ベクトルのスカラー乗法
実数\(a\in \mathbb{R} \)とベクトル\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)をそれぞれ任意に選んだとき、\(\boldsymbol{x}\)のそれぞれの成分を\(a\)倍することにより得られる新たなベクトルを、\begin{equation*}a\boldsymbol{x}=\left( ax_{1},\cdots ,ax_{n}\right)
\end{equation*}で表記し、これを\(a\)による\(x\)のスカラー倍(scalar product)と呼びます。ただし、右辺中の\(ax_{i}\)は2つの実数\(a,x_{i}\)の積です。スカラー倍\(a\boldsymbol{x}\)を構成する実数\(a\)をスカラー(scalar)や係数(coefficient)などと呼び、スカラーが取り得る値の集合である\(\mathbb{R} \)をスカラー場(scalarfield)や係数体(coefficient field)などと呼びます。
スカラー\(a\in \mathbb{R} \)とベクトル\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)を任意に選んだとき、実数空間\(\mathbb{R} \)が乗法について閉じていることからスカラー倍のそれぞれの成分\(ax_{i}\)が1つの実数として定まることが保証されるため、\(a\boldsymbol{x}\)が\(\mathbb{R} ^{n}\)の1つの点として定まることが保証されます。したがって、\begin{equation*}\forall a\in \mathbb{R} ,\ \forall \boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}:a\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}
\end{equation*}が成り立つこと、すなわち\(\mathbb{R} ^{n}\)がスカラー乗法について閉じていることが保証されます。このような事情を踏まえると、スカラーとベクトルを成分とするそれぞれの順序対\(\left( a,\boldsymbol{x}\right) \in \mathbb{R} \times \mathbb{R} ^{n}\)に対して、ベクトルであるスカラー倍\(a\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)を定める二項演算が定義可能です。このような演算をスカラー乗法(scalar multiplication)と呼びます。
\end{equation*}となります。つまり、スカラー場が\(\mathbb{R} \)であるとき、\(1\)次元空間のベクトルに関するスカラー乗法は乗法と一致します。具体例を挙げると、\begin{eqnarray*}1\left( 2\right) &=&1\cdot 2=2 \\
-2\left( 3\right) &=&-2\cdot 3=6 \\
\frac{1}{2}\left( 4\right) &=&\frac{1}{2}\cdot 4=2
\end{eqnarray*}などが成り立ちます。
\end{equation*}となります。具体例を挙げると、\begin{eqnarray*}
1\left( 2,3\right) &=&\left( 1\cdot 2,1\cdot 3\right) =\left( 2,3\right) \\
-2\left( -1,3\right) &=&\left( \left( -2\right) \cdot \left( -1\right)
,\left( -2\right) \cdot 3\right) =\left( 2,-6\right) \\
\frac{1}{2}\left( \frac{1}{4},-\frac{2}{3}\right) &=&\left( \frac{1}{2}\cdot \frac{1}{4},\frac{1}{2}\cdot \left( -\frac{2}{3}\right) \right)
=\left( \frac{1}{8},-\frac{1}{3}\right)
\end{eqnarray*}などが成り立ちます。
\end{equation*}となります。具体例を挙げると、\begin{eqnarray*}
1\left( 2,3,4\right) &=&\left( 1\cdot 2,1\cdot 3,1\cdot 4\right) =\left(
2,3,4\right) \\
-2\left( -1,3,2\right) &=&\left( \left( -2\right) \cdot \left( -1\right)
,\left( -2\right) \cdot 3,\left( -2\right) \cdot 2\right) =\left(
2,-6,-4\right) \\
\frac{1}{2}\left( \frac{1}{4},-\frac{2}{3},0\right) &=&\left( \frac{1}{2}\cdot \frac{1}{4},\frac{1}{2}\cdot \left( -\frac{2}{3}\right) ,\frac{1}{2}\cdot 0\right) =\left( \frac{1}{8},-\frac{1}{3},0\right)
\end{eqnarray*}などが成り立ちます。
スカラー乗法の解釈
空間\(\mathbb{R} ^{n}\)上に存在する点\(X\)を任意に選んだ上で、その位置ベクトルを、\begin{equation*}\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}
\end{equation*}で表記します。つまり、ベクトル\(\overrightarrow{OX}\)の終点座標が\(\boldsymbol{x}\)です。スカラー\(a\in \mathbb{R} \)を任意に選んだとき、先のベクトル\(\boldsymbol{x}\)のスカラー\(a\)倍は、\begin{equation*}a\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}
\end{equation*}となりますが、これはベクトル\(a\overrightarrow{OX}\)の終点座標と一致します。
\end{equation*}で表記します。つまり、ベクトル\(\overrightarrow{OX}\)の終点座標が\(\left( x_{1},x_{2}\right) \)です。スカラー\(a\in \mathbb{R} \)を任意に選んだとき、先のベクトル\(\left(x_{1},x_{2}\right) \)のスカラー\(a\)倍は、\begin{equation*}a\left( x_{1},x_{2}\right) =\left( ax_{1},ax_{2}\right) \in \mathbb{R} ^{n}
\end{equation*}となりますが、これはベクトル\(a\overrightarrow{OX}\)の終点座標と一致します。
つまり、\(a>0\)の場合のベクトル\(a\overrightarrow{OX}\)はベクトル\(\overrightarrow{OX}\)と方向を共有する有向線分であり、\(a<0\)の場合のベクトル\(a\overrightarrow{OX}\)はベクトル\(\overrightarrow{OX}\)とは逆方向の有向線分であり、\(a=0\)の場合のベクトル\(a\overrightarrow{OX}\)はゼロベクトルです。上図は\(a>0\)の場合です。
同一方向・反対方向のベクトル
空間\(\mathbb{R} ^{n}\)上にある2つの点\(X,Y\)を任意に選んだ上で、これらを終点とする有向線分、すなわちベクトル\begin{eqnarray*}&&\overrightarrow{OX} \\
&&\overrightarrow{OY}
\end{eqnarray*}に注目します。点\(X\)の位置ベクトルが\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)であり、点\(Y\)の位置ベクトルが\(\boldsymbol{y}\in \mathbb{R} ^{n}\)であるものとします。つまり、ベクトル\(\overrightarrow{OX}\)の終点の座標が\(\boldsymbol{x}\)であり、ベクトル\(\overrightarrow{OY}\)の終点の座標が\(\boldsymbol{y}\)です。何らかのスカラー\(a\in \mathbb{R} \)のもとで、以下の関係\begin{equation*}\boldsymbol{y}=a\boldsymbol{x}
\end{equation*}が成り立つものとします。この場合、2つの点\(X,Y\)は同一直線上にあります。特に、\(a>0\)である場合に\(\overrightarrow{OX}\)と\(\overrightarrow{OY}\)は同一方向の有向線分であり、\(a<0\)である場合に\(\overrightarrow{OX}\)と\(\overrightarrow{OY}\)は互いに反対方向の有向線分です。
以上を踏まえたとき、2つのベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in \mathbb{R} ^{n}\)に対して、何らかの正のスカラー\(a>0\)のもとで、\begin{equation*}\boldsymbol{y}=a\boldsymbol{x}
\end{equation*}という関係が成り立つ場合、\(\boldsymbol{x}\)と\(\boldsymbol{y}\)は同一方向(same direction)にあると言います。一方、何らかの負のスカラー\(a<0\)のもとで、\begin{equation*}\boldsymbol{y}=a\boldsymbol{x}
\end{equation*}という関係が成り立つ場合、\(\boldsymbol{x}\)と\(\boldsymbol{y}\)は反対方向(opposite direction)にあると言います。
スカラー乗法の互換性
スカラー乗法は以下の性質\begin{equation*}
\left( V_{5}\right) \ \forall a,b\in \mathbb{R} ,\ \forall \boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}:a\left( b\boldsymbol{x}\right) =\left( ab\right) \boldsymbol{x}
\end{equation*}を満たします。以上の性質を乗法とスカラー乗法の間の互換性(compatibility)と呼びます。括弧\(\left( \ \right) \)は演算を適用する順番を規定する記号です。つまり、左辺\(a\left( b\boldsymbol{x}\right) \)は、はじめに\(\boldsymbol{x}\)のスカラー\(b\)倍をとった上で、得られたベクトルのスカラー\(a\)倍をとって得られるベクトルです。右辺\(\left(ab\right) \boldsymbol{x}\)は、はじめにスカラーどうしの積\(ab\)をとった上で、さらにベクトル\(\boldsymbol{x}\)のスカラー\(ab\)倍をとることにより得られるベクトルです。互換性はこれらが等しいベクトルであることを保証します。
\left( V_{5}\right) \ \forall a,b\in \mathbb{R} ,\ \forall \boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}:a\left( b\boldsymbol{x}\right) =\left( ab\right) \boldsymbol{x}
\end{equation*}を満たす。
\end{equation*}が成り立ちます。ただし、先に指摘したように、スカラー場が\(\mathbb{R} \)である場合には\(1\)次元空間の点に関するスカラー乗法は乗法と一致するため、これは、\begin{equation*}a\left( bx\right) =\left( ab\right) x
\end{equation*}と必要十分です。つまり、1次元ユークリッド空間においてスカラー乗法の互換性は乗法の結合律と一致します。
イチ(スカラー乗法単位元)
ベクトル\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)を任意に選んだとき、これと\(\mathbb{R} \)における乗法単位元である\(1\in \mathbb{R} \)の間には、\begin{equation*}1\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}
\end{equation*}という関係が成り立ちます。つまり、任意のベクトル\(\boldsymbol{x}\)のスカラー\(1\)倍をとってもその結果は\(\boldsymbol{x}\)のままであるということです。このような事情を踏まえた上で、\(1\)をスカラー乗法単位元(identity element of scalar multiplication)と呼ぶこともできます。
\left( V_{6}\right) \ \exists 1\in \mathbb{R} ,\ \forall \boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}:1\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}
\end{equation*}を満たす。
ベクトル加法に関するスカラー乗法の分配律
ベクトル加法とスカラー乗法の間には以下の関係\begin{equation*}
\left( V_{7}\right) \ \forall a\in \mathbb{R} ,\ \forall \boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in \mathbb{R} ^{n}:a\left( \boldsymbol{x}+\boldsymbol{y}\right) =a\boldsymbol{x}+a\boldsymbol{y}
\end{equation*}が成り立ちます。以上の性質をベクトル加法に関するスカラー乗法の分配律(distributivity of scalar multiplication with respect to vector addition)と呼びます。つまり、ベクトル和のスカラー倍(左辺)はスカラー倍どうしのベクトル和(右辺)と一致するということです。
\end{equation*}が成り立つ。
加法に関するスカラー乗法の分配律
ベクトル加法とスカラー乗法の間には以下の関係\begin{equation*}
\left( V_{8}\right) \ \forall a,b\in \mathbb{R} ,\ \forall \boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}:\left( a+b\right) \boldsymbol{x}=a\boldsymbol{x}+b\boldsymbol{x}
\end{equation*}が成り立ちます。以上の性質を加法に関するスカラー乗法の分配律(distributivity of scalar multiplication with respect to addition)と呼びます。つまり、スカラーどうしの和に関するベクトルのスカラー倍(左辺)はスカラー倍どうしのベクトル和(右辺)と一致するということです。
\end{equation*}が成り立つ。
ゼロベクトルのスカラー倍
スカラー\(a\in \mathbb{R} \)を任意に選んだとき、これとゼロベクトル\(\boldsymbol{0}\in \mathbb{R} ^{n}\)のスカラー倍は、\begin{equation*}a\boldsymbol{0}=\boldsymbol{0}
\end{equation*}を満たします。つまり、ゼロベクトルのスカラー倍はゼロベクトルになります。
\end{equation*}が成り立つ。
ベクトルのスカラーゼロ倍
ベクトル\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)を任意に選んだとき、そのスカラー\(0\)倍について、\begin{equation*}0\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}
\end{equation*}が成り立ちます。ただし、左辺の\(0\)はゼロ、右辺の\(\boldsymbol{0}\)はゼロベクトルです。つまり、\(\mathbb{R} ^{n}\)の任意の点のスカラー\(0\)倍はゼロベクトルになります。
\end{equation*}が成り立つ。ただし、左辺の\(0\)はゼロ、右辺の\(\boldsymbol{0}\)はゼロベクトルである。
スカラー倍がゼロベクトルになるための必要条件
スカラー\(a\in \mathbb{R} \)とベクトル\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)をそれぞれ任意に選んだとき、\begin{equation*}a\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}\Rightarrow \left( a=0\vee \boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}\right)
\end{equation*}という関係が成り立ちます。つまり、ベクトルのスカラー倍がゼロベクトルと一致する場合、スカラーがゼロであるか、ベクトルがゼロベクトルであるか、その少なくとも一方が成り立ちます。対偶より、\begin{equation*}
\left( a\not=0\wedge \boldsymbol{x}\not=\boldsymbol{0}\right) \Rightarrow a\boldsymbol{x}\not=\boldsymbol{0}
\end{equation*}を得ます。つまり、非ゼロのスカラーと非ゼロベクトルのスカラー倍は非ゼロベクトルになります。
\end{equation*}という関係が成り立つ。
逆ベクトルの生成
スカラー\(a\in \mathbb{R} \)とベクトル\(\boldsymbol{x}\in \mathbb{R} ^{n}\)をそれぞれ任意に選んだとき、\begin{equation*}\left( -a\right) \boldsymbol{x}=a\left( -\boldsymbol{x}\right) =-\left( a\boldsymbol{x}\right)
\end{equation*}という関係が成り立ちます。つまり、ベクトルの負のスカラー倍、逆ベクトルのスカラー倍、スカラー倍の逆ベクトルはいずれも一致するということです。特に、\(a=1\)の場合には、\begin{equation*}\left( -1\right) \boldsymbol{x}=1\left( -\boldsymbol{x}\right) =-\left( 1\boldsymbol{x}\right)
\end{equation*}すなわち、\begin{equation*}
\left( -1\right) \boldsymbol{x}=-\boldsymbol{x}
\end{equation*}となります。
\end{equation*}という関係が成り立つ。
演習問題
\boldsymbol{y} &=&\left( -3,0,4\right) \\
\boldsymbol{z} &=&\left( 0,5,-8\right)
\end{eqnarray*}とそれぞれ定義するとき、\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ 3\boldsymbol{x}-4\boldsymbol{y} \\
&&\left( b\right) \ 2\boldsymbol{x}+3\boldsymbol{y}-5\boldsymbol{z}
\end{eqnarray*}をそれぞれ求めてください。
\boldsymbol{y} &=&\left( 1,-1,-1,3\right) \\
\boldsymbol{z} &=&\left( 1,3,-2,2\right)
\end{eqnarray*}とそれぞれ定義するとき、\begin{eqnarray*}
&&\left( a\right) \ 2\boldsymbol{x}-3\boldsymbol{y} \\
&&\left( b\right) \ 5\boldsymbol{x}-3\boldsymbol{y}-4\boldsymbol{z} \\
&&\left( c\right) \ -\boldsymbol{x}+2\boldsymbol{y}-2\boldsymbol{z}
\end{eqnarray*}をそれぞれ求めてください。
\end{equation*}を満たすものとします。\(x\)と\(y\)を求めてください。
0,1,1\right)
\end{equation*}を満たすものとします。\(a,b,c\)を求めてください。
\boldsymbol{e}_{2} &=&\left( 0,1,0,\cdots ,0\right) \\
&&\vdots \\
\boldsymbol{e}_{n} &=&\left( 0,0,0,\cdots ,1\right)
\end{eqnarray*}です。このとき、任意のベクトル\(\boldsymbol{x}=\left(x_{1},\cdots ,x_{n}\right) \in \mathbb{R} ^{n}\)に対して、\begin{equation*}\boldsymbol{x}=x_{1}\boldsymbol{e}_{1}+x_{2}\boldsymbol{e}_{2}+\cdots +x_{n}\boldsymbol{e}_{n}
\end{equation*}が成り立つことを証明してください。
\boldsymbol{a} &=&\left( 1,1\right) \\
\boldsymbol{b} &=&\left( -3,-1\right)
\end{eqnarray*}が与えられているものとします。その上で以下の2つの条件\begin{eqnarray*}
\boldsymbol{x}+2\boldsymbol{y} &=&\boldsymbol{a} \\
\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y} &=&\boldsymbol{b}
\end{eqnarray*}をともに満たすベクトル\(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in \mathbb{R} ^{2}\)を特定してください。
&&A\left( 6,-3\right) \\
&&B\left( 4,8\right) \\
&&C\left( 2,4\right) \\
&&D\left( 5,0\right)
\end{eqnarray*}として与えられているものとします。以下の問いに答えてください。
- ベクトル\(\overrightarrow{AB}\)および\(\overrightarrow{CD}\)の成分表示を特定してください。
- \(\overrightarrow{CD}=a\overrightarrow{OA}-b\overrightarrow{OB}\)を満たすスカラー\(a,b\in \mathbb{R} \)を特定してください。
- 何らかのスカラー\(c,d\in \mathbb{R} \)のもとで\(\overrightarrow{OP}=\overrightarrow{OA}+c\overrightarrow{AB}=\overrightarrow{OC}+d\overrightarrow{CD}\)を満たす点\(P\)が存在することを示すとともに、そのような点\(P\)の座標を特定してください。
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