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ナッシュの要求ゲーム(1ドルの分配ゲーム)

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ナッシュの要求ゲーム

2人のプレイヤーが\(1\)ドルを分けようとしています。両者は同時に、自身の取り分となるべき金額を提示します。両者が提示する金額の和が\(1\)ドル以下であれば、両者はそれぞれ自身が提示した金額をそのまま受け取ることができます。一方、両者が提示する金額の和が\(1\)ドルを超えてしまった場合、交渉は決裂し、両者は何も得られません。両者に分配されなかった金額の使途として様々な可能性がありますが、どこかへ寄付することは1つの方法です。

これは1953年に米国の数学者ジョン・ナッシュ(John Nash)が発表したナッシュの要求ゲーム(Nash Demand Game)もしくは1ドルの分配ゲーム(Divide-the-Dollar)などと呼ばれる問題です。プレイヤーどうしが協力する場合に利益が発生する状況では、その利益をどのようにプレイヤー間で分配するかが問題になります。このような資源配分問題を交渉問題(barganing problem)と呼びますが、ナッシュの要求ゲームは交渉問題の原型として位置付けられます。

ナッシュの要求ゲームにおいて\(1\)ドルという金額は重要ではないため、これを\(100\)ドルや\(1\)億円など、好きな金額に読み替えることができます。また、以下に提示する具体例のように、金銭以外の資源を分配する状況を考えることもできます。いずれにせよ、それぞれのプレイヤーが自身の取り分を最大化しようとするのであれば、できるだけ多くを要求しようとします。弱気になりすぎると2人に分配されずに残される資源が発生し、後悔することになるからです。他方で、強気になりすぎると2人は何も得ることができず、これは最悪の結果です。2人は同時に意思決定を行うことを強いられるため、相手の動きを見てから自分の動きを決めることもできません。このような意味において、ナッシュの要求ゲームのプレイヤーはジレンマに直面しています。

例(ケーキの分配)
2人の子供が\(1\)個のケーキを分けようとしています。両者は同時に、自身の取り分となるべき割合を要求します。両者が要求する割合の和が\(1\)以下であれば、両者はそれぞれ自身が要求した割合のケーキを得ることができます。一方、両者が要求する割合の和が\(1\)を超えてしまった場合、両者はケーキを一切得られません。子供が欲張りすぎる場合、親は腹を立てて子供にケーキを与えないからです。
例(戦後の領土分割)
戦争に勝利した2つの国が敗戦国の領土を分割しようとしています。両国は同時に、自国へ編入すべき領土の割合を要求します。両国が要求する割合の和が\(1\)以下であれば、両国はそれぞれ自身が要求した割合の領土を自国へ編入できます。一方、両国が要求する割合の和が\(1\)を超えてしまった場合、緊張状態になって交渉が決裂し、両国は領土を一切得られません。

 

完備情報の静学ゲームとしてのナッシュの要求ゲーム

ナッシュの要求ゲームが想定する状況をゲーム論の意味でのゲームと解釈します。2人のプレイヤーが事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に強制力がない状況を想定するのであれば、ナッシュの要求ゲームは非協力ゲームとなります。さらに、各々は相手による意思決定を観察できない状態で自身の意思決定を行う状況を想定しているため、ナッシュの要求ゲームは静学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールがプレイヤーたちにとって共有知識であることを仮定するのであれば、ナッシュの要求ゲームは完備情報ゲームとして記述されます。

そこで、ナッシュの要求ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は\(I=\left\{ 1,2\right\} \)です。ただし、\(i\in I\)はプレイヤー\(i\)を表します。また、それぞれのプレイヤーは自身の取り分に相当する金額として任意の非負の実数を要求できるため、純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{i}=\mathbb{R} _{+}
\end{equation*}となります。2人が提示する金額の組\(\left(s_{1},s_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)が与えられた場合、\begin{equation*}s_{1}+s_{2}\leq 1
\end{equation*}が成り立つならば、プレイヤー\(1\)は金額\(s_{1}\)を、プレイヤー\(2\)は金額\(s_{2}\)を得ます。一方、\begin{equation*}s_{1}+s_{2}>1
\end{equation*}が成り立つならば、両者はともに金額\(0\)を得ます。以上がゲームの結果です。利得関数として様々な可能性がありますが、典型的なものは「自身が得る金額を利得と同一視する」というものです。この場合、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の利得関数\(u_{i}:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} \)が純粋戦略の組\(\left(s_{1},s_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して定める利得は、\begin{equation*}u_{i}\left( s_{1},s_{2}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
s_{i} & \left( if\ s_{1}+s_{2}\leq 1\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}となります。

 

ナッシュの要求ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡

ナッシュの要求ゲームにおいてプレイヤー\(i\in I\)を任意に選びます。その上で、\begin{equation*}s_{i}>1
\end{equation*}を満たす純粋戦略\(s_{i}\in \mathbb{R} _{+}\)を任意に選ぶと、相手プレイヤー\(j\in I\backslash \left\{i\right\} \)の任意の純粋戦略\(s_{j}\in \mathbb{R} _{+}\)との間に、\begin{eqnarray*}u_{i}\left( 1,s_{j}\right) &=&0\quad \because 1+s_{j}\geq 1 \\
&=&u_{i}\left( s_{i},s_{j}\right) \quad \because s_{i}+s_{j}\geq 1
\end{eqnarray*}が成り立ちます。つまり、プレイヤー\(i\)にとって、\(\left( 1,+\infty \right) \)上の任意の純粋戦略は\(s_{i}=1\)によって広義支配されるということです。その一方で、例えば、\begin{eqnarray*}u_{i}\left( 1,0\right) &=&1\quad \because 1+0\leq 1 \\
&>&\frac{1}{2} \\
&=&u_{i}\left( \frac{1}{2},0\right) \quad \because \frac{1}{2}+0\leq 1
\end{eqnarray*}が成り立つため、純粋戦略\(s_{i}=1\)は他の任意の純粋戦略によって広義支配されません。また、\begin{equation*}0<s_{i}<1
\end{equation*}を満たす純粋戦略\(s_{i}\in \mathbb{R} _{+}\)を任意に選んだとき、これに対して、\begin{equation*}s_{i}+s_{j}=1
\end{equation*}を満たす\(s_{j}\in \mathbb{R} _{+}\)が存在し、さらに、\begin{eqnarray*}u_{i}\left( s_{i},s_{j}\right) &=&1\quad \because s_{i}+s_{j}=1 \\
&>&s_{i}\quad \because 0<s_{i}<1 \\
&=&u_{i}\left( s_{i},0\right) \quad \because s_{i}+0\leq 1
\end{eqnarray*}が成り立つため、\(\left(0,1\right) \)上の任意の純粋戦略は他の任意の純粋戦略によって広義支配されません。

議論の結果を整理すると、任意のプレイヤー\(i\in I\)について、\(\left(1,+\infty \right) \)上の任意の純粋戦略は\(s_{i}=1\)によって広義支配される一方で、\((0,1]\)上の任意の純粋戦略はいかなる純粋戦略によっても広義支配されないことが明らかになりました。したがって、ナッシュの要求ゲームには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解は存在しません。

一般に、戦略型ゲームに狭義支配戦略均衡が存在する場合、それは広義支配戦略均衡でもあります。また、狭義支配される戦略の逐次消去による解が存在する場合、それは広義支配される戦略の逐次消去による解でもあります。以上の事実と、ナッシュの要求ゲームには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解が存在することを踏まえると、ナッシュの要求ゲームには狭義支配戦略均衡や、狭義支配される戦略の逐次消去による解は存在しないことが明らかになりました。

ナッシュの要求ゲームにナッシュ均衡は存在するのでしょうか。ナッシュの要求ゲームには以下のような純粋戦略ナッシュ均衡が存在します。

命題(ナッシュの要求ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡)
戦略型ゲーム\(G\)のプレイヤー集合は\(I=\left\{ 1,2\right\} \)であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は\(\mathbb{R} _{+}\)であり、利得関数\(u_{i}:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} \)はそれぞれの\(\left( s_{1},s_{2}\right)\in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{equation*}u_{i}\left( s_{1},s_{2}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
s_{i} & \left( if\ s_{1}+s_{2}\leq 1\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるものとする。このゲームには純粋戦略ナッシュ均衡が存在する。具体的には、\begin{equation*}
s_{1}+s_{2}=1
\end{equation*}を満たす任意の\(\left(s_{1},s_{2}\right) \in \mathbb{R} _{++}^{2}\)は狭義の純粋戦略ナッシュ均衡であるとともに、\begin{equation*}\left( s_{1},s_{2}\right) =\left( 1,0\right) ,\left( 0,1\right)
\end{equation*}はともに広義の純粋戦略ナッシュ均衡である。

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以上の命題より、ナッシュの要求ゲームにおいては、「2人による要求量の和が総資源量と一致する」という条件\begin{equation*}
s_{1}+s_{1}=1
\end{equation*}を満たす任意の純粋戦略の組\(\left( s_{1},s_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\)が純粋戦略ナッシュ均衡であるとともに、これらはいずれも支配戦略均衡や支配戦略の逐次消去による解ではないことが明らかになりました。したがって、ナッシュの要求ゲームでは以下の2つの点が問題になります。

1つ目は、均衡が実際にプレーされるかどうかという問題です。ナッシュ均衡が支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが実際に均衡をプレーする根拠となります。一方、ナッシュの要求ゲームの均衡は支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではないため、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが何らかの均衡を実際にプレーする根拠となる得るか自明ではありません。ナッシュの要求ゲームでは、相手が提示した金額と\(1\)の差を自身が提示することが最適である、という構造になっているため、何らかの均衡が実際にプレーされることを保証するためには、プレイヤーはお互いに相手の行動を正しく予想する必要があります。この予想が成立することを保証するためには、何らかの説明体系が必要になります。

2つ目は、複数均衡の問題です。ゲームに複数のナッシュ均衡が存在する場合においても、その中の1つが広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、その特定の均衡がプレーされる根拠となるため、複数均衡問題は解決可能です。一方、ナッシュの要求ゲームの均衡の中には広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解が含まれないため、どの均衡がプレーされることになるかは自明ではなく、何らかの説明体系が必要になります。

 

ナッシュの要求ゲームの複数均衡問題

複数均衡問題に対する考え方の1つは、利得支配リスク支配などの概念を用いてプレイヤーたちが実際にプレーするナッシュ均衡を予想する、というものです。ただ、ナッシュの要求ゲームには、他の任意のナッシュ均衡を利得支配ないしリスク支配するナッシュ均衡は存在しません。

命題(ナッシュの要求ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡)
戦略型ゲーム\(G\)のプレイヤー集合は\(I=\left\{ 1,2\right\} \)であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は\(\mathbb{R} _{+}\)であり、利得関数\(u_{i}:\mathbb{R} _{+}^{2}\rightarrow \mathbb{R} \)はそれぞれの\(\left( s_{1},s_{2}\right)\in \mathbb{R} _{+}^{2}\)に対して、\begin{equation*}u_{i}\left( s_{1},s_{2}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
s_{i} & \left( if\ s_{1}+s_{2}\leq 1\right) \\
0 & \left( otherwise\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定めるものとする。以下の集合\begin{equation*}
\left\{ \left( s_{1},s_{2}\right) \in \mathbb{R} _{+}^{2}\ |\ s_{1}+s_{2}=1\right\}
\end{equation*}に属する任意の点はこのゲームの純粋戦略ナッシュ均衡であるが、この中に、他の任意の純粋戦略ナッシュ均衡を利得支配ないしリスク支配する純粋戦略ナッシュ均衡は存在しない。

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つまり、ナッシュの要求ゲームにおける複数均衡問題について考えるにあたり、利得支配やリスク支配などの概念は有用ではないということです。

複数均衡問題に対する別の考え方は、フォーカルポイントであるようなナッシュ均衡が存在するのであれば、プレイヤーたちはそれを実際にプレーする、というものです。実際、ナッシュの要求ゲームには無数のナッシュ均衡が存在するにも関わらず、被験者たちにゲームをプレーさせると、「2人のプレイヤーが資源を二等分する」という均衡\begin{equation*}
\left( s_{1},s_{2}\right) =\left( \frac{1}{2},\frac{1}{2}\right)
\end{equation*}が突出してプレーされるという事態が観察されることがあります。これは「公平性」という基準がフォーカルポイントとして機能したからであると解釈できます。被験者が所属する社会において「公平性」が望ましい価値観として受け入れられている場合、それはフォーカルポイントとして機能します。その結果、数あるナッシュ均衡の中でも、プレイヤーたちは資源を二等分することを自然に選択するというわけです。ただし、ゲームの構造は同じでも、プレイヤーの社会的背景が異なればフォーカルポイントも変化します。「公平性」が美徳とみなされない社会の成員を被験者とした場合、「公平性」はフォーカルポイントとして機能しないため、資源を二等分するというナッシュ均衡が突出してプレーされることにはなりません。フォーカルポイントはゲームのルールとして記述されない要素によって決定されます。

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