記号論理学のアプローチ
推論(inference)とは、既知の事柄から未知の事柄や結論を導く思考のことです。具体例をいくつか挙げます。
&&\left( 2\right) \ \text{彼は日本人ではない。} \\
&&\left( 3\right) \ \text{したがって、彼は日本生まれではない。}
\end{eqnarray*}
&&\left( 2\right) \ \text{彼は犯行時刻に現場にいなかった。} \\
&&\left( 3\right) \ \text{したがって、彼は事件の犯人ではない。}
\end{eqnarray*}
私たちはどのような規則のもとで推論を行っているのでしょうか。論理学(logic)とは推論の規則を探求する学問です。特に記号論理学(symbolic logic)や数理論理学(mathematical logic)と呼ばれる分野は記号を用いて推論を形式的に表現するとともに、推論の規則を記号の操作として表現する点が特徴的です。
考察対象を記号を用いて形式化するとともに規則を記号の操作として表現するという手法は、記号論理学に限らず数学で広く用いられています。具体例として、私たちが義務教育で学んだ代数(algebra)について振り返ってみましょう。
義務教育で学ぶ代数では、数を対象とする四則演算(加法\(+\)、減法\(-\)、乗法\(\times \)、除法\(\div \))の規則を探求します。ただ、算数の段階で学ぶことは\(1,2,3,\cdots \)などの具体的な数に四則演算を適用する方法、つまり、具体的な数どうしを足したり引いたりする方法であり、四則演算の規則という一般的なところまでは話が到達しません。学年が進み数学を学ぶようになると、具体的な数を対象とするだけではなく、様々な数を値として取り得る変数\(a,b,c,\cdots \)について考えるようになります。その上で、四則演算\(+,-,\times ,\div \)を、実数\(a,b\)に作用させることで和\(a+b\)や差\(a-b\)、積\(a\times b\)、商\(a\div b\)などの新たな実数を生み出す操作とみなし、交換法則や結合法則など基本的な演算規則を出発点に考察を進めることで、演算に関する理解を深めようとします。
考察対象を記号を用いて形式的に表現するとともに規則を記号の操作として表現する手法の利点は、そこから得られる結論が一般性を持つという点にあります。具体的な数\(1,2,3,\cdots \)を考察の対象とする場合、議論の結論は議論の対象である具体的な数に対してのみ通用します。一方、数を変数\(a,b,c,\cdots \)として形式的に表現した上で行う議論は具体的な実数に関する議論を特殊例として含んでいるため、最終的に得られる結論はあらゆる数に対して通用します。
推論の規則について考える際に記号を用いて推論を形式的に表現するとともに、推論規則を記号の操作として表現する理由も同様です。記号論理学では推論に関する一般的な知見を得るためにこのようなアプローチを採用します。先の2つの例に話を戻します。
&&\left( 2\right) \ \text{彼は日本人ではない。} \\
&&\left( 3\right) \ \text{したがって、彼は日本生まれではない。}
\end{eqnarray*}この中の「彼は日本生まれである」という言明を\(P\)で、「彼は日本人である」という言明を\(Q\)でそれぞれ表します。「彼は日本人ではない」という言明は\(Q\)を否定したものですが、これを\(\lnot Q\)で表します。同様に考えると、「彼は日本生まれではない」という言明を\(\lnot P\)で表します。さらに、\(P\)と\(Q\)をつなげる「ならば」を\(\rightarrow \)で表現することにより、先の推論全体は、\begin{eqnarray*}&&\left( 1\right) \ P\rightarrow Q \\
&&\left( 2\right) \ \lnot Q \\
&&\left( 3\right) \ \lnot P
\end{eqnarray*}と定式化されます。
&&\left( 2\right) \ \text{彼は犯行時刻に現場にいなかった。} \\
&&\left( 3\right) \ \text{したがって、彼はこの事件の犯人ではない。}
\end{eqnarray*}この中の「彼はこの事件の犯人である」という言明を\(P\)で、「彼は犯行時刻に現場にいた」という言明を\(Q\)でそれぞれ表します。すると、「彼は犯行時刻に現場にいなかった」という言明は\(\lnot Q\)で、「彼はこの事件の犯人ではない」という言明は\(\lnot P\)で表されます。また、\(P\)と\(Q\)をつなげる「ならば」を\(\rightarrow \)で表現することにより、先の推論全体は、\begin{eqnarray*}&&\left( 1\right) \ P\rightarrow Q \\
&&\left( 2\right) \ \lnot Q \\
&&\left( 3\right) \ \lnot P
\end{eqnarray*}と定式化されます。
ここでのポイントは、内容的には関係のない2つの推論が同一の形で定式化されるという点です。記号論理学では、推論を構成する個々の言明が具体的に何について言及しているかは問題とせず、それらを単に「正しい」か「正しくないか」のどちらか一方の値をとる変数として扱います。代数において具体的な数を考察対象とするのではなく様々な数を値としてとる変数を考察対象とするのと同じアプローチです。記号論理学において、先の2つの推論はともに、\begin{eqnarray*}
&&\left( 1\right) \ P\rightarrow Q \\
&&\left( 2\right) \ \lnot Q \\
&&\left( 3\right) \ \lnot P
\end{eqnarray*}と表現されることになり、両者は区別されません。
さらに記号論理学では、言明どうしを論理的に結びつける様々な言葉を数学的な操作とみなします。例えば、先の推論に含まれる記号\(\lnot ,\rightarrow \)は言明どうしを結びつける操作を表す記号です。その上で、\(\lnot \)や\(\rightarrow \)が満たす基本的な性質を出発点に考察を進めることで推論に関する知見を深めようとします。代数において、数を表す変数\(a,b,c,\cdots \)を導入し、四則演算\(+,-,\cdot ,/\)を数どうしを結びつける数学的な操作とみなし、演算が満たす基本的な性質(交換律や結合律など)を出発点に考察を進めるのと同じアプローチです。
$$\begin{array}{ccc}
\hline
& 代数学 & 記号論理学 \\ \hline
対象の定式化 & 数を表す変数a,b,c,\cdots & 命題を表す命題変数P,Q,R,\cdots \\ \hline
操作の定式化 & 加法+、減法-、乗法\times 、除法\div & 否定\lnot 、論理積\wedge 、論理和\vee 、含意\rightarrow など \\ \hline
規則の定式化 & 交換律、結合律など & ベキ等律、交換律、反射律など \\ \hline
\end{array}$$
記号論理学が採用するこのようなアプローチの利点は、得られる結論が一般性を持つという点にあります。先ほど、日本国籍に関する推論と犯罪に関する推論という内容的には関連のない事柄に関する2つの推論が形式的にはともに同一の形で定式化されることを指摘しました。推論をこのように定式化するとき、言明\(P,Q\)が具体的に何について言及しているかは問題とはされず、これらは単に「正しい」か「正しくないか」のどちらかの値をとる変数と認識されます。記号論理学は、この記号化された推論を分析対象とするため、そこから得られた知見は日本国籍や犯罪に関する2つの具体的な推論はもとより、同一形式で表現されるあらゆる具体的な推論に対しても通用します。推論を記号化することで推論規則に関する一般的な知見を得ようとするのが記号論理学の考え方です。
命題と命題変数
記号論理学には命題論理(propositional logic)と述語論理(predicate logic)の2つの分野があります。述語論理は命題論理の拡張であるため、まずは命題論理について解説します。
命題論理における議論の最小単位は命題(proposition)です。命題とは、物事の判断について述べた文や式で、正しいか正しくないかを客観的に判断できるもののことです。
例えば、「\(100\)は\(99\)より大きい数である」という主張の正しさは客観的に判断できるため、これは命題です。一方、「\(100\)は大きい数である」という主張は命題ではありません。\(100\)という数を提示されたとき、それを大きいと思うか否かは主観的な判断にもとづくからです。命題論理の対象は命題だけです。
ある命題の内容が正しいとき、その命題は真(true)であると言います。逆に、ある命題の内容が正しくないとき、その命題は偽(false)であると言います。真や偽を命題の真理値(truth value)や値(value)などと呼びます。命題論理では議論を形式化するために、真という値を\(1\)で表し、偽という値を\(0\)で表します。真を\(T\)で表し、偽を\(F\)で表す流儀もあります。
ある主張の内容が難解で、それが真と偽のどちらであるか判断を下せない場合があります。そのような場合でも、その真偽の判定を客観的に行えることが保証されているのであれば、その主張はやはり命題とみなされます。いくつか例を挙げます。
命題論理では個々の命題が具体的に何について言及しているかを問題とせず、それらを単に真か偽のどちらかの値をとる変数とみなします。そして、そのような変数を命題変数(proposition variable)と呼びます。命題変数を表す記号として、大文字のアルファベット\begin{equation*}
P,Q,\cdots
\end{equation*}を利用します。それぞれの命題変数は真\(1\)または偽\(0\)を値として取り得る変数です。
命題論理では具体的な命題を議論の対象とするのではなく、命題を抽象化した概念である命題変数を議論の対象とする理由は先に解説した通りです。命題論理を含む記号論理学では、考察対象である推論を命題変数などの記号を用いて表現することを通じて推論規則に関する一般的な知見を得ようとします。
命題論理において議論の対象となる論理的な主張や推論はいずれも、命題変数どうしを組み合わせることにより得られる式として表現されますが、そのような式を論理式(formula)や命題論理式(propositional formula)などと呼びます。論理式については後ほど正確に定義しますが、最も重要な点は、命題変数の組み合わせである論理式自身もまた真\(1\)または偽\(0\)を値としてとり得る命題変数であるということです。論理式の値は、その論理式を構成する命題変数の値の組み合わせに応じて決定されます。命題論理では、論理式の値を決定する上でしたがうべきルールを定めた上で、そのルールを出発点としたときに推論に関して何が言えるかを明らかにしようとします。
演習問題
- \(12\)
- \(3+6=12\)
- 富士山は高い。
- 富士山の標高は4,000メートル以上である。
- 半径\(r\)の円の面積は\(\pi r^{2}\)である。
- 半径が\(r\)の円の面積は?
- 整数\(x\)は偶数である。
- 整数\(14\)は偶数である。
- \(x+2=5\)である。
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