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不完全競争市場の理論

独占力の源泉:絶対的費用優位性

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独占の分類

完全競争市場において生産者はプライス・テイカーであり、商品の市場価格と限界費用が一致するような生産量を選択することになります。一方、独占市場において商品は1つの企業によって供給されるため、独占企業による供給量がそのまま市場全体の供給量と一致し、独占企業が商品の供給量を変化させれば商品の均衡価格も変化します。独占企業はこうしたプライス・メイカーとしての立場を利用することにより、商品の市場価格が限界価格を上回るような生産量を選択することが可能になります。独占均衡において発生する「市場価格と限界費用の乖離」という現象の背景には独占企業がプライス・メイカーであるという事実があり、さらに、独占企業がプライス・メイカーであることの背景には、独占企業が市場において商品を供給する唯一の企業であるという事実があるということです。このような事情を踏まえた上で、企業が限界費用を上回る市場価格を設定することを可能にする力を市場支配力と定義しました。では、独占市場はどのような理由により形成され、維持されるのでしょうか。

独占市場が形成される要因は2つに大別されます。1つ目は、企業どうしの対等な競争が行われる環境が整っていないことに起因する独占です。そもそも市場への参入が不可能である場合や、参入は可能であるものの既存企業と対等な立場で競争できない場合などには独占が形成されます。このような独占は参入障壁(entry barriers)と呼ばれる概念を軸に説明されます。2つ目は、企業どうしの対等な競争が行われる環境が整っていることを前提とした上でもなお発生する独占です。このような独占はコンテスタブル・マーケット(contestable market)の理論を用いて説明されます。

今回は参入障壁の1つである絶対的費用優位性(absolute cost advantage)について解説します。

 

参入障壁としての絶対的費用優位性

ある市場へ新たに参入しようとする企業(参入企業)は負担する必要がある一方で、その市場において既に活動している企業(既存企業)は負担する必要がない費用を参入障壁(entry barriers)と呼びます。参入障壁として挙げられる費用には様々なものがあり、それは金銭的な費用に限定されません。いずれにせよ、参入障壁が存在する場合、既存企業は参入企業よりも相対的に有利になるため、対等な競争が行われず、独占が維持される要因として機能します。参入障壁の1つが絶対的費用優位性(absolute cost advantage)と呼ばれる概念です。

後述する様々な理由により、ある市場において既存企業が参入企業よりも常により少ない費用で商品を生産できる場合、既存企業は絶対的費用優位性(absolute cost advantage)を持つと言います。つまり、既存企業の費用関数が\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)として、他の任意の参入企業\(i\)の費用関数が\(c_{i}:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)としてそれぞれ与えられている状況において既存企業が絶対費用優位性を持つこととは、以下の条件\begin{equation*}\forall q\in \mathbb{R} _{+}:c\left( q\right) <c_{i}\left( q\right)
\end{equation*}が成り立つこととして表現されます。このとき、以下の条件\begin{equation*}
\forall q\in \mathbb{R} _{+}:\frac{c\left( q\right) }{q}<\frac{c_{i}\left( q\right) }{q}
\end{equation*}もまた成立します。つまり、絶対的費用優位性のもとで、既存企業の平均費用は参入企業の平均費用を常に下回るということです。

既存企業はプライス・メイカーであるため商品の価格を操作できます。既存企業が参入企業の平均費用の最低値(便宜的に、これを\(AC_{i}\)で表記します)を上回る価格を設定する場合、そのような価格のもとで既存企業は正の利潤が得られるため参入が可能であり、その後、市場において競争が行われます。一方、絶対費用優位性が成立する場合、既存企業は\(AC_{i}\)を下回る価格をつけてもなお利潤を確保できる一方、参入企業は市場へ参入すると赤字になってしまいます。どちらのシナリオが実現するかは既存企業の絶対費用優位性の度合いに依存しますが、いずれにせよ、既存企業が絶対費用優位性を持つ場合、新規企業は既存企業よりも多くの費用を負担する必要があるため、それは参入障壁として機能します。

 

絶対的費用優位性をもたらす要因

商品の生産に必要な生産要素を既存企業が占有している場合、参入企業はその生産要素を調達することが不可能であったり、既存企業よりも割高なコストを支払って調達する必要があるため、絶対的費用優位性が成立します。

例(生産要素の占有)
国有企業が鉄道サービスを独占的に運営する時代が終わり、新たに民間企業の参入が認められるようになった状況を想定します。既存企業が参入企業に対してハブ・ステーションの利用を認めない場合、参入企業は割高な路線設計を強いられるため、既存企業は絶対的費用優位性を持ちます。

商品の生産に必要な最新技術や最新知識、もしくはそれらの使用権を既存企業が占有している場合、参入企業はより非効率的な技術を採用せざるを得ず、既存企業よりも生産コストが割高になり、絶対的費用優位性が成立します。

例(最新技術の占有)
新薬として開発された薬は特許に守られているため、開発メーカーが独占的にその薬を製造販売できます。参入企業は特許料を支払わない限り、同じ薬を生存販売することはできません。この場合、既存企業は絶対的費用優位性を持ちます。

ある市場へ参入するためには行政の許認可が必要である状況において、行政がそもそも新規企業の参入を認めない場合、もしくはライセンスを発行する際に参入企業に対して割高な費用を支払わせる場合、絶対的費用優位性が成立します。

例(行政の許認可)
放送通信サービスを行うためには国から発行される電波の使用ライセンスが必要である状況を想定します。ライセンスの料金体系が参入企業にとって不利な形で設計されている場合、参入企業は割高なコストを強いられるため、既存企業は絶対的費用優位性を持ちます。

 

絶対的費用優位性を考慮した独占市場への参入モデル

ある商品が1つの独占企業によって供給されているものとします。別の企業もまた同じ商品を生産できる技術を持っており、その市場に参入するか否かを検討しています。以降では便宜的に、現状において市場を独占している側の企業を既存企業(incumbent)と呼び、市場への参入を検討している側の企業を参入企業(entrant)と呼びます。既存企業は参入企業に対して絶対的費用優位性を持つものとします。まず、参入企業が問題としている市場に「参入する」か「参入しない」かのどちらか一方を選びます。既存企業は参入企業による行動を観察した後に、自身による商品の供給量を決定します。参入企業が市場へ参入してこない場合、既存企業はそのまま市場を独占し続けます。さらに、参入企業は既存企業による供給量を観察した後、自身による商品の供給量を決定します。以上の状況において、各社はどのように振る舞うべきでしょうか。

前提として、まずはこの市場において商品の価格がどのように決まるかを記述します。市場の逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの総供給量\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}p\left( q\right) =a-bq\geq 0
\end{equation*}という均衡価格を定めるものとします。ただし、\(a\)と\(b\)はともに正の定数です。つまり、既存企業\(1\)による供給量が\(q_{1}\geq 0\)、参入企業\(2\)による供給量が\(q_{2}\geq 0\)であるとき、市場への商品の総供給量は\(q_{1}+q_{2}\geq 0\)となりますが、それらはすべて非負の価格\begin{equation*}p\left( q_{1}+q_{2}\right) =a-b\left( q_{1}+q_{2}\right) \geq 0
\end{equation*}で消費者に売却されるということです。一般に、小規模かつ数多くの生産者が参入している完全競争市場では、個々の企業が商品の供給量を変えても価格に影響を与えることはできません。一方、複占企業では商品が2つの企業によってのみ供給されるため、それぞれの企業が供給量を変化させると商品の市場価格も変化します。上のモデルはこのような事情を反映したものになっています。

仮定より、両企業が商品を市場に供給しない場合の均衡価格は、\begin{equation*}
p\left( 0\right) =a>0
\end{equation*}という正の値ですが、問題としている商品が消費者にとって価値を持つ限りにおいて、これは当然の仮定です。\(b>0\)であるため逆需要関数は狭義の単調減少関数です。つまり、総供給量\(q\)が増えるほど均衡価格\(p\left( q\right) \)が下落します。需要と供給の関係を考慮するとこれもまた当然の仮定です。また、総需要曲線は線型であるため、総供給量\(q\)が増えるにつれて均衡価格\(p\left( q\right) \)は等しい割合で下落します。加えて、総供給量\(q\)が\(\frac{a}{b}\)以上になると商品の均衡価格が\(p\left( q\right) =0\)で一定になります。消費者が消費できる量には限りがあるため、需要と供給の関係を考慮するとこれもまた当然の仮定です。

特筆すべきは、商品の均衡価格\(p\left( q_{1}+q_{2}\right) \)が2つの企業による供給量\(q_{1},q_{2}\)を変数として持っていることです。つまり、既存企業\(1\)は自らの供給量\(q_{1}\)を変化させることを通じて商品の価格を変化させることができますが、同時に競争相手である参入企業\(2\)による供給量\(q_{2}\)もまた商品の価格に影響を与えます。参入企業\(2\)の立場からも同様のことが言えます。つまり、それぞれの企業にとって、商品の価格は自身の行動だけでなく相手の行動によっても左右されるという意味において、プレイヤーである両企業の間には戦略的相互依存関係が成立しています。こうした事情もあり、この複占市場はゲーム理論の分析対象となります。

続いて、2つの企業の生産コストがどのように決まるかを記述します。企業\(i\ \left( =1,2\right) \)の費用関数\(c_{i}:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は自身のそれぞれの生産量\(q_{i}\geq 0\)に対して、\begin{eqnarray*}c_{1}\left( q_{1}\right) &=&\left( c-d\right) \cdot q_{1} \\
c_{2}\left( q_{2}\right) &=&\left( c+d\right) \cdot q_{2}
\end{eqnarray*}という生産費用を定めるものとします。つまり、企業\(i\)が商品を\(q_{i}\)だけ市場に供給する場合、費用が\(c_{i}\left(q_{i}\right) \)だけかかるということです。ただし、\(c,d\)は定数であり、両者の間には、\begin{equation*}c>d>0
\end{equation*}という関係が成り立つものと仮定します。この場合、任意の生産量\(q\geq 0\)について、\begin{eqnarray*}c_{1}\left( q\right) &=&\left( c-d\right) \cdot q \\
&<&\left( c+d\right) \cdot q \\
&=&c_{2}\left( q\right)
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
c_{1}\left( q\right) <c_{2}\left( q\right)
\end{equation*}が成立しています。つまり、既存企業\(1\)は参入企業\(2\)に対して絶対的費用優位性を持っています。企業\(i\)が商品を生産しない場合の費用は、\begin{eqnarray*}c_{1}\left( 0\right) &=&\left( c-d\right) \cdot 0=0 \\
c_{2}\left( 0\right) &=&\left( c+d\right) \cdot 0=0
\end{eqnarray*}ですが、これは両企業の固定費用が\(0\)であることを意味します。また、任意の\(q_{i}\geq 0\)において、\begin{eqnarray*}\frac{dc_{1}\left( q_{1}\right) }{dq_{1}} &=&c-d \\
\frac{dc_{2}\left( q_{2}\right) }{dq_{2}} &=&c+d
\end{eqnarray*}が成り立ちます。つまり、両企業は生産量に依存しない限界費用を持つということです。ただし、\(c>d>0\)を仮定しているため、企業\(1\)の限界費用\(c-d\)と企業\(2\)の限界費用\(c+d\)の間には、\begin{equation*}0<c-d<c+d
\end{equation*}という関係が成立します。つまり、企業\(1\)は企業\(2\)よりも商品を効率的に生産できるということです。\(d\)が大きくなるほど企業\(1\)はより効率的に、企業\(2\)はより非効率的になるため、両企業の効率性の差が大きくなります。つまり、\(d\)は既存企業が有する絶対的費用優位性の程度を表す指標です。

加えて、市場の逆需要曲線を規定する定数\(a\)と、非効率的な企業の限界費用\(c+d\)の間には、\begin{equation*}a>c+d
\end{equation*}という関係が成り立つものと仮定します。このとき、\begin{equation*}
p\left( \frac{a-\left( c+d\right) }{b}\right) =c+d
\end{equation*}を満たす正の実数\(\frac{a-\left( c+d\right) }{b}>0\)が存在します。つまり、企業\(2\)の限界費用\(c+d\)と市場の均衡価格が一致するような正の生産量\(\frac{a-\left( c+d\right) }{b}\)が存在するということです。一般に、完全競争市場では企業の限界費用と市場の均衡価格が一致します。したがって、上の仮定は、仮にこの市場が複占市場ではなく完全競争市場である場合においても、企業\(2\)は市場に参入し続けることが可能であることを意味します。効率的な企業\(1\)についても同様です。

逆需要関数\(p\left( q\right) \)によって特徴づけられる商品市場において、費用関数\(c_{i}\left( q_{i}\right) \)によって特徴づけられるコスト構造を持つそれぞれの企業\(i\)が自身の利潤を最大化するように供給量\(q_{i}\)を選択する状況を想定します。ただし、すでに記述したように、市場の逆需要曲線が線型であるとともに、既存企業\(1\)は参入企業\(2\)に対して絶対的費用優位性を持つものと仮定します。加えて、両企業は互いにカルテルを結ぶことはできず、両者の間には生産量に関する拘束的合意が成立しないものとします。

繰り返しになりますが、完全競争市場では企業が商品の市場価格を所与として意志決定を行うのに対し、複占市場には商品を供給する企業が2つしか存在せず、企業\(1,2\)が商品の供給量\(q_{1},q_{2}\)をそれぞれ選択すると市場において商品の価格が\(p\left( q_{1}+q_{2}\right) \)で均衡します。つまり、複占企業が選択する供給量に応じて商品の価格が変化し得るという意味において、複占企業は価格支配力を持ちます。ただし、企業\(i\ \left( =1,2\right) \)が操作可能であるのは自身の供給量\(q_{i}\)だけであり、競争相手\(j\ \left( \not=i\right) \)の供給量\(q_{j}\)を直接操作することはできません。つまり、複占企業は市場の総供給量を完全に操作できるわけではなく、それゆえ商品の市場価格を完全に自由に操作できるわけではありません。

まず、参入企業\(2\)が市場に「参入する」か「参入しない」かのどちらか一方を選びます。既存企業\(1\)は参入企業による行動を観察した後に、自身による商品の供給量\(q_{1}\)を決定します。参入企業\(2\)が市場へ参入してこない場合、既存企業\(1\)はそのまま市場を独占し続けます。さらに、参入企業\(2\)は既存企業\(1\)による供給量\(q_{1}\)を観察した後、自身による商品の供給量\(q_{2}\)を決定します。

参入企業\(2\)が市場へ参入する場合、既存企業\(1\)が供給量\(q_{1}\)を選択し、それを観察した参入企業\(2\)が供給量\(q_{2}\)を選択すると、市場の総供給量は\(q_{1}+q_{2}\)となるため、商品の価格は\(p\left( q_{1}+q_{2}\right) \)で均衡します。すると、既存企業\(1\)は収入\(p\left( q_{1}+q_{2}\right) \cdot q_{1}\)を得ます。その一方で、商品を\(q_{1}\)だけ供給するために既存企業\(1\)が負担すべき費用は\(c_{1}\left( q_{1}\right) \)であるため、生産量の組\(\left( q_{1},q_{2}\right) \)のもとで既存企業\(1\)が得る利潤は、収入から費用を差し引いて得られる、\begin{eqnarray*}p\left( q_{1}+q_{2}\right) \cdot q_{1}-c_{1}\left( q_{1}\right) &=&\left[
a-b\left( q_{1}+q_{2}\right) \right] \cdot q_{1}-\left( c-d\right) \cdot
q_{1}\quad \because p,c_{1}\text{の定義} \\
&=&\left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right) -\left( c-d\right) \right] \cdot q_{1}
\end{eqnarray*}となります。既存企業\(1\)は競争相手である参入企業\(2\)による生産量\(q_{2}\)を操作できないため、\(q_{2}\)の値を所与としながら自身の利潤を最大化するような生産量\(q_{1}\)を選択します。つまり、既存企業\(1\)が解くべき最大化問題は、それぞれの\(q_{2}\)の値に対して、\begin{equation*}\max_{q_{1}\geq 0}\ \left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right) -\left( c-d\right) \right] \cdot q_{1}
\end{equation*}となります。同様に考えると、参入企業\(2\)が直面する最大化問題は、\(q_{1}\)の値を所与としながら自身の利潤を最大化するような生産量\(q_{2}\)を選択するという最大化問題\begin{equation*}\max_{q_{2}\geq 0}\ \left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right) -\left( c+d\right) \right] \cdot q_{2}
\end{equation*}となります。ただし、繰り返しになりますが、既存企業\(1\)は自身の供給量\(q_{1}\)を決定する段階において相手が選択する供給量\(q_{2}\)を観察できないのに対し、参入企業\(2\)は相手が選択した供給量\(q_{1}\)を観察した後に自身の供給量\(q_{2}\)を決定します。\(a,b,c,d>0\)はいずれも定数であり、\(a>d\)かつ\(a>c+d\)が成り立つものとします。このような状況において各企業はどのような意思決定を行うでしょうか。

 

完備情報の動学ゲームとしての絶対的費用優位性を考慮した独占市場への参入モデル

絶対的費用優位性を考慮した独占市場への参入モデルを2つの企業をプレイヤーとするゲームと解釈します。独占禁止法などによってカルテルが禁じられている場合には、企業の間に生産量に関する拘束的合意が成立しません。したがって問題としているゲームは非協力ゲームです。また、これはそれぞれの企業以下の順番で意思決定を行う動学ゲームです。

  1. 参入企業\(2\)は市場へ「参入する」か「参入しない」かのどちらか一方を選択する。
  2. 既存企業\(1\)は自身の供給量\(q_{1}\in \mathbb{R} _{+}\)を選択する。ただし、自身の供給量\(q_{1}\)を決める段階ではライバルの供給量\(q_{2}\)を観察できない。
  3. 参入企業\(2\)はライバルが選択した供給量\(q_{1}\)を観察した上で、自身の供給量\(q_{2}\in \mathbb{R} _{+}\)を決定する。
  4. それぞれの企業が選択した供給量\(\left(q_{1},q_{2}\right) \)をもとにそれぞれの企業\(i\)が得る利潤が決定する。

さらに、市場の逆需要関数、両企業の費用関数、さらに両者の目的が利潤の最大化であることなど、ゲームのルールの要素が両企業にとって共有知識であるならば、クールノー競争は完備情報の動学ゲームとして記述されます。

そこで、以上の完備情報の動学ゲームを以下のような展開型ゲーム\(\Gamma \)としてモデル化します。まず、ゲーム\(\Gamma \)のプレイヤー集合は\(I=\{1,2\}\)です。ただし、\(i\in I\)は企業\(i\)を表します。企業\(1\)が既存企業であり、企業\(2\)が参入企業です。ゲーム\(\Gamma \)のその他の要素は以下のゲームの木によって表現されます。

図:サンク費用を考慮した参入ゲーム
図:サンク費用を考慮した参入ゲーム

ただし、実線上に存在する手番はそれぞれが単独で情報集合を構成します。\(IN\)は「参入する」という行動に、\(OUT\)は「参入しない」という行動にそれぞれ対応します。また、\(q_{1}\in \mathbb{R} _{+}\)は企業\(1\)が選択する供給量であり、\(q_{2}\in \mathbb{R} _{+}\)は企業\(2\)が選択する供給量です。利潤関数\(u_{i}:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} \)はそれぞれの\(\left( q_{1},q_{2}\right)\in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{eqnarray*}u_{1}\left( q_{1},q_{2}\right) &=&\left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right)
-\left( c-d\right) \right] \cdot q_{1} \\
u_{2}\left( q_{1},q_{2}\right) &=&\left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right)
-\left( c+d\right) \right] \cdot q_{2}
\end{eqnarray*}を定めます。ただし、\(a,b,c,d>0\)かつ\(a>d\)かつ\(a>c+d\)です。

 

絶対的費用優位性を考慮した独占市場への参入ゲームの部分ゲーム完全競争

先の展開型ゲームにおける既存企業\(1\)の純粋戦略を特定するためには、参入企業\(2\)が\(IN\)を選択した直後に到達する情報集合において自社が選択する供給量\(q_{1}\)を特定する必要があります。つまり、既存企業\(1\)の純粋戦略は、\begin{equation*}q_{1}\in \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}の値として表現されます。

参入企業\(2\)の純粋戦略を特定するためには以下の2つの情報を指定する必要があります。1つ目は、ゲームの初期点から構成される情報集合において参入企業\(2\)が選択する行動であり、これは、\begin{equation*}a_{2}\in \left\{ IN,OUT\right\}
\end{equation*}の値として表現されます。2つ目は、既存企業\(1\)が供給量\(q_{1}\)を選択した直後に到達するそれぞれの情報集合において参入企業\(2\)が選択する供給量\(q_{2}\)であり、それは、新規企業\(1\)によるそれぞれの供給量\(q_{1}\in \mathbb{R} _{+}\)に対して、それに対する既存企業\(2\)の反応\(q_{2}\left( q_{1}\right) \in \mathbb{R} _{+}\)を特定する写像\begin{equation*}q_{2}:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}として定式化されます。つまり、参入企業\(2\)の純粋戦略は値\(a_{2}\)と写像\(q_{2}\)の組として表現されます。

先の展開型ゲームには以下のような純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。

命題(絶対的費用優位性を考慮した独占市場への参入ゲームの部分ゲーム完全競争)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:サンク費用を考慮した参入ゲーム
図:サンク費用を考慮した参入ゲーム

ただし、\(q_{1},q_{2}\in \mathbb{R} _{+}\)である。また、それぞれのプレイヤー\(i\ \left(=1,2\right) \)の利潤関数\(u_{i}:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} \)はそれぞれの\(\left( q_{1},q_{2}\right)\in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{eqnarray*}u_{1}\left( q_{1},q_{2}\right) &=&\left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right)
-\left( c-d\right) \right] \cdot q_{1} \\
u_{2}\left( q_{1},q_{2}\right) &=&\left[ a-b\left( q_{1}+q_{2}\right)
-\left( c+d\right) \right] \cdot q_{2}
\end{eqnarray*}を定める。ただし、\(a,b,c,d>0\)かつ\(a>d\)かつ\(a>c+d\)である。このゲーム\(\Gamma \)には以下のような純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在する。まず、\begin{equation*}d<\frac{a-c}{7}
\end{equation*}が成り立つ場合の純粋戦略部分ゲーム完全均衡は、「\(q_{1}=\frac{a-\left(c-d\right) }{2b}\)を選択する」というプレイヤー\(1\)の純粋戦略と、「\(IN\)を選択するとともに、プレイヤー\(1\)が\(0\leq q_{1}\leq \frac{a-\left(c-d\right) }{b}\)を満たす\(q_{1}\)を選択した直後に到達し得る任意の情報集合において\(q_{2}=\frac{a-\left( c-d\right) }{2b}-\frac{1}{2}q_{1}\)を選択し、プレイヤー\(1\)が\(q_{1}>\frac{a-\left( c-d\right) }{b}\)を満たす\(q_{1}\)を選択した直後に到達し得る任意の情報集合において\(q_{2}=0\)を選択する」というプレイヤー\(2\)の純粋戦略からなる組である。したがって、この場合の均衡経路は「プレイヤー\(2\)が\(IN\)を選択し、プレイヤー\(1\)が\(q_{1}=\frac{a-\left( c-d\right) }{2b}\)を選択し、プレイヤー\(2\)が\(q_{2}=\frac{a-\left( c-d\right) }{4b}\)を選択する」というものである。一方、\begin{equation*}d>\frac{a-c}{7}
\end{equation*}が成り立つ場合の純粋戦略部分ゲーム完全均衡は、「\(q_{1}=\frac{a-\left(c-d\right) }{2b}\)を選択する」というプレイヤー\(1\)の純粋戦略と、「\(OUT\)を選択するとともに、プレイヤー\(1\)が\(0\leq q_{1}\leq \frac{a-\left(c-d\right) }{b}\)を満たす\(q_{1}\)を選択した直後に到達し得る任意の情報集合において\(q_{2}=\frac{a-\left( c-d\right) }{2b}-\frac{1}{2}q_{1}\)を選択し、プレイヤー\(1\)が\(q_{1}>\frac{a-\left( c-d\right) }{b}\)を満たす\(q_{1}\)を選択した直後に到達し得る任意の情報集合において\(q_{2}=0\)を選択する」というプレイヤー\(2\)の純粋戦略からなる組である。したがって、この場合の均衡経路は「プレイヤー\(2\)が\(OUT\)を選択する」というものである。

証明

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以上の命題より、既存企業の絶対的費用優位性の度合いを表す指標\(d\)が、\begin{equation*}d>\frac{a-c}{7}
\end{equation*}を満たすほど十分大きい場合には、均衡結果において参入企業\(2\)は市場へ参入せず、既存企業\(1\)が市場を独占し続けることが明らかになりました。

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