デジタル市場と一物一価の幻想
経済学における最も基本的な命題の1つが一物一価の法則(law of one price)です。これは、完全競争市場においては、同一の商品は同一の価格で取引されるという原則です。同一の商品が異なる価格で売られている場合には、安い店で買って高い店で売る裁定取引(arbitrage)が行われる結果、最終的に価格は一点に収束するという根拠が背景にあります。
かつて、消費者が複数の店舗の価格を比較するためには、物理的に店を回る多大なサーチコスト(search cost)を負担する必要がありました。しかし、電子商取引(EC)の爆発的普及はこの構造を劇的に変えました。
現在、私たちはスマートフォン1つで数百ものショップの価格を瞬時に、かつ網羅的に比較できます。情報の非対称性は解消され、市場はかつてないほど完全競争に近い状態へと進化したはずでした。
インターネットの黎明期、多くの経済学者は摩擦のない経済(frictioless economy)の到来を予測しました。「サーチコストがゼロに近づけば高価格な店からは誰も買わなくなる。」「ショップ側は他店より1円でも安く設定しなければ市場から淘汰される。」「結果として、オンライン市場こそが一物一価の法則が実現する場になる。」これが、デジタル化がもたらす効率的市場への期待でした。
しかし、現実のデータや我々の体験は、理論の予測とは大きく異なります。同一の家電、同一の服、同じ日用品であっても、ECプラットフォーム上では依然として数パーセントから、時には数十パーセントもの価格差が日常的に観察されます。最安値の店がある一方で、なぜか高値で売り続ける店が生き残り、価格は1点に収束するどころか、絶えず変動し、分散し続けています。
なぜ、情報の透明性がこれほど高まった世界で一物一価が成立しないのか。本稿の分析対象は、このデジタル・パラドクスの正体です。なぜ情報の透明化は、価格を1点に縛り付けることができなかったのか。その答えを、ゲーム理論のロジックから紐解きます。
モデルの設計と戦略的状況の定義
数理的な定式化に入る前に、本稿が分析対象とする市場がどのようなプレイヤーによって構成され、そこではどのような駆け引きが行われているのかを整理します。
このモデルの最大の特徴は、消費者が一様ではないものと仮定する点にあります。市場には大きく分けて2種類の消費者が存在します。
1種類目は、価格比較サイトや検索エンジン、AIなどを使いこなし、常に全ショップの最安値を把握している層です。彼らは1円でも安い店があれば、躊躇なくそちらへ移動します。複数のショップを横断して最も条件の良い場所を探す人々を比較購入層(comparison shoppers)と呼ぶこととします。
2種類目は、特定のショップのメルマガを購読している、あるいは使い慣れたサイト以外での購入を面倒と感じる層です。彼らは市場全体の価格を比較せず、特定の1店舗、またはランダムに選んだ1店舗の価格だけを見た上で購入を決定します。特定のショップやプラットフォームでショッピング完結させる人々を固定客(loyal shoppers)と呼ぶこととします。
消費者の間に存在するこの情報の格差こそが、ショップ側に複雑な戦略を強いる土壌となります。
各ショップは、これらの異なる顧客層を相手に同一の価格を提示しなければなりません。ここでショップは、相反する2つのインセンティブに引き裂かれることになります。
1つ目は、薄利多売の誘惑です。つまり、価格を極限まで下げて、市場に存在する比較購入層をすべて独占しようとする動機です。競合他社よりもわずかに安く設定できれば膨大な売り上げを確保できますが、1個あたりの利益は目減りします。
2つ目は、厚利少売の誘惑です。つまり、安売り競争を避け、自分の店しか見ていない固定客から高い利益率で確実に収益を上げようとする動機です。売上数は減りますが、1個あたりの利益は大きくなります。
すべてのショップが高値をつけている状況では、誰かが少し値下げして比較購入層を奪おうとします。逆に、すべてのショップが安値で競い合っている状況では、競争から離脱して固定客だけに高く売った方がよいと考え値上げに転じます。つまり、「この価格さえつけておけば安心」という唯一の正解は、この市場には存在しません。
ショップが直面する以上のような戦略的状況を価格分散ゲーム(price dispersion game)と呼ぶこととします。これはVarian(1980)による価格分散の古典的モデルのバリエーションです。
完備情報ゲームとしての価格分散ゲーム
先述のような価格分散ゲームが想定する状況をゲーム理論の意味でのゲームと解釈します。ショップどうしが価格について事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に強制力がない状況を想定するのであれば、価格分散ゲームは非協力ゲームとなります。さらに、各ショップが他のショップの価格を観察できない状態で自身の価格を決定する状況を想定するのであれば、価格分散ゲームは静学ゲームとなります。このモデルでは、過去の価格履歴にもとづく報復(動学的な価格競争)を考慮せず、ある一時点における均衡解を導きだすことに主眼を置いているため、静学ゲームとみなした上で分析を行います。加えて、ゲームのルールがプレイヤーたちにとって共有知識であるものと仮定するのであれば、価格分散ゲームは完備情報ゲームとして記述されます。
そこで、価格分散ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,\cdots ,n\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)は個々のショップを表します。
すべてのショップが同質財を販売する状況を想定しているため、すべてのショップが同一の限界費用を共有するものと仮定しても一般性は失われません。そこで、単位当たりの仕入れコスト、すなわち限界費用を表す定数を、\begin{equation*}
c\in \mathbb{R} _{++}
\end{equation*}で表記します。
同質財の売買を想定しているため、その商品から得られる便益はどの消費者にとっても概ね共通です。そこで、すべての消費者が共有する、商品に対する支払い許容額を表す定数を、\begin{equation*}
r\in \mathbb{R} _{++}
\end{equation*}で表記します。つまり、\(r\)より高い価格では誰も買わないということです。ただし、商品の限界費用\(c\)は消費者の支払い許容額\(r\)よりも十分低く、\begin{equation*}c<r
\end{equation*}が成り立つものとします。これは、市場において取引が成立することを保証するための条件です。
複数のショップを横断して最も条件の良い場所を探す比較購入層の総数を表す定数を、\begin{equation*}
C\in \mathbb{N} \end{equation*}で表記します。
特定のショップでショッピングを完結させる固定客は各ショップに均等に分散しているものと仮定します。その上で、各ショップが抱える固定客の人数を表す定数を、\begin{equation*}
L\in \mathbb{N} \end{equation*}で表記します。
ショップ\(i\in I\)が選択する価格を表す変数を、\begin{equation*}p_{i}\in \mathbb{R} _{++}
\end{equation*}で表記します。限界費用を下回る価格\(p_{i}<c\)を選んでも赤字になるだけであり、顧客の支払い許容額を上回る価格\(p_{i}>r\)では誰も買わないため、ショップはこれらの価格を選ばないものと仮定しても一般性は失われません。したがって、ショップ\(i\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{i}=\left[ c,r\right]
\end{equation*}です。
ショップ\(i\in I\)の利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)はどのような形状をしているでしょうか。
まずは、価格プロファイル\(p_{I}=\left( p_{i}\right) _{i\in I}\in S_{I}\)のもとで、ショップ\(i\)の価格\(p_{i}\)が単独で最安値である状況\begin{equation*}p_{i}<\min_{j\in I\backslash \left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\}
\end{equation*}を想定します。この場合、ショップ\(i\)は自身が抱える\(L\)人の固定客だけでなく、\(C\)人すべての比較購入者を獲得できます。この\(L+C\)人の顧客に対して価格\(p_{i}\)で商品を販売する一方で限界費用は\(c\)であるため、この場合にショップ\(i\)が得る利得は、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left( p_{i}-c\right) \left( L+C\right)
\end{equation*}です。
続いて、ショップ\(i\)の価格\(p_{i}\)が最安値タイである状況を想定します。最安値を提示する店舗数を\(k\in \mathbb{N} \)で表記します。\(2\leq k\leq n\)です。以上の状況は、\begin{equation*}p_{i}=\min_{j\in I}\left\{ p_{j}\right\} \wedge \left\vert \left\{ j\in I\
|\ p_{j}=\min_{l\in I}\left\{ p_{l}\right\} \right\} \right\vert =k
\end{equation*}と定式化されます。この場合、ショップ\(i\)は自身が抱える\(L\)人の固定客に加えて、\(C\)人の比較購入者を\(k\)等分することにより得られる人数\(\frac{C}{k}\)を獲得できるものとします。この\(L+\frac{C}{k}\)人の顧客に対して価格\(p_{i}\)で商品を販売する一方で限界費用は\(c\)であるため、この場合にショップ\(i\)が得る利得は、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left( p_{i}-c\right) \left( L+\frac{C}{k}\right)
\end{equation*}です。
最後に、ショップ\(i\)の価格\(p_{i}\)が最安値ではない状況\begin{equation*}p_{i}>\min_{j\in I\backslash \left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\}
\end{equation*}を想定します。この場合、ショップ\(i\)は自身が抱える\(L\)人の固定客を獲得できますが、すべての比較購入者を他店に奪われます。この\(L\)人の顧客に対して価格\(p_{i}\)で商品を販売する一方で限界費用は\(c\)であるため、この場合にショップ\(i\)が得る利得は、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left( p_{i}-c\right) L
\end{equation*}です。
以上より、ショップ\(i\)の利得関数\(u_{i}\)は、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
\left( p_{i}-c\right) \left( L+C\right) & \left( if\
p_{i}<\min\limits_{j\in I\backslash \left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\}
\right) \\
\left( p_{i}-c\right) \left( L+\frac{C}{k}\right) & \left( if\
p_{i}=\min\limits_{j\in I}\left\{ p_{j}\right\} \wedge \left\vert \left\{
j\in I\ |\ p_{j}=\min\limits_{l\in I}\left\{ p_{l}\right\} \right\}
\right\vert =k\right) \\
\left( p_{i}-c\right) L & \left( if\ p_{i}>\min\limits_{j\in I\backslash
\left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\} \right)
\end{array}\right.
\end{equation*}であることが明らかになりました。
以上が価格分散ゲームの定義です。改めて整理すると、価格分散ゲームとは以下の条件を満たす戦略型ゲーム\(G\)によって表現される完備情報の静学ゲームです。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,\cdots ,n\right\}
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\(c<r\)を満たす定数\(c,r\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}S_{i}=\left[ c,r\right]
\end{equation*}と表現されます。純粋戦略を\(p_{i}\in S_{i}\)で表記します。また、プレイヤー\(i\)の利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの\(p_{I}\in S_{I}\)に対して定める値は、定数\(L,C\in \mathbb{N} \)および\(2\leq k\leq n\)を満たす\(k\in \mathbb{N} \)を用いて、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
\left( p_{i}-c\right) \left( L+C\right) & \left( if\
p_{i}<\min\limits_{j\in I\backslash \left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\}
\right) \\
\left( p_{i}-c\right) \left( L+\frac{C}{k}\right) & \left( if\
p_{i}=\min\limits_{j\in I}\left\{ p_{j}\right\} \wedge \left\vert \left\{
j\in I\ |\ p_{j}=\min\limits_{l\in I}\left\{ p_{l}\right\} \right\}
\right\vert =k\right) \\
\left( p_{i}-c\right) L & \left( if\ p_{i}>\min\limits_{j\in I\backslash
\left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\} \right)
\end{array}\right.
\end{equation*}と表現されます。
分散価格ゲームの純粋戦略ナッシュ均衡
分散価格ゲームには純粋戦略ナッシュ均衡は存在しません。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\(c<r\)を満たす定数\(c,r\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}S_{i}=\left[ c,r\right] \end{equation*}と表現され、純粋戦略を\(p_{i}\in S_{i}\)で表記する。また、プレイヤー\(i\)の利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの\(p_{I}\in S_{I}\)に対して定める値は、定数\(L,C\in \mathbb{N} \)および\(2\leq k\leq n\)を満たす\(k\in \mathbb{N} \)を用いて、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
\left( p_{i}-c\right) \left( L+C\right) & \left( if\
p_{i}<\min\limits_{j\in I\backslash \left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\}
\right) \\
\left( p_{i}-c\right) \left( L+\frac{C}{k}\right) & \left( if\
p_{i}=\min\limits_{j\in I}\left\{ p_{j}\right\} \wedge \left\vert \left\{
j\in I\ |\ p_{j}=\min\limits_{l\in I}\left\{ p_{l}\right\} \right\}
\right\vert =k\right) \\
\left( p_{i}-c\right) L & \left( if\ p_{i}>\min\limits_{j\in I\backslash
\left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\} \right)
\end{array}\right.
\end{equation*}と表現されるものとする。このゲーム\(G\)には純粋戦略ナッシュ均衡は存在しない。
以上の命題の証明から明らかであるように、戦略プロファイル\(p_{I}\in S_{I}\)を任意に選んだとき、そこでは、わずかに値下げして顧客を奪取しようとするショップが存在するか、もしくは高値へ退避して固定客からの利潤を確保しようとするショップが必ず存在するため、\(p_{I}\)は純粋戦略ナッシュ均衡になり得ません。このような不安定さを解消するためには混合戦略ナッシュ均衡を用いて分析を行う必要があります。
分散価格ゲームの混合戦略ナッシュ均衡
ショップ\(i\in I\)の純粋戦略集合が区間\begin{equation*}S_{i}=\left[ c,r\right]
\end{equation*}である状況を想定しているため、ショップ\(i\)の混合戦略は累積分布関数\begin{equation*}F_{i}:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}として表現されます。つまり、\(F_{i}\)はそれぞれの価格\(p\in \mathbb{R} \)に対して定める値は、ショップ\(i\)が設定する価格が\(p\)以下である確率\begin{equation*}F_{i}\left( p\right) =\Pr \left( p_{i}\leq p\right)
\end{equation*}です。ショップ\(i\)は混合戦略\(F_{i}\)にもとづいて価格をランダムに決定します。
全ショップが同一のコスト構造と顧客基盤を持つ状況を想定しているため、ここでは対称均衡を想定します。つまり、すべてのショップが同一の累積分布関数\begin{equation*}
F:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \end{equation*}を混合戦略として採用する状況を想定した上で混合戦略ナッシュ均衡を導出するということです。
分散価格ゲームには以下のような対称混合戦略ナッシュ均衡が存在します。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、\(c<r\)を満たす定数\(c,r\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}S_{i}=\left[ c,r\right] \end{equation*}と表現され、純粋戦略を\(p_{i}\in S_{i}\)で表記する。また、プレイヤー\(i\)の利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの\(p_{I}\in S_{I}\)に対して定める値は、定数\(L,C\in \mathbb{N} \)および\(2\leq k\leq n\)を満たす\(k\in \mathbb{N} \)を用いて、\begin{equation*}u_{i}\left( p_{I}\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
\left( p_{i}-c\right) \left( L+C\right) & \left( if\
p_{i}<\min\limits_{j\in I\backslash \left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\}
\right) \\
\left( p_{i}-c\right) \left( L+\frac{C}{k}\right) & \left( if\
p_{i}=\min\limits_{j\in I}\left\{ p_{j}\right\} \wedge \left\vert \left\{
j\in I\ |\ p_{j}=\min\limits_{l\in I}\left\{ p_{l}\right\} \right\}
\right\vert =k\right) \\
\left( p_{i}-c\right) L & \left( if\ p_{i}>\min\limits_{j\in I\backslash
\left\{ i\right\} }\left\{ p_{j}\right\} \right)
\end{array}\right.
\end{equation*}と表現されるものとする。このゲーム\(G\)には対称的な混合戦略ナッシュ均衡\(F_{I}^{\ast }\in \Delta\left( S_{I}\right) \)が存在し、均衡戦略\(F^{\ast }:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \)はそれぞれの\(p\in \mathbb{R} \)に対して、\begin{equation*}F^{\ast }\left( p\right) =\left\{
\begin{array}{cl}
0 & \left( if\ p<p_{\min }\right) \\
1-\left[ \frac{\left( r-p\right) L}{\left( p-c\right) C}\right] ^{\frac{1}{n-1}} & \left( if\ p_{\min }\leq p\leq r\right) \\
1 & \left( if\ p>r\right)
\end{array}\right.
\end{equation*}を定める。ただし、\begin{equation*}
p_{\min }=\frac{rL+cC}{L+C}
\end{equation*}である。さらに、任意のプレイヤーの均衡期待利得は、\begin{equation*}
\left( r-c\right) L
\end{equation*}である。
I=\left\{ 1,2,3\right\}
\end{equation*}であり、ショップの限界費用が、\begin{equation*}
c=100
\end{equation*}であり、消費者の上限価格が、\begin{equation*}
r=200
\end{equation*}であるものとします。さらに、比較購入層の総数が、\begin{equation*}
C=100
\end{equation*}であり、各ショップの固定客の人数が、\begin{equation*}
L=10
\end{equation*}であるものとします。先の命題より、下限価格は、\begin{eqnarray*}
p_{\min } &=&\frac{rL+cC}{L+C} \\
&=&\frac{200\cdot 10+100\cdot 100}{10+100} \\
&=&\frac{1200}{11} \\
&\approx &109
\end{eqnarray*}です。つまり、仕入れ値が\(100\)円であっても、ショップは\(109\)円より安く売ることはありません。また、均衡戦略\(F^{\ast }:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \)が\(p_{\min }\leq p\leq r\)を満たすそれぞれの価格\(p\)に対して定める値は、\begin{eqnarray*}F^{\ast }\left( p\right) &=&1-\left[ \frac{\left( r-p\right) L}{\left(
p-c\right) C}\right] ^{\frac{1}{n-1}} \\
&=&1-\left[ \frac{\left( 200-p\right) 10}{\left( p-100\right) 100}\right] ^{\frac{1}{3-1}} \\
&=&1-\sqrt{\frac{200-p}{10\left( p-100\right) }}
\end{eqnarray*}であり、均衡利得は、\begin{eqnarray*}
\left( r-c\right) L &=&\left( 200-100\right) \cdot 10 \\
&=&1000
\end{eqnarray*}です。以上の均衡累積分布関数\(F^{\ast }\left( p\right) \)にもとづき、ショップがどのような確率で価格を提示するかを計算すると以下のようになります。
$$\begin{array}{ccc}
\hline
提示価格p & 累積分布F^{\ast }\left( p\right) & 解釈 \\ \hline
109 & 0 & 最安値の限界 \\ \hline
115 & 0.24 & 4分の1の確率で安値に設定 \\ \hline
130 & 0.52 & 半分以上の確率で中〜低価格帯に設定 \\ \hline
160 & 0.74 & 4分の1の確率で高値に設定 \\ \hline
200 & 1 & 固定客だけをターゲットに \\ \hline
\end{array}$$
表から明らかであるように、\(130\)円という安値寄りまでに\(50\)パーセント以上の確率が集中しています。これは、ショップの多くが、比較サイトの上位に表示されるために安値付近に密集するという現実をよく説明しています。また、ショップは\(100\)人の比較購入層を奪うために\(109\)円〜\(130\)円という薄利で競い合いますが、期待利得は\(1000\)円(固定客\(10\)人\(\times \)利益\(100\)円)から増えません。比較購入層を狙う競争は期待値ベースでは利益を生まないという冷徹な結論が浮き彫りになります。
完全競争市場の理論によると、情報が完全であれば価格は限界費用に収束します。しかし、このモデルが示す結論は真逆です。
あるショップが価格を固定すると、必ず他のショップがそのすぐ下の価格を狙おうとします。これを避ける唯一の安定状態が、あえて価格をランダムに散らすという混合戦略です。私たちが目にする価格比較サイトの順位変動や価格差は市場の混乱がもたらす現象ではなく、各ショップが期待利得を最大化しようと合理的に振る舞った結果として動的に釣り合っている状態であるということです。
ショップ数に関する比較静学
均衡における下限価格\(p_{\min }\)や均衡期待利潤\(\left( r-c\right) L\)はショップ数\(n\)に依存しないため、\(n\)が変化してもショップが選択する可能性のある価格の範囲\(\left[p_{\min },r\right] \)や均衡期待利潤\(\left( r-c\right) L\)は変化しません。
その一方で、均衡戦略\(F^{\ast }\left( p\right) \)は\(n\)に依存します。そこで、価格\(p\in \left[ p_{\min },r\right] \)を任意に選んだ上で、\begin{equation*}G\left( p\right) =\frac{\left( r-p\right) L}{\left( p-c\right) C}
\end{equation*}とおきます。\(G\left( p_{\min }\right) =1\)かつ\(G\left( r\right) =0\)および\(G\left(p\right) \)は狭義単調減少であるため、\begin{equation*}0\leq G\left( p\right) \leq 1
\end{equation*}です。すると、\begin{eqnarray*}
\frac{\partial }{\partial n}F^{\ast }\left( p\right) &=&\frac{\partial }{\partial n}\left\{ 1-\left[ \frac{\left( r-p\right) L}{\left( p-c\right) C}\right] ^{\frac{1}{n-1}}\right\} \\
&=&\frac{\partial }{\partial n}\left[ 1-G\left( p\right) ^{\frac{1}{n-1}}\right] \\
&=&G\left( p\right) ^{\frac{1}{n-1}}\frac{\ln \left( G\left( p\right)
\right) }{\left( n-1\right) ^{2}} \\
&<&0
\end{eqnarray*}が成り立ちますが、以上の事実は、\(n\)が大きくなると\(F^{\ast }\left( p\right) \)の値が小さくなることを意味します。さらに、任意の\(p\)について\(F^{\ast }\left( p\right) \)の値が小さくなることは、累積分布関数\(F^{\ast }\left( p\right) \)のグラフが右下にシフトすること、すなわち、より高い価格に確率が集まることを意味します。
以上の議論より、ショップ数\(n\)が増えるほど、ショップはより高い確率で高い価格をつけるようになることが明らかになりました。ショップ数\(n\)が増えると、自分が最最安値をとれる確率\(\left[ 1-F\left( p\right) \right] ^{n-1}\)は指数関数的に減少します。この確率の減少を補い、均衡期待利潤\(\left( r-c\right) L\)を一定に保つためには、ショップは高い価格を提示する確率を増やす必要があります。ライバルが多すぎる市場では、個々のショップは最安値を狙うのが困難になるため、あえて高値を提示する頻度を増やして期待利得を調整するということです。
ここで重要なのは、個々のショップが高値を出す確率を増やしたとしても、市場全体の最安値は依然として低く保たれるという点です。なぜなら、ショップ数が増えているため、市場のどこかに安値をつけている店が存在する確率は維持されるからです。つまり、個々の店は生き残るために高値へ逃げようとしますが、市場全体で見れば安値競争が維持されるということです。
比較購入層に関する比較静学
均衡期待利潤\(\left( r-c\right) L\)は比較購入層の人数\(C\)に依存しません。
その一方で、最低価格\(p_{\min }\)は比較購入層の人数\(C\)に依存します。具体的には、\begin{eqnarray*}\frac{\partial }{\partial C}p_{\min } &=&\frac{\partial }{\partial C}\frac{rL+cC}{L+C} \\
&=&\frac{L\left( c-r\right) }{\left( C+L\right) ^{2}} \\
&<&0
\end{eqnarray*}であるため、比較購入層の人数\(C\)が増えると最低価格\(p_{\min }\)が下落します。さらに、\begin{eqnarray*}\lim_{C\rightarrow +\infty }p_{\min } &=&\lim_{C\rightarrow +\infty }\frac{rL+cC}{L+C} \\
&=&\lim_{C\rightarrow +\infty }\frac{r\frac{L}{C}+c}{\frac{L}{C}+1} \\
&=&\frac{0+c}{0+1} \\
&=&c
\end{eqnarray*}であるため、最終的に最低価格\(p_{\min }\)は限界費用\(c\)に限りなく近づきます。
均衡戦略\(F^{\ast }\left( p\right) \)もまた\(C\)に依存します。そこで、価格\(p\in \left[ p_{\min },r\right] \)を任意に選んだ上で、\begin{equation*}G\left( p\right) =\frac{\left( r-p\right) L}{\left( p-c\right) }
\end{equation*}とおいた場合、\begin{eqnarray*}
\frac{\partial }{\partial C}F^{\ast }\left( p\right) &=&\frac{\partial }{\partial C}\left\{ 1-\left[ \frac{\left( r-p\right) L}{\left( p-c\right) C}\right] ^{\frac{1}{n-1}}\right\} \\
&=&\frac{\partial }{\partial C}\left\{ 1-\left[ \frac{G\left( p\right) }{C}\right] ^{\frac{1}{n-1}}\right\} \\
&=&\frac{G\left( p\right) ^{\frac{1}{n-1}}C^{-\frac{n}{n-1}}}{n-1} \\
&>&0
\end{eqnarray*}が成り立ちますが、以上の事実は、\(C\)が大きくなると\(F^{\ast }\left( p\right) \)の値が大きくなることを意味します。さらに、任意の\(p\)について\(F^{\ast }\left( p\right) \)の値が大きくなることは、累積分布関数\(F^{\ast }\left( p\right) \)のグラフが左上にシフトすること、すなわち、より低い価格に確率が集まることを意味します。
以上の議論より、比較購入層の人数\(C\)が増えるほど、最低価格\(p_{\min }\)が下落し、ショップはより高い確率で安い価格をつけるようになることが明らかになりました。比較購入層が増加すると、ショップにとって最安値をとったときのリターンが爆発的に増加します。そこで、ショップは比較購入層をとりこぼさないよう、より低い価格を提示する確率を上げます。その一方で、均衡期待利得\(\left( r-c\right) L\)は\(C\)に依存しない点は特筆すべきです。つまり、比較購入層が増加しても均衡期待利得は増加しないということです。増えた客を奪い合うための値下げ競争が増収分を完全に打ち消してしまいます。比較購入層\(C\)は市場を活性化させますが、ショップを豊かにはしません。
固定客に関する比較静学
均衡期待利潤\(\left( r-c\right) L\)が固定客の人数\(L\)に依存します。具体的には、\begin{eqnarray*}\frac{\partial }{\partial L}\left( r-c\right) L &=&r-c \\
&>&0
\end{eqnarray*}であるため、\(\left( r-c\right) L\)は\(L\)に関する増加関数です。
最低価格\(p_{\min }\)もまた\(L\)に依存します。具体的には、\begin{eqnarray*}\frac{\partial }{\partial L}p_{\min } &=&\frac{\partial }{\partial L}\frac{rL+cC}{L+C} \\
&=&\frac{C\left( r-c\right) }{\left( C+L\right) ^{2}} \\
&>&0
\end{eqnarray*}であるため、固定客の人数\(L\)が増えると最低価格\(p_{\min }\)が上昇します。さらに、\begin{eqnarray*}\lim_{L\rightarrow +\infty }p_{\min } &=&\lim_{L\rightarrow +\infty }\frac{rL+cC}{L+C} \\
&=&\lim_{L\rightarrow +\infty }\frac{r+c\frac{C}{L}}{1+\frac{C}{L}} \\
&=&\frac{r+0}{1+0} \\
&=&r
\end{eqnarray*}であるため、最終的に最低価格\(p_{\min }\)は消費者の上限価格\(r\)に限りなく近づきます。
均衡戦略\(F^{\ast }\left( p\right) \)もまた\(L\)に依存します。そこで、価格\(p\in \left[ p_{\min },r\right] \)を任意に選んだ上で、\begin{equation*}G\left( p\right) =\frac{r-p}{\left( p-c\right) C}
\end{equation*}とおいた場合、\begin{eqnarray*}
\frac{\partial }{\partial L}F^{\ast }\left( p\right) &=&\frac{\partial }{\partial L}\left\{ 1-\left[ \frac{\left( r-p\right) L}{\left( p-c\right) C}\right] ^{\frac{1}{n-1}}\right\} \\
&=&\frac{\partial }{\partial L}\left\{ 1-\left[ G\left( p\right) L\right] ^{\frac{1}{n-1}}\right\} \\
&=&-\frac{G\left( p\right) ^{\frac{1}{n-1}}L^{\frac{2-n}{n-1}}}{n-1} \\
&<&0
\end{eqnarray*}が成り立ちますが、以上の事実は、\(L\)が大きくなると\(F^{\ast }\left( p\right) \)の値が小さくなることを意味します。さらに、任意の\(p\)について\(F^{\ast }\left( p\right) \)の値が小さくなることは、累積分布関数\(F^{\ast }\left( p\right) \)のグラフが右下にシフトすること、すなわち、より高い価格に確率が集まることを意味します。
以上の議論より、固定客の人数\(L\)が増えるほど最低価格\(p_{\min }\)が上昇し、ショップはより高い確率で高い価格をつけるようになることが明らかになりました。固定客が増加するとショップの逃げ場が強固になるため、無理をしてまで比較購入層\(C\)を奪いに行く動機が薄れます。この場合、ショップは低価格競争で消耗するよりも、固定客\(L\)に対して高値\(r\)で売る確率を増やした方が合理的になります。さらに、固定客\(L\)が増加すると均衡期待利得\(\left( r-c\right) L\)は増加します。このモデルにおいて、唯一の持続的な利益成長の源泉は固定客\(L\)の獲得であることが明らかになりました。
結論:デジタル市場の動的平衡
本稿では、オンラインショッピングにおいて同質財が異なる価格で販売される価格分散のメカニズムを、ゲーム理論の枠組みで分析しました。導き出された結論は直感に反するようでいて、市場のリアリティーを描き出しています。
インターネットの普及によりサーチコストがゼロに近づいてもなお、オンラインショッピングでは一物一価の法則が成立していません。現実のネット市場には、最安値を徹底的に探す比較購入層\(C\)と、信頼や慣習から特定の店を選ぶ固定客\(L\)が混在しています。このような状況に直面したショップがとるべき唯一の合理的行動は、特定の価格を確定的に提示すること(純粋戦略)ではなく、価格を特定の範囲でランダムに散らすこと(混合戦略)であることが明らかになりました。私たちが目にする価格のばらつきは、市場の混乱や非効率性の結果ではなく、ショップどうしが互いの出方を読み合った末の動的な安定状態です。
比較静学分析から明らかになったように、均衡においてショップ数\(n\)や比較購入層\(C\)が増加してもショップ側の期待利得は増加しません。最安値ランキングのトップを維持し続ける戦略は、客数は稼げても、長期的には競合コストによって利益が相殺されます。これは、走らなければ沈んでしまうレッドオーシャンの論理です。
他方で、固定客\(L\)の増加はショップ側の期待利得を向上させることが明らかになりました。企業の真の収益は固定客の数にのみ依存するということです。ブランド、アフターサービス、独自のポイント経済圏など、顧客を価格比較の土俵から連れ出しロイヤルティ向上を目指すことが、期待利得を直接的に押し上げる唯一の手段です。
ショップが増え(\(n\)の増加)、消費者がより賢く(\(C\)の増加)なるほど市場は激しく波打ち、価格は分散し続けます。しかし、その激流の底で企業を支えるアンカーは、この店で買いたいと願う個々の顧客との信頼関係(\(L\)の増加)に他なりません。本稿の分析が描き出したことは、テクノロジーが進化しても変わることのない、商売の不変の真理です。
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