日本式オークション
復習になりますが、オークションの主催者が最低値から価格を段階的に上げていき、最後の1人を除いたすべての入札者が脱落した時点で売買が成立し、落札者は最後の脱落者が脱落した価格に相当する金額を支払うオークションを競り上げ式公開オークションと呼びます。前回解説したように、単一財オークション環境において入札者の人数が2人である場合や、私的価値と分布独立性の仮定が成り立つ場合などには、競り上げ式公開オークションは第二価格封印オークションと戦略的に同等になります。今回は、競り上げ式公開オークションそのものにも複数のバリエーションがあることを解説します。
まず、これまで「競り上げ式公開オークション」として扱ってきたオークションは日本式オークション(Japanese auction)や競り上げ型クロックオークション(ascending clock auction)などと呼ばれるタイプのオークションです。繰り返しになりますが、日本式オークションの特徴は、オークションの主催者が価格を段階的に上げていき、入札者が次々に脱落していく点にあります。
日本式オークションにおいて入札者が脱落の意思を伝える方法は以下のように様々です。
イギリス式オークション
競り上げ式公開オークションのもう一つのバリエーションはイギリス式オークション(English auction)と呼ばれるタイプのオークションです。オークションの主催者が価格を段階的に上げていく日本式オークションとは対照的に、イギリス式オークションでは入札者たちが競り合う形で価格を上げていきます。具体的には、最初にオークションの主催者が最低額を設定し、それ以上の金額で購入する意思のある入札者は最低額以上の金額を提示します。さらに、その金額よりも高い金額で購入する意思のある入札者は、直前の金額を上回る金額を提示します。その後も同様のプロセスを繰り返します。直前の金額を上回る金額を提示する入札者がいなくなった時点で売買が成立し、最後に金額を提示した者が落札者になり、自身が最後に提示した金額を支払います。
イギリス式オークションにおいて入札者が金額を提示する方法は以下のように様々です。
日本式オークションとイギリス式オークションの戦略的同等性
イギリス式オークションを競り上げ式公開オークションとして分類する理由は、イギリス式オークションが競り上げ式公開オークション、すなわち日本式オークションと戦略的に同等だからです。以下で順番に解説します。
日本式オークションにおいて、それぞれの入札者\(i\)は主催者による提示額が\(\hat{\theta}_{i}\)に達した瞬間に脱落する意思があるものとします。仮に、入札者\(i\)が脱落する価格\(\hat{\theta}_{i}\)が最高額であるならば、すなわち、\begin{equation}\hat{\theta}_{i}>\max \left\{ \hat{\theta}_{j}\ |\ j\in I\backslash \left\{
i\right\} \right\} \quad \cdots (1)
\end{equation}が成り立つ場合には、主催者が最低値から価格を段階的に上げていき、\begin{equation}
\max \left\{ \hat{\theta}_{j}\ |\ j\in I\backslash \left\{ i\right\}
\right\} \quad \cdots (2)
\end{equation}に到達した時点において入札者\(i\)以外の入札者たちが全員脱落して売買が成立します。その結果、入札者\(i\)が確率\(1\)で商品を得るとともに、対価として\(\left( 2\right) \)に相当する金額を支払います。他の任意の入札者は商品を入手できず、所得移転は課されません。
一方、イギリス式オークションにおいて、それぞれの入札者\(i\)は最高で\(\hat{\theta}_{i}\)まで入札する意思があるものとします。仮に、入札者\(i\)による希望入札額\(\hat{\theta}_{i}\)が最高額であるならば、すなわち、\(\left( 1\right) \)が成り立つ場合には、入札者たちがセリを行い、入札者\(i\)以外の誰かが\(\left(2\right) \)を入札したとき、続いて入札者\(i\)が\(\left( 2\right) \)をわずかに上回る金額を入札すれば他の入札者たちはそれ以上入札を行わないため売買が成立します。その結果、入札者\(i\)が確率\(1\)で商品を得るとともに、対価として\(\left( 2\right) \)をわずかに上回る金額を支払います。他の任意の入札者は商品を入手できず、所得移転は課されません。
つまり、イギリス式オークションにおける入札者たちの最高入札額からなる組と日本式オークションにおける入札者たちの脱落価格の組を同一視した場合、イギリス式オークションがもたらす結果と日本式オークションがもたらす結果は一致します(正確には、イギリス式オークションの勝者は\(\left( 2\right) \)をわずかに上回る金額を支払う必要があるため、その分だけ日本式オークションとは異なる)。つまり、イギリス式オークションと日本式オークションはメカニズムとして等しいということです。
では、2つのオークションにおいて、プロセスが進む中で入札者が新たに獲得できる情報に違いはあるのでしょうか。日本式オークションではプロセスが進むにつれて入札者たちが次々と脱落していき、脱落した入札者は復帰できません。一方、イギリス式オークションでは同一の入札者が何度でも入札できるため、誰が脱落したか必ずしも明らかではありません。このような意味において、2つのオークションにおいて入札者がアクセス可能な情報は異なります。
ただ、入札者たちの利得関数に関して私的価値の仮定が成り立つとともに、タイプに関して分布独立性の仮定が成り立つ場合、2つのオークションにおいて入札者が得る情報の違いは問題になりません。私的価値の仮定が成り立つ場合、それぞれの入札者の利得関数の形状は、他の入札者たちのタイプに依存しません。また、分布独立性の仮定が成り立つ場合、ある入札者のタイプを観察できた場合でも、他の入札者のタイプに関する情報は得られません。以上の仮定を満たす環境において日本式オークションやイギリスオークションを行った場合、脱落者のタイプに関する情報が明らかになった場合でも、その情報の中には脱落せずに残っている入札者たちの利得関数を推測する上で役立つ情報は含まれていないため、残された入札者たちの意思決定に影響を与えません。
議論を整理します。単一財オークション環境において私的価値と分布独立性の仮定が成り立つ場合などには、日本式オークションとイギリス式オークションにおいて、入札者たちがアクセス可能な情報は実質的に等しくなります。加えて、イギリス式オークションにおける入札者たちの最高入札額からなる組と日本式オークションにおける入札者たちの脱落価格の組と同一視した場合、2つのオークションが定める結果は一致するため、両者はメカニズムとして等しいということです。以上より、私的価値と分布独立性の仮定のもとでは、日本式オークションとイギリス式オークションは戦略的に同等であることが明らかになりました。
復習になりますが、単一財オークション環境において入札者の利得関数に関して非外部性、準線型性、リスク中立性、私的価値の仮定が成り立つとともに、入札者のタイプに関して分布独立性の仮定が成り立つ場合、競り上げ式公開オークションすなわち日本式オークションは第二価格封印オークションと戦略的に同等であることから以下の命題が成り立ちます。
ただし、日本式オークションにおける入札者にとっての正直戦略とは、オークションの主催者が提示する金額が自身の真の支払い意思額と一致した時点において離脱する、というものです。
先に指摘したように、私的価値と分布独立性の仮定が成り立つ場合、イギリス式オークションは日本式オークションと戦略的に同等であるため、以下も成り立ちます。
ただし、イギリス式オークションにおける入札者にとっての正直戦略とは、最高額が自身の真の支払い意思額以下である間はセリに参加し、それ以降はセリから離脱するというものです。
ジャンプ入札の問題
非外部性、準線型性、リスク中立性、私的価値、分布独立性の仮定が成り立つ場合、イギリス式オークションは耐戦略性を満たすことが明らかになりました。つまり、それぞれの入札者にとって、他の入札者のタイプや戦略とは関係なく、自分は常に正直戦略にしたがって入札を行うことが最適であるということです。ただ、先の仮定が成り立つ場合においても、実際には、イギリス式オークションが耐戦略性を満たさないような状況が起こり得ます。
先に提示したように、イギリス式オークションにおいて入札者が金額を提示する方法は様々ですが、入札者が各時点の最高額を上回る「任意の」金額を入札することがルールとして認められている場合、入札者はその時点における最高額を大幅に上回る金額を突如として入札することも可能です。このような入札行動をジャンプ入札(jump bidding)と呼びます。日本式オークションでは主催者が主導して価格を一定のペースで上げていくため、入札者たちがジャンプ入札に相当する行動を選択する余地はありません。ジャンプ入札を認めるイギリス式オークションは耐戦略性を満たすとは限らないため、日本式オークションとは異なる結果を導く可能性があります。ジャンプ入札については場を改めて解説します。
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