キューバ危機
原子爆弾(atomic bomb)の開発は1942年から米国で始まったマンハッタン計画(Manhattan Project)で進められ、1945年に実験が成功します。ソビエト連邦もまた1949年に核実験を成功させます。
第2次世界大戦が終結した1945年からソ連が崩壊する1991年までの45年間は冷戦(the Cold War)と呼ばれる時期であり、世界は米国を中心とする西側陣営とソ連を中心とする東側陣営とに分かれて激しく対立しました。ただ、米ソ両国が直接的に武力衝突することはありませんでした。核保有国どうしの武力衝突は核戦争の発端となり、両国の滅亡へつながるからです。ただ、1962年に発生したキューバ危機(Cuban Missile Crisis)において、人類は核戦争の瀬戸際へ追い込まれることになります。背景を含めて解説します。
米国の東海岸は大西洋に面し、西海岸は太平洋に面していますが、米国の南方において大西洋と太平洋を結んでいる海域がカリブ海(Caribbean Sea)です。太平洋と大西洋を自由に往来できない場合、独立した2つの艦隊を編成する必要があるため非効率的です。大西洋と太平洋を自由に往来するためにはカリブ海を支配する必要があります。その一環として、米国はカリブ海に位置するキューバ共和国(Cuba)への内政干渉を行ってきました。米国はキューバに軍地基地を建設するとともに、巨額の投資を通じて現地産業を支配し、さらに、親米的な独裁政権を現地に樹立して支援を行います。1952年に軍事クーデターによって政権を獲得したバティスタ(Batista)もまた米国の支援のもとで独裁体制を築き、キューバの国益を損なう親米政策を行っていました。
親米政権に対する反発の機運がキューバで高まる中、1959年にフィデル・カストロ(Fidel Castro)が革命を起こし、親米のバティスタ政権が倒され、キューバに社会主義政権が誕生します(キューバ革命)。カストロは米国との友好関係の構築を目指しますが、交渉は決裂します。1961年、米国は在米亡命キューバ人部隊を組織し、カストロ政権の転覆を目的とした軍事侵攻を実行します(ピッグス湾事件)が、失敗に終わります。米国によるさらなる軍事侵攻に備えるため、カストロはソ連に軍事支援を求めました。ソ連はカストロの要請に応えましたが、そこには以下のような背景があります。
核保有国どうしの軍事衝突がエスカレートして一方が核兵器を使用した場合、攻撃を受けた側に核戦力が残っていれば、核による報復を行います。このような戦略を相互確証破壊(Mutual Assured Destruction, MAD)と言います。MADが遂行される結果、両国において無数の人々が命を失い、主要都市が壊滅するとともに放射性物質で汚染されるため、両国の文明そのものが消滅してしまいます。したがって、核保有国どうしが対立している場合でも、両国はそれを核戦争へと発展させるインセンティブを持ちません。逆に言えば、核の軍事バランスが崩れ、一方の国がMADを遂行できることを証明できなくなった場合、その国は相手国による核の脅し(nuclear blackmail)を受け、支配されることになります。
当時、ソ連はMADの遂行が困難になりつつありました。というのも、米国が1962年にトルコに配備した準中距離弾道ミサイル「ジュピター」はソ連を射程に収めていた一方で、ソ連側は、米国本土を攻撃できる長距離弾道ミサイルを開発途中であり、対抗手段を持っていなかったからです。ただ、米国本土に近いキューバに核ミサイルを配備できるのであれば状況は一変します。ソ連がカストロの要請に応じた背景にはこのような経緯があります。
1962年、ソ連はキューバに核ミサイルを秘密裏に配備しましたが、米国の偵察機がそれを発見し、キューバ危機が始まります。ホワイトハウスで対策協議が行われた結果、最終的な選択肢は以下の2つに収斂しました。1つ目は、発見されたミサイルを早急に破壊するため、また、相手からの反撃を防ぐためにまずは空爆(air strike)を行い、その上で軍事侵攻を行うという選択肢です。2つ目は、まずはキューバ周囲を海と空から海上封鎖(blockade)した上でソ連に対してミサイルの撤去を要求し、要求に応じない場合には空爆や軍事侵攻を視野に入れるという選択肢です。
米国の大統領であるケネディー(Kennedy)は海上封鎖を選び、テレビ演説において、キューバにソ連のミサイルが運び込まれていること、また、それを防ぐために海上封鎖を行う旨を発表するとともに、軍を海上に配備しました。ソ連はすでに兵器を積んだ艦船をキューバに向かわせていたため、ソ連の第一書記であるフルシチョフ(Khrushchev)が海上封鎖の突破を命じれば軍事衝突が起こることは必至であり、核戦争が目前に迫っていました。
危機が迫る中、両国の首脳は交渉を重ねます。結局、フルシチョフは、米国がキューバに侵攻しないことと引き替えにミサイル基地を撤去するとの提案をケネディに伝え、合意が成立し、核戦争の危機は回避されました。
完備情報の動学ゲームとしてのキューバ危機
キューバ危機を米ソ両国をプレイヤーとするゲームと解釈します。国際社会には世界政府は存在しないため、国家間には拘束的合意が成立しません。したがって、キューバ危機は非協力ゲームです。また、キューバ危機は両国が以下の順番で意思決定を行う動学ゲームです。
- ソ連はキューバに配置したミサイルを「撤去する」か「撤去しない」かのどちらか一方を選択する。
- 米国はソ連による意思決定を観察した上で、相手がミサイルを「撤去しない」場合には、それに対して「空爆」「海上封鎖の継続」「海上封鎖の解除」の中の1つを選択する。一方、相手がミサイルを「撤去する」場合にはゲームが終了する。
- ソ連は米国による意思決定を観察した上で、相手が「空爆」を選んだ場合には、それに対して「ミサイルを撤去する」か「反撃する」かのどちらか一方を選択する。また、相手が「海上封鎖の継続」を選んだ場合には、それに対して「ミサイルを撤去する」か「反撃する」かのどちらか一方を選択する。一方、相手が「海上封鎖の解除」を選んだ場合にはゲームが終了する。
以上の状況は以下の展開型ゲームとして表現されます。
それぞれの頂点に記された利得のうち、上の値はソ連が得る利得であり、下の値は米国が得る利得です。数値の意味は以下の通りです。
ソ連にとって最も望ましい結果は、米国が折れて海上封鎖を解除し、自国はミサイルをそのまま配備できるケース\(z_{6}\)です。核戦争が最悪の結果であるため、軍事衝突へ至る可能性のある\(z_{3}\)と\(z_{5}\)は最悪です。ただし、相手が空爆をしてきた場合、反撃の大義名分が得られるため、その分だけ\(z_{3}\)は\(z_{5}\)よりも望ましいです。残りの3つの結果\(z_{1},z_{2},z_{4}\)ではいずれも自国が折れてミサイルを撤去することになりますが、その場合、空爆されて損害を受けるケース\(z_{2}\)が最悪です。また、海上封鎖が長引いて緊張が高まる\(z_{4}\)よりは、自ら撤去して緊張の緩和を実現する\(z_{1}\)ほうが望ましいものとします。
米国にとって望ましい結果は、相手が自主的にミサイルを撤去してくれるケース\(z_{1}\)です。次に望ましいのは海上封鎖を続けた結果として相手がミサイルを撤去するケース\(z_{4}\)であり、その次に望ましいのは空爆をした結果として相手がミサイルを撤去するケース\(z_{2}\)です。空爆には高いコストがかかり、反発も招き得るからです。核戦争が最悪の結果であるため、軍事衝突へ至る可能性のある\(z_{3}\)と\(z_{5}\)は最悪です。ただし、空爆をすると相手に反撃の大義名分を与えてしまうため、その分だけ\(z_{5}\)は\(z_{3}\)よりも望ましいです。自国が折れて、相手がミサイルを配備し続けるケース\(z_{6}\)はその次に望ましくありません。
キューバ危機における部分ゲーム完全均衡
キューバ危機におけるソ連(プレイヤー\(1\))の純粋戦略を特定するためには、ソ連が意思決定を行う情報集合\(\left\{ x_{0}\right\} ,\left\{ x_{2}\right\},\left\{ x_{3}\right\} \)において選択する行動をそれぞれ特定する必要があります。つまり、ソ連の純戦略集合は、\begin{eqnarray*}S_{1} &=&A\left( \left\{ x_{0}\right\} \right) \times A\left( \left\{
x_{2}\right\} \right) \times A\left( \left\{ x_{3}\right\} \right) \\
&=&\left\{ \text{撤去する},\text{撤去しない}\right\} \times \left\{ \text{撤去する},\text{対抗する}\right\} \times
\left\{ \text{撤去する},\text{対抗する}\right\}
\end{eqnarray*}です。一方、米国(プレイヤー\(2\))が意思決定を行う情報集合は\(\left\{ x_{1}\right\} \)だけであるため、米国の純粋戦略集合は、\begin{eqnarray*}S_{2} &=&A\left( \left\{ x_{1}\right\} \right) \\
&=&\left\{ \text{空爆},\text{海上封鎖継続},\text{海上封鎖解除}\right\}
\end{eqnarray*}です。
キューバ危機には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。具体的には以下の通りです。
このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在し、それは、\begin{eqnarray*}\left( s_{1},s_{2}\right) &=&\left( \left( s_{1}\left( \left\{
x_{0}\right\} \right) ,s_{1}\left( \left\{ x_{2}\right\} \right)
,s_{1}\left( \left\{ x_{3}\right\} \right) \right) ,\left( s_{2}\left(
\left\{ x_{1}\right\} \right) \right) \right) \\
&=&\left( \left( \left( \text{撤去する}\right)
,\left( \text{撤去する}\right) ,\left( \text{撤去する}\right) \right) ,\left( \text{継続}\right) \right)
\end{eqnarray*}である。ただし、プレイヤー\(1\)がソ連であり、プレイヤー\(2\)が米国である。したがって、均衡経路は「撤去する」というものである。
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