男女の争い
男女のカップルが週末にデートする約束をしました。どこへ行くか2人はあらかじめ話し合っており、2つの候補が浮上しました。1つ目はボクシングを見に行くこと、2つ目はバレーを見に行くことです。ただ、実際にどちらへ行くか、最終的な結論がはっきりしないままデートの当日になってしまいました。2人は各々の家からデートへ向かいます。通信障害など何らかの原因により2人は連絡をとることができません。したがって、2人はそれぞれ、ボクシングの会場へ行くか、バレーの劇場へ行くか、どちらか一方を選ばざるを得ません。相手がどちらへ向かっているか分からない状態で自身の行き先を決めなければなりません。
2人にとって最も重要なことは会ってデートすることであり、逆に、会えないことは最悪の結果です。デートのパターンとしてはボクシングまたはバレーの2通りが存在しますが、男性はボクシングをパレーよりも好み、女性はバレーをボクシングよりも好むものとします。1人ではどこへ行っても全く楽しくないため、2人が出会えない場合には、自分がどちらへ行ったとしても差はないものとします。
これは米国の学者であるダンカン・ルース(R. Duncan Luce)とハワード・ライファ(Howard Raiffa)が1957年に発表したゲームであり、男女の争い(battle of the sexes)や両性の争い、または非対称的な調整ゲーム(asymmetric coordination game)などと呼ばれます。
完備情報の静学ゲームとしての男女の争い
男女の争いが想定する状況を2人の男女をプレイヤーとするゲームと解釈します。2人は連絡を取れないため事前に話し合いを行うことができず、両者の間に拘束的な約束は成立し得ません。したがって男女の争いは非協力ゲームです。2人はともに相手がどちらへ向かっているか分からない状態で自身の行き先を決めなければならないため、男女の争いは静学ゲームです。さらにゲームのルールが2人にとって共有知識であることを仮定するのであれば、男女の争いを完備情報の静学ゲームとして記述することができます。
そこで、混雑ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、プレイヤー\(1\)は女性を表し、プレイヤー\(2\)は男性を表します。それぞれのプレイヤー\(i\)の純粋戦略は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ B,F\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(B\)はバレエが行われる劇場へ向かうことを表し(BalletのB)、\(F\)はボクシングが行われる会場へ向かうことを表します(FightのF)。ゲームの結果は以下の行列として整理されます。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & 2人でバレエを見る & デートは不成立 \\ \hline
F & デートは不成立 & 2人でボクシングを見る \\
\hline
\end{array}$$
利得関数としては様々な可能性がありますが、典型的なものは、\begin{equation*}
a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & a,b & c,c \\ \hline
F & c,c & b,a \\ \hline
\end{array}$$
として表現されます。言い換えると、女性に相当するプレイヤー\(1\)の利得関数\(u_{1}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{1}\left( B,B\right) >u_{1}\left( F,F\right) >u_{1}\left( B,F\right)
=u_{1}\left( F,B\right)
\end{equation*}を満たし、男性に相当するプレイヤー\(2\)の利得関数\(u_{2}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{2}\left( F,F\right) >u_{2}\left( B,B\right) >u_{2}\left( B,F\right)
=u_{2}\left( F,B\right)
\end{equation*}を満たすということです。つまり、女性にとって2人でバレーを見ることが最も望ましく(利得\(a\)を得る)、2人でボクシングを見ることが2番目に望ましく(利得\(b\)を得る)、残りの2つの結果はともに最悪です(利得\(c\)を得る)。一方、男性にとって2人でボクシングを見ることが最も望ましく(利得\(a\)を得る)、2人でバレーを見ることが2番目に望ましく(利得\(b\)を得る)、残りの2つの結果はともに最悪です(利得\(c\)を得る)
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & 2,1 & 0,0 \\ \hline
F & 0,0 & 1,2 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & 2,1 & -1,-1 \\ \hline
F & -1,-1 & 1,2 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & a,b & c,c \\ \hline
B & c,c & b,a \\ \hline
\end{array}$$
として表現されます。ただし、\(a>b>c\)です。これは男女の争いです。
男女の争いにおける純粋戦略ナッシュ均衡
男女の争いには以下のような2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & a,b & c,c \\ \hline
F & c,c & b,a \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)には狭義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の2つ\begin{equation*}\left( s_{1}^{\ast },s_{2}^{\ast }\right) =\left( B,B\right) ,\left(
F,F\right)
\end{equation*}である。
以上の命題より、男女の争いには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( B,B\right) ,\left( F,F\right) \)が存在することが明らかになりました。ただし、\(\left( B,B\right) \)は2人でバレエを観るという結果に相当し、\(\left( F,F\right) \)は2人でボクシングを見るという結果に相当します。
男女の争いにおける支配戦略
男女の争いにはナッシュ均衡が存在することが明らかになりました。では、男女の争いの均衡の中には、支配される戦略の逐次消去による解や、支配戦略均衡などは存在するでしょうか。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & a,b & c,c \\ \hline
F & c,c & b,a \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)において、プレイヤー\(1,2\)はともに広義の支配戦略を持たない。
男女の争いにおいて、プレイヤーたちは広義の支配戦略を持たないことが明らかになりました。したがって、男女の争いには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解は存在しません。戦略型ゲームに狭義支配戦略均衡が存在する場合、それは広義支配戦略均衡でもあります。また、狭義支配される戦略の逐次消去による解が存在する場合、それは広義支配される戦略の逐次消去による解でもあります。以上の事実と、男女の争いには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解が存在することを踏まえると、男女の争いには狭義支配戦略均衡や、狭義支配される戦略の逐次消去による解は存在しないことが明らかになりました。
男女の争いの複数均衡問題
男女の争いでは「双方が\(B\)を選ぶ」ことと「双方が\(F\)を選ぶ」ことの双方が純粋戦略ナッシュ均衡であるとともに、これらはいずれも支配戦略均衡や支配戦略の逐次消去による解ではないことが明らかになりました。したがって、男女の争いでは以下の2つの点が問題になります。
1つ目は、均衡が実際にプレーされるかどうかという問題です。ナッシュ均衡が支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが実際に均衡をプレーする根拠となります。一方、男女の争いの均衡は支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではないため、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが何らかの均衡を実際にプレーする根拠となり得るか自明ではありません。男女の争いは「相手と同じ戦略を選ぶことが最適である」という構造になっているため、何らかの均衡が実際にプレーされることを保証するためには、プレイヤーはお互いに相手の行動を正しく予想する必要があります。この予想が成立することを保証するためには、何らかの説明体系が必要になります。
2つ目は、複数均衡の問題です。ゲームに複数のナッシュ均衡が存在する場合においても、その中の1つが広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、その特定の均衡がプレーされる根拠となるため、複数均衡問題は解決可能です。一方、男女の争いの均衡の中には広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解が含まれないため、どの均衡がプレーされることになるかは自明ではなく、何らかの説明体系が必要になります。
男女の争いにおけるフォーカルポイント
複数均衡問題に対する1つの考え方は、フォーカルポイントであるようなナッシュ均衡が存在するのであれば、プレイヤーたちはそれを実際にプレーする、というものです。
男女の争いにおいて\(\left( B,B\right) \)と\(\left( F,F\right) \)はともに純粋戦略ナッシュ均衡であるため、これは複数均衡問題です。
デートの行き先に関して意見の相違が生じた場合、これまで常に男性が女性の意向を優先してきたという経緯があるのであれば、その記憶は2人とってのフォーカルポイントを生成する要因として働くため、その結果、今回もまた女性の意向に沿った均衡\(\left( B,B\right) \)がプレーされることになります。逆のシナリオも起こり得ますが、いずれにせよ、それは2人のこれまでの付き合い方や関係性など具体的な文脈に依存します。
また、ボクシングの試合はその日限定のビッグマッチである一方で、バレエの公演は1か月間続くため、バレエは別の日に行ってもよいかもしれないなとデートの前日に2人が会話していたのであれば(ただし、最終的な結論には至らなかった)、その会話は2人にとってのフォーカルポイントを生成する要因として働くため、2人は\(\left( F,F\right) \)をプレーすることになります。
ゲームの構造は同じでも、プレイヤーが直面する事情や文脈、2人の関係性、社会的背景などが異なればフォーカルポイントも変わり得ます。フォーカルポイントはゲームのルールとして記述されない要素によって決定されます。
男女の争いにおける混合戦略ナッシュ均衡
純粋調整ゲームやパレート調整ゲーム、混雑ゲームなどの調整ゲームにはいずれも複数の純粋戦略ナッシュ均衡が存在しますが、均衡選択をめぐってプレイヤーの間に利害の対立は存在しませんでした。男女の争いもまた2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( B,B\right) ,\left( F,F\right) \)を持ちますが、女性は\(\left( B,B\right) \)を望む一方で男性は\(\left( F,F\right) \)を望むため、他の調整ゲームとは異なり、男女の争いでは均衡選択をめぐって2人の間に利害の対立が存在します。ここが男女の争いの特徴であり難しさです。
均衡選択をめぐってプレイヤーの間に利害の対立が存在しない場合、仮にプレイヤーたちが事前に話し合うことによりどちらか一方の均衡をプレーするよう合意できるのであれば、その合意は自己拘束的であるため、プレイヤーたちは自ら進んで約束を守ることになります。一方、男女の争いでは均衡選択をめぐって2人の利害が対立しているため、プレイヤーたちが事前に話し合ったとしても、その合意は自己拘束的になるとは限りません。
ただし、どちらか一方の均衡がフォーカルポイントになるような要因が存在するのであれば、プレイヤーたちはフォーカルポイントを選択することになります。
では、プレイヤーたちが事前に話し合うことができず、フォーカルポイントも存在しない場合、プレイヤーたちはどうすればよいのでしょうか。そのような場合、プレイヤーたちは期待利得を最大化するような混合戦略を選択せざるを得ません。
混合戦略ナッシュ均衡にまで範囲を広げた場合、男女の争いには先の2つの純粋戦略ナッシュ均衡とは異なる混合戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & a,b & c,c \\ \hline
F & c,c & b,a \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。2人の混合戦略を、\begin{eqnarray*}
\sigma _{1} &=&\left( \sigma _{1}\left( B\right) ,\sigma _{1}\left( F\right)
\right) =\left( \sigma _{1},1-\sigma _{1}\right) \\
\sigma _{2} &=&\left( \sigma _{2}\left( B\right) ,\sigma _{2}\left( F\right)
\right) =\left( \sigma _{2},1-\sigma _{2}\right)
\end{eqnarray*}で表記する。このゲーム\(G\)には混合戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の3つ\begin{equation*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) =\left( 1,1\right)
,\left( 0,0\right) ,\left( \frac{a-c}{a+b-2c},\frac{b-c}{a+b-2c}\right)
\end{equation*}である。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & 2,1 & 0,0 \\ \hline
F & 0,0 & 1,2 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( B,B\right) ,\left( F,F\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{2-0}{2+1-2\cdot 0},\frac{1-0}{2+1-2\cdot 0}\right) \\
&=&\left( \frac{2}{3},\frac{1}{3}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「2人がともに\(B\)を選ぶ」と「2人がともに\(F\)を選ぶ」に加えて、「プレイヤー\(1\)が\(B\)を確率\(\frac{2}{3}\)で選びプレイヤー\(2\)が\(B\)を確率\(\frac{1}{3}\)で選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & B & F \\ \hline
B & 2,1 & -1,-1 \\ \hline
F & -1,-1 & 1,2 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( B,B\right) ,\left( F,F\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{2-\left( -1\right) }{2+1-2\left( -1\right) },\frac{1-\left( -1\right) }{2+1-2\left( -1\right) }\right) \\
&=&\left( \frac{3}{5},\frac{2}{5}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「2人がともに\(B\)を選ぶ」と「2人がともに\(F\)を選ぶ」に加えて、「プレイヤー\(1\)が\(B\)を確率\(\frac{3}{5}\)で選びプレイヤー\(2\)が\(B\)を確率\(\frac{2}{5}\)で選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
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