命題関数の真理集合としての集合
これまでは集合を命題関数の真理集合として表現するアプローチを採用してきました。簡単に復習します。
全体集合が\(U\)である状況を想定します。変数\(x\in U\)に関する命題関数\(P\left( x\right) \)が与えられれば、その真理集合に相当する\(U\)の部分集合\begin{equation*}A=\left\{ x\in U\ |\ P\left( x\right) \right\}
\end{equation*}が定義可能です。このとき、以下の条件\begin{equation*}
\forall x\in U:\left[ x\in A\Leftrightarrow P\left( x\right) \right]
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、\(x\)が集合\(A\)の要素であることと、命題\(P\left( x\right) \)が真であることは必要十分です。
逆に、全体集合\(U\)の部分集合\(A\)が与えられれば、以下の条件\begin{equation*}\forall x\in U:\left[ x\in A\Leftrightarrow P\left( x\right) \right]
\end{equation*}を満たす変数\(x\in U\)に関する命題関数\(P\left( x\right) \)が定義可能です。すると、集合の相等の定義より、以下の関係\begin{equation*}A=\left\{ x\in U\ |\ P\left( x\right) \right\}
\end{equation*}を得ます。つまり、任意の集合は何らかの命題関数の真理集合として表現できるということです。
改めて整理すると、全体集合\(U\)が与えられた場合、変数\(x\in U\)に関する命題関数\(P\left( x\right) \)が与えられれば真理集合に相当する\(U\)の部分集合\(A\)が得られるとともに、逆に、\(U\)の部分集合\(A\)が与えられれば、それは変数\(x\in U\)に関する何らかの命題関数\(P\left( x\right) \)の真理集合として表現されます。したがって、変数\(x\in U\)に関する命題関数と\(U\)の部分集合の間には1対1の関係が成立しており、なおかつ、\(U\)の任意の部分集合は変数\(x\in U\)に関する何らかの命題関数の真理集合として表現されます。
ラッセルのパラドクス
集合を命題関数と関連付けて理解する先述のアプローチはラッセルのパラドクス(Russell’s paradox)と呼ばれる問題を引き起こします。以下の通りです。
全体集合\(U\)が「あらゆる集合を要素として持つ集合」である状況を想定します。つまり、任意の対象\(x\)について、\begin{equation}x\in U\Leftrightarrow x\text{は集合} \quad \cdots (1)
\end{equation}を満たすものとして\(U\)を定義するということです。集合を命題関数と関連付ける先のアプローチのもとでは、\(x\)が集合であることとは、\(x\)が変数\(x\in U\)に関する何らかの命題関数\(P\left( x\right) \)の真理集合として表現されることを意味します。つまり、以下の関係\begin{equation}x\text{は集合}\Leftrightarrow \exists P\left( x\right)
:x=\left\{ x\in U\ |\ P\left( x\right) \right\} \quad \cdots (2)
\end{equation}が成り立つということです。\(\left( 1\right) ,\left( 2\right) \)より、\begin{equation}x\in U\Leftrightarrow \exists P\left( x\right) :x=\left\{ x\in U\ |\ P\left(
x\right) \right\} \quad \cdots (3)
\end{equation}を得ます。つまり、\(x\)が\(U\)の要素であることと、\(x\)が変数\(x\in U\)に関する何らかの命題関数\(P\left( x\right) \)の真理集合として表現されることは必要十分です。
さて、変数\(x\in U\)に関する命題関数\begin{equation*}x\not\in x
\end{equation*}に注目した上で、この命題関数の真理集合である\(U\)の部分集合\begin{equation*}R=\left\{ x\in U\ |\ x\not\in x\right\}
\end{equation*}を定義します。このような集合をラッセル集合(Russel set)と呼びます。
ラッセル集合\(R\)の定義より、以下の命題\begin{equation}\forall x\in U:\left( x\in R\Leftrightarrow x\not\in x\right) \quad \cdots (4)
\end{equation}が成り立ちます。つまり、\(x\)がラッセル集合\(R\)の要素であることと、\(x\)が\(x\)自身の要素ではないことは必要十分です。このとき、両辺の否定をとった、\begin{equation}\forall x\in U:\left( x\not\in R\Leftrightarrow x\in x\right) \quad \cdots (5)
\end{equation}もまた成り立ちます。つまり、\(x\)がラッセル集合\(R\)の要素ではないことと、\(x\)が\(x\)自身の要素であることは必要十分です。
さて、ラッセル集合\(R\)は変数\(x\in U\)に関する命題関数\(x\not\in x\)の真理集合として表現されているため、\(\left( 3\right) \)より、\begin{equation*}R\in U
\end{equation*}を得ます。つまり、\(R\)は\(U\)の要素です。その一方で、\(R\)は\(U\)の部分集合です。したがって排中律より、\(U\)の要素である\(R\)は、\(U\)の部分集合である\(R\)の要素であるか(\(R\in R\))、そうではないか(\(R\not\in R\))、どちらか一方が必ず成り立つはずです。
まず、\(R\in R\)と仮定した場合、これと\(R\in U\)および\(\left( 4\right) \)より\(R\not\in R\)を得ますが、これは\(R\in R\)と矛盾です。続いて、\(R\not\in R\)と仮定した場合、これと\(R\in U\)および\(\left( 5\right) \)より\(R\in R\)を得ますが、これは\(R\not\in R\)と矛盾です。したがって、\(R\in R\)と\(R\not\in R\)はともに成り立たず、これは排中律と矛盾です。したがって、集合を命題関数と関連付けて理解する手法には問題があることが明らかになりました。
\end{equation*}と内包的に定義すると矛盾が生じます(演習問題)。この問題は理容師のパラドクス(Barber paradox)として知られています。
公理主義的集合論
ラッセルのパラドクスを回避する1つの方法は、集合という概念を公理主義的に定義するというものです。つまり、あらかじめいくつかの命題を公理として定め、それらの公理をすべて満たす対象だけを集合として認めるというアプローチです。その中でも典型的なものはZF集合論、すなわちツェルメロ=フレンケル集合論(Zermelo-Fraenkel set theory)です。ZF集合論においてラッセルのパラドクスがいかにして回避されるか、そのエッセンスを以下で紹介します。
ZF公理論では、集合という概念が満たすべき条件を複数の公理として定めますが、その中でもラッセルのパラドクスに関係あるのは分出公理(Axiom schema of separation)と呼ばれる公理です。これは、ZF公理系を満たす集合\(A\)と命題関数\(P\left( x\right) \)をそれぞれ任意に選んだとき、\begin{equation*}B=\left\{ x\in A\ |\ P\left( x\right) \right\}
\end{equation*}と定義される\(B\)もまた集合であるものと定める、という公理です。
分出公理における\(P\left(x\right) \)は任意の命題関数であるため、ラッセル集合を規定する命題関数\(x\in x\)を\(P\left( x\right) \)として採用することもできます。また、分出公理における\(A\)はZF公理系を満たす集合であれば何でもよいのですが、ここではラッセル集合を規定する全体集合\(U\)である「あらゆる集合を要素として持つ集合」を採用します。つまり、このような全体集合\(U\)をZF公理系を満たす集合と仮定して以降の話を進めるということです。このとき、分出公理より、\begin{equation*}B=\left\{ x\in U\ |\ x\not\in x\right\}
\end{equation*}と定義される\(B\)は集合です。この\(B\)はラッセル集合に他なりません。\(B\)の定義より、任意の\(x\in U\)について、\begin{equation}x\in B\ \Leftrightarrow \ x\not\in x \quad \cdots (1)
\end{equation}や、\begin{equation}
x\not\in B\ \Leftrightarrow \ x\in x \quad \cdots (2)
\end{equation}など成り立ちます。
繰り返しになりますが、分出公理より\(B\)は集合です。したがって、\(U\)の定義より、\(B\)は\(U\)の要素です。一方、\(B\)の定義より、\(B\)は\(U\)の部分集合です。\(U\)の要素である\(B\)は、\(U\)の部分集合である\(B\)の要素であるか否かのどちらか一方です。\(B\in B\)の場合には\(\left( 1\right) \)より\(B\not\in B\)となり矛盾です。\(B\not\in B\)の場合には\(\left( 2\right) \)より\(B\in B\)となり矛盾です。いずれの場合も矛盾が導かれたということは、当初の仮定である「\(U\)がZF公理系を満たす集合である」が誤りであることを意味します。
つまり、ZF公理系のもとでは、全体集合\(U\)は集合とみなされません。\(U\)が集合とみなされないのですから、上の議論中の\(B\)のような集合、すなわちラッセル集合を定義することもできません。つまり、ZF公理系のもとでは、ラッセル集合は集合とみなされないため、ラッセルのパラドクスが起こり得ません。
議論の結論をまとめましょう。命題関数を用いて集合を無批判に定義するとラッセルのパラドクスが生じてしまいます。一方、公理主義的集合論のもとでは、そのような問題は回避できます。ただ、本稿で行う議論の範囲では、命題関数から集合を定義するアプローチを採用しても問題は起こらないため、引き続きそのようなアプローチを採用します。
演習問題
\end{equation*}と内包的に定義すると矛盾が導かれることを示してください。
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