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ゲームの例

ギフト交換ゲーム(公平性と互恵性)

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ギフト交換ゲーム

雇用者と社員が1人ずついる状況を想定します。まず、雇用者は社員に対して賃金を提示します。社員は提示された賃金を観察した後、仕事における自身の努力水準を決定します。

雇用者は、同じ賃金を払うならば、社員がより熱心に働いてくれるほうが良いと考えているものとします。賃金水準を所与とした場合、雇用者の利得関数は社員の努力水準に関する増加関数であるということです。社員は、同じ賃金をもらえるのであれば、手を抜いたほうが良いと考えているものとします。賃金水準を所与とした場合、社員の利得関数は自身の努力水準に関する減少関数であるということです。

雇用者にとって最も望ましい結果は、社員が安い賃金で熱心に働いてくれることです。2番目に望ましいのは高い賃金で社員が熱心に働いてくれることであり、3番目に望ましいのは安い賃金のもとで社員がさぼることです。社員が高い賃金をもらっておきながらさぼるのは最悪の結果です。

社員にとって最も望ましい結果は、高い賃金をもらいながらさぼることです。2番目に望ましいのは高い賃金をもらいながら熱心に働くことであり、3番目に望ましいのは安い賃金をもらいながらさぼることです。安い賃金で熱心に働くのは最悪の結果です。

これは米国の経済学者ジョージ・アカロフ(George Arthur Akelof)とジャネット・イエレン(Janet Louise Yellen)が1990年に発表したゲームであり、ギフト交換ゲーム(Gift exchange game)や贈与交換ゲームなどと呼ばれます。

 

完備情報の動学ゲームとしてのギフト交換ゲーム

ギフト交換ゲームが想定する状況をゲーム理論の意味でのゲームと解釈します。雇用者と社員が事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に強制力がない状況を想定するのであれば、ギフト交換ゲームは非協力ゲームとなります。さらに、雇用者が先に賃金を決定し、それを観察した社員が努力水準を決定する状況を想定しているため、ギフト交換ゲームは動学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールがプレイヤーたちにとって共有知識であることを仮定するのであれば、ギフト交換ゲームは完備情報の動学ゲームとして記述されます。

そこで、ギフト交換ゲームを以下のような展開型ゲーム\(\Gamma \)として定式化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,2\right\}
\end{equation*}です。ただし、プレイヤー\(1\)は雇用者であり、プレイヤー\(2\)は社員です。ゲーム\(\Gamma \)のその他の要素は以下のゲームの木によって表現されます。

図:ギフト交換ゲーム
図:ギフト交換ゲーム

ただし、\(w_{1}\)は雇用者が提示する「低賃金」という行動に、\(w_{2}\)は雇用者が提示する「高賃金」という行動にそれぞれ相当します。また、\(e_{1}\)は社員が選択する「さぼる」という行動に、\(e_{2}\)は社員が選択する「熱心に働く」という行動にそれぞれ相当します。また、プレイヤー\(1\)である雇用者の利得に関しては、\begin{equation*}1>a_{2}>a_{1}>0
\end{equation*}が成り立ち、プレイヤー\(2\)である社員の利得に関しては、\begin{equation*}1>b_{2}>b_{1}>0
\end{equation*}が成り立つものとします。

つまり、プレイヤー\(1\)である雇用者にとって最も望ましい結果は自分が\(w_{1}\)を選択した後に相手が\(e_{2}\)を選択することであり(利得\(1\)を得る)、次に望ましい結果は自分が\(w_{2}\)を選択した後に相手が\(e_{2}\)を選択することであり(利得\(a_{2}\)を得る)、次に望ましい結果は自分が\(w_{1}\)を選択した後に相手が\(e_{1}\)を選択することであり(利得\(a_{1}\)を得る)、最悪の結果は自分が\(w_{2}\)を選択した後に相手が\(e_{1}\)を選択することです(利得\(0\)を得る)。

また、プレイヤー\(2\)である社員にとって最も望ましい結果は相手が\(w_{2}\)を選択した後に自分が\(e_{1}\)を選択することであり(利得\(1\)を得る)、次に望ましい結果は相手が\(w_{2}\)を選択した後に自分が\(e_{2}\)を選択することであり(利得\(b_{2}\)を得る)、次に望ましい結果は相手が\(w_{1}\)を選択した後に自分が\(e_{1}\)を選択することであり(利得\(b_{1}\)を得る)、最悪の結果は相手が\(w_{1}\)を選択した後に自分が\(e_{2}\)を選択することです(利得\(0\)を得る)。

 

ギフト交換ゲームにおける純粋戦略部分ゲーム完全均衡

ギフト交換ゲームにおけるプレイヤー\(1\)の純粋戦略を特定するためには、ゲームの初期点から構成される情報集合においてプレイヤーが選択する行動\begin{equation*}w\in \left\{ w_{1},w_{2}\right\}
\end{equation*}を指定する必要があります。つまり、プレイヤー\(1\)のそれぞれの純粋戦略は\(w\)の値として表現されます。

プレイヤー\(2\)の純粋戦略を指定するためには、プレイヤー\(1\)が行動した直後に到達するそれぞれの情報集合においてプレイヤー\(2\)が選択する行動を指定する必要があり、それは、プレイヤー\(1\)によるそれぞれの行動\(w\in \left\{ w_{1},w_{2}\right\} \)に対して、それに対する反応\(e\left( w\right) \in \left\{ e_{1},e_{2}\right\} \)を特定する写像\begin{equation*}e:\left\{ w_{1},w_{2}\right\} \rightarrow \left\{ e_{1},e_{2}\right\}
\end{equation*}として定式化されます。つまり、プレイヤー\(2\)のそれぞれの純粋戦略は以上のような写像\(e\)として表現されます。

ギフト交換ゲームには以下のような純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在します。

命題(ギフト交換ゲームにおける純粋戦略部分ゲーム完全均衡)
以下のゲームの木によって表現される展開型ゲーム\(\Gamma \)が与えられているものとする。

図:ギフト交換ゲーム
図:ギフト交換ゲーム

ただし、\begin{eqnarray*}
1 &>&a_{2}>a_{1}>0 \\
1 &>&b_{2}>b_{1}>0
\end{eqnarray*}が成り立つものとする。このゲーム\(\Gamma \)には純粋戦略部分ゲーム完全均衡が存在し、それは「\(w_{1}\)を選ぶ」というプレイヤー\(1\)の純粋戦略と、「自身が直面する任意の情報集合において\(e_{1}\)を選ぶ」というプレイヤー\(2\)の純粋戦略からなる組である。したがって、均衡経路は「プレイヤー\(1\)が\(w_{1}\)を選択し、続いてプレイヤー\(2\)が\(e_{1}\)を選択する」というものであり、均衡結果は\(\left(a_{1},a_{2}\right) \)である。

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ギフト交換ゲームの均衡分析

均衡概念として部分ゲーム完全均衡を採用する場合、ギフト交換ゲームの均衡結果は雇用者が低水準の賃金\(w_{1}\)を提示し、それを受けて社員が仕事を怠ける\(e_{1}\)というものであることが明らかになりました。雇用者が提示する賃金が低賃金\(w_{1}\)と高賃金\(w_{2}\)のどちらの場合においても、社員にとって怠けること\(e_{1}\)が常に最適です。社員が必ず怠けることを見越した場合、雇用者はあえて高賃金\(w_{2}\)を払うメリットはなく、したがって低賃金\(w_{1}\)を選択することになり、その結果として\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)が実現します。

均衡結果\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)とは異なる結果\(\left( w_{2},e_{2}\right) \)に注目した場合、\begin{eqnarray*}a_{2} &>&a_{1} \\
b_{2} &>&b_{1}
\end{eqnarray*}が成り立つため、両者にとって\(\left( w_{2},e_{2}\right) \)は\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)よりも望ましい結果です。つまり、雇用者が高水準の賃金\(w_{2}\)を提示し、それを受けて社員が熱心に働く\(e_{2}\)ことは均衡結果よりも双方にとって望ましい結果です。つまり、\(\left(w_{2},e_{2}\right) \)は\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)をパレート支配します。それにも関わらず、プレイヤーが合理的であり、均衡概念として部分ゲーム完全均衡を採用する場合、実際に実現するのは\(\left( w_{2},e_{2}\right) \)ではなく\(\left(w_{1},e_{1}\right) \)です。

 

ギフト交換ゲームの現実性(公平さと互恵性)

プレイヤーの目的が自身が得る利得の最大化であり、均衡概念として部分ゲーム完全均衡を採用する場合、ギフト交換ゲームの均衡結果として\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)が実現することが理論的に結論付けられることが明らかになりました。この結果は現実的でしょうか。被験者たちにギフト交換ゲームをプレーさせると、理論通りの結果になるとは限らず、理論の予測\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)をパレート支配する\(\left(w_{2},e_{2}\right) \)がしばしば実現します。被験者たちにゲーム理論の授業を受けさせて、部分ゲーム完全均衡などの諸概念を学ばせた後においてもなお、ギフト交換ゲームの実験結果は理論通りにはなりません。なぜでしょうか。

現実の人々は、自身が得る利得だけを基準に意思決定を行っているわけではありません。自分が得る利得と他のプレイヤーが得る利得を比較する際に感じる不公平感や羨望、後ろめたさ、報恩など、ゲームの中に記述されていない要因もプレイヤーの意思決定を左右します。

社員にとって最適な行動は賃金水準とは関係なく常にさぼること\(e_{1}\)であるため、そのような行動を見越した場合、雇用者にとって高水準の賃金\(w_{2}\)を提示するメリットがありません。つまり、雇用者が自身の利得だけを考慮するのであれば、必ず低水準の賃金\(w_{1}\)を提示することになります。雇用者が高水準の賃金\(w_{2}\)を提示する場合、それは社員の効用を気にかけていることを意味します。一方、社員が自身の利得だけを考慮するのであれば、必ずさぼる\(e_{1}\)ことになります。ただ、メリットがないにも関わらずあえて高賃金\(w_{2}\)を提示してくれた雇用者に直面した場合、社員の中に、その雇用者の恩に報いたいという気持ちや、もしくは、他人に対して自分はフェアでありたいという気持ちが芽生え、その結果、熱心に働く\(e_{2}\)という状況は起こり得ます。社員が熱心に働く\(e_{2}\)場合、それは雇用者の効用を気にかけていることを意味します。社員によるこうした報恩行動を予期するのであれば、雇用者はやはり高水準の賃金\(w_{2}\)を提示しようという気持ちになります。現実の人々は自身の利得だけを考慮しているわけではなく、他のプレイヤーの利得の利得も気にかけています。そのような気持ちがポジティブな方向へ作用すれば互恵的な行動を生み出し、その結果として、理論の予測\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)をパレート支配する\(\left( w_{2},e_{2}\right) \)が実現する状況も起こり得ます。

ギフト交換ゲームの実験を行った際に、理論が予測する結果\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)とは異なる結果が実現する理由を別の観点から説明することもできます。現実の労働市場が買い手市場である場合、労働者は職を得るのに苦労するため、賃金水準とは関係なく、熱心に働く必要があります。そのような背景を持つ人たちを被験者としてギフト交換ゲームの実験を行った場合、彼らはゲームに記されている利得だけを基準に意思決定するのではなく、現実において自身が感じている危機感に引っ張られて\(e_{2}\)を選択することも起こり得ます。そのような場合、理論の予測\(\left( w_{1},e_{1}\right) \)とは異なる結果が実現することになります。

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