in V:a\left( bx\right)
=\left( a\cdot b\right) x \\
&&\left( V_{6}\right) \ \exists 1\in K,\ \forall x\in V:1x=x \\
&&\left( V_{7}\right) \ \forall a\in K,\ \forall x,y\in V:a\left( x+y\right)
=ax+ay \\
&&\left( V_{8}\right) \ \forall a,b\in K,\ \forall x\in V:\left( a+b\right)
x=ax+bx
\end{eqnarray*}を満たす場合、\(V\)を\(K\)上のベクトル空間と呼ぶ。

ベクトル空間を規定する\(\left( V_{1}\right) \)から\(\left( V_{8}\right) \)までの公理をベクトル空間の公理系と呼びます。公理によってベクトル空間という概念を定義した以上、ベクトル空間に関する主張はすべてベクトル空間の公理系から導く必要があります。

 

ベクトル空間の具体例

以下はベクトル空間の具体例です。

例(実ベクトル空間)
スカラー場として実数体\(\mathbb{R} \)を、ベクトル集合として実\(n\)次元空間\(\mathbb{R} ^{n}\)を採用します。その上で、2つ点\(x,y\in \mathbb{R} ^{n}\)に対してベクトル和を、\begin{equation*}x+y=\left( x_{1}+y_{1},\cdots ,x_{n}+y_{n}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(+\)は実数体\(\mathbb{R} \)における加法を表す記号です。さらに、スカラー\(a\in \mathbb{R} \)と点\(x\in \mathbb{R} ^{n}\)に対してスカラー倍を、\begin{equation*}ax=\left( a\cdot x_{1},\cdots ,a\cdot x_{n}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(\cdot \)は実数体\(\mathbb{R} \)における乗法を表す記号です。このように定義された\(\mathbb{R} ^{n}\)は実数体\(\mathbb{R} \)上のベクトル空間であり(演習問題)、実ベクトル空間(real vector space)と呼ばれます。
例(有理ベクトル空間)
スカラー場として有理数体\(\mathbb{Q} \)を、ベクトル集合として有理\(n\)次元空間\(\mathbb{Q} ^{n}\)を採用します。その上で、2つの点\(x,y\in \mathbb{Q} ^{n}\)に対してベクトル和を、\begin{equation*}x+y=\left( x_{1}+y_{1},\cdots ,x_{n}+y_{n}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(+\)は有理数体\(\mathbb{Q} \)における加法を表す記号です。さらに、スカラー\(a\in \mathbb{Q} \)と点\(x\in \mathbb{Q} ^{n}\)に対してスカラー倍を、\begin{equation*}ax=\left( a\cdot x_{1},\cdots ,a\cdot x_{n}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(\cdot \)は有理数体\(\mathbb{Q} \)における乗法を表す記号です。このように定義された\(\mathbb{Q} ^{n}\)は有理数体\(\mathbb{Q} \)のベクトル空間であり(演習問題)、有理ベクトル空間(rational vector space)と呼ばれます。
例(複素ベクトル空間)
スカラー場として複素数体\(\mathbb{C} \)を、ベクトル集合として複素\(n\)次元空間\(\mathbb{C} ^{n}\)を採用します。その上で、2つの点\(x,y\in \mathbb{C} ^{n}\)に対してベクトル和を、\begin{equation*}x+y=\left( x_{1}+y_{1},\cdots ,x_{n}+y_{n}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(+\)は複素数体\(\mathbb{C} \)における加法を表す記号です。さらに、スカラー\(a\in \mathbb{C} \)と点\(x\in \mathbb{C} ^{n}\)に対してスカラー倍を、\begin{equation*}ax=\left( a\cdot x_{1},\cdots ,a\cdot x_{n}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(\cdot \)は複素数体\(\mathbb{C} \)における乗法を表す記号です。このように定義された\(\mathbb{C} ^{n}\)は複素数体\(\mathbb{C} \)上のベクトル空間であり(演習問題)、複素ベクトル空間(complex vector space)と呼ばれます。
例(ゼロベクトル空間)
スカラー場として任意の体\(K\)を、ベクトル集合\(V\)としてゼロベクトルだけからなる集合\begin{equation*}V=\left\{ 0\right\}
\end{equation*}を採用します。その上で、\(V\)上のベクトル和を、\begin{equation*}0+0=0
\end{equation*}と定義し、スカラー\(a\in K\)とベクトル\(0\in V\)のスカラー倍を、\begin{equation*}a0=0
\end{equation*}と定義します。このように定義された\(V\)は体\(K\)上のベクトル空間であり(演習問題)、ゼロベクトル空間(zero vector space)と呼ばれます。
例(行列空間)
スカラー場として任意の体\(K\)を、ベクトル集合として\(K\)の要素を成分として持つすべての\(m\times n\)行列からなる集合\(M_{m,n}\left( K\right) \)を採用します。2つの行列\(A,B\in M_{m,n}\left( K\right) \)を任意に選びます。ただし、\begin{equation*}A=\left( a_{ij}\right) ,\quad B=\left( b_{ij}\right)
\end{equation*}です。その上で、これらのベクトル加法を、\begin{equation*}
A+B=\left( a_{ij}+b_{ij}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(+\)は体\(K\)における加法を表す記号です。つまり、ベクトル加法として行列加法を採用するということです。さらに、スカラー\(k\in K\)と行列\(A\in M_{m,n}\left( K\right) \)を任意に選びます。ただし、\begin{equation*}A=\left( a_{ij}\right)
\end{equation*}です。その上で、スカラー倍を、\begin{equation*}
kA=\left( k\cdot a_{ij}\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(\cdot \)は体\(K\)における乗法を表す記号です。つまり、ベクトルのスカラー乗法として行列のスカラー乗法を採用するということです。このように定義された\(M_{m,n}\left( K\right) \)は体\(K\)上のベクトル空間です(演習問題)。
例(多項式関数空間)
スカラー場として任意の体\(K\)を採用します。その上で、\(K\)の要素を変数および係数として持つ多項式からなる集合を\(V\)で表します。つまり、\(V\)の要素である関数\(f:K\rightarrow K\)がそれぞれの\(x\in K\)に対して定める値は、何らかの非負の整数\(n\in \mathbb{Z} _{+}\)と係数\(c_{k}\in K\ \left( k=0,1,\cdots ,n\right) \)を用いて、\begin{equation*}f\left( x\right) =c_{0}+c_{1}x+c_{2}x^{2}+\cdots +c_{n}x^{n}
\end{equation*}と表されるということです。2つの多項式関数\(f,g\in V\)を任意に選んだとき、ベクトル加法を、\begin{equation*}\left( f+g\right) \left( x\right) =f\left( x\right) +g\left( x\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(+\)は体\(K\)における加法を表す記号です。つまり、ベクトル加法として関数どうしの和を採用するということです。さらに、スカラー\(k\in K\)と多項式関数\(f\in V\)を任意に選んだとき、スカラー乗法を、\begin{equation*}\left( af\right) \left( x\right) =a\cdot f\left( x\right)
\end{equation*}と定義します。ただし、右辺の\(