パレート調整ゲーム
2つの企業がある商品の規格を採用しようとしている状況を想定します。選択肢として2つの規格\(A,B\)が存在します。2つの企業が同一の規格を採用する場合、業界として商品の標準化が行われるためコストダウンが進むため、企業は多くの利潤を得られるものとします。加えて、消費者は\(A\)を\(B\)よりも好むため、規格を\(A\)に統一した場合に各企業が得る利潤は、規格を\(B\)に統一した場合に得る利潤を上回るものとします。一方、2つの企業が異なる規格を採用する場合、商品の標準化が進まないためコストダウンは進みません。規格が統一されない場合には消費者は失望し、商品の売り上げは低水準に留まるものとします。
2つの企業はともに規格の統一を望むものとします。また、規格を\(A\)に統一することを\(B\)に統一することよりも望むものとします。規格を統一できないことは望ましくなく、この場合、自分がどちらの規格を採用しても差はないものとします。
このような戦略的状況をパレート調整ゲーム(Parete coordination game)と呼びます。
完備情報の静学ゲームとしてのパレート調整ゲーム
パレート調整ゲームが想定する状況を2人の企業をプレイヤーとするゲームと解釈します。企業どうしが事前に話し合いを行っても、話し合いの結果には拘束力がないため、パレート調整ゲームは非協力ゲームです。2人の企業がそれぞれライバルが採用する規格を観察できない状態で自身の行動を決定する状況を想定するのであれば、パレート調整ゲームは静学ゲームです。さらにゲームのルールが2つの企業にとって共有知識であることを仮定するのであれば、パレート調整ゲームを完備情報の静学ゲームとして記述することができます。
そこで、パレート調整ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)は企業\(i\)を表します。また、それぞれのプレイヤー\(i\)の純粋戦略は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(A\)は規格\(A\)を採用することを表し、\(B\)は規格\(B\)を採用することを表します。ゲームの結果は以下の行列として整理されます。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & Aで統一される & 統一されない \\ \hline
B & 統一されない & Bで統一される \\ \hline
\end{array}$$
利得関数としては様々な可能性がありますが、典型的なものは、\begin{equation*}
a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & a,a & c,c \\ \hline
B & c,c & b,b \\ \hline
\end{array}$$
として表現されます。言い換えると、プレイヤー\(1\)の利得関数\(u_{1}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{1}\left( A,A\right) >u_{1}\left( B,B\right) >u_{1}\left( A,B\right)
=u_{1}\left( B,A\right)
\end{equation*}を満たし、プレイヤー\(2\)の利得関数\(u_{2}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{2}\left( A,A\right) >u_{2}\left( B,B\right) >u_{2}\left( A,B\right)
=u_{2}\left( B,A\right)
\end{equation*}を満たすということです。つまり、双方のプレイヤーにとって相手とともに\(A\)を選択することが望ましく(利得\(a\)を得る)、相手とともに\(B\)を選択することが次に望ましく(利得\(b\)を得る)、相手と違う戦略を選択することは望ましくありません(利得\(c\)を得る)。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & 2,2 & 0,0 \\ \hline
B & 0,0 & 1,1 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & 5,5 & -1,-1 \\ \hline
B & -1,-1 & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & W & E \\ \hline
W & a,a & c,c \\ \hline
E & c,c & b,b \\ \hline
\end{array}$$
として表現されます。ただし、\(a>b>c\)です。これはパレート調整ゲームです。
パレート調整ゲームにおける純粋戦略ナッシュ均衡
パレート調整ゲームには以下のような2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & a,a & c,c \\ \hline
B & c,c & b,b \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)には狭義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の2つ\begin{equation*}\left( s_{1}^{\ast },s_{2}^{\ast }\right) =\left( A,A\right) ,\left(
B,B\right)
\end{equation*}である。
以上の命題より、純粋調整ゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( A,A\right) ,\left( B,B\right) \)が存在することが明らかになりました。ただし、\(\left( A,A\right) \)は規格\(A\)に統一されるという結果に相当し、\(\left( B,B\right) \)は規格\(B\)に統一されるという結果に相当します。
パレート調整ゲームにおける支配戦略
パレート調整ゲームにはナッシュ均衡が存在することが明らかになりました。では、パレート調整ゲームの均衡の中には、支配される戦略の逐次消去による解や、支配戦略均衡などは存在するでしょうか。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & a,a & c,c \\ \hline
B & c,c & b,b \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)において、プレイヤー\(1,2\)はともに広義の支配戦略を持たない。
パレート調整ゲームにおいて、プレイヤーたちは広義の支配戦略を持たないことが明らかになりました。したがって、パレート調整ゲームには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解は存在しません。戦略型ゲームに狭義支配戦略均衡が存在する場合、それは広義支配戦略均衡でもあります。また、狭義支配される戦略の逐次消去による解が存在する場合、それは広義支配される戦略の逐次消去による解でもあります。以上の事実と、パレート調整ゲームには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解が存在することを踏まえると、パレート調整ゲームには狭義支配戦略均衡や、狭義支配される戦略の逐次消去による解は存在しないことが明らかになりました。
パレート調整ゲームの複数均衡問題
パレート調整ゲームでは「双方が\(A\)を選ぶ」ことと「双方が\(B\)を選ぶ」ことの双方が純粋戦略ナッシュ均衡であるとともに、これらはいずれも支配戦略均衡や支配戦略の逐次消去による解ではないことが明らかになりました。したがって、パレート調整ゲームでは以下の2つの点が問題になります。
1つ目は、均衡が実際にプレーされるかどうかという問題です。ナッシュ均衡が支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが実際に均衡をプレーする根拠となります。一方、パレート調整ゲームの均衡は支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではないため、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが何らかの均衡を実際にプレーする根拠となり得るか自明ではありません。パレート調整ゲームは「相手と同じ戦略を選ぶことが最適である」という構造になっているため、何らかの均衡が実際にプレーされることを保証するためには、プレイヤーはお互いに相手の行動を正しく予想する必要があります。この予想が成立することを保証するためには、何らかの説明体系が必要になります。
2つ目は、複数均衡の問題です。ゲームに複数のナッシュ均衡が存在する場合においても、その中の1つが広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、その特定の均衡がプレーされる根拠となるため、複数均衡問題は解決可能です。一方、パレート調整ゲームの均衡の中には広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解が含まれないため、どの均衡がプレーされることになるかは自明ではなく、何らかの説明体系が必要になります。
パレート調整ゲームにおけるフォーカルポイント
複数均衡問題に対する1つの考え方は、フォーカルポイントであるようなナッシュ均衡が存在するのであれば、プレイヤーたちはそれを実際にプレーする、というものです。
パレート調整ゲームにおいて\(\left( A,A\right) \)と\(\left(B,B\right) \)はともに純粋戦略ナッシュ均衡であるため、これは複数均衡問題です。双方のプレイヤーにとって、\(\left( A,A\right) \)において得る利得は\(\left( B,B\right) \)において得る利得を上回ります。つまり、\(\left( A,A\right) \)は\(\left( B,B\right) \)をパレート支配します。一方の均衡が他方の均衡をパレート支配するという事実はフォーカルポイントを形成する要因として機能し得るため、この場合には\(\left( A,A\right) \)がプレーされることになります。
ただし、他の要因によってフォーカルポイントが形成される可能性を完全に排除することはできません。2つの企業が保有する既存技術と親和的な規格は\(B\)の方である一方で、規格\(A\)を採用するためには投資や技術革新、許認可など様々な障壁が存在する状況を想定します。加えて、2つの企業が属する業界には旧態依然の保守的な雰囲気が蔓延しているものとします。この場合、\(\left( A,A\right) \)が\(\left(B,B\right) \)をパレート支配することを理屈では分かっていても、チャレンジを好まないという事実がフォーカルポイントを形成する要因として強く機能するのであれば、\(\left( B,B\right) \)がプレーされることになります。
ゲームの構造は同じでも、プレイヤーの社会的背景や文脈が異なればフォーカルポイントも変わり得ます。フォーカルポイントはゲームのルールとして記述されない要素によって決定されます。
パレート調整ゲームにおける混合戦略ナッシュ均衡
パレート調整ゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( A,A\right) ,\left(B,B\right) \)が存在しますが、2人はともに\(\left( A,A\right) \)を\(\left( B,B\right) \)よりも望むため、均衡選択をめぐって2人の間に利害の対立は存在しません。したがって、仮にプレイヤーたちが事前に話し合うことにより\(\left( A,A\right) \)をプレーするよう合意できるのであれば、その合意は自己拘束的であるため、プレイヤーたちは自ら進んで約束を守ることになります。
また、プレイヤーたちが事前に話し合うことができない場合でも、どちらか一方の均衡がフォーカルポイントになるような要因が存在するのであれば、プレイヤーたちはフォーカルポイントを選択することになります。
では、プレイヤーたちが事前に話し合うことができない場合、もしくはフォーカルポイントが存在しない場合、プレイヤーたちはどうすればよいのでしょうか。そのような場合、プレイヤーたちは期待利得を最大化するような混合戦略を選択せざるを得ません。
混合戦略ナッシュ均衡にまで範囲を広げた場合、パレート調整ゲームには先の2つの純粋戦略ナッシュ均衡とは異なる混合戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ A,B\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & a,a & c,c \\ \hline
B & c,c & b,b \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。2人の混合戦略を、\begin{eqnarray*}
\sigma _{1} &=&\left( \sigma _{1}\left( A\right) ,\sigma _{1}\left( B\right)
\right) =\left( \sigma _{1},1-\sigma _{1}\right) \\
\sigma _{2} &=&\left( \sigma _{2}\left( A\right) ,\sigma _{2}\left( B\right)
\right) =\left( \sigma _{2},1-\sigma _{2}\right)
\end{eqnarray*}で表記する。このゲーム\(G\)には混合戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の3つ\begin{equation*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) =\left( 1,1\right)
,\left( 0,0\right) ,\left( \frac{b-c}{a+b-2c},\frac{b-c}{a+b-2c}\right)
\end{equation*}である。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & 2,2 & 0,0 \\ \hline
B & 0,0 & 1,1 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( A,A\right) ,\left( B,B\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{1-0}{2+1-2\cdot 0},\frac{1-0}{2+1-2\cdot 0}\right) \\
&=&\left( \frac{1}{3},\frac{1}{3}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「2人がともに\(A\)を選ぶ」と「2人がともに\(B\)を選ぶ」に加えて、「2人がともに確率\(\frac{1}{3}\)で\(A\)を選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & A & B \\ \hline
A & 5,5 & -1,-1 \\ \hline
B & -1,-1 & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( A,A\right) ,\left( B,B\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{0-\left( -1\right) }{5+0-2\left( -1\right) },\frac{1-0}{2+1-2\cdot 0}\right)
\\
&=&\left( \frac{1}{7},\frac{1}{7}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「2人がともに\(A\)を選ぶ」と「2人がともに\(B\)を選ぶ」に加えて、「2人がともに確率\(\frac{1}{7}\)で\(A\)を選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
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