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短期マクロ分析の基礎

貨幣の需要(貨幣需要関数)

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貨幣の需要

貨幣を「完全な流動性を持つ資産」と定義するとともに、貨幣には交換手段・価値尺度・価値貯蔵手段としての機能があることを解説しました。一方、「利子を生むが、流動性が貨幣に劣るすべての資産」の総称として債券を定義しました。

貨幣は完全な流動性を持ちますが、利子を生み出しません。一方、債券の流動性は不完全ですが、利子を生み出します。人々が貨幣を保有することは流動性を選択することを意味しますが、それは同時に、債券がもたらす収益性を犠牲にすることを意味します。資産を貨幣と債券に分類することは、人々が流動性と収益性のトレードオフに直面しながら資産選択を行う状況を想定することを意味します。

債券は様々なリターン(利子、配当、値上がり益など)をもたらしますが、マクロ経済学では、これらのリターンを名目利子率\(i\geq 0\)と呼ばれる単一の指標で代表的に表現します。債券市場が機能している場合、債券の市場価格\(P_{B}\)は債券の現在割引価値と一致します。債券の現在割引価値は名目利子率\(i\)に関する減少関数であるため、債券の市場価格もまた\(i\)に関する減少関数です。つまり、以下の関係\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \text{名目利子率}i\text{が上昇すると債券の市場価格}P_{B}\text{は下落する} \\
&&\left( b\right) \ \text{名目利子率}i\text{が下落すると債券の市場価格}P_{B}\text{は上昇する}
\end{eqnarray*}が成立します。

経済全体に存在する資産は有限ですが、貨幣以外の資産の総称として債券を定義しているため、経済全体の資産は貨幣と債券から構成されます。では、全資産の中のどの程度の割合を貨幣として保有しておくことが最適なのでしょうか。経済全体において、総資産のうち貨幣として保有することを望む量を貨幣需要(liquidity demand)と呼び、これを、\begin{equation*}
L\geq 0
\end{equation*}で表記します。繰り返しになりますが、貨幣需要という概念は、貨幣と債券という2つの選択肢に直面した状況において貨幣をどれほど望むかを表す概念です。言い換えると、貨幣需要とは貨幣が有する流動性に対する需要です。

貨幣需要はどのような要因によって決定されるのでしょうか。ケインズによる流動性選好説(liquidity preference theory)によると、貨幣を保有する動機は主に3つ存在しますが、それぞれが国民所得\(Y\)と名目利子率\(i\)によって決定されます。以降では、それぞれの動機について解説します。\begin{equation*}\text{貨幣需要}\left\{
\begin{array}{l}
\text{取引的動機にもとづく貨幣需要} \\
\text{予備的動機にもとづく貨幣需要} \\
\text{投機的動機にもとづく貨幣需要}\end{array}\right.
\end{equation*}

 

取引的動機にもとづく貨幣需要(取引需要)

多くの場合、経済主体に所得が入ってくるタイミングと、支出が行われるタイミングは一致しません。十分な貨幣が手元に残されていない場合、支出のたびに保有している債券を売却する必要がありますが、その手間は取引コストとしてのしかかります。そこで、このタイミングのズレを埋めるために貨幣を手元に保有しておく必要があります。日常的な取引や決済を行う必要から生じる貨幣への需要を取引的動機にもとづく貨幣需要(transactions demand for money)と呼び、これを、\begin{equation*}
L_{T}\geq 0
\end{equation*}で表記します。以降ではこれをシンプルに貨幣の取引需要(transactions demand)と呼ぶこととします。

貨幣は完全に流動的であるため、貨幣を保有しておけば取引のたびに債券を現金化する取引コストをゼロにできます。一方、貨幣はリターンを生み出さないため、貨幣を保有することはリターンを放棄することを意味します。経済主体は貨幣の流動性がもたらす取引コスト回避の便益と、債券保有によるリターンを比較しながら、取引に最も都合の良い量の貨幣を保有しようとします。

例(家計の場合)
多くの人は、月に一度、給与としてまとまった所得を受けとります。しかし、家賃・食費・光熱費などの支出は、その月の初めから終わりにかけて継続的に、あるいは不定期に発生します。もし、収入が入ってきたタイミングで収入のすべてを債券に投資してしまった場合、次の支出のタイミングで債券をすぐに売却して貨幣に変えなければなりません。この手間を避けるため、人は毎日の支出に必要な分だけ、あらかじめ貨幣を手元に残しておきます。

例(企業の場合)
企業にとって商品の売り上げは日々ありますが、まとまった売掛金の入金は不定期です。他方で、従業員への給与支払いは月に一度、仕入れ代金や税金の支払いは特定の日にまとまって発生します。支払い義務が発生したときに即座に対応できるよう、企業は日々のビジネスに必要な運転資金として貨幣を手元に残しておきます。

国民所得\(Y\)が増加すると経済活動の規模が拡大し、必要な取引量が増加します。取引量が増加すれば、取引のために手元に残しておくべき貨幣の量もまた増加するため、貨幣の取引需要は国民所得\(Y\)に関する狭義単調増加関数になります。つまり、貨幣の取引需要\(L_{T}\)を国民所得\(Y\)に関する関数\begin{equation*}L_{T}=L_{T}\left( Y\right)
\end{equation*}として表現した場合、任意の\(Y\geq 0\)において、\begin{equation*}\frac{dL_{T}\left( Y\right) }{dY}>0
\end{equation*}が成り立つということです。つまり、以下の関係\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ \text{国民所得}Y\text{が増加すると貨幣の取引需要}L_{T}\text{は増加する}
\\
&&\left( b\right) \ \text{国民所得}Y\text{が減少すると貨幣の取引需要}L_{T}\text{は減少する}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。

厳密には、貨幣の取引需要\(L_{T}\)は国民所得\(Y\)に依存するだけでなく、名目利子率\(i\)にも依存します。実際、\(i\)が上昇すると債券から得られるリターンが増加するため、貨幣を保有することの機会費用が大きくなります。その結果、取引の円滑さという利便性を犠牲にしてでも取引需要にもとづく貨幣需要を減らし、その分を債券への投資に回すインセンティブが働きます。このような事情を踏まえた上でも、マクロ経済学の基礎理論では、貨幣の取引需要\(L_{T}\)を国民所得\(Y\)のみに依存する関数として定式化します。なぜなら、名目利子率\(i\)が貨幣の取引需要\(L_{T}\)に対して与える影響は、後ほど解説する貨幣の資産需要に含めて分析するアプローチを採用することで、モデルの構造を単純化できるからです。

 

予備的動機にもとづく貨幣需要(予備的需要)

経済主体は、将来、どのような支出や収入が発生するかを完全に予測することはできません。不測の事態が発生した際に手元に債券しか持っていない場合、現金化に時間とコストがかかるため、対応が間に合わなくなる可能性があります。また、急いでいる状況では足元を見られて債券を不利な価格で売却せざるを得ない事態も起こり得ます。このような事情を踏まえると、万が一の事態に備えて、すぐに使える資産である貨幣を少し多めに手元に置いておきたいというニーズが生まれます。

予期せぬ出費や不意の事態など、将来の不確実性に備える必要から生じる貨幣への需要を予備的動機にもとづく貨幣需要(precautionary demand for money)と呼び、これを、\begin{equation*}
L_{P}\geq 0
\end{equation*}で表記します。以降ではこれをシンプルに貨幣の予備的需要(precautionary demand)と呼ぶこととします。

例(家計の場合)
突然の病気や事故による医療費、家電の故障、車の緊急修理、予期せぬ家族イベントなどへの支出は、発生のタイミングも金額も不明瞭です。そのため、これらの支出に備えて手元に貨幣を残しておく必要があります。また、給料の遅延や予定してボーナスの減額など、収入面での不確実性もまた備えの必要性を高めます。

例(企業の場合)
予期せぬ原材料価格の高騰、機械の緊急修繕、急な在庫補充の必要性、予期せぬ訴訟費用などへの支出は、発生のタイミングも金額も不明瞭です。そのため、これらの支出に備えて手元に貨幣を残しておく必要があります。また、売掛金の回収の遅延など、収入面での不確実性もまた備えの必要性を高めます。

国民所得\(Y\)が増加すると経済主体による経済活動の規模が拡大します。経済活動の規模が拡大するほど、不測の事態に対処するために必要な備えの金額も増加するため、貨幣の予備的需要は国民所得\(Y\)に関する狭義単調増加関数になります。つまり、貨幣の予備的需要\(L_{P}\)を国民所得\(Y\)に関する関数\begin{equation*}L_{P}=L_{P}\left( Y\right)
\end{equation*}として表現した場合、任意の\(Y\geq 0\)において、\begin{equation*}\frac{dL_{P}\left( Y\right) }{dY}>0
\end{equation*}が成り立つということです。つまり、以下の関係\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ \text{国民所得}Y\text{が増加すると貨幣の予備的需要}L_{P}\text{は増加する} \\
&&\left( b\right) \ \text{国民所得}Y\text{が減少すると貨幣の予備的需要}L_{P}\text{は減少する}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。

例(家計の場合)
所得が増えれば、高級車や住宅の維持費、高額なレジャーなど、普段の支出の絶対額が大きくなります。これらの高額な支出に関連して予期せぬトラブル(車の修理、住宅の緊急修繕など)が発生した場合、その対処費用も高額になるため、備えておくべき金額も大きくなります。

例(企業の場合)
売上が増加し、仕入れや人件費が増加すると、原材料価格の高騰や主要取引先の倒産などのビジネスリスクが発生した場合に生じる損失額の規模も大きくなるため、備えておくべき金額も大きくなります。

 

投機的動機にもとづく貨幣需要(投機的需要)

貨幣は利子を生まない一方で債券は利子を生むため、資産運用という観点だけに注目した場合には債券を保有するほうが有利であると思われがちですが、実は、資産運用という観点においても、貨幣を保有するほうが有利であるような状況は起こります。具体的には以下の通りです。

債券価格が十分高くなると、次第に人々は、債券価格の下落を予想するようになります。債券を保有している場合、現行の債券価格が高いほど、価格が下落したときの損失は大きくなります。そこで人々は、債券価格が下落する前に債券を売って貨幣にしておこうとするため、貨幣に対する需要が増加します。

債券価格が十分低くなると、次第に人々は、債券価格の上昇を予想するようになります。債券を保有していない場合、現行の債券価格が低いほど、価格が上昇したときの機会損失は大きくなります。そこで人々は、債券価格が上昇する前に債券を買おうとするため、貨幣に対する需要が減少します。

以上のように、資産の価格変動リスクを回避するための合理的な資産選択行動の結果として生じる貨幣への需要を投機的動機にもとづく貨幣需要(speculative demand for money)と呼び、これを、\begin{equation*}
L_{S}\geq 0
\end{equation*}で表記します。以降ではこれをシンプルに貨幣の投機的需要(speculative demand)と呼ぶこととします。もしくは、これを貨幣の資産需要(asset demand)と呼びます。

債券価格は名目利子率\(i\)に関する減少関数であるため、\(i\)が下落すると債券価格は上昇します。これは債券価格の将来的な下落リスクを高めるため、貨幣の投機的需要が増加します。逆に、名目利子率\(i\)が上昇すると債券価格が下落しますが、これは債券価格の将来的な上昇、すなわち貨幣保有の機会費用の上昇を招くため、貨幣の投機的需要が減少します。つまり、貨幣の投機的需要は名目利子率\(i\)に関する狭義単調減少関数になります。つまり、貨幣の投機的需要\(L_{S}\)を名目利子率\(i\)に関する関数\begin{equation*}L_{S}=L_{S}\left( i\right)
\end{equation*}として表現した場合、任意の\(i\geq 0\)において、\begin{equation*}\frac{dL_{S}\left( i\right) }{di}<0
\end{equation*}が成り立つということです。つまり、以下の関係\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ \text{名目利子率}i\text{が増加すると貨幣の投機的需要}L_{S}\text{は減少する} \\
&&\left( b\right) \ \text{名目利子率}i\text{が減少すると貨幣の投機的需要}L_{S}\text{は増加する}
\end{eqnarray*}が成り立ちます。

例(流動性の罠)
名目利子率\(i\)が極めて低い水準(ゼロ付近、または歴史的な最低水準)に達すると、現在の利子率が下限であり、ゆえに現在の債券価格は上限であると人々が確信を抱くようになります。この状況では、すべての人々が債券価格の暴落リスクのみを警戒するようになります。そのため、貨幣を保有し続けることの機会費用は事実上ゼロになり、債券を新たに購入する人がいなくなるため、利子率がゼロに近い状態であっても、すべての経済主体が貨幣を保有したがる状況が出来上がります。このような極限的な状況を流動性の罠(liquidity trap)と呼びます。流動性の罠については場を改めて解説します。

 

貨幣需要関数

これまでの議論を踏まえた上で、貨幣需要\(L\)を、貨幣の取引需要\(L_{T}\)と予備的需要\(L_{P}\)と投機的需要\(L_{S}\)の和として定義します。つまり、\begin{equation*}L=L_{T}+L_{P}+L_{S}
\end{equation*}です。さらに、\begin{eqnarray*}
L_{T} &=&L_{T}\left( Y\right) \\
L_{P} &=&L_{P}\left( Y\right) \\
L_{S} &=&L_{S}\left( i\right)
\end{eqnarray*}であることを踏まえると、貨幣需要\(L\)を、国民所得\(Y\)と名目利子率\(i\)に関する関数\begin{eqnarray*}L &=&L\left( Y,i\right) \\
&=&L_{T}\left( Y\right) +L_{P}\left( Y\right) +L_{S}\left( i\right)
\end{eqnarray*}とみなすことができます。この関数\(L\left( Y,i\right) \)を貨幣需要関数(liquidity demand function)や流動性選好関数(liquidity preference function)などと呼びます。

経済主体が貨幣を保有する真の目的は、名目的な金額ではなく、その貨幣が持つ実質的な購買力を確保することにあります。そこで、先に定義した貨幣需要\begin{equation*}
L=L\left( Y,i\right)
\end{equation*}は、人々が需要する貨幣の実質的な購買力、すなわち実質貨幣需要(real liquidity demand)を表すものとします。この場合、\(Y\)は実質の国民所得を表します。

実質貨幣需要の定義を踏まえると、人々が実際に手元に保有したいと考える貨幣の名目的な金額は、実質貨幣需要\(L\left( Y,i\right) \)に現在の物価水準\(P\)を掛けることによって求められます。つまり、名目貨幣需要(nominal liquidity demand)は、\begin{equation*}M^{D}=P\cdot L\left( Y,i\right)
\end{equation*}として得られます。以上の事実は、物価水準\(P\)が上昇すると、人々は同じ実質購買力を確保するために、より多くの名目貨幣を保有しなければならないことを意味します。逆に、実質貨幣需要を、\begin{equation*}L\left( Y,i\right) =\frac{M^{D}}{P}
\end{equation*}と表現できます。名目貨幣需要を物価で割れば実質貨幣需要が得られるということです。

これまでの議論を踏まえると、任意の\(\left(Y,i\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)において、\begin{eqnarray*}\frac{\partial L\left( Y,i\right) }{\partial Y} &=&\frac{\partial }{\partial
Y}\left[ L_{T}\left( Y\right) +L_{P}\left( Y\right) +L_{S}\left( i\right) \right] \quad \because L\left( Y,i\right) =L_{T}\left( Y\right) +L_{P}\left(
Y\right) +L_{S}\left( i\right) \\
&=&\frac{\partial L_{T}\left( Y\right) }{\partial Y}+\frac{\partial
L_{P}\left( Y\right) }{\partial Y} \\
&>&0\quad \because \frac{\partial L_{T}\left( Y\right) }{\partial Y}>0\text{かつ}\frac{\partial L_{P}\left( Y\right) }{\partial Y}>0
\end{eqnarray*}が成り立つとともに、\begin{eqnarray*}
\frac{\partial L\left( Y,i\right) }{\partial i} &=&\frac{\partial }{\partial
i}\left[ L_{T}\left( Y\right) +L_{P}\left( Y\right) +L_{S}\left( i\right) \right] \quad \because L\left( Y,i\right) =L_{T}\left( Y\right) +L_{P}\left(
Y\right) +L_{S}\left( i\right) \\
&=&\frac{\partial L_{S}\left( i\right) }{\partial i} \\
&<&0\quad \because \frac{dL_{S}\left( i\right) }{di}<0
\end{eqnarray*}が成り立ちます。つまり、貨幣需要関数\(L\left( Y,i\right) \)は国民所得\(Y\)に関する狭義単調増加関数であり、名目利子率\(i\)に関する狭義単調減少関数です。以上の事実は、以下の関係\begin{eqnarray*}&&\left( a\right) \ \text{名目利子率}i\text{を一定にしたまま国民所得}Y\text{が増加すると貨幣需要}L\text{は増加する} \\
&&\left( b\right) \ \text{名目利子率}i\text{を一定にしたまま国民所得}Y\text{が減少すると貨幣需要}L\text{は減少する} \\
&&\left( c\right) \ \text{国民所得}Y\text{を一定にしたまま名目利子率}i\text{が上昇すると貨幣需要}L\text{は減少する} \\
&&\left( d\right) \ \text{国民所得}Y\text{を一定にしたまま名目利子率}i\text{が下落すると貨幣需要}L\text{は増加する}
\end{eqnarray*}が成り立つことを意味します。

例(貨幣需要関数)
貨幣需要関数\(L\left( Y,i\right) \)を、\begin{equation*}L\left( Y,i\right) =kY-hi+L_{0}
\end{equation*}と定めます。ただし、\(k,h,L_{0}\in \mathbb{R} \)はいずれも正の定数です。この場合、\begin{eqnarray*}\frac{\partial L\left( Y,i\right) }{\partial Y} &=&\frac{\partial }{\partial
Y}\left( kY-hi+L_{0}\right) \\
&=&k \\
&>&0
\end{eqnarray*}が成り立ち、\begin{eqnarray*}
\frac{\partial L\left( Y,i\right) }{\partial i} &=&\frac{\partial }{\partial
i}\left( kY-hi+L_{0}\right) \\
&=&-h \\
&<&0
\end{eqnarray*}が成り立つため、先のように定義された\(L\left( Y,i\right) \)は貨幣需要関数としての要件を満たします。ちなみに、\begin{equation*}L\left( 0,0\right) =L_{0}>0
\end{equation*}ですが、以上の事実は、\(L_{0}\)は国民所得\(Y\)と名目利子率\(i\)がともにゼロであるという状況においても発生する貨幣需要の基準値を表す定数であることを意味します。

 

貨幣需要曲線

貨幣需要関数\(L=L\left( Y,i\right) \)が与えられた状況を想定します。国民所得の水準\(Y^{\prime }\geq 0\)を任意に選んで固定すれば、貨幣需要関数は名目利子率\(i\)に関する1変数関数\begin{equation*}L=L\left( Y^{\prime },i\right)
\end{equation*}になります。横軸に貨幣需要\(L\)をとり、縦軸に利子率\(i\)をとった上で描かれる1変数関数\(L\left( Y^{\prime },i\right) \)のグラフを\(Y^{\prime }\)のもとでの貨幣需要曲線(liquidity demand curve)と呼びます。

図:貨幣需要曲線は右下がり
図:貨幣需要曲線は右下がり

貨幣需要関数\(L\left( Y,i\right) \)は名目利子率\(i\)に関する狭義単調減少関数であるため、国民所得の水準を\(Y^{\prime }\geq 0\)に固定したまま名目利子率\(i\)を上昇させると貨幣需要\(L\left( Y^{\prime },i\right) \)は減少します。以上の事実は、貨幣需要曲線\(L\left(Y^{\prime },i\right) \)が右下がりの曲線であることを意味します。

図:貨幣需要曲線のシフト
図:貨幣需要曲線のシフト

貨幣需要関数\(L\left( Y,i\right) \)は国民所得\(Y\)に関する狭義単調増加関数であるため、\(Y^{\prime \prime }>Y^{\prime }\)を満たす異なる国民所得水準\(Y^{\prime },Y^{\prime \prime }\geq 0\)を任意に選んだ場合、任意の\(i\geq 0\)のもとで、\begin{equation*}L\left( Y^{\prime \prime },i\right) >L\left( Y^{\prime },i\right)
\end{equation*}が成り立ちます。以上の事実は、国民所得水準\(Y\)を\(Y^{\prime }\)から\(Y^{\prime\prime }\)まで増加させると、貨幣需要曲線は\(L\left(Y^{\prime },i\right) \)から\(L\left( Y^{\prime \prime },i\right) \)へ右側にシフトすることを意味します。

例(貨幣需要曲線)
貨幣需要関数\(L\left( Y,i\right) \)を、\begin{equation*}L\left( Y,i\right) =kY-hi+L_{0}
\end{equation*}と定めます。ただし、\(k,h,L_{0}\in \mathbb{R} \)はいずれも正の定数です。国民所得の水準\(Y^{\prime }\geq 0\)のもとでの貨幣需要曲線は、\begin{equation*}L=kY^{\prime }-hi+L_{0}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
hi=kY^{\prime }+L_{0}-L
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
i=-\frac{L}{h}+\frac{kY^{\prime }+L_{0}}{h}
\end{equation*}となります。これは傾きが\(-\frac{L}{h}<0\)であるような直線です。

 

貨幣数量説

ケインズの流動性選好説のもとでは、貨幣需要関数は国民所得\(Y\)と名目利子率\(i\)に関する関数\begin{equation*}L\left( Y,i\right)
\end{equation*}として定義されます。一方、貨幣需要は国民所得\(Y\)のみに依存し、名目利子率\(i\)には依存しないという立場を貨幣数量説(quantity theory of money)と呼びます。つまり、貨幣数量説のもとでは貨幣は取引の手段としてのみ機能し、資産として保有されることは考慮されません。貨幣数量説のもとでは、貨幣需要関数は何らかの定数\(k>0\)を用いて、\begin{equation}L\left( Y,i\right) =kY \quad \cdots (1)
\end{equation}と表現されます。国民所得の水準\(Y^{\prime }\geq 0\)を任意に選んで固定すれば、\(Y^{\prime }\)のもとでの貨幣需要曲線\begin{equation*}L=L\left( Y^{\prime },i\right) =kY^{\prime }
\end{equation*}が得られますが、これは\(i\)の水準によらない定数関数であるため、横軸に貨幣需要\(L\)をとり、縦軸に名目利子率\(i\)をとった上で貨幣需要曲線を描くと、そのグラフは垂直の直線になります。貨幣数量説のもとでは貨幣需要曲線は垂直になります。

名目貨幣需要は、\begin{equation*}
M^{D}=P\cdot L\left( Y,i\right)
\end{equation*}として与えられるため、これと\(\left( 1\right) \)より、\begin{equation*}M^{D}=P\cdot kY
\end{equation*}すなわち、\begin{equation}
M^{D}=kPY \quad \cdots (2)
\end{equation}を得ます。\(P\)は物価であり\(Y\)は実質GDPであるため\(PY\)は名目GDPです。したがって\(\left( 2\right) \)は、人々の名目貨幣需要は名目GDPに比例することを意味します。\(\left(2\right) \)より、\begin{equation*}k=\frac{M^{D}}{PY}
\end{equation*}を得ますが、これをマーシャルの\(k\)(Marshalian \(k\))と呼びます。これは、人々が名目所得\(PY\)のうち、どれだけの割合を貨幣\(M^{D}\)として手元に持っておきたいかを示す比率です。

貨幣数量説は以下の方程式\begin{equation}
MV=PY \quad \cdots (3)
\end{equation}によっても表現されます。ただし、\begin{eqnarray*}
M &:&\text{貨幣供給量} \\
V &:&\text{貨幣の流通速度} \\
P &:&\text{物価} \\
Y &:&\text{実質GDP}
\end{eqnarray*}です。これをフィッシャーの交換方程式(Fisher’s equation of exchange)と呼びます。\(M\)は経済全体に存在する貨幣の総量であり、\(V\)は1単位の貨幣が1定期間に何回取引に使われたかを表す回転率です。したがって\(\left( 3\right) \)の左辺は、一定期間内に市場で取引に使われた貨幣の総量、すなわち名目ベースでの支出総額を表します。一方、\(\left( 3\right) \)の右辺は物価と実質GDPの積であるため名目GDPです。三面等価の原理より、これは名目国民所得でもあります。フィッシャーの交換方程式\(\left( 3\right) \)が成立する根拠は、誰かの支出(左辺)は必ず誰かの収入(右辺)になるという原則に支えられています。言い換えると、市場で使われたお金の総額(左辺)は、必ずそのお金で購入された財・サービスの総価値(右辺)に等しくなるということです。

貨幣数量説では、貨幣市場の均衡条件として貨幣供給\(M\)と貨幣需要\(M^{D}\)が一致すると考えます。つまり、貨幣市場の均衡条件は、\begin{equation*}M=M^{D}
\end{equation*}です。これと\(\left( 2\right) \)より、\begin{equation}M=kPY \quad \cdots (4)
\end{equation}を得ますが、これをケンブリッジ方程式(Cambridge Equation)と呼びます。これとフィッシャーの方程式\begin{equation}
MV=PY \quad \cdots (5)
\end{equation}を踏まえると、\begin{eqnarray*}
V &=&\frac{PY}{M}\quad \because \left( 5\right) \\
&=&\frac{PY}{kPY}\quad \because \left( 4\right) \\
&=&\frac{1}{k}
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
V=\frac{1}{k}
\end{equation*}を得ます。つまり、貨幣の流通速度\(V\)はマーシャルの\(k\)の逆数と一致します。つまり、人々が手元に残す貨幣が多いほど(\(k\)が大きい)貨幣の流通速度は遅くなり(\(V\)が小さい)、逆に、人々が手元に残す貨幣が少ないほど(\(k\)が小さい)ほど貨幣の流通速度は速くなります(\(V\)が大きい)。

 

演習問題

問題(貨幣需要の分類)
ケインズの流動性選好説において、貨幣を保有する3つの動機をすべて挙げ、それぞれの動機が主にどの経済変数(国民所得\(Y\)または名目利子率\(i\))に依存するかを簡潔に説明してください。
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問題(貨幣需要関数)
ある経済における実質貨幣需要関数が、\begin{equation*}
\frac{M_{d}}{P}=0.4Y-50i
\end{equation*}で与えられているものとします。ただし、\(M_{d}\)は名目貨幣需要、\(P\)は物価水準、\(Y\)は実質国民所得、\(i\)は名目利子率です。以下の問いに答えてください。

  1. 実質国民所得\(Y\)が\(1000\)であり、名目利子率\(i\)が\(0.06\)(\(6\)パーセント)であるとき、実質貨幣需要\(\frac{M_{d}}{P}\)を計算してください。
  2. この経済における実質貨幣供給\(\frac{M_{s}}{P}\)が\(370\)に固定されている場合、貨幣市場の均衡(\(\frac{M_{d}}{P}=\frac{M_{s}}{P}\))を回復させるために必要な利子率\(i\)はいくつですか。ただし、実質国民所得\(Y\)は\(1000\)のまま変化しないものとします。
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問題(リスク回避の贅沢財としての貨幣)
経済学では、予備的動機にもとづく貨幣保有を「流動性という保険の購入」に例えることがあります。このような観点から、貨幣の予備的需要\(L_{P}\)が国民所得\(Y\)に関する増加関数である理由を説明してください。
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問題(貨幣の機能と貨幣の需要の関係)
貨幣の機能として交換手段・価値尺度・価値貯蔵手段の3つがあり、貨幣の需要として取引需要・予備的需要・投機的需要の3つがありますが、これらの間にはどのような対応関係が成立するでしょうか。

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