実数空間をスカラー場とするn次元空間上に定義されたスカラー乗法を用いて、スカラー除法と呼ばれる演算を間接的に定義します。
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スカラー除法

非ゼロのスカラー\(a\in \mathbb{R} \backslash \left\{ 0\right\} \)と\(n\)次元空間の点\(x\in \mathbb{R} ^{n}\)をそれぞれ任意に選んだ上で、\(\mathbb{R}^{n}\)の点を値として取る変数\(y\in \mathbb{R} ^{n}\)に関する方程式\begin{equation}
a\cdot y=x \tag{1}
\end{equation}を考えます。\(a\)は\(0\)ではないため、その乗法逆元\(a^{-1}\)に相当する実数が存在します。また、\(\mathbb{R}^{n}\)は\(\mathbb{R}\)をスカラー場とするスカラー乗法について閉じているため、\(a^{-1}\cdot x\)もまた\(\mathbb{R}^{n}\)の点です。そこで、方程式\(\left( 1\right) \)の解の候補として点\(y=a^{-1}\cdot x\)を考えると、\begin{eqnarray*}
a\cdot y &=&a\cdot \left( a^{-1}\cdot x\right) \quad \because y=a^{-1}\cdot x
\\
&=&\left( a\cdot a^{-1}\right) \cdot x\quad \because \text{乗法とベクトル乗法の互換性} \\
&=&1\cdot x\quad \because \text{乗法逆元の定義} \\
&=&x\quad \because 1\text{はスカラー乗法の単位元}
\end{eqnarray*}となるため、\(a^{-1}\cdot x\)が方程式\(\left( 1\right) \)の解であることが示されました。

さらに、方程式\(\left( 1\right) \)の解が一意的であることを示すために、これが異なる2つの解\(y,y^{\prime }\)を持つものと仮定します。このとき、\(a\cdot y=x\)と\(a\cdot y^{\prime }=x\)が成り立ちます。すると\(a\cdot y=a\cdot y^{\prime }\)が成り立ちますが、スカラー乗法に関する簡約法則より\(y=y^{\prime }\)となります。これは\(y\)と\(y^{\prime }\)が異なるという事実と矛盾するため、上の方程式\(\left( 1\right) \)の解は一意的です。

命題(スカラー除法の根拠)
非ゼロのスカラー\(a\in \mathbb{R} \backslash \left\{ 0\right\} \)と\(n\)次元空間の点\(x\in \mathbb{R} ^{n}\)をそれぞれ任意に選んだとき、方程式\(a\cdot y=x\)は一意的な解\(y=a^{-1}\cdot x\)を持つ。
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上の命題より、スカラー乗法\(\cdot \)が与えられたとき、非ゼロのスカラー\(a\)と\(\mathbb{R}^{n}\)の点からなるそれぞれの順序対\(\left( a,x\right) \)に対して、方程式\(a\cdot y=x\)の一意的な解に相当する\(\mathbb{R}^{n}\)の点\(a^{-1}\cdot x\)を定める二項演算が定義可能です。これをスカラー除法(scalar division)と呼び、その演算子を\(/:\mathbb{R}\backslash \left\{ 0\right\} \times \mathbb{R} ^{n}\rightarrow \mathbb{R} ^{n}\)で表します。さらに、スカラー除法\(/\)が\(\left( a,x\right) \)に対して定める\(\mathbb{R}^{n}\)の点\(a^{-1}\cdot x\)を\(x/a\)や\(\frac{x}{a}\)などで表し、これを\(a\)による\(x\)のスカラー商(scalar quotient)と呼びます。定義より、\begin{equation*}
\frac{x}{a}=a^{-1}\cdot x=\frac{1}{a}\cdot x
\end{equation*}です。

例(スカラー除法)
スカラー\(a\in \mathbb{R} \backslash \left\{ 0\right\} \)と点\(x\in \mathbb{R} \)をそれぞれ任意に選ぶと、\begin{equation*}
\frac{x}{a}=\frac{x}{a}
\end{equation*}が成り立ちます。ただし、左辺はスカラー商であり、右辺の実数の商です。つまり、スカラー場が\(\mathbb{R}\)であるとき、\(1\)次元ユークリッド空間の点に関するスカラー除法は除法と一致します。具体例を挙げると、\begin{eqnarray*}
\frac{2}{2} &=&1 \\
\frac{4}{\left( -2\right) } &=&-2 \\
3/\frac{1}{2} &=&6
\end{eqnarray*}などが成り立ちます。
例(スカラー除法)
スカラー\(a\in \mathbb{R} \backslash \left\{ 0\right\} \)と点\(x\in \mathbb{R} ^{2}\)をそれぞれ任意に選びます。ただし、\(x=\left( x_{1},x_{2}\right) \)です。このとき、\begin{equation*}
\frac{x}{a}=\left( \frac{x_{1}}{a},\frac{x_{2}}{a}\right)
\end{equation*}となります。具体例を挙げると、\begin{eqnarray*}
\frac{\left( 2,3\right) }{2} &=&\left( \frac{2}{2},\frac{3}{2}\right)
=\left( 1,\frac{3}{2}\right) \\
\frac{\left( -1,3\right) }{\left( -2\right) } &=&\left( \frac{-1}{-2},\frac{3}{-2}\right) =\left( \frac{1}{2},-\frac{3}{2}\right) \\
\left( \frac{1}{4},-\frac{2}{3}\right) /\frac{1}{2} &=&\left( \frac{1}{4}/\frac{1}{2},-\left( \frac{2}{3}\right) /\frac{1}{2}\right) =\left( \frac{1}{2},-\frac{4}{3}\right)
\end{eqnarray*}などが成り立ちます。
例(スカラー乗法)
スカラー\(a\in \mathbb{R} \backslash \left\{ 0\right\} \)と点\(x\in \mathbb{R} ^{3}\)をそれぞれ任意に選びます。ただし、\(x=\left( x_{1},x_{2},x_{3}\right) \)です。このとき、\begin{equation*}
\frac{x}{a}=\left( \frac{x_{1}}{a},\frac{x_{2}}{a},\frac{x_{3}}{a}\right)
\end{equation*}となります。具体例を挙げると、\begin{eqnarray*}
\frac{\left( 2,3,4\right) }{2} &=&\left( \frac{2}{2},\frac{3}{2},\frac{4}{2}\right) =\left( 1,\frac{3}{2},2\right) \\
\frac{\left( -1,3,2\right) }{\left( -2\right) } &=&\left( \frac{-1}{-2},\frac{3}{-2},\frac{2}{-2}\right) =\left( \frac{1}{2},-\frac{3}{2},-1\right)
\\
\left( \frac{1}{4},-\frac{2}{3},0\right) /\frac{1}{2} &=&\left( \frac{1}{4}/\frac{1}{2},-\frac{2}{3}/\frac{1}{2},0/\frac{1}{2}\right) =\left( \frac{1}{2},-\frac{4}{3},0\right)
\end{eqnarray*}などが成り立ちます。

 

スカラー乗法単位元とのスカラー除法

\(n\)次元空間の点\(x\in \mathbb{R} ^{n}\)を任意に選んだとき、それとスカラー乗法単位元\(1\)の除法について、\begin{eqnarray*}
\frac{x}{1} &=&1^{-1}\cdot x\quad \because \text{スカラー除法の定義} \\
&=&1\cdot x\quad \because 1^{-1}=1 \\
&=&x\quad \because 1\text{はスカラー乗法の単位元}
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
\frac{x}{1}=x
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、\(\mathbb{R}^{n}\)の任意の点をスカラー\(1\)で割っても変化は起こりません。

命題(スカラー乗法単位元とのスカラー除法)
\(n\)次元空間の点\(x\in \mathbb{R} ^{n}\)を任意に選んだとき、\begin{equation*}
\frac{x}{1}=x
\end{equation*}が成り立つ。
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次回はベクトル加法とスカラー乗法の間に成立する関係について整理した上で、実ベクトル空間と呼ばれる概念について考えます。

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