公共財
通常、同一の商品ないしサービスを複数の人が同時に消費することはできません。誰かが消費すると他者の消費分が減ってしまう場合、そのような商品やサービスの消費には競合性(rivalness)があると言います。逆に、ある人が消費しても他者の消費分が減少しない場合、そのような商品やサービスの消費には非競合性(non-rivalness)があると言います。
通常、商品やサービスを消費するためには金銭などの対価を支払う必要があります。消費するためには対価を支払う必要がある場合、そのような商品やサービスの消費には排除可能性(excludability)があると言います。逆に、対価を支払わずとも消費することが可能である場合、そのような商品やサービスの消費には排除不可能性(non-excludability)があると言います。
消費に非競合性と排除不可能性のある商品やサービスを公共財(public goods)と呼びます。つまり、公共財とは、ある人が消費しても他者の消費分が減少せず、なおかつ、対価を支払わずとも消費することが可能であるような商品やサービスです。
組合ゲーム(シンジゲートゲーム)
ある商品の生産者たちが販売交渉力を得るために共同販売組合(シンジゲート)を組織しようとしている状況を想定します。商品の購入者に対して組合が十分な価格交渉力を得るためには組織の加入者が一定の人数\(n\)に達している必要があるものとします。現時点において\(n-1\)の加入者が集まったため、組合として機能するためには少なくともあと\(1\)人の加入者が必要です。新たに2人の生産者が組合に加入すべきかを検討しています。少なくとも一方が加入すれば組合は成立しますが、双方が加入しない場合には組合は成立しません。
組合が成立した場合、組合は商品の購入者に対して価格交渉力を持つようになるため、その商品の価格が上昇します。価格上昇は一般的な現象であるため、その恩恵を受けるのは組合に属する生産者だけではなく、組合に属さない生産者も恩恵を受けるものとします。つまり、組合の活動がもたらす便益は非競合性と排除不可能性を持つ公共財であるということです。
参加者は組合の組織運営や生産者との交渉などの実務に従事する必要がありますが、これらの仕事は組合のメンバー間で分担します。したがって、2人がともに加入する場合には、2人のうちの一方だけが加入する場合と比べて、メンバー1人当たりの実務コストが少なくなります。自分が加入する場合には、相手にも加入してもらう方が得であるということです。2人のうちの一方だけが加入する場合、加入しない生産者は組合の活動を行わずに価格上昇の恩恵を受けられます。相手が参加して自分が参加しない場合には、組合がもたらす便益にただ乗り(フリーライド)できるということです。ただ乗りが各々にとって最も望ましい結果です。一方、双方が参加しない場合には組合がそもそも成立せず、価格上昇の恩恵を受けられません。これは最悪の結果です。
以上のゲームを組合ゲーム(syndicate game)やシンジゲートゲームなどと呼びます。
完備情報の静学ゲームとしての組合ゲーム
組合ゲームが想定する状況を、組合への参加を検討している2人の生産者をプレイヤーとするゲームと解釈します。仮に2人が事前に話し合いをした場合でも、その結果には拘束力がありません。したがって組合ゲームは非協力ゲームです。2人はそれぞれ相手が参加するかどうかを観察できない状態で意思決定を行わなければならない状況を想定するのであれば、組合ゲームは静学ゲームです。さらにゲームのルールが2人にとって共有知識であることを仮定するのであれば、組合ゲームを完備情報の静学ゲームとして記述することができます。
そこで、組合ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)は生産者\(i\)を表します。また、プレイヤー\(i\)の純粋戦略は、\begin{equation*}S_{i}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(C\)は協調戦略である参加を表し(Cooperate の C)、\(D\)は裏切り戦略である不参加を表します(Defect の D)。ゲームの結果は以下の行列として整理されます。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 双方が参加して組合は成立 & 1だけ参加して組合は成立 \\ \hline
D & 2だけ参加して組合は成立 & 組合は不成立
\\ \hline
\end{array}$$
利得関数としては様々な可能性がありますが、典型的なものは、\begin{equation*}
a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
として表現されます。言い換えると、プレイヤー\(1\)の利得関数\(u_{1}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{1}\left( D,C\right) >u_{1}\left( C,C\right) >u_{1}\left( C,D\right)
>u_{1}\left( D,D\right)
\end{equation*}を満たし、プレイヤー\(2\)の利得関数\(u_{2}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{2}\left( C,D\right) >u_{2}\left( C,C\right) >u_{2}\left( D,C\right)
>u_{2}\left( D,D\right)
\end{equation*}を満たすということです。つまり、組合の恩恵にただ乗りすることが最も望ましく(利得\(a\)を得る)、組合の恩恵を受けるとともに実務コストをより多くの人数でシェアすることが2番目に望ましく(利得\(b\)を得る)、組合の恩恵を受けるとともに実務コストをより少ない人数でシェアすることが3番目に望ましく(\(c\)を得る)、組合の恩恵を受けられないことが最も望ましくありません(利得\(d\)を得る)。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 5,5 & 2,7 \\ \hline
D & 7,2 & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 0,0 & -1,1 \\ \hline
D & 1,-1 & -10,-10 \\ \hline
\end{array}$$
組合ゲームにおける純粋戦略ナッシュ均衡
組合ゲームには以下のような2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)には狭義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の2つ\begin{equation*}\left( s_{1}^{\ast },s_{2}^{\ast }\right) =\left( C,D\right) ,\left(
D,C\right)
\end{equation*}である。
以上の命題より、組合ゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在することが明らかになりました。ただし、\(\left( C,D\right) \)はプレイヤー\(1\)だけが組合に参加する結果に相当し、\(\left(D,C\right) \)はプレイヤー\(2\)だけが組合に参加する結果に相当します。
組合ゲームにおける支配戦略
組合ゲームにはナッシュ均衡が存在することが明らかになりました。では、組合ゲームの均衡の中には、支配される戦略の逐次消去による解や、支配戦略均衡などは存在するでしょうか。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)において、プレイヤー\(1,2\)はともに広義の支配戦略を持たない。
組合ゲームにおいて、プレイヤーたちは支配戦略を持たないことが明らかになりました。したがって、組合ゲームには支配戦略均衡や、支配される戦略の逐次消去による解は存在しません。したがって、組合ゲームには支配戦略均衡や、狭義支配される戦略の逐次消去による解は存在しないことが明らかになりました。
組合ゲームの複数均衡問題
組合ゲームでは「プレイヤー\(1\)だけが組合に参加する」ことと「プレイヤー\(2\)だけが組合に参加する」ことの双方が純粋戦略ナッシュ均衡であるとともに、これらはいずれも支配戦略均衡や支配戦略の逐次消去による解ではないことが明らかになりました。したがって、純粋調整ゲームでは以下の2つの点が問題になります。
1つ目は、均衡が実際にプレーされるかどうかという問題です。ナッシュ均衡が支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが実際に均衡をプレーする根拠となります。一方、組合ゲームの均衡は支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではないため、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが何らかの均衡を実際にプレーする根拠となり得るか自明ではありません。組合ゲームは「相手と異なる戦略を選ぶことが最適である」という構造になっているため、何らかの均衡が実際にプレーされることを保証するためには、プレイヤーはお互いに相手の行動を正しく予想する必要があります。この予想が成立することを保証するためには、何らかの説明体系が必要になります。
2つ目は、複数均衡の問題です。ゲームに複数のナッシュ均衡が存在する場合においても、その中の1つが広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、その特定の均衡がプレーされる根拠となるため、複数均衡問題は解決可能です。一方、組合ゲームの均衡の中には広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解が含まれないため、どの均衡がプレーされることになるかは自明ではなく、何らかの説明体系が必要になります。
組合ゲームにおける信憑性のない脅しとコミットメント
組合ゲームにおいて一方の生産者が相手に対して「おまえが組合に参加しないと損をすることになるぞ。なぜなら俺は絶対に組合に参加しないからな。」と脅しをかけることはできるでしょうか。
プレイヤー\(1\)が先のように相手を脅した状況を想定します。仮にプレイヤー\(2\)が組合に参加しなかった場合(\(s_{2}=D\))、プレイヤー\(1\)の利得に関して、\begin{equation*}u_{1}\left( C,D\right) =c>d=u_{1}\left( D,D\right)
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、プレイヤー\(2\)が組合に参加しない場合には、プレイヤー\(1\)にとって最適な選択は組合に参加すること(\(s_{1}=C\))であるため、先の脅しには信憑性がありません。したがって、プレイヤー\(2\)は相手による脅しを真に受ける合理的な理由が存在しないことになります。
プレイヤー\(1\)が自分の脅しを信憑性のない脅しから信憑性のある脅しへ転化させるためには、自分が組合へ参加しないことにコミットする必要があります。例えば、プレイヤー\(1\)が他の組合のメンバーと大喧嘩をし、そのことをプレイヤー\(2\)に知らしめることに成功した場合、プレイヤー\(1\)が組合へ参加しないことが双方の共通認識となるため、ゲームは以下の形へと変化します。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
この新たなゲームにおけるプレイヤー\(2\)の最適戦略は\(C\)であるため、プレイヤー\(1\)は「組合メンバーとの大喧嘩」というコミットメントデバイスを通じて純粋戦略\(D\)へコミットすることにより、自身にとって最も望ましい結果である\(\left( D,C\right) \)を実現することに成功します。
組合ゲームにおける混合戦略ナッシュ均衡
組合ゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在しますが、プレイヤー\(1\)にとっては\(\left( C,D\right) \)よりも\(\left( D,C\right) \)が望ましく、逆にプレイヤー\(2\)にとっては\(\left( D,C\right) \)よりも\(\left( C,D\right) \)が望ましいため、均衡選択をめぐって2人の間に利害の対立が存在します。
均衡選択をめぐってプレイヤーの間に利害の対立が存在しない場合、仮にプレイヤーたちが事前に話し合うことによりどちらか一方の均衡をプレーするよう合意できるのであれば、その合意は自己拘束的であるため、プレイヤーたちは自ら進んで約束を守ることになります。一方、組合ゲームでは均衡選択をめぐって2人の利害が対立しているため、プレイヤーたちが事前に話し合ったとしても、その合意は自己拘束的になるとは限りません。
ただし、どちらか一方の均衡がフォーカルポイントになるような要因が存在するのであれば、プレイヤーたちはフォーカルポイントを選択することになります。また、有用なコミットメントデバイスが存在するのであれば、どちらか一方の均衡が実現することになります。
では、プレイヤーたちが事前に話し合うことができず、フォーカルポイントも存在しない場合、もしくはコミットメントデバイスが存在しない場合、プレイヤーたちはどうすればよいのでしょうか。そのような場合、プレイヤーたちは期待利得を最大化するような混合戦略を選択せざるを得ません。
混合戦略ナッシュ均衡にまで範囲を広げた場合、組合ゲームには先の2つの純粋戦略ナッシュ均衡とは異なる混合戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。2人の混合戦略を、\begin{eqnarray*}
\sigma _{1} &=&\left( \sigma _{1}\left( C\right) ,\sigma _{1}\left( D\right)
\right) =\left( \sigma _{1},1-\sigma _{1}\right) \\
\sigma _{2} &=&\left( \sigma _{2}\left( C\right) ,\sigma _{2}\left( D\right)
\right) =\left( \sigma _{2},1-\sigma _{2}\right)
\end{eqnarray*}で表記する。このゲーム\(G\)には混合戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の3つ\begin{equation*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) =\left( 1,0\right)
,\left( 0,1\right) ,\left( \frac{c-d}{a-b+c-d},\frac{c-d}{a-b+c-d}\right)
\end{equation*}である。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 5,5 & 2,7 \\ \hline
D & 7,2 & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{2-0}{7-5+2-0},\frac{2-0}{7-5+2-0}\right) \\
&=&\left( \frac{1}{2},\frac{1}{2}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「\(1\)だけが\(C\)を選ぶ」と「\(2\)だけが\(C\)を選ぶ」に加えて、「\(1\)と\(2\)はともに確率\(\frac{1}{2}\)で\(C\)を選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 0,0 & -1,1 \\ \hline
D & 1,-1 & -10,-10 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{-1+10}{1-0-1+10},\frac{-1+10}{1-0-1+10}\right) \\
&=&\left( \frac{9}{10},\frac{9}{10}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「\(1\)だけが\(C\)を選ぶ」と「\(2\)だけが\(C\)を選ぶ」に加えて、「\(1\)と\(2\)はともに確率\(\frac{9}{10}\)で\(C\)を選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
演習問題
- 以上の状況を戦略型ゲーム\(G\)として定式化してください。
- 純粋戦略ナッシュ均衡を求めてください。
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