確実同値額の測定
何らかの行動を選択した場合、実際に起こり得る結果として複数の候補が存在し、なおかつ、その中のどの結果が実際に起こるかが完全に予測できない状況、すなわちランダムネスが成立している状況を想定した上で、そのような状況において意思決定主体が直面する個々の選択肢がクジとして定式化されているものとします。起こり得るすべての結果からなる集合\(X\)が有限集合や可算集合である場合、クジとは、それぞれの結果\(x\in X\)に対して、その結果が起こる確率\(L\left( x\right) \in \mathbb{R} \)を特定する関数\begin{equation*}L:X\rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}として表現されます。一方、結果集合\(X\)が数直線\(\mathbb{R} \)上の区間などの非可算集合である場合、クジ\(L\)は確率密度関数\begin{equation*}f_{L}:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}として表現されます。主体が直面するすべてのクジからなる集合を\(\mathcal{L}\)で表記します。
主体がクジどうしを比較する評価体系が期待効用関数\begin{equation*}
U:\mathcal{L}\rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}として表現されている状況を想定します。つまり、クジ\(L\in \mathcal{L}\)の期待効用が、\begin{eqnarray*}U\left( L\right) &=&\sum_{n=1}^{N}\left[ L\left( x_{n}\right) \cdot u\left(
x_{n}\right) \right] \quad \because X\text{が有限集合である場合} \\
&=&\sum_{n=1}^{\infty }\left[ L\left( x_{n}\right) \cdot u\left(
x_{n}\right) \right] \quad \because X\text{が可算集合である場合} \\
&=&\int_{-\infty }^{+\infty }\left[ u\left( x\right) \cdot f_{L}\left(
x\right) \right] dx\quad \because X\text{が}\mathbb{R} \text{上の区間である場合}
\end{eqnarray*}として定まるということです。ただし、\begin{equation*}
u:\mathbb{R} \supset D\left( u\right) \rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}はベルヌーイ効用関数です。\(D\left( u\right) \)は\(u\)の定義域を表す記号です。
ベルヌーイ関数\(u:\mathbb{R} \supset D\left( u\right) \rightarrow \mathbb{R} \)を持つ主体にとってのクジ\(L\in \mathcal{L}\)の確実同値額は、以下の条件\begin{equation*}u\left( c\left( L,u\right) \right) =U\left( L\right)
\end{equation*}を満たす結果\(c\left( L,u\right) \in X\)として定義されます。個々の結果が金銭である場合、以上の事実は、クジ\(L\)を金銭換算したものが確実同値額\(c\left( L,u\right) \)であることを意味します。
主体のベルヌーイ関数\(u:\mathbb{R} \supset D\left( u\right) \rightarrow \mathbb{R} \)が単調増加であることを認める場合には、以下の関係\begin{eqnarray*}\text{リスク回避的} &\Leftrightarrow
&\forall L\in \mathcal{L}:E\left( L\right) \geq c\left( L,u\right) \\
\text{リスク中立的} &\Leftrightarrow
&\forall L\in \mathcal{L}:E\left( L\right) =c\left( L,u\right) \\
\text{リスク愛好的} &\Leftrightarrow
&\forall L\in \mathcal{L}:E\left( L\right) \leq c\left( L,u\right)
\end{eqnarray*}が成り立ちます。つまり、それぞれのクジ\(L\)について、結果の期待値\(E\left( L\right) \)と確実同値額を\(c\left( L,u\right) \)を比較すれば、主体のリスク選好を明らかにできるということです。クジ\(L\)のもとでの結果の期待値は、\begin{eqnarray*}E\left( L\right) &=&\sum_{n=1}^{N}\left[ L\left( x_{n}\right) \cdot x_{n}\right] \quad \because X\text{が有限集合である場合} \\
&=&\sum_{n=1}^{\infty }\left[ L\left( x_{n}\right) \cdot x_{n}\right] \quad
\because X\text{が可算集合である場合} \\
&=&\int_{-\infty }^{+\infty }xf_{L}\left( x\right) dx\quad \because X\text{が}\mathbb{R} \text{上の区間である場合}
\end{eqnarray*}と計算できますが、クジ\(L\)の確実同値額\begin{equation*}c\left( L,u\right)
\end{equation*}はどのようにして測定できるのでしょうか。
クジの確実同値額は主体がクジに対して主観的に付与する価格のようなものであり、第三者が外部から観察することはできません。被験者に対してクジを提示し、その確実同値額を尋ねたとしても、状況によっては、被験者は確実同値額を正直に答えてくれるとは限りません。ただし、このような問題は解決可能です。BDMメカニズム(Becker, DeGroot and Marshak
mechanism)と呼ばれるメカニズムを用いた実験のもとでは、被験者に対して、提示されたクジの確実同値額を正直に申告するよう動機づけることが理論的に可能になります。
BDMメカニズム(Becker-DeGroot-Marschakメカニズム)
BDMメカニズムとは、以下の手順として定義されるメカニズムです。
- 実験者はクジ\(L\)を選択した上で、そのクジを引く権利を被験者に与える。
- 先のクジ\(L\)を引く権利をいくらでなら売ってよいか、被験者に尋ねる。被験者が提示した販売価格を\(s\)で表記する。
- 実験者は何らかの確率分布にもとづいて先のクジ\(L\)の買取価格をランダムに選択する。実験者が選択した買取価格を\(b\)で表記する。
- 買取価格\(b\)が販売価格\(s\)以上であるならば、すなわち、\begin{equation*}s\leq b\end{equation*}が成り立つ場合には、被験者は自分で先のクジ\(L\)を引かず、買取価格\(b\)に等しい金額を受け取る。逆に、買取価格\(b\)が販売価格\(s\)に達しない場合には、すなわち、\begin{equation*}s>b
\end{equation*}が成り立つ場合には、被験者は自分で先のクジ\(L\)を引く。
BDMメカニズムの耐戦略性
BDMメカニズムに直面した被験者にとって、クジ\(L\)の販売価格\(s\)としてそのクジの確実同値額\(c\left( L,u\right) \)に等しい金額を提示することが支配戦略になります。
\end{equation*}を提示することが広義の支配戦略である。
先の命題が要求する仮定が満たされる場合には、BDMメカニズムに直面した被験者にとって、提示されたクジの確実同値額に等しい金額をそのクジの販売額として提示することが広義の支配戦略であることが明らかになりました。つまり、実験者がいかなる確率分布にもとづいてクジの買い取り額を決定する場合においても、それとは関係なく、被験者が合理的である限りにおいて、被験者にとって確実同値額をそのまま正直に表明することが最適戦略になります。
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