短期の均衡国民所得と長期の完全雇用国民所得は一致するとは限らない
閉鎖経済における総供給関数\(AS\left( Y\right) \)と総需要関数\(AD\left( Y\right) \)がそれぞれ、\begin{eqnarray*}AS\left( Y\right) &=&Y \\
AD\left( Y\right) &=&C\left( Y-T\right) +I+G
\end{eqnarray*}で与えられているものとします。ただし、\begin{eqnarray*}
Y &:&\text{国民所得(内生変数)} \\
T &:&\text{税(外生変数)} \\
C\left( Y-T\right) &:&\text{消費関数} \\
I &:&\text{投資(外生変数)}
\\
G &:&\text{政府支出(外生変数)}
\end{eqnarray*}です。生産主体と消費主体は独立に意思決定を行うため総需要と総供給は一致するとは限りません。つまり、\begin{equation*}
AS\left( Y\right) \not=AD\left( Y\right)
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y\not=C\left( Y-T\right) +I+G
\end{equation*}が成り立ち得るということです。価格が硬直的な短期では、企業は超過需要や超過供給を解消するために数量調整(増産ないし減産)によって総供給\(AS\left( Y\right) \)を変化させます。このような数量調整は、総供給\(AS\left( Y\right) \)すなわち\(Y\)が、企業が実際に売れると期待する水準\(AD\left(Y\right) \)と一致するまで行われます。つまり、数量調整の結果、短期における財市場均衡条件\begin{equation*}AS\left( Y\right) =AD\left( Y\right)
\end{equation*}を満たす均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が、\begin{equation*}AS\left( Y^{\ast }\right) =Y^{\ast }=AD\left( Y^{\ast }\right)
\end{equation*}として定まります。以上の事実は、経済の生産水準(総供給)が、実際に売れる水準(総需要)によって一方的に決定されることを意味します。以上のような調整メカニズムを有効需要の原理と呼びます。
価格が固定された短期において数量調整の結果として実現する均衡国民所得\(Y^{\ast }\)のもとでは財市場は均衡しますが、労働市場は均衡しているとは限りません。一方、価格の変動を許容した場合、物価\(P\)や名目賃金\(W\)が柔軟に変化することにより、何らかの実質賃金\(\frac{W}{P}\)のもとで労働市場が均衡することを明らかにしました。労働市場が均衡している状態、すなわち完全雇用が実現している場合には労働は適切に配分され、生産部門は利潤最大化を実現し、家計は効用最大化を実現しています。したがって、完全雇用は経済全体として最も効率的な状態であると言えます。完全雇用を実現する均衡労働量\(L^{\ast }\)を短期の生産関数\(F\left( L,\overline{K}\right) \)に代入することにより得られる値\begin{equation*}Y_{F}=F\left( L^{\ast },\overline{K}\right)
\end{equation*}は経済の供給能力を最大限に活用した場合の国民所得であり、これを完全雇用国民所得と呼びます。
完全雇用が実現している場合、労働市場における需給は均衡実質賃金において均衡しています。したがって、その賃金水準において生産部門が需要したい労働がすべて供給されるとともに、その賃金水準において家計が供給したい労働がすべて需要されているため、そこには非自発的失業が存在しません。つまり、完全雇用とは、均衡実質賃金のもとで働きたいすべての人が雇われているという意味において非自発的失業が存在しない状態を指します。完全雇用では、均衡実質賃金のもとで働きたい人が全員働いているということです。
完全雇用国民所得\(Y_{F}\)はいわば国民所得の最大値の理論値であり、短期という制約のもとで実現する均衡国民所得\(Y^{\ast }\)と一致するとは限りません。短期では物価や名目賃金が硬直的であるため、総需要が変動しても価格調整ではなく数量調整で対応せざるを得ないからです。以下では、均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)と乖離する理由とその問題、および解決方法について解説します。
デフレギャップの発生メカニズムと経済的帰結
短期における均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)を下回る場合、すなわち、\begin{equation*}Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}が成り立つ状態をデフレギャップ(deflationary gap)と呼びます。デフレギャップはなぜ発生するのでしょうか。
完全雇用国民所得\(Y_{F}\)は、労働市場の均衡によって決定された最適な労働投入量\(L^{\ast }\)のもとで、\begin{equation*}Y_{F}=F\left( L^{\ast },\overline{K}\right)
\end{equation*}として定まります。総供給関数は、\begin{equation*}
AS\left( Y\right) =Y
\end{equation*}であるため、経済の潜在的な供給能力は、\begin{equation*}
AS\left( Y_{F}\right) =Y_{F}=F\left( L^{\ast },\overline{K}\right)
\end{equation*}として定まります。一方、総需要関数は、\begin{equation*}
AD\left( Y\right) =C\left( Y-T\right) +I+G
\end{equation*}であるため、国民所得が\(Y_{F}\)である場合の総需要は、\begin{equation*}AD\left( Y_{F}\right) =C\left( Y_{F}-T\right) +I+G
\end{equation*}と定まります。何らかの要因により、潜在的な供給能力に対して需要が追い付いていない状況を想定します。つまり、\begin{equation*}
AS\left( Y_{F}\right) >AD\left( Y_{F}\right)
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y_{F}>C\left( Y_{F}-T\right) +I+G
\end{equation*}が成り立つということです。デフレギャップの水準は、完全雇用国民所得\(Y_{F}\)のもとでの超過供給量\begin{equation*}AS\left( Y_{F}\right) -AD\left( Y_{F}\right) >0
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y_{F}-\left[ C\left( Y_{F}-T\right) +I+G\right] >0
\end{equation*}として定義されます。
ケインズ型消費関数\begin{equation*}
C\left( Y-T\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right)
\end{equation*}を採用した場合のデフレギャップを以下に図示しました。赤い矢印がデフレギャップの水準です。
デフレギャップが存在することは、完全雇用国民所得\(Y_{F}\)のもとでは正の意図せざる在庫(売れ残り)が発生することを意味します。ただ、短期では価格メカニズムが働かないため、生産主体は数量調整で対応します。具体的には、労働投入量\(L\)を完全雇用水準\(L^{\ast }\)から減少させることを通じて総供給を\(AS\left(Y_{F}\right) \)すなわち\(Y_{F}\)から減少させ、その結果、以下の条件\begin{equation*}AS\left( Y^{\ast }\right) =AD\left( Y^{\ast }\right)
\end{equation*}を満たす短期の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が実現します。ただし、ここでは減産しているため、\begin{equation*}AS\left( Y^{\ast }\right) <AS\left( Y_{F}\right)
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}が成り立ち、ゆえにデフレギャップが発生しています。
デフレギャップの何が問題なのでしょうか。デフレギャップ時には短期の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を実現する労働\(L\)が完全雇用水準\(L^{\ast }\)を下回るため、労働市場では非自発的失業が発生しています。非自発的失業が存在することとは、現行の賃金水準で働く意思があるにも関わらず、そのような人々が職を得られないことを意味します。また、デフレギャップ時には短期の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)に達していませんが、以上の事実は、経済の状態が潜在能力以下の非効率的な状態に留まっていることを意味します。
デフレギャップが存在する状態が長期にわたって持続すると、価格メカニズムを通じてデフレギャップは解消される方向へ動きます。デフレギャップは供給過剰の状態\begin{equation*}
AS\left( Y_{F}\right) >AD\left( Y_{F}\right)
\end{equation*}ですが、長期的に生産部門は在庫を抱えきれなくなり、価格メカニズムを通じて財市場では物価が下落します。また、デフレギャップにより労働市場において非自発的失業者が増え続けると、価格メカニズムにより長期的には賃金が下落しますが、これは生産部門のコスト削減につながるため総供給曲線が下方へシフトし、その結果、物価が下落します。以上より、デフレギャップが解消されるプロセスにおいて物価水準が下落すること、すなわちデフレ(deflation)が発生することが明らかになりました。デフレを通じてデフレギャップを解消するプロセスは、理論上は長期的に効率的な均衡へ回帰させますが、その過程で発生する諸問題は、経済を長期にわたる大不況に陥れるリスクがあります。
デフレの問題を考慮すると、デフレによってデフレギャップが自然解消されるのを待つのではなく、政策を通じて経済に負担をかけずにデフレギャップを解消するほうが望ましいと言えます。具体的には、デフレギャップが存在する場合には以下の条件\begin{equation*}
Y^{\ast }<Y_{F}
\end{equation*}が成立するため、デフレギャップを解消するためには左辺の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を上昇させて、それを完全雇用国民所得\(Y_{F}\)に一致させる必要があります。
ケインズ型消費関数\begin{equation*}
C\left( Y-T\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right)
\end{equation*}を採用する場合の均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}であるため、デフレギャップを解消する(\(Y^{\ast }\)を増やす)ためには税\(T\)を下げる、投資\(I\)を増やす、政府支出\(G\)を増やす必要があります。これらを実現する施策については後述します。
インフレギャップの発生メカニズムと経済的帰結
短期における均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)を上回る場合、すなわち、\begin{equation*}Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}が成り立つ状態をインフレギャップ(inflationary gap)と呼びます。インフレギャップはなぜ発生するのでしょうか。
完全雇用国民所得\(Y_{F}\)は、労働市場の均衡によって決定された最適な労働\(L^{\ast }\)のもとで、\begin{equation*}Y_{F}=F\left( L^{\ast },\overline{K}\right)
\end{equation*}として定まります。総供給関数は、\begin{equation*}
AS\left( Y\right) =Y
\end{equation*}であるため、経済の潜在的な供給能力は、\begin{equation*}
AS\left( Y_{F}\right) =Y_{F}=F\left( L^{\ast },\overline{K}\right)
\end{equation*}として定まります。一方、総需要関数は、\begin{equation*}
AD\left( Y\right) =C\left( Y-T\right) +I+G
\end{equation*}であるため、国民所得が\(Y_{F}\)である場合の総需要は、\begin{equation*}AD\left( Y_{F}\right) =C\left( Y_{F}-T\right) +I+G
\end{equation*}と定まります。何らかの要因により、潜在的な供給能力に対して需要が多すぎる状況を想定します。つまり、\begin{equation*}
AS\left( Y_{F}\right) <AD\left( Y_{F}\right)
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y_{F}<C\left( Y_{F}-T\right) +I+G
\end{equation*}が成り立つということです。インフレギャップの水準は、完全雇用国民所得\(Y_{F}\)のもとでの超過需要量\begin{equation*}AD\left( Y_{F}\right) -AS\left( Y_{F}\right) >0
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
C\left( Y_{F}-T\right) +I+G-Y_{F}>0
\end{equation*}として定義されます。
ケインズ型消費関数\begin{equation*}
C\left( Y-T\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right)
\end{equation*}を採用した場合のインフレギャップを以下に図示しました。青い矢印がインフレギャップの水準です。
インフレギャップが存在することは、完全雇用国民所得\(Y_{F}\)のもとでは負の意図せざる在庫(品不足)が発生することを意味します。ただ、短期では価格メカニズムが働かないため、生産主体は数量調整で対応します。具体的には、労働投入量\(L\)を完全雇用水準\(L^{\ast }\)から増加させることを通じて総供給を\(AS\left(Y_{F}\right) \)すなわち\(Y_{F}\)から増加させ、その結果、以下の条件\begin{equation*}AS\left( Y^{\ast }\right) =AD\left( Y^{\ast }\right)
\end{equation*}を満たす短期の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が実現します。ただし、ここでは増産しているため、\begin{equation*}AS\left( Y^{\ast }\right) >AS\left( Y_{F}\right)
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}が成り立ち、ゆえにインフレギャップが発生しています。
インフレギャップの何が問題なのでしょうか。インフレギャップ時には短期の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を実現する労働投入量\(L\)が完全雇用水準\(L^{\ast }\)を上回るため、均衡実質賃金のもとで働きたい人はすべて雇われているため非自発的失業は存在しないものの、既存の労働者への残業の要請などを通じて\(L^{\ast }\)を上回る\(L\)を確保する必要があります。つまり、完全雇用水準\(L^{\ast }\)を上回る労働投入\(L\)を行うことは、生産能力の限界を超えて稼働することを意味するため、この状態は持続可能ではありません。また、インフレギャップ時には短期の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)が完全雇用国民所得\(Y_{F}\)を上回りますが、以上の事実は、経済の状態が潜在能力を超えた非効率的な状態にあることを意味します。
インフレギャップが存在する状態が長期にわたって持続すると、価格メカニズムを通じてインフレギャップは解消される方向へ動きます。インフレギャップは需要過剰の状態\begin{equation*}
AD\left( Y_{F}\right) >AS\left( Y_{F}\right)
\end{equation*}ですが、長期的に生産部門は能力を超えた生産ができなくなり、価格メカニズムを通じて財市場では物価が上昇します。また、インフレギャップにより労働市場において需要が高まると、価格メカニズムによって長期的には賃金が上昇しますが、これは生産部門のコスト増加につながるため総供給曲線が上方へシフトし、その結果、物価が上昇します。以上より、インフレギャップが解消されるプロセスにおいて物価水準が上昇すること、すなわちインフレ(inflation)が発生することが明らかになりました。インフレを通じてインフレギャップを解消するプロセスは、理論上は長期的に効率的な均衡へ回帰させますが、その過程で発生する諸問題は、経済に対して明確なコストをもたらします。
インフレの問題を考慮すると、インフレによってインフレギャップが自然解消されるのを待つのではなく、政策を通じて経済に負担をかけずにインフレギャップを解消するほうが望ましいと言えます。具体的には、インフレギャップが存在する場合には以下の条件\begin{equation*}
Y^{\ast }>Y_{F}
\end{equation*}が成立するため、インフレギャップを解消するためには左辺の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を下落させて、それを完全雇用国民所得\(Y_{F}\)に一致させる必要があります。
ケインズ型消費関数\begin{equation*}
C\left( Y-T\right) =c_{0}+c_{1}\left( Y-T\right)
\end{equation*}を採用する場合の均衡国民所得は、\begin{equation*}
Y^{\ast }=\frac{1}{1-c_{1}}\left( c_{0}-c_{1}T+I+G\right)
\end{equation*}であるため、インフレギャップを解消する(\(Y^{\ast }\)を減らす)ためには税\(T\)を上げる、投資\(I\)を減らす、政府支出\(G\)を減らす必要があります。これらを実現する施策については後述します。
$$\begin{array}{ccc}
\hline
& デフレギャップ & インフレギャップ \\ \hline
状況 & 総需要不足 & 総需要超過 \\ \hline
在庫 & 売れ残り(正)& 品不足(負) \\ \hline
調整方向 & 減産・雇用縮小 & 増産・雇用拡大 \\ \hline
長期の価格変化 & 物価下落(デフレ) & 物価上昇(インフレ) \\ \hline
政策対応 & 拡張的財政・金融政策 & 緊縮的財政・金融政策 \\ \hline
\end{array}$$
演習問題
C\left( Y-T\right) =50+0.8\left( Y-T\right)
\end{equation*}であるものとします。ただし、\(Y\)は国民所得であり、\(T\)は税です。税と投資と政府支出は、\begin{eqnarray*}T &=&100 \\
I &=&150 \\
G &=&100
\end{eqnarray*}であるものとします。以下の問いに答えてください。
- 閉鎖経済を想定した上で、短期において財市場で数量調整が行われる場合の均衡国民所得\(Y^{\ast }\)を求めてください。
- 完全雇用国民所得が、\begin{equation*}Y_{F}=900
\end{equation*}であるとき、デフレギャップまたはインフレギャップの有無とその大きさを求めてください。
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