チキンゲーム
2人のドライバーがお互いに相手の車に向かって一直線に走行し、衝突寸前まで車を走らせるゲームをチキンゲーム(game of
chicken)と呼びます。
チキンゲームにおいてそれぞれのドライバーに与えられている選択肢は、衝突の寸前にそのまま直進するか、ハンドルを切って回避するかのどちらか一方です。一方のドライバーがそのまま直進し、他方のドライバーがハンドルを切って回避した場合、直進したドライバーは勝者であり、回避したドライバーは敗者です。2人ともハンドルを切って回避した場合には引き分けです。また、2人とも直進した場合には車は衝突してしまうため、勝ち負けどころではありません。
それぞれのドライバーにとって最も望ましい結果は自分だけが直進してゲームの勝者になることであり、次点で望ましい結果は2人とも回避して引き分けになることです。自分だけが回避してゲームの敗者になることは次に望ましく、2人とも直進して衝突することが最悪の結果です。
チキンゲームでは相手が回避する場合には自分は直進した方がよく、逆に相手が直進する場合には自分は回避した方がよいという構造になっています。つまり、相手とは異なる選択肢を選ぶことが最適であるということです。ただし、相手が実際にどちらを選んでくるか事前に予測できないため、話は簡単ではありません。
完備情報の静学ゲームとしてのチキンゲーム
チキンゲームが想定する状況を2人のドライバーをプレイヤーとするゲームと解釈します。チキンゲームが度胸試しのために行われる場合、ドライバーどうしが事前に打ち合わせを行う動機がありません。また、仮に2人のドライバーは事前に話し合いをした場合でも、その結果には拘束力がありません。したがってチキンゲームは非協力ゲームです。2人のドライバーは衝突の直前に意思決定を行いますが、その瞬間に相手の行動を観察してから自分の行動を決定することは困難であるため、実質的には2人は同時に意思決定を行うことになります。したがってチキンゲームは静学ゲームです。さらにゲームのルールが2人にとって共有知識であることを仮定するのであれば、チキンゲームを完備情報の静学ゲームとして記述することができます。
そこで、チキンゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)はドライバー\(i\)を表します。また、プレイヤー\(i\)の純粋戦略は、\begin{equation*}S_{i}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(C\)は協調戦略である回避を表し(Cooperate の C)、\(D\)は裏切り戦略である直進を表します(Defect の D)。ゲームの結果は以下の行列として整理されます。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 引き分け & 2の勝利(1の敗北) \\ \hline
D & 1の勝利(2の敗北)
& 衝突 \\ \hline
\end{array}$$
利得関数としては様々な可能性がありますが、典型的なものは、\begin{equation*}
a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
として表現されます。言い換えると、プレイヤー\(1\)の利得関数\(u_{1}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{1}\left( D,C\right) >u_{1}\left( C,C\right) >u_{1}\left( C,D\right)
>u_{1}\left( D,D\right)
\end{equation*}を満たし、プレイヤー\(2\)の利得関数\(u_{2}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}u_{2}\left( C,D\right) >u_{2}\left( C,C\right) >u_{2}\left( D,C\right)
>u_{2}\left( D,D\right)
\end{equation*}を満たすということです。つまり、双方のプレイヤーにとって自分が勝つことが最も望ましく(利得\(a\)を得る)、引き分けが2番目に望ましく(利得\(b\)を得る)、自分が負けることは3番目に望ましく(\(c\)を得る)、衝突することは最も望ましくありません(利得\(d\)を得る)。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 0,0 & -1,1 \\ \hline
D & 1,-1 & -10,-10 \\ \hline
\end{array}$$
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 5,5 & 2,7 \\ \hline
D & 7,2 & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$
チキンゲームにおける純粋戦略ナッシュ均衡
チキンゲームには以下のような2つの純粋戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)には狭義の純粋戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の2つ\begin{equation*}\left( s_{1}^{\ast },s_{2}^{\ast }\right) =\left( C,D\right) ,\left(
D,C\right)
\end{equation*}である。
以上の命題より、チキンゲームには2つの純粋戦略ナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在することが明らかになりました。ただし、\(\left( C,D\right) \)はプレイヤー\(1\)だけが回避する結果に相当し、\(\left( D,C\right) \)はドライバー\(2\)だけが回避する結果に相当します。
チキンゲームにおける混合戦略ナッシュ均衡
チキンゲームには先の2つの純粋戦略ナッシュ均衡とは異なる混合戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。2人の混合戦略を、\begin{eqnarray*}
\sigma _{1} &=&\left( \sigma _{1}\left( C\right) ,\sigma _{1}\left( D\right)
\right) =\left( \sigma _{1},1-\sigma _{1}\right) \\
\sigma _{2} &=&\left( \sigma _{2}\left( C\right) ,\sigma _{2}\left( D\right)
\right) =\left( \sigma _{2},1-\sigma _{2}\right)
\end{eqnarray*}で表記する。このゲーム\(G\)には混合戦略ナッシュ均衡が存在し、それは以下の3つ\begin{equation*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) =\left( 1,0\right)
,\left( 0,1\right) ,\left( \frac{c-d}{a-b+c-d},\frac{c-d}{a-b+c-d}\right)
\end{equation*}である。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 0,0 & -1,1 \\ \hline
D & 1,-1 & -10,-10 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{-1+10}{1-0-1+10},\frac{-1+10}{1-0-1+10}\right) \\
&=&\left( \frac{9}{10},\frac{9}{10}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「\(1\)だけが\(C\)を選ぶ」と「\(2\)だけが\(C\)を選ぶ」に加えて、「\(1\)と\(2\)はともに確率\(\frac{9}{10}\)で\(C\)を選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & 5,5 & 2,7 \\ \hline
D & 7,2 & 0,0 \\ \hline
\end{array}$$
先の命題より、このゲームには純粋戦略の範囲で2つのナッシュ均衡\(\left( C,D\right) ,\left( D,C\right) \)が存在するとともに、これらとは別に、混合戦略の範囲でナッシュ均衡\begin{eqnarray*}\left( \sigma _{1}^{\ast },\sigma _{2}^{\ast }\right) &=&\left( \frac{2-0}{7-5+2-0},\frac{2-0}{7-5+2-0}\right) \\
&=&\left( \frac{1}{2},\frac{1}{2}\right)
\end{eqnarray*}が存在します。つまり、「\(1\)だけが\(C\)を選ぶ」と「\(2\)だけが\(C\)を選ぶ」に加えて、「\(1\)と\(2\)はともに確率\(\frac{1}{2}\)で\(C\)を選ぶ」ことがナッシュ均衡です。
チキンゲームにおける支配戦略
チキンゲームにはナッシュ均衡が存在することが明らかになりました。では、チキンゲームの均衡の中には、支配される戦略の逐次消去による解や、支配戦略均衡などは存在するでしょうか。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{1}=S_{2}=\left\{ C,D\right\}
\end{equation*}であり、利得関数\(u_{i}:S_{1}\times S_{2}\rightarrow \mathbb{R} \)は、\begin{equation*}a>b>c>d
\end{equation*}を満たす実数\(a,b,c,d\in \mathbb{R} \)を用いて、以下の利得行列
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
C & b,b & c,a \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
によって表現されているものとする。このゲーム\(G\)において、プレイヤー\(1,2\)はともに広義の支配戦略を持たない。
チキンゲームにおいて、プレイヤーたちは広義の支配戦略を持たないことが明らかになりました。したがって、チキンゲームには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解は存在しません。戦略型ゲームに狭義支配戦略均衡が存在する場合、それは広義支配戦略均衡でもあります。また、狭義支配される戦略の逐次消去による解が存在する場合、それは広義支配される戦略の逐次消去による解でもあります。以上の事実と、チキンゲームには広義支配戦略均衡や、広義支配される戦略の逐次消去による解が存在することを踏まえると、チキンゲームには狭義支配戦略均衡や、狭義支配される戦略の逐次消去による解は存在しないことが明らかになりました。
チキンゲームにおける信憑性のない脅しとコミットメント
チキンゲームにおいて一方のドライバーが相手に対して「おまえがハンドルを切らないと死ぬことになるぞ。なぜなら俺は絶対にハンドルを切らないからな。」と脅しをかけることはできるでしょうか。
プレイヤー\(1\)が先のように相手を脅した状況を想定します。仮にプレイヤー\(2\)がハンドルを切らなかった場合(\(s_{2}=D\))、プレイヤー\(1\)の利得に関して、\begin{equation*}u_{1}\left( C,D\right) =c>d=u_{1}\left( D,D\right)
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、プレイヤー\(2\)がハンドルを切らない場合には、プレイヤー\(1\)にとって最適な選択はハンドルを切ること(\(s_{1}=C\))であるため、先の脅しには信憑性がありません。したがって、プレイヤー\(2\)は相手による脅しを真に受ける合理的な理由が存在しないことになります。
プレイヤー\(1\)が自分の脅しを信憑性のない脅しから信憑性のある脅しへ転化させるためには、自分がハンドルを切らないことにコミットする必要があります。例えば、プレイヤー\(1\)が自分の車のハンドルを破壊し、そのことを相手に知らしめることに成功した場合、プレイヤー\(1\)がハンドルを切らないことが双方の共通認識となるため、ゲームは以下の形へと変化します。
$$\begin{array}{|c|c|c|}
\hline
1\setminus 2 & C & D \\ \hline
D & a,c & d,d \\ \hline
\end{array}$$
この新たなゲームにおけるプレイヤー\(2\)の最適戦略は\(C\)であるため、プレイヤー\(1\)は「ハンドルを壊す」というコミットメントデバイスを通じて純粋戦略\(D\)へコミットすることにより、自身にとって最も望ましい結果である\(\left( D,C\right) \)を実現することに成功します。
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