2本の直線が交わることと平行であることの違い
空間\(\mathbb{R} ^{n}\)上に存在する直線を表現するためには、その直線上に存在する点の位置ベクトルと直線の方向ベクトルを指定すれば十分です。具体的には、問題としている直線上に存在する点\(P\)の位置ベクトル\(p\in \mathbb{R} ^{n}\)と直線の方向ベクトル\(v\in \mathbb{R} ^{n}\backslash \left\{ 0\right\} \)が与えられれば、その直線のベクトル方程式は、媒介変数\(t\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}x=p+tv
\end{equation*}と表現されるため、直線上のすべての点の位置ベクトルからなる集合、すなわち直線は、\begin{equation*}
L\left( p,v\right) =\left\{ x\in \mathbb{R} ^{n}\ |\ \exists t\in \mathbb{R} :x=p+tv\right\}
\end{equation*}と表現されます。以上がベクトル方程式を用いた直線の定義です。
2本の直線が一定の距離を保ったまま並んでいる状態を平行と呼びますが、直線どうしが平行であることをどのように定式化できるでしょうか。
数直線\(\mathbb{R} \)上に存在するすべての直線は\(\mathbb{R} \)自身と一致するため、数直線上に存在する2本の直線は常に一致し、したがって、それらは必ず平行です。
数直線\(\mathbb{R} \)とは異なり、平面\(\mathbb{R} ^{2}\)上では異なる2本の直線をとることができますが、平面\(\mathbb{R} ^{2}\)には互いに垂直な方向軸が2本しか存在しないため、異なる2本の直線が平行ではない場合、それらの直線は必ずどこかで交わります。対偶より、平面\(\mathbb{R} ^{2}\)上に存在する2本の異なる直線が交わらない場合、それは平行です。したがって、2本の異なる直線が平行であることを示すためには、それらが交点を持たないことを示せばよいということになります。ただ、より高次元の空間において、このような議論は成立しません。具体的には以下の通りです。
空間\(\mathbb{R} ^{3}\)には互いに垂直な方向軸が3本存在するため、2本の異なる直線が平行ではないにも関わらず、それらの直線が交わらない事態は起こり得ます。実際、上図には空間\(\mathbb{R} ^{3}\)上に存在する2本の直線が描かれていますが、これらは平行ではなく、交わりもしません。
このような事情を踏まえると、一般の空間\(\mathbb{R} ^{n}\)を対象とした場合、2本の直線が平行であることの意味を、両者が交わることと独立した概念として改めて定義する必要があります。順番に解説します。
2本の直線が平行であることの定義
空間\(\mathbb{R} ^{n}\)上に存在する2本の直線が、\begin{eqnarray*}L\left( p,v\right) &=&\left\{ x\in \mathbb{R} ^{n}\ |\ \exists t\in \mathbb{R} :x=p+tv\right\} \\
L\left( q,w\right) &=&\left\{ x\in \mathbb{R} ^{n}\ |\ \exists s\in \mathbb{R} :x=q+sw\right\}
\end{eqnarray*}とそれぞれ与えられているものとします。
一方の直線\(L\left( p,v\right) \)上に存在する点\(X\)を任意に選んだとき、その位置ベクトルは何らかの値\(t\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}x=p+tv
\end{equation*}と表すことができます。方向ベクトル\(a\in \mathbb{R} ^{n}\)を選んだ上で、先の点\(X\)を\(a\)だけ動かすと、移動後の点の位置ベクトルは、\begin{equation*}x+a=p+a+tv
\end{equation*}と定まります。直線\(L\left( p,v\right) \)上に存在するすべての点を同じ要領で\(a\)だけ移動すれば、移動後の直線が、\begin{equation*}L\left( p+a,v\right) =\left\{ x\in \mathbb{R} ^{n}\ |\ \exists t\in \mathbb{R} :x=\left( p+a\right) +tv\right\}
\end{equation*}として定まります。移動の前後において直線の位置ベクトルは\(p\)から\(p+a\)へ変化している一方、直線の方向ベクトルは\(v\)のまま変化していません。したがって、これは平行移動を表しています。さて、方向ベクトル\(a\)を適切に選んだ上で、直線\(L\left( p,v\right) \)上にあるすべての点を\(a\)だけ移動した場合、移動後の直線\(L\left( p+a,v\right) \)がもう一方の直線\(L\left(q,w\right) \)と完全に重なるのであれば、すなわち、\begin{equation*}\exists a\in \mathbb{R} ^{n}:L\left( p+a,v\right) =L\left( q,w\right)
\end{equation*}が成り立つ場合には、2本の直線\(L\left( p,v\right) ,L\left(q,w\right) \)は平行(parallel)であると言います。これは、直線\(L\left( p,v\right) \)を平行移動する場合、移動方向と移動量を上手く選べば(方向ベクトル\(a\)を適切に設定すれば)、移動後の直線\(L\left( p+a,v\right) \)がもう一方の直線\(L\left( q,w\right) \)と完全に重なることを意味します。
逆に、空間\(\mathbb{R} ^{n}\)上に存在する2本の直線\(L\left( p,v\right) ,L\left( q,w\right) \)が平行でないことは、\begin{equation*}\forall a\in \mathbb{R} ^{n}:L\left( p+a,v\right) \not=L\left( q,w\right)
\end{equation*}が成り立つことを意味しますが、これは、直線\(L\left( p,v\right) \)を平行移動する場合、どちらの方向へどれだけ動かしても(どのような方向ベクトル\(a\)を選んだ場合でも)、移動後の直線\(L\left( p+a,v\right) \)がもう一方の直線\(L\left( q,w\right) \)と完全に重なる事態が起こり得ないことを意味します。
L\left( q,w\right) &=&\mathbb{R} \quad \cdots (2)
\end{eqnarray}が成り立ちます。方向ベクトル\(a\in \mathbb{R} \)を任意に選んだとき、\begin{eqnarray*}L\left( p+a,v\right) &=&\left\{ x+a\in \mathbb{R} \ |\ x\in \mathbb{R} \right\} \quad \because \left( 1\right) \\
&=&\mathbb{R} \\
&=&L\left( q,w\right) \quad \because \left( 2\right)
\end{eqnarray*}となるため、先の定義のもとでも\(L\left( p,v\right) \)と\(L\left( q,w\right) \)は平行であることを確認できました。
方向ベクトルを用いた直線が平行であることの判定
2つの直線が平行であることを直線の方向ベクトルを用いて以下のように判定することもできます。
\end{equation*}が成り立つことは、これらの直線が平行であるための必要十分条件である。
直交補空間を用いた直線が平行であることの判定
直線\(L\)の直交補空間とは、直線\(L\)の法線ベクトルをすべて集めてできる集合\begin{equation*}L^{\perp }=\left\{ n\in \mathbb{R} ^{n}\ |\ \forall x,y\in L:\left( x-y\right) \cdot n=0\right\}
\end{equation*}として定義されます。つまり、直線\(L\)のすべての方向ベクトルと垂直であるようなベクトルを集めてできる集合が\(L^{\perp }\)です。ただし、ベクトル\(n\)が直線\(L\)の少なくとも1つの方向ベクトルと垂直であれば、そのベクトル\(n\)は直線\(L\)のすべての方向ベクトルと垂直であることが保証されるため、直線\(L\)の方向ベクトル\(v\in \mathbb{R} ^{n}\backslash \left\{ 0\right\} \)を任意に選んだとき、直線\(L\)の直交補空間を、\begin{equation*}L^{\perp }=\left\{ n\in \mathbb{R} ^{n}\ |\ v\cdot n=0\right\}
\end{equation*}と表すことができます。
2つの直線が平行であることを直線の直交補空間を用いて以下のように判定することもできます。
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