複数均衡の問題
問題としている戦略的状況が完備情報の静学ゲームであるとともに、それが戦略型ゲーム\begin{equation*}
G=\left( I,\left\{ S_{i}\right\} _{i\in I},\left\{ u_{i}\right\} _{i\in
I}\right)
\end{equation*}として記述されているものとします。ただし、\(I\)はプレイヤー集合、\(S_{i}\)はプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合、\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)はプレイヤー\(i\)の利得関数です。
純粋戦略の組\(s_{I}^{\ast }\in S_{I}\)が広義の純粋戦略ナッシュ均衡であることは、以下の条件\begin{equation*}\forall i\in I,\ \forall s_{i}\in S_{i}:u_{i}\left( s_{i}^{\ast
},s_{-i}^{\ast }\right) \geq u_{i}\left( s_{i},s_{-i}^{\ast }\right)
\end{equation*}が成り立つこととして定義されます。これまでは、プレイヤーたちがナッシュ均衡を実際にプレーすることを保証するために必要な条件など、ナッシュ均衡の正当性に関する議論を行ってきました。一方、ゲームに複数のナッシュ均衡が存在する場合、その中のどれをプレイヤーたちが実際にプレーするかという論点が新たに加わります。これを複数均衡の問題(multiple equilibrium problem)や均衡選択の問題(equilibrium selection problem)などと呼びます。
ゲームに支配戦略均衡が存在する場合
戦略型ゲーム\(G\)に純粋戦略ナッシュ均衡\(s_{I}^{\ast}\in S_{I}\)が存在するとともに、それが狭義の支配戦略均衡である状況を想定します。つまり、\begin{equation*}\forall i\in I,\ \forall s_{i}\in S_{i}\backslash \left\{ s_{i}^{\ast
}\right\} ,\ \forall s_{-i}\in S_{-i}:u_{i}\left( s_{i}^{\ast
},s_{-i}\right) >u_{i}\left( s_{i},s_{-i}\right)
\end{equation*}が成り立つということです。狭義の支配戦略均衡が存在する場合には一意的であるとともに、それはゲーム\(G\)の唯一の狭義の純粋戦略ナッシュ均衡でもあります。したがって、この場合、複数均衡の問題は発生しません。また、ゲームに狭義の支配戦略均衡\(s_{I}^{\ast }\)が存在する場合、それぞれのプレイヤー\(i\)は他のプレイヤーたちの行動について考える必要はなく、他のプレイヤーたちが合理的であるかどうかを考える必要もなく、自身が合理的であれば\(s_{i}^{\ast }\)を選びます。したがって、合理性の仮定が成り立つ場合には、プレイヤーたちは実際に\(s_{I}^{\ast }\)をプレーします。
$$\begin{array}{|c|c|c|}\hline
1\diagdown 2 & L & R \\ \hline
U & 5,5 & 0,8^{\ast } \\ \hline
D & 8^{\ast },0 & 2^{\ast },2^{\ast } \\ \hline
\end{array}$$
このゲームには狭義の支配戦略均衡\begin{equation*}
\left( D,R\right)
\end{equation*}が存在しますが、これはゲームの唯一のナッシュ均衡であることが保証されるため、複数均衡問題は発生しません。
戦略型ゲーム\(G\)に純粋戦略ナッシュ均衡\(s_{I}^{\ast}\in S_{I}\)が存在するとともに、それが広義の支配戦略均衡である状況を想定します。つまり、任意のプレイヤー\(i\in I\)とその任意の純粋戦略\(s_{i}\in S_{i}\backslash \left\{s_{i}^{\ast }\right\} \)に対して、\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \forall s_{-i}\in S_{-i}:u_{i}\left( s_{i}^{\ast
},s_{-i}\right) \geq u_{i}\left( s_{i},s_{-i}\right) \\
&&\left( b\right) \ \exists s_{-i}^{\prime }\in S_{-i}:u_{i}\left(
s_{i}^{\ast },s_{-i}^{\prime }\right) >u_{i}\left( s_{i},s_{-i}^{\prime
}\right)
\end{eqnarray*}がともに成り立つということです。広義の支配戦略均衡が存在する場合には一意的であるとともに、それは広義の純粋戦略ナッシュ均衡でもありますが、それとは異なる広義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在する状況は起こり得るため、複数均衡の問題もまた起こり得ます。ただ、ゲームに広義の支配戦略均衡\(s_{I}^{\ast }\)が存在する場合、それぞれのプレイヤー\(i\)は他のプレイヤーたちの行動について考える必要はなく、他のプレイヤーたちが合理的であるかどうかを考える必要もなく、自身が合理的かつ十分な警戒心を持っていれば\(s_{i}^{\ast }\)を選びます。したがって、合理性と警戒心の仮定が成り立つ場合には、プレイヤーたちは実際に\(s_{I}^{\ast }\)をプレーするため、複数均衡の問題は解決可能です。
$$\begin{array}{|c|c|c|}\hline
1\diagdown 2 & L & R \\ \hline
U & 5,5 & 2^{\ast },8^{\ast } \\ \hline
D & 8^{\ast },2^{\ast } & 2^{\ast },2^{\ast } \\ \hline
\end{array}$$
このゲームには3つの純粋戦略ナッシュ均衡\begin{equation*}
\left( U,R\right) ,\left( D,L\right) ,\left( D,R\right)
\end{equation*}が存在しますが、この中でも\(\left( D,R\right) \)は広義の支配戦略均衡であるため、プレイヤーたちが合理的かつ十分な警戒心を持っていれば、彼らは実際に\(\left( D,R\right) \)をプレーします。したがって、複数均衡の問題は解決されます。
ゲームが支配される戦略の逐次消去によって解ける場合
戦略型ゲーム\(G\)に純粋戦略ナッシュ均衡\(s_{I}^{\ast}\in S_{I}\)が存在するとともに、それは支配戦略均衡ではないものの、狭義支配される戦略の逐次消去の解であるような状況を想定します。戦略型ゲーム\(G\)が有限ゲームであるとともに狭義支配される戦略の逐次消去によって解くことができる場合、その解はゲーム\(G\)の唯一の広義の純粋戦略ナッシュ均衡でもあります。したがって、この場合、複数均衡の問題は発生しません。ちなみに、ゲームが狭義支配される戦略の逐次消去によって解ける場合、プレイヤーたちの合理性が共有知識であれば、プレイヤーたちは実際にその解をプレーします。したがって、プレイヤーたちの合理性が共有知識である場合には、プレイヤーたちは実際に\(s_{I}^{\ast }\)をプレーします。
$$\begin{array}{|c|c|c|c|}\hline
1\diagdown 2 & L & C & R \\ \hline
U & 1^{\ast },0 & 1^{\ast },2^{\ast } & 0,1 \\ \hline
D & 0,3^{\ast } & 0,1 & 2^{\ast },0 \\ \hline
\end{array}$$
このゲームには支配戦略均衡は存在しませんが、狭義支配される戦略の逐次消去によって解けるとともに、その解は、\begin{equation*}
\left( U,C\right)
\end{equation*}となります。これはゲームの唯一のナッシュ均衡であることが保証されるため、複数均衡問題は発生しません。
戦略型ゲーム\(G\)に純粋戦略ナッシュ均衡\(s_{I}^{\ast}\in S_{I}\)が存在するとともに、それは支配戦略均衡ではないものの、広義支配される戦略の逐次消去の解であるような状況を想定します。戦略型ゲーム\(G\)が有限ゲームであるとともに広義支配される戦略の逐次消去によって解くことができる場合、その解はゲーム\(G\)の広義の純粋戦略ナッシュ均衡でもありますが、それとは異なる広義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在する状況は起こり得るため、複数均衡の問題もまた起こり得ます。ただ、ゲームが広義支配される戦略の逐次消去によって解ける場合、プレイヤーたちの合理性と警戒心が共有知識であれば、プレイヤーたちは実際にその解をプレーします。したがって、プレイヤーたちの合理性と警戒心が共有知識である場合には、プレイヤーたちは実際に\(s_{I}^{\ast }\)をプレーするため、複数均衡の問題は解決可能です。
$$\begin{array}{|c|c|c|c|}\hline
1\diagdown 2 & L & C & R \\ \hline
U & 1^{\ast },0 & 1^{\ast },1^{\ast } & 0,1^{\ast } \\ \hline
D & 0,3^{\ast } & 1^{\ast },1 & 2^{\ast },3^{\ast } \\ \hline
\end{array}$$
このゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\begin{equation*}
\left( U,C\right) ,\left( D,R\right)
\end{equation*}が存在します。このゲームに支配戦略均衡は存在しませんが、広義支配される戦略の逐次消去によって解けるとともに、その解は\(\left( D,C\right) \)となります。したがって、プレイヤーたちの合理性と警戒心が共有知識であれば、彼らは実際に\(\left( U,C\right) \)をプレーします。したがって、複数均衡の問題は解決されます。
複数均衡問題の解決が困難である場合
以下の利得行列で表される完備情報の静学ゲーム\(G\)について考えます。
$$\begin{array}{|c|c|c|}\hline
1\diagdown 2 & L & R \\ \hline
U & 1^{\ast },1^{\ast } & 0,0 \\ \hline
D & 0,0 & 1^{\ast },1^{\ast } \\ \hline
\end{array}$$
分析者の視点からこのゲームを観察すると、\begin{equation*}
\left( U,L\right) ,\left( D,R\right)
\end{equation*}がともに純粋戦略ナッシュ均衡であることは明らかです。では、これまで例として挙げたゲームと同様に、プレイヤーたちが実際にどちらか一方の均衡をプレーすることを合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であるという仮定から保証できるのでしょうか。
このゲーム\(G\)の任意のプレイヤーは支配戦略を持たないため、ナッシュ均衡\(\left( U,L\right) ,\left(D,R\right) \)はともに支配戦略均衡ではなく、支配される戦略の逐次消去の解でもありません。したがって、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であるという仮定を根拠に、\(\left(U,L\right) \)と\(\left( D,R\right) \)のどちらか一方が実際にプレーされることを保証できるとは限りません。
支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去の解ではないような複数のナッシュ均衡が存在する場合、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であるという仮定を根拠に、プレイヤーたちが特定の均衡をプレーすることを保証するのでしょうか。保証できないのであればナッシュ均衡は絵に描いた餅のようなものであり、プレイヤーたちナッシュ均衡を実際にプレーすることを必ずしも保証できないということになってしまいます。以降では複数均衡の問題に関する議論を深めます。
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