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不完全競争市場の理論

独占市場への政府介入:限界費用価格規制

目次

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価格規制の正当性

独占市場において商品は1つの企業によって供給されるため、独占企業による供給量がそのまま市場全体の供給量と一致します。そのため、独占企業が商品の供給量を変化させれば商品の均衡価格も変化します。特に、市場の逆需要曲線が右下がりである場合、独占企業が供給を増やせば価格は下落し、逆に供給を減らせば価格は上昇します。以上の想定のもと、独占均衡であるための必要条件を明らかにしました。モデルおよび結果の復習です。

命題(独占均衡であるための必要条件)
市場の逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)が以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \exists \overline{q}>0,\ \forall q>0:\left[ q\geq
\overline{q}\Rightarrow p\left( q\right) =0\right] \\
&&\left( b\right) \ \exists \overline{p}>0:p\left( 0\right) =\overline{p} \\
&&\left( c\right) \ p\text{は}\left[ 0,\overline{q}\right] \text{上で連続かつ}[0,\overline{q})\text{上で}C^{1}\text{級} \\
&&\left( d\right) \ p\text{は}[0,\overline{q})\text{上で狭義単調減少}
\end{eqnarray*}を満たし、独占企業の費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( e\right) \ c\left( 0\right) \geq 0 \\
&&\left( f\right) \ \forall q>0:c\left( q\right) >0 \\
&&\left( g\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で}C^{1}\text{級} \\
&&\left( h\right) \ c\text{は}\mathbb{R} _{+}\text{上で狭義単調増加}
\end{eqnarray*}を満たすものとする。このとき、生産量を決定する独占企業の利潤最大化問題\begin{equation*}
\max_{q\geq 0}p\left( q\right) \cdot q-c\left( q\right)
\end{equation*}には解\(q^{m}\)が存在するとともに、この解は以下の条件\begin{eqnarray*}&&\left( A\right) \ MR\left( q^{m}\right) \leq MC\left( q^{m}\right) \\
&&\left( B\right) \ q^{m}\left[ MR\left( q^{m}\right) -MC\left( q^{m}\right) \right] =0
\end{eqnarray*}を満たす。

特に、独占数量\(q^{m}\)が内点解である場合には、すなわち\(q^{m}>0\)を満たす場合には、\(\left( B\right) \)より、\begin{equation*}MR\left( q^{m}\right) =MC\left( q^{m}\right)
\end{equation*}となり、\(\left( A\right) \)が等号で成立します。つまり、内点解であるような独占数量\(q^{m}\)のもとでは限界収入と限界費用が一致します。

以上の主張を以下に図示しました。逆需要曲線\(p\left( q\right) \)と限界費用曲線\(MC\left( q\right) \)の交点\(\left(p^{\ast },q^{\ast }\right) \)が完全競争均衡であり、逆需要曲線\(p\left( q\right) \)と限界収入曲線\(MR\left( q\right) \)の交点における数量\(q^{m}\)およびそれに対応する価格\(p^{m}=p\left(q^{m}\right) \)からなる組\(\left(p^{m},q^{m}\right) \)が独占均衡です。

図:独占均衡
図:独占均衡

企業が完全競争的に振る舞った場合に直面する生産者余剰は、\begin{equation*}
PS^{\ast }=\int_{0}^{q^{\ast }}\left[ p^{\ast }-MC\left( q\right) \right] dq
\end{equation*}であり、これは企業に生産物を供給させるために必要とされる利益の最低値です。一方、独占企業が直面する生産者余剰は\begin{equation*}
PS^{\ast }=\int_{0}^{q^{m}}\left[ p^{\ast }-MC\left( q\right) \right] dq
\end{equation*}であるため、独占企業は完全競争的に振る舞う場合と比べて、\begin{equation*}
PS^{m}-PS^{\ast }>0
\end{equation*}だけ追加的な利益を受け取っていることになります。この追加的な利益をレントと呼びます。

独占企業がレントを得ること自体は批判されるべきことではありません。実際、企業が革新的な技術を発明した場合、当面はその企業が技術を独占することになるため絶対的費用優位性が発生し、その結果として企業はレントを受け取ることになりますが、それは発明に対する正当な報酬です。レントは技術革新を後押しします。他方で、ロビー活動や政治献金などのレント・シーキングを通じて独占企業の優越的立場が人為的に形成されている場合、そこで発生しているレントに正当性はありません。レントは技術革新を促進させる一方で、腐敗の温床にもなります。

独占が内包する本質的な問題はレントではなく死荷重です。つまり、独占市場において社会的余剰は最大化されません。完全競争均衡における社会的余剰が、\begin{equation*}
TS^{\ast }=\int_{0}^{q^{\ast }}\left[ p\left( q\right) -MC\left( q\right) \right] dq
\end{equation*}である一方、独占均衡における社会的余剰は、\begin{equation*}
TS^{m}=\int_{0}^{q^{m}}\left[ p\left( q\right) -MC\left( q\right) \right] dq
\end{equation*}ですが、\begin{equation*}
TS^{\ast }>TS^{m}
\end{equation*}であるため、独占市場において社会的余剰は最大化されません。独占がもたらす社会的余剰の損失\begin{equation*}
TS^{\ast }-TS^{m}=\int_{q^{m}}^{q^{\ast }}\left[ p\left( q\right) -MC\left(
q\right) \right] dq>0
\end{equation*}が死荷重に相当します(下図のグレーの領域)。

図:死荷重
図:死荷重

死荷重を解消するための政策の1つが価格規制(price regulation)です。独占企業が供給する商品の価格に対して政策当局が何らかの規制を設けることにより死荷重が解消し、社会的余剰が増加するのであれば、そのような政策には正当性があります。ただ、どのような形で価格を規制すべきであるかが政策課題として浮上します。

 

限界費用価格規制

価格規制に関する最も基本的な考え方は、社会的余剰を最大化するために、独占企業が供給する商品の価格を競争均衡価格へ抑えるというものです。つまり、独占企業の限界費用曲線と市場の逆需要曲線が交わる水準に価格を規制することにより、完全競争均衡を人為的に作り出すということです。このような考え方を限界費用価格形成原理(marginal cost pricing principle)と呼び、この原理にもとづいて行われる価格規制を限界費用価格規制(marginal cost pricing)と呼びます。

図:独占均衡
図:独占均衡

独占市場において価格規制が行われない場合には、独占企業は限界費用と限界収入が一致する数量\(q^{m}\)を供給し、その結果、商品の市場価格が、\begin{equation*}p^{m}=p\left( q^{m}\right)
\end{equation*}を満たす独占価格\(p^{m}\)で均衡します。独占均衡\(\left( p^{m},q^{m}\right) \)における消費者余剰は上図の青い領域であり、生産者余剰は上図の緑の領域です。先に図示したように、この場合には死荷重が発生します。

図:限界費用価格規制
図:限界費用価格規制

独占市場において限界費用価格規制が行われる場合には、政策当局は限界費用曲線と逆需要曲線の交点における競争均衡価格\(p^{\ast }\)を上限価格として設定することになります。すると、独占企業は高さ\(p^{\ast }\)の水平な直線を市場の逆需要曲線として受け入れざるを得なくなります。価格が外生的に与えられた状況において利潤を最大化するためには限界費用と価格が一致するような生産量を選択することになるため、限界費用価格規制に直面した独占企業は競争均衡数量\(q^{\ast }\)を選択します。その結果、完全競争均衡\(\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) \)が実現し、死荷重が消失します。

例(線型モデルにおける限界費用価格規制)
市場の逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}p\left( q\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
a-bq & \left( if\ 0\leq q\leq \frac{a}{b}\right) \\
0 & \left( if\ q>\frac{a}{b}\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるとともに、独占企業の費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}c\left( q\right) =cq+d
\end{equation*}を定めるものとします。ただし、\(a,b,c,d>0\)かつ\(a>c\)です。独占均衡が、\begin{equation*}\left( p^{m},q^{m}\right) =\left( \frac{a+c}{2},\frac{a-c}{2b}\right)
\end{equation*}である一方で、完全競争均衡は、\begin{equation*}
\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) =\left( c,\frac{a-c}{b}\right)
\end{equation*}です。完全競争均衡と独占均衡のそれぞれの場合における消費者余剰、生産者余剰、総余剰、そして死荷重は以下の通りです(演習問題)。

$$\begin{array}{ccccc}
\hline
& 消費者余剰 & 生産者余剰 & 総余剰 & 死荷重 \\ \hline
完全競争均衡 & \frac{\left( a-c\right) ^{2}}{2b} & 0 & \frac{\left( a-c\right) ^{2}}{2b} & 0 \\ \hline
独占均衡 & \frac{\left( a-c\right) ^{2}}{8b} & \frac{\left( a-c\right) ^{2}}{4b} & \frac{3\left( a-c\right) ^{2}}{8b} & \frac{\left( a-c\right) ^{2}}{8b} \\ \hline
\end{array}$$

独占均衡\(\left( p^{m},q^{m}\right) \)を放置しておくと死荷重\begin{equation*}\frac{\left( a-c\right) ^{2}}{8b}>0
\end{equation*}が発生します。限界費用価格規制が行われる場合には、競争均衡価格\(p^{\ast }\)を上限価格とて設定することになり、それに対して独占企業は独占数量\(p^{\ast }\)を選択することになります。その結果、死荷重は解消されます。

 

価格規制後に独占企業が黒字になる場合

限界費用価格規制に直面した独占企業は競争均衡数量\(q^{\ast }\)を選択することが明らかになりました。その場合の平均費用\(AC\left( q^{\ast}\right) \)が規制価格に相当する競争均衡価格\(p^{\ast }\)を上回る場合、独占企業は正の利潤を得ます。この場合には、当局はそれ以上、市場に介入する必要はありません。限界費用価格規制の政策目的は死荷重の解消であり、独占企業の利潤を奪うことではないからです。死荷重が解消されるのであれば、独占企業が正の利潤を得ていても問題はありません。

例(線型モデルにおける限界費用価格規制)
市場の逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}p\left( q\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
a-bq & \left( if\ 0\leq q\leq \frac{a}{b}\right) \\
0 & \left( if\ q>\frac{a}{b}\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるとともに、独占企業の費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}c\left( q\right) =cq
\end{equation*}を定めるものとします。ただし、\(a,b,c>0\)かつ\(a>c\)です。限界費用価格規制のもとで完全競争均衡\begin{equation*}\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) =\left( c,\frac{a-c}{b}\right)
\end{equation*}が実現した場合、独占企業が直面する利潤は、\begin{eqnarray*}
p^{\ast }\cdot q^{\ast }-c\left( q^{\ast }\right) &=&c\cdot \frac{a-c}{b}-c\cdot \frac{a-c}{b} \\
&=&0
\end{eqnarray*}となります。

 

価格規制後に独占企業が赤字になる場合

独占企業の平均費用\(AC\left( q^{\ast }\right) \)が規制価格に相当する競争均衡価格\(p^{\ast }\)を下回る場合には、独占企業は赤字になってしまうため、長期的には市場から退出することになります。独占企業が市場から撤退すると、独占企業が生産していた商品の供給が途絶えるため、市場が生み出していた総余剰がすべて失われてしまいます。商品の供給によって生み出されていた総余剰が十分大きい場合、政策当局は独占企業の赤字を補助金で補填し、独占企業に商品の供給を継続させたほうが社会的に望ましい可能性があります

例(線型モデルにおける限界費用価格規制)
市場の逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}p\left( q\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
a-bq & \left( if\ 0\leq q\leq \frac{a}{b}\right) \\
0 & \left( if\ q>\frac{a}{b}\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるとともに、独占企業の費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}c\left( q\right) =cq+d
\end{equation*}を定めるものとします。ただし、\(a,b,c,d>0\)かつ\(a>c\)です。限界費用価格規制のもとで完全競争均衡\begin{equation*}\left( p^{\ast },q^{\ast }\right) =\left( c,\frac{a-c}{b}\right)
\end{equation*}が実現した場合、独占企業が直面する利潤は、\begin{eqnarray*}
p^{\ast }\cdot q^{\ast }-c\left( q^{\ast }\right) &=&c\cdot \frac{a-c}{b}-\left( c\cdot \frac{a-c}{b}+d\right) \\
&=&-d \\
&<&0\quad \because d>0
\end{eqnarray*}であるため、企業は赤字になります。

 

限界費用価格規制の問題:限界費用の導出が困難

限界費用価格規制を実行するためには、政策当局は以下の条件\begin{equation*}
MC\left( q^{\ast }\right) =p\left( q^{\ast }\right)
\end{equation*}を満たす完全競争均衡価格\(p^{\ast }=p\left( q^{\ast }\right) \)を特定する必要があり、そのためには市場の逆需要関数\(p\)と独占企業の限界費用関数\(MC\)を把握することができます。市場の需要動向に関するデータは観察可能であるため、得られたデータをもとに逆需要関数\(p\)を推定することができます。一方、企業が商品を生産する際の限界費用に関するデータは表に出てこないため、政策当局が企業の限界費用関数\(MC\)を推定する作業は容易ではありません。

 

限界費用価格規制の問題:長期と短期の問題

企業の限界費用は長期と短期とでは異なるため、限界費用価格規制を実行する際に、どちらに規制価格の水準をあわせるべきかという問題が生じます。

短期の限界費用は独占企業が保有する現行の設備を所与としたものであるため、既存設備を所与として規制価格を決定する場合には短期の限界費用を採用することになります。

長期の限界費用は独占企業が設備の変更を行うことを考慮した上でのものであるため、設備の変更を踏まえた上で規制価格を決定する場合には長期の限界費用を採用することになります。

 

限界費用価格規制の問題:補助金の問題

限界費用価格規制によって独占企業が赤字になってしまう場合、独占企業に補助金を支払い商品の供給を継続させたほうが社会的に望ましい事態は起こり得ます。ただし、独占企業に補助金を支払うためには財源が必要であり、それは課税によってまかなわれることになります。

補助金によって独占企業を救済すれば社会的余剰が増える目途が立ったとしても、課税による死荷重が大きい場合や、徴税コストが大きい場合などには、トータルでは消費者余剰がマイナスになってしまう事態は起こり得ます。

独占企業が供給している商品が特定の人を対象としている一方で、補助金の財源が広範な人々から徴収された税金である場合には、サービスの費用はサービスの便益を享受する人が負担すべきであるという受益者負担の原則に反することになります。

独占企業の赤字が補助金によって補填される場合、その企業にとって効率的な経営を行う動機が薄まるため、X-非効率性が生じてしまいます。X-非効率性は社会的余剰を減少させます。

 

演習問題

問題(限界費用価格規制)
市場の逆需要関数\(p:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}p\left( q\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
100-q & \left( if\ 0\leq q\leq 100\right) \\
0 & \left( if\ q>100\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるとともに、独占企業の費用関数\(c:\mathbb{R} _{+}\rightarrow \mathbb{R} _{+}\)はそれぞれの\(q\geq 0\)に対して、\begin{equation*}c\left( q\right) =100+20q
\end{equation*}を定めるものとします。独占均衡\(\left( p^{m},q^{m}\right) \)において生じる死荷重を特定してください。さらに、限界費用価格規制を行った場合に、政策当局は企業に補助金を支払うべきか費用便益分析を行ってください。補助金を支払うべきである場合、補助金の規模を特定してください。
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