総需要の変化がもたらす価格の変化
商品の価格は総需要と総供給がバランスする点に落ち着くことが明らかになりました。であるならば、問題としている商品の総需要や総供給が何らかの理由によって変化したとき、両者がバランスする点も変わるため、それに応じて商品の価格も変化することになります。では、商品の総需要や総供給はどのような理由から変化するのでしょうか。
まずは需要を変化させる要因から考えます。前回と同様、問題としている商品を購入できる環境下にあるそれぞれの人が「その商品を手に入れるためにいくらまでなら支払うことができるか」と自問自答する状況を想定します。人によって使える金額や、その商品を欲する程度は異なるため、質問に対する答えも違うはずです。通常、同じ商品であれば、価格が下がるほど購入希望者は増えますし、同時に、一人当たりの希望購入量も増えるため、総需要(全員の希望購入量の合計)はその商品の価格が下がるほど多くなります。こうして右下がりの総需要曲線が得られます。
上図において、問題としている商品の総需要曲線が\(AD\)として、総供給曲線が\(AS\)としてそれぞれ描かれています。商品の価格は総需要と総供給が一致する\(P^{\ast }\)で落ち着きます。今、この商品が世間的に以前よりも高い人気を得たとします。メディアがその商品が取り上げたり、健康志向や環境志向など、世間のマインドが変化した場合などを想定してください。人々はその商品を欲する度合いが以前よりも強くなるため、人々はその商品を手に入れるために以前よりも高い金額を支払ってもよいと考えるようになります。その結果、それぞれの価格における総需要は増加するため、総需要曲線が\(AD\)から\(AD^{\prime }\)へと右側に移動します。仮に総供給曲線が\(AS\)のままであるならば、商品の価格は総需要と総供給が一致する\(P^{\ast \ast }\)で落ち着きます。\(P^{\ast \ast }>P^{\ast }\)であるため、このような変化により商品の価格は上昇しています。
結論をまとめると、問題としている商品の総供給曲線が一定であるとき、総需要曲線が右側へシフトすると商品の価格は上昇します。総需要曲線を右側にシフトさせる要因としては、その商品が世間的に人気になることの他にも、例えば、人々の所得水準が全体的に上昇する場合などが考えられます。所得水準が上昇することにより、以前にはその商品に手が届かなかった人々が新たな購買層として加わるからです。
問題としている商品の代わりになるような商品(これを「代替財(substitute good)」と呼びます)の価格が上昇した場合にも、問題としている商品の総需要曲線は右側へシフトします。具体例を挙げると、何らかの理由により牛肉の値段が跳ね上がったとき、牛肉を諦めて豚肉など別の肉を購入しようという意識が人々の間で高まるため、豚肉の総需要曲線は右側へ移動します。豚肉の総供給が変化しないのであれば、その結果、豚肉の価格が上昇します。
問題としている商品とセットで使われる商品(これを「補完財(complementary good)」と呼びます)の価格が下落した場合にも、問題としている商品の総需要曲線は右側へシフトします。具体例を挙げると、何らかの理由によりガソリンの値段が下落したとき、ガソリン車を購入しようという意識が人々の間で高まるため、ガソリン車の総需要曲線は右側へ移動します。ガソリン車の総供給が変化しないのであれば、その結果、ガソリン車の価格は上昇します。
以上の議論とは反対の議論もまた成立します。つまり、上図のように、問題としている商品の総供給曲線が\(AS\)で一定であるとき、総需要曲線が\(AD\)から\(AD^{\prime }\)へと左側へシフトすると商品の価格は\(P^{\ast }\)から\(P^{\ast \ast }\)へ下落します。
総需要曲線が左側へシフトする要因としては、問題としている商品の世間的な人気が落ちた場合、人々の所得水準が全体的に下落した場合、問題としている商品の代替財の価格が下落した場合、問題としている商品の補完財の価格が上昇した場合など、様々な要因が考えられます。
総供給の変化がもたらす価格の変化
続いて、供給を変化させる要因について考えます。前回と同様、問題としている商品を生産できる環境下にあるそれぞれの企業が「その商品が売れるならばいくらまでなら値段を下げられるか」と自問自答する状況を想定します。企業によって生産技術やコストは異なるため、質問に対する答えも違うはずです。通常、同じ商品であれば、価格が高くなるほど販売を希望する企業は増えますし、同時に、一社あたりの希望販売量も増えるため、総供給(すべての企業の希望販売量の合計)はその商品の価格が上がるほど多くなります。こうして右上がりの総供給曲線が得られます。
上図において、問題としている商品の総需要曲線が\(AD\)として、総供給曲線が\(AS\)としてそれぞれ描かれています。商品の価格は総需要と総供給が一致する\(P^{\ast }\)で落ち着きます。今、この商品の生産に関する技術革新が世の中で起きたとします。すると、企業がその商品を生産するために必要なコストが下がるため、企業はその商品をより安い値段で売れるようになります。その結果、それぞれの価格における総供給は増加するため、総供給曲線が\(AS\)から\(AS^{\prime }\)へと右側に移動します。仮に総需要曲線が\(AD\)のままであるならば、商品の価格は総需要と総供給が一致する\(P^{\ast \ast }\)で落ち着きます。\(P^{\ast \ast }<P^{\ast }\)であるため、このような変化により商品の価格は下落しています。
結論をまとめると、問題としている商品の総需要曲線が一定であるとき、総供給曲線が右側へシフトすると商品の価格は下落します。総供給曲線を右側にシフトさせる要因としては、技術革新の他にも、賃金水準の下落や原材料価格の下落などが考えられます。以上の要因により商品の生産コストが下落すれば、企業は以前よりも安い値段でより多くを供給できるようになるため、総供給曲線が右側へ移動するというわけです。
問題としている商品が農作物であれば、天候の変化も総供給曲線を移動させる要因になります。生産技術や生産コストが同じでも、例年よりも天候に恵まれた年には収穫量が増加するため、総供給曲線は右側へ移動します。問題としている農作物の総需要が変化しないのであれば、その結果、農産物の価格は下落します。これが行き過ぎると農作貧乏になります。
以上の議論とは反対の議論もまた成立します。つまり、上図のように、問題としている商品の総需要曲線が\(AD\)で一定であるとき、総需要曲線が\(AS\)から\(AS^{\prime }\)へと左側へシフトすると商品の価格は\(P^{\ast }\)から\(P^{\ast \ast }\)へ上昇します。
総供給曲線が左側へシフトする要因としては、賃金水準の上昇や原材料価格の高騰などにより生産コストが上昇した場合、農産物であれば天候が例年よりも悪化した場合など、様々な要因が考えられます。
総需要と総供給が同時に変化する場合
商品の価格が変動する背景には「総需要の変化」と「総供給の変化」の2つのメカニズムが存在することが明らかになりました。総供給が一定であるとき、総需要が増加すれば(総需要曲線が右側に移動すれば)商品の価格は上がり、総需要が減少すれば(総需要曲線が左側に移動すれば)商品の価格は下がります。他方、総需要が一定であるとき、総供給が増加すれば(総供給曲線が右側に移動すれば)商品の価格は下がり、総供給が減少すれば(総供給曲線が左側に移動すれば)商品の価格は上がります。
ただ、現実の社会では総需要と総供給のどちらか一方だけが変化するという極端なケースは少なく、総需要と総供給の両方が同時に変化しています。商品の価格が変化したとき、その表面的な事象に捉われて一喜一憂するのではなく、その背景にあるメカニズムとして、消費者側に起きていること(総需要曲線を移動させる要因)と生産者側に起きていること(総供給曲線を移動させる要因)の双方について思いめぐらせる必要があるということです。以下に具体例を挙げます。
その後、マスクが消費者の間に行き渡ったことにより総需要曲線は左側へ移動し、また、海外からのマスクの輸入が再開されたことや、国内事業者がマスク生産に参入したことにより総供給曲線は右側へ移動したため、値段を下げる力が二重で働き、マスクの値段は大幅に下落しました。
現在、多くの家庭には備蓄されたトイレットペーパーが大量に残っているため、近い将来、総需要曲線は左側へ移動します。これは価格を下げる力となるため、それを防止するため企業は供給量を絞り(在庫を増やし)、総供給曲線を左側へ移動させる必要があります。