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参入ゲーム(市場参入のパラドクス)

目次

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参入ゲーム

ある新規市場へ参入するか否かを検討している2つの企業が存在します。参入にはコストがかかりますが、参入すれば市場から利益を得られます。両企業が参入した場合、彼らは参入コストを支払うとともに、市場で争うことになります。一方の企業だけが参入した場合、参入企業だけがコストを支払うことになりますが、同時に市場を独占することができます。非参入企業はコストを支払う必要はありませんが、利益も得られません。両企業が参入しない場合、彼らはともに参入コストを支払う必要はありませんが、利益も得られません。両企業はカルテルを結ぶことはできないものとします。また、各企業は相手が参入するかどうかを観察できない状態で自身が参入するかどうかを決定しなければならない状況を想定します。

それぞれの企業にとって最も望ましい結果は相手が市場に参入してこず、自社だけが参入して市場を独占することです。市場へ参入するためには一定のコストがかかりますが、市場を独占した場合に得られる利益はコストをカバーできるほど十分に大きいということです。最悪のケースは相手も参入してきて競争になるケースです。この場合、価格競争などが原因で十分な利益が得られないため、参入コストをカバーできず赤字になってしまいます。このような事情を踏まえた上で、市場に参入して相手と対立するよりは、最初から参入しないほうが望ましいものとします。

このような戦略的状況を参入ゲーム(entry game)と呼びます。

例(参入ゲーム)
2つの製薬会社がある病気に対する新薬を開発するか否かを検討しています。新薬を開発するためには膨大な費用がかかります。新薬を開発した後に市場を独占できるのであれば開発費をカバーできるほど十分大きな利益を見込めますが、競争相手も参入してきた場合、価格競争などが起こるため利益が小さくなり、開発費をカバーできないものとします。以上の状況は参入ゲームです。

 

完備情報の静学ゲームとしての参入ゲーム

参入ゲームが想定する状況をゲーム理論の意味でのゲームと解釈します。2つの企業が事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に拘束力がない状況を想定するのであれば、参入ゲームは非協力ゲームとなります。また、各企業は相手が参入するかどうかを観察できない状態で意思決定を行う状況を想定しているため、参入ゲームは静学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールが両企業にとって共有知識であるならば、参入ゲームは完備情報の静学ゲームとして記述されます。

そこで、参入ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、ゲーム\(G\)のプレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)は企業\(i\)を表します。また、企業\(i\)の純粋戦略集合を、\begin{equation*}S_{i}=\left\{ E,P\right\}
\end{equation*}と定めます。ただし、\(E\)は参入する(Enter)ことに、\(P\)は参入しない(Pass)ことにそれぞれ対応できます。プレイヤー\(i\)の利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)として様々な可能性がありますが、典型的なものは利潤を利得と同一視するというものです。市場を独占した場合に得られる利潤を\(1\)で表記し、市場で両企業が競争した場合に各企業が得られる利潤を\(0\)で表記します。企業\(i\)による参入費用を\(c_{i}\in \mathbb{R} \)で表記します。独占利潤は参入費用をカバーできるほど十分大きいため、\begin{equation*}0<c_{i}<1\quad \left( i=1,2\right)
\end{equation*}が成立します。以上の想定のもと、利得関数を以下の利得行列によって定義します。

$$\begin{array}{ccc}\hline
1\backslash 2 & E & P \\ \hline
E & -c_{1},-c_{2} & 1-c_{1},0 \\ \hline
P & 0,1-c_{2} & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$

表:参入ゲームの利得行列

定義より、以下の関係\begin{equation*}
1-c_{i}>0>-c_{i}\quad \left( i=1,2\right)
\end{equation*}が成立していることに注意してください。企業\(i\)が市場を独占した場合の利得\(1-c_{i}\)が最大であり、参入しない場合の利得\(0\)が2番目に高く、市場で競争した場合の利得\(-c_{i}\)が最低であるということです。

例(参入ゲーム)
両企業の参入費用がともに\(c\)で等しい場合、参入ゲームの利得行列は、

$$\begin{array}{ccc}
\hline
1\backslash 2 & E & P \\ \hline
E & -c,-c & 1-c,0 \\ \hline
P & 0,1-c & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$

となります。ただし、\(0<c<1\)です。

 

参入ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡

参入ゲームにおいて、それぞれの企業は支配戦略を持ちません。実際、企業\(1\)について、\begin{eqnarray*}u_{1}\left( P,E\right) &=&0>-c_{1}=u_{1}\left( E,E\right) \\
u_{1}\left( E,P\right) &=&1-c_{1}>0=u_{1}\left( P,P\right)
\end{eqnarray*}がともに成り立つため、企業\(1\)は支配戦略を持ちません。企業\(2\)についても同様です。したがって、参入ゲームには支配戦略均衡は存在せず、支配される戦略の逐次消去による解も存在しません。

参入ゲームにナッシュ均衡は存在するのでしょうか。参入ゲームではどちらか一方の企業が参入することに相当する\(\left( E,P\right) \)と\(\left( P,E\right) \)がともに純粋戦略ナッシュ均衡になります。

命題(参入ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡)
戦略型ゲーム\(G\)のプレイヤー集合は\(I=\left\{ 1,2\right\} \)であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は\(S_{i}=\left\{ E,P\right\} \)であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は以下の利得行列

$$\begin{array}{ccc}
\hline
1\backslash 2 & E & P \\ \hline
E & -c_{1},-c_{2} & 1-c_{1},0 \\ \hline
P & 0,1-c_{2} & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$

によって表現されているものとする。ただし、\(0<c_{1}<1\)かつ\(0<c_{2}<1\)である。このゲーム\(G\)には狭義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、それは\(\left( E,P\right) \)と\(\left(P,E\right) \)である。

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例(参入ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡)
両企業の参入費用がともに\(c\)で等しい場合、参入ゲームの利得行列は、

$$\begin{array}{ccc}
\hline
1\backslash 2 & E & P \\ \hline
E & -c,-c & 1-c,0 \\ \hline
P & 0,1-c & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$

となります。ただし、\(0<c<1\)です。上の命題より、このゲームの純粋戦略ナッシュ均衡は\(\left( E,P\right) \)と\(\left( P,E\right) \)です。

参入ゲームには企業\(1\)だけが参入する\(\left( E,P\right) \)と企業\(2\)だけが参入する\(\left( P,E\right) \)という2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在するとともに、これらはいずれも支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではないことが明らかになりました。したがって、参入ゲームでは以下の2つの点が問題になります。

1つ目は、均衡が実際にプレーされるかどうかという問題です。ナッシュ均衡が支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが実際に均衡をプレーする根拠となります。一方、参入ゲームの均衡は支配戦略均衡や支配される戦略の逐次消去による解ではないため、合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、プレイヤーたちが何らかの均衡を実際にプレーする根拠となる得るか自明ではありません。参入ゲームでは、相手が参入しない場合には自分は参入したほうがよく、相手が参入する場合には自分は参入しないほうがよい、という構造になっているため、何らかの均衡が実際にプレーされることを保証するためには、プレイヤーはお互いに相手の行動を正しく予想する必要があります。この予想が成立することを保証するためには、何らかの説明体系が必要になります。

2つ目は、複数均衡の問題です。ゲームに複数のナッシュ均衡が存在する場合においても、その中の1つが広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解である場合には、プレイヤーたちの合理性や警戒心の仮定、もしくはそれらが共有知識であることは、その特定の均衡がプレーされる根拠となるため、複数均衡問題は解決可能です。一方、参入ゲームの均衡の中には広義の支配戦略均衡や広義支配される戦略の逐次消去の解が含まれないため、どちらの均衡がプレーされることになるかは自明ではなく、何らかの説明体系が必要になります。

 

参入ゲームの混合戦略ナッシュ均衡

参入ゲームには企業\(1\)だけが参入する\(\left( E,P\right) \)と企業\(2\)だけが参入する\(\left( P,E\right) \)という2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在することが明らかになりましたが、これ以外にも混合戦略ナッシュ均衡は存在するのでしょうか。

参入ゲームには以下のような混合戦略ナッシュ均衡が存在します。

命題(参入ゲームの混合戦略ナッシュ均衡)
戦略型ゲーム\(G\)のプレイヤー集合は\(I=\left\{ 1,2\right\} \)であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は\(S_{i}=\left\{ E,P\right\} \)であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は以下の利得行列

$$\begin{array}{ccc}
\hline
1\backslash 2 & E & P \\ \hline
E & -c_{1},-c_{2} & 1-c_{1},0 \\ \hline
P & 0,1-c_{2} & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$

によって表現されているものとする。ただし、\(0<c_{1}<1\)かつ\(0<c_{2}<1\)である。このゲーム\(G\)には以下の条件\begin{eqnarray*}\sigma _{1}^{\ast } &=&\left( \sigma _{1}^{\ast }\left( E\right) ,\sigma
_{2}^{\ast }\left( P\right) \right) =\left( 1-c_{2},c_{2}\right) \\
\sigma _{2}^{\ast } &=&\left( \sigma _{2}^{\ast }\left( E\right) ,\sigma
_{2}^{\ast }\left( P\right) \right) =\left( 1-c_{1},c_{1}\right)
\end{eqnarray*}を満たす広義の混合戦略ナッシュ均衡\(\left(\sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) \)が存在する。

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例(参入ゲームの混合戦略ナッシュ均衡)
両企業の参入費用がともに\(c\)で等しい場合、参入ゲームの利得行列は、

$$\begin{array}{ccc}
\hline
1\backslash 2 & E & P \\ \hline
E & -c,-c & 1-c,0 \\ \hline
P & 0,1-c & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$

となります。ただし、\(0<c<1\)です。上の命題より、このゲーム\(G\)には以下の条件\begin{eqnarray*}\sigma _{1}^{\ast } &=&\left( \sigma _{1}^{\ast }\left( E\right) ,\sigma
_{2}^{\ast }\left( P\right) \right) =\left( 1-c,c\right) \\
\sigma _{2}^{\ast } &=&\left( \sigma _{2}^{\ast }\left( E\right) ,\sigma
_{2}^{\ast }\left( P\right) \right) =\left( 1-c,c\right)
\end{eqnarray*}を満たす広義の混合戦略ナッシュ均衡\(\left(\sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) \)が存在します。つまり、均衡において両企業は等しい確率で市場に参加します。

 

市場参入のパラドクス

参入ゲームには以下の条件\begin{eqnarray*}
\sigma _{1}^{\ast } &=&\left( \sigma _{1}^{\ast }\left( E\right) ,\sigma
_{2}^{\ast }\left( P\right) \right) =\left( 1-c_{2},c_{2}\right) \\
\sigma _{2}^{\ast } &=&\left( \sigma _{2}^{\ast }\left( E\right) ,\sigma
_{2}^{\ast }\left( P\right) \right) =\left( 1-c_{1},c_{1}\right)
\end{eqnarray*}を満たす広義の混合戦略ナッシュ均衡\(\left(\sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) \)が存在することが明らかになりました。企業\(1\)の参入コストが企業\(2\)の参入コストよりも高い場合には、すなわち、\begin{equation*}c_{1}>c_{2}
\end{equation*}が成り立つ場合には、\begin{equation*}
1-c_{2}>1-c_{1}
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\sigma _{1}^{\ast }\left( E\right) >\sigma _{2}^{\ast }\left( E\right)
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、参入コストが相対的に高い企業のほうが均衡においてより高い確率で市場に参入するということです。直感的には、参入コストが低い企業こそより高い確率で市場へ参入しそうですが、理論は逆の結果を示唆しています。このような事情もあり、このような現象を市場参入のパラドクス(market entry paradox)と呼びます。

 

演習問題

問題(参入ゲーム)
企業\(1\)の参入費用が\(\frac{1}{2}\)で企業\(2\)の参入費用が\(\frac{1}{3}\)である場合の参入ゲームを戦略型ゲームとして表現するとともに、そのゲームのナッシュ均衡をすべて特定してください。
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