公共財
通常、同一の商品ないしサービスを複数の人が同時に消費することはできません。誰かが消費すると他者の消費分が減ってしまう場合、そのような商品やサービスの消費には競合性(rivalness)があると言います。逆に、ある人が消費しても他者の消費分が減少しない場合、そのような商品やサービスの消費には非競合性(non-rivalness)があると言います。
通常、商品やサービスを消費するためには金銭などの対価を支払う必要があります。消費するためには対価を支払う必要がある場合、そのような商品やサービスの消費には排除可能性(excludability)があると言います。逆に、対価を支払わずとも消費することが可能である場合、そのような商品やサービスの消費には排除不可能性(non-excludability)があると言います。
消費に非競合性と排除不可能性のある商品やサービスを公共財(public goods)と呼びます。つまり、公共財とは、ある人が消費しても他者の消費分が減少せず、なおかつ、対価を支払わずとも消費することが可能であるような商品やサービスです。
公共財ゲーム
ある集団に属するプレイヤーたちが単一の公共財を共有している状況を想定します。公共財の消費には非競合性と排除不可能性があるため、供給された公共財からは、すべてのプレイヤーが同一の便益を得られるものとします。
公共財の供給量はプレイヤーたちが負担するコストの総和によって決定されます。公共財の供給のために貢献するプレイヤーが多いほど、また各プレイヤーが負担するコストが多いほど公共財の供給量は増加するため、各々が公共財から得られる便益も大きくなります。
ただし、誰かが資源を差し出すと、その恩恵は全員に広がりますが、その人自身が受け取る取り分は、その負担に見合うほど大きくないものとします。つまり、各個人の立場から見ると、自分が負担した費用から得られる利益は皆で分け合う構造になっているため、自分は費用を負担せず、他人の負担に乗っかって利益だけを受け取りたいという動機が生じます。
他方で、社会全体の観点から見ると状況は逆になります。つまり、誰かが少しずつ負担すれば、その利益は全員に広がるため、全体としては負担以上の利益が生まれます。つまり、個人にとって費用負担は割に合いませんが、全体としては明らかに得をする構造が成立しているということです。個人の合理的な判断と、社会全体にとって望ましい結果とが食い違う点こそが、この問題の核心です。このような問題を公共財ゲーム(public goods game)と呼びます。
\end{equation*}が成り立ちます。つまり、同盟全体では拠出は効率的ですが、個々の国にとっては費用が便益を上回るため、これは公共財ゲームです。
\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}が成り立ちます。したがってこれは公共財ゲームです。
\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}が成り立ちます。したがってこれは公共財ゲームです。
\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}が成り立ちます。したがってこれは公共財ゲームです。
完備情報の静学ゲームとしての公共財ゲーム
公共財ゲームが想定する状況をゲーム論の意味でのゲームと解釈します。誰がどれだけコストを負担するか事前に話し合いを行うことができない状況や、話し合いの末に到達した合意に強制力がない状況を想定するのであれば、公共財ゲームは非協力ゲームとなります。さらに、各々が他の人たちによる意思決定を観察できない状態で自身の意思決定を行う状況を想定するのであれば、公共財ゲームは静学ゲームとなります。加えて、ゲームのルールが人々にとって共有知識であることを仮定するのであれば、公共財ゲームは完備情報ゲームとして記述されます。
そこで、公共財ゲームを以下のような戦略型ゲーム\(G\)としてモデル化します。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,\cdots ,n\right\}
\end{equation*}です。ただし、\(i\in I\)は問題としている集団の成員\(i\)を表します。
それぞれのプレイヤー\(i\in I\)が初期保有する資源量を表す定数を、\begin{equation*}e_{i}\in \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}で表記し、プレイヤー\(i\)が公共財の供給のために負担するコストを表す変数を、\begin{equation*}g_{i}\in \mathbb{R} _{+}
\end{equation*}で表記します。プレイヤー\(i\)は初期保有の範囲でコストを負担するため、\begin{equation*}g_{i}\in \left[ 0,e_{i}\right]
\end{equation*}が成り立つことに注意してください。プレイヤー\(i\)の手元に残る資源は、\begin{equation*}e_{i}-g_{i}\in \left[ 0,e_{i}\right]
\end{equation*}です。
すべてのプレイヤーによる負担コストの合計は、\begin{equation*}
\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}であり、これを原資に公共財は供給されます。供給された公共財から各々が得る便益は、以下の条件\begin{equation*}
\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}を満たす定数\(m\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}m\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}と表現されます。つまり、\(m\)の水準は、公共財への総投入コストが\(1\)単位増加したときに、各々のプレイヤーが公共財から得る便益の増分を表しています。このような事情もあり\(m\)を1人当たり限界便益(marginalper capita return: MPCR)と呼びます。公共財の消費には非競合性と排除不可能性があるため、供給された公共財からは、すべてのプレイヤーが同一の便益\(m\sum_{j=1}^{n}g_{i}\)を得ます。条件\(\frac{1}{n}<m<1\)の意味は後述します。
プレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略は自身が負担するコストの水準\(g_{i}\in \left[0,e_{i}\right] \)であり、したがってプレイヤー\(i\)の純粋戦略集合は、\begin{equation*}S_{i}=\left[ 0,e_{i}\right] \end{equation*}です。
プレイヤー\(i\in i\)の利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)が純粋戦略の組\(g_{I}=\left(g_{j}\right) _{j\in I}\in S_{I}\)に対して定める値は、\begin{equation*}u_{i}\left( g_{I}\right) =e_{i}-g_{i}+m\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}であるものとします。つまり、プレイヤー\(i\)が得る利得は、自身の手元に残る資源\(e_{i}-g_{i}\)からの便益と公共財からの便益\(m\sum_{j=1}^{n}g_{i}\)の和として定義されるということです。プレイヤー\(i\)は私的消費\(e_{i}-g_{i}\)を自身だけで消費するため、\(1\)単位の私的消費をそのまま\(1\)単位の利得としてカウントしています。一方、公共財は全員に分配されるため、プレイヤー\(i\)が\(1\)単位の資源を公共財のために捧げても、公共財から得られるリターンは目減りしてしまいます。その事実が条件\begin{equation*}m<1
\end{equation*}として表現されています。さらに確認のために、他のプレイヤーたちの負担\(g_{-i}=\left(g_{1},\cdots ,g_{i-1},g_{i+1},\cdots ,g_{n}\right) \)を固定したまま自身の負担\(g_{i}\)だけを\(1\)単位増やした状況を想定します。この場合、自身の私的消費\(e_{i}-g_{i}\)は\(1\)単位減少するため利得は\(1\)単位減少しますが、その対価として、公共財から得られる利得が\(m\)だけ増えます。\(m<1\)であるため、プレイヤー\(i\)は結果として損をします。
他方で、プレイヤー\(i\)が\(1\)単位の資源を公共財のために捧げるとプレイヤー\(i\)の利得は\(1\)だけ減少しますが、プレイヤー\(i\)自身を含めた全員が追加的に得る利得の総和は\(nm\)となります。ここで注意したいのは、もう一方の条件\begin{equation*}\frac{1}{n}<m
\end{equation*}より、\begin{equation*}
1<nm
\end{equation*}が成り立つということです。つまり、プレイヤー\(i\)が公共財のために私的消費を\(1\)単位諦める行為は社会全体の厚生を増加させます。
以上が公共財ゲームの定義です。改めて整理すると、公共財ゲームとは以下の条件を満たす戦略型ゲーム\(G\)によって表現される完備情報の静学ゲームです。まず、プレイヤー集合は、\begin{equation*}I=\left\{ 1,\cdots ,n\right\}
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、定数\(e_{i}\in \mathbb{R} _{+}\)を用いて、\begin{equation*}S_{i}=\left[ 0,e_{i}\right]
\end{equation*}と表現されます。純粋戦略を\(g_{i}\in S_{i}\)で表記します。また、プレイヤー\(i\)の利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの\(g_{I}\in S_{I}\)に対して定める値は、以下の条件\begin{equation*}\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}を満たす定数\(m\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}u_{i}\left( g_{I}\right) =e_{i}-g_{i}+m\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}と表現されます。
公共財ゲームの均衡
公共財ゲームでは全員が公共財のためにコストを全く負担しないことが狭義の支配戦略均衡になります。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、定数\(e_{i}\in \mathbb{R} _{+}\)を用いて、\begin{equation*}S_{i}=\left[ 0,e_{i}\right] \end{equation*}と表現され、純粋戦略を\(g_{i}\in S_{i}\)で表記する。利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの\(g_{I}\in S_{I}\)に対して定める値は、以下の条件\begin{equation*}\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}を満たす定数\(m\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}u_{i}\left( g_{I}\right) =e_{i}-g_{i}+m\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}と表されるものとする。このゲーム\(G\)には狭義の支配戦略均衡\(g_{I}^{\ast }\in S_{I}\)が存在し、それは、\begin{equation*}\forall i\in I:g_{i}^{\ast }=0
\end{equation*}を満たす。
戦略型ゲーム\(G\)に狭義の支配戦略均衡が存在する場合には一意的であるため、全員が公共財のためにコストを負担しないこと\(\left( 0,\cdots ,0\right) \)は公共財ゲームにおける唯一の狭義の支配戦略均衡です。
プレイヤーが混合戦略を採用する場合にはどうなるでしょうか。戦略型ゲーム\(G\)に狭義の支配戦略均衡が存在することと、\(G\)の混合拡張\(G^{\ast }\)に狭義の支配戦略均衡が存在することは必要十分であるとともに、両者は一致します。したがって、全員がコストを負担しないこと\(\left( 0,\cdots ,0\right) \)は混合戦略の範囲においても狭義の支配戦略均衡です。
戦略型ゲーム\(G\)に狭義の支配戦略均衡が存在する場合、プレイヤーたちが合理的であるという事実が共有知識でない場合においても、それぞれのプレイヤーが合理的でありさえすれば、プレイヤーたちはその均衡をプレーします。公共財ゲームでは全員がコストを負担しないこと\(\left( 0,\cdots,0\right) \)が狭義の支配戦略均衡であるため、それぞれのプレイヤーが合理的であれば、彼らは均衡\(\left( 0,\cdots ,0\right) \)を実際にプレーすることが理論的に結論付けられます。
公共財ゲームの均衡と社会的最適の乖離
純粋戦略の組\(g_{I}\in S_{I}\)のもとでそれぞれのプレイヤー\(i\in I\)が得る利得は、\begin{equation*}u_{i}\left( g_{I}\right) =e_{i}-g_{i}+m\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}です。表記の簡便のために、\begin{equation*}
G=\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}とおきます。\(g_{I}\)のもとで全員が得る利得の和、すなわち社会的厚生は、\begin{eqnarray*}W &=&\sum_{i=1}^{n}u_{i}\left( g_{I}\right) \\
&=&\sum_{i=1}^{n}\left( e_{i}-g_{i}+m\sum_{j=1}^{n}g_{j}\right) \\
&=&\sum_{i=1}^{n}\left( e_{i}-g_{i}+mG\right) \\
&=&\sum_{i=1}^{n}e_{i}-\sum_{i=1}^{n}g_{i}+\sum_{i=1}^{n}mG \\
&=&\sum_{i=1}^{n}e_{i}-G+nmG \\
&=&\sum_{i=1}^{n}e_{i}+\left( nm-1\right) G
\end{eqnarray*}となります。
公共財ゲームの均衡において実現する社会的厚生と、最大化された社会的厚生はそれぞれ以下の通りです。
\end{equation*}であり、それぞれのプレイヤー\(i\in I\)の純粋戦略集合は、定数\(e_{i}\in \mathbb{R} _{+}\)を用いて、\begin{equation*}S_{i}=\left[ 0,e_{i}\right] \end{equation*}と表現され、純粋戦略を\(g_{i}\in S_{i}\)で表記する。利得関数\(u_{i}:S_{I}\rightarrow \mathbb{R} \)がそれぞれの\(g_{I}\in S_{I}\)に対して定める値は、以下の条件\begin{equation*}\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}を満たす定数\(m\in \mathbb{R} \)を用いて、\begin{equation*}u_{i}\left( g_{I}\right) =e_{i}-g_{i}+m\sum_{j=1}^{n}g_{j}
\end{equation*}と表されるものとする。このゲーム\(G\)には狭義の支配戦略均衡が存在し、それは、\begin{equation*}\forall i\in I:g_{i}=0
\end{equation*}を満たす。この均衡のもとで実現する社会的厚生は、\begin{equation*}
W^{E}=\sum_{i=1}^{n}e_{i}
\end{equation*}であるのに対し、最大化された社会的厚生は、\begin{equation*}
W^{\ast }=nm\sum_{i=1}^{n}e_{i}
\end{equation*}である。
公共財ゲームにおいて、全員がコストを負担しないこと\(\left( 0,\cdots,0\right) \)が均衡であるとともに、均衡において実現する社会的厚生は、\begin{equation*}W^{E}=\sum_{i=1}^{n}e_{i}
\end{equation*}であることが明らかになりました。他方で、全員が初期保有をすべて公共財に拠出する\(\left( e_{1},\cdots ,e_{n}\right) \)場合に社会的厚生は最大化されるとともに、最大化された社会的厚生は、\begin{equation*}W^{\ast }=nm\sum_{i=1}^{n}e_{i}
\end{equation*}であることが明らかになりました。両者を比較すると、\begin{eqnarray*}
W^{\ast }-W^{E} &=&nm\sum_{i=1}^{n}e_{i}-\sum_{i=1}^{n}e_{i} \\
&=&\left( nm-1\right) \sum_{i=1}^{n}e_{i} \\
&>&0\quad \because nm>1
\end{eqnarray*}すなわち、\begin{equation*}
W^{\ast }>W^{E}
\end{equation*}を得ます。つまり、均衡において社会的厚生は最大化されません。両者の比をとると、\begin{eqnarray*}
\frac{W^{\ast }}{W^{E}} &=&\frac{nm\sum_{i=1}^{n}e_{i}}{\sum_{i=1}^{n}e_{i}}
\\
&=&nm
\end{eqnarray*}を得ます。つまり、社会的に最適な状態ではすべての資源が公共財に拠出され、均衡の場合と比べて社会的厚生は\(nm\)倍になります。したがって、均衡では本来実現可能な社会的利益が大きく失われます。各々が合理的に行動した結果として、本来\(nm\)倍にできる社会的厚生を捨てているということです。
公共財ゲームの均衡とフリーライド
自分は費用を負担せずに、他人の貢献によって生まれた利益だけを享受しようとする行動をフリーライド(free ride)やただ乗りと呼びます。
公共財ゲームでは全員がコストを負担しないこと\(\left( 0,\cdots ,0\right) \)が狭義の支配戦略均衡であることが明らかになりました。つまり、任意のプレイヤー\(i\in I\)にとって、コストを負担しないこと\(0\)が他の任意の純粋戦略\(g_{i}\in (0,e_{i}]\)を狭義支配するということです。具体的には、他のプレイヤーたちの純粋戦略からなる組\(g_{-i}\in S_{-i}\)を任意に選んだとき、任意の\(g_{i}\in (0,e_{i}]\)について、\begin{equation*}u_{i}\left( 0,g_{-i}\right) >u_{i}\left( g_{i},g_{-i}\right)
\end{equation*}が成り立つということです。他のプレイヤーたちの行動\(g_{-i}\)を所与とした場合、右辺の利得\(u_{i}\left( g_{i},g_{-i}\right) \)は自分が正のコスト\(g_{i}\)を支払う場合に直面する利得であるのに対して、左辺の利得\(u_{i}\left( 0,g_{-i}\right) \)は自分がコストを負担しない場合\(0\)に直面する利得です。したがって、以上の条件が成り立つことは、プレイヤー\(i\)にはフリーライドする動機があることを意味します。つまり、公共財ゲームでは、自分は一切負担せずに、その上で他人の貢献に期待することが最適です。
以上を踏まえると、公共財ゲームにおいて\(\left( 0,\cdots ,0\right) \)が狭義の支配戦略均衡であることは、全員がフリーライドすることが均衡であることを意味します。支配戦略均衡は合理性の仮定の帰結であるため、以上の事実は、全員がフリーライドすることは利己的で非合理的な行動ではなく、むしろ合理的な選択の帰結であることを意味します。フリーライドはゲームの構造そのものから導かれる帰結です。
先に議論したように、均衡\(\left( 0,\cdots ,0\right) \)において社会的厚生は最大化されず、本来\(nm\)倍にできる社会的厚生を捨てています。全員が合理的な選択の帰結としてフリーライドする結果、公共財が全く供給されないという非効率的な結果が生じ、全員が得られたはずの利益が失われます。自分がやらなくても誰かがやれば恩恵を受けられる状況では、結局誰もやらないということです。
1人当たり便益に関する比較静学
1人あたり限界便益\(m\)は、公共財への総投入コストが\(1\)単位増加したときに、各々のプレイヤーが公共財から得る便益の増分を表すパラメータです。
社会全体の視点から見ると、\(mn\)は個人が払った\(1\)に対して、全員に帰ってくる割合を表します。したがって\(\frac{1}{n}<m\)すなわち\(1<nm\)であることは、社会全体にとって、誰かの負担が社会全体に大きな利益をもたらすことを意味します。\(m\)が小さいほど個人の負担が社会全体にもたらす利益は小さくなり、逆に\(m\)が大きいほど個人の負担が社会全体にもたらす利益は大きくなります。言い換えると、最大化された社会的厚生は、\begin{equation*}W^{\ast }=nm\sum_{i=1}^{n}e_{i}
\end{equation*}であるため、\(m\)が小さいほど公共財の社会的価値は低くなり、\(m\)が大きいほど公共財の社会的価値は高くなります。
個人の視点から見ると、\(m\)は自分が払った\(1 \)に対して、自分に帰ってくる割合を表します。したがって\(m<1\)であることは、個人にとって、公共財への拠出は割に合わないことを意味します。\(m\)が小さいほど公共財からのリターンが小さくなるため、公共財へ拠出するインセンティブが弱くなります。逆に、\(m\)が大きいほど公共財からのリターンが大きくなるため、公共財へ拠出するインセンティブが強くなります。とは言え、\(m<1\)である限りにおいて公共財への拠出が割に合わないことには変わりないため、\(m<1\)の範囲において\(m\)が増加しても均衡は変化せず、ゆえに誰も公共財に支出しないことが均衡になり続けます。ただし、\begin{equation*}\frac{W^{\ast }}{W^{E}}=nm
\end{equation*}であるため、\(m\)が大きいほど均衡の非効率性が拡大します。言い換えると、\(m\)が大きいほど公共財の社会的価値は高くなるため、フリーライドの弊害、すなわち均衡において失われる価値が大きくなるということです。
公共財ゲームという枠組みのもとでは、\begin{equation*}
\frac{1}{n}<m<1
\end{equation*}を想定しますが、これは、公共財への拠出が個人にとっては損であるが、社会全体にとっては得であるというインセンティブの不一致を同時に満たすための条件です。現実には\(\frac{1}{n}<m<1\)が成り立たず、\(m\leq \frac{1}{n}\)または\(m\geq 1\)である状況も起こり得ます。ただし、これらの条件は公共財ゲームとは別の枠組みのゲームとして分析されます。なお、\(m\leq \frac{1}{n}\)すなわち\(mn\leq 1\)であることは、個人が\(1\)を負担しても、社会全体にはそれ以下のリターンしかもたらさないことを意味します。つまり、公共財の価値が著しく低いということです。また、\(m\geq 1\)であることは、個人が\(1\)を負担すると、その個人がそれ以上のリターンを得られることを意味します。この場合、個人は自発的に貢献します。\(m\)はゲームの性質そのものを変えるパラメータでもあります。
プレイヤーの人数に関する比較静学
プレイヤーの人数\(n\)が変化すると、公共財ゲームの結果に何らかの影響を及ぼすでしょうか。先の議論から明らかであるように、1人あたり限界便益\(m\)が、\begin{equation*}m<1
\end{equation*}を満たす限りにおいて、誰も公共財に支出しないことが均衡になり続けます。したがって、プレイヤーの人数\(n\)は均衡に影響を与えません。
その一方で、社会全体の視点から見ると、\(mn\)は個人が払った\(1\)に対して、全員に帰ってくる割合を表すため、\(n\)が小さいほど個人の負担が社会全体にもたらす利益は小さくなり、逆に\(n\)が大きいほど個人の負担が社会全体にもたらす利益は大きくなります。言い換えると、最大化された社会的厚生は、\begin{equation*}W^{\ast }=nm\sum_{i=1}^{n}e_{i}
\end{equation*}であるため、\(n\)が小さいほど公共財の社会的価値は低くなり、\(n\)が大きいほど公共財の社会的価値は高くなります。さらに、\begin{equation*}\frac{W^{\ast }}{W^{E}}=nm
\end{equation*}であるため、\(n\)が大きいほど均衡の非効率性が拡大します。言い換えると、人数\(n\)が大きいほど公共財の社会的価値は高くなるため、フリーライドの弊害、すなわち均衡において失われる価値が大きくなるということです。
公共財ゲームの実証的知見
公共財ゲームを理論的に分析した結果、均衡においてすべてのプレイヤーが貢献を行わないことが明らかになりました。しかし、公共財ゲームを見立てた実験を行うと、その結果は理論の予測と必ずしも一致しないことが知られています。
多くの実験において、被験者は初期段階において正の貢献を行う傾向があることが確認されています。つまり、標準的な利己的合理性では説明できない協力的行動が、実際には広く観察されるということです。
しかし、この協力行動は持続的ではありません。同一の被験者に対して同一の実験を繰り返し体験させると、貢献水準は時間とともに低下し、最終的にはゼロに近づく傾向が観察されることがあります。この結果は、他のプレイヤーのフリーライドを観察することで、当初は協力的であったプレイヤーも次第に貢献しなくなっていくためと解釈されます。
さらに重要な知見として、制度の導入が被験者の行動を変化させることが確認されています。例えば、他人の行動を観察できる場合や、フリーライドに対して罰を与えることができる場合などには貢献水準が大幅に上昇し、持続的な協力が実現します。特に、罰則をともなう実験では、被験者はコストを負担してでも他者を罰する行動、すなわち利他的懲罰が観察されます。
政策・制度的含意
公共財ゲームの分析は、個人の合理的行動が社会的には望ましくない結果をもたらす可能性を示しています。公共財の供給においては、市場メカニズムや自発的な協力のみに依存するだけでは必ずしも十分ではないということです。したがって、社会的に望ましい水準の公共財供給を実現するためには、何らかの制度的な介入が要請されます。
最も基本的な方法は、政府が課税を通じて資源を強制的に徴収し、それを原資として公共財を供給するというものです。この仕組みにより、フリーライドの余地を強制的に排除し、社会的に望ましい水準に近い供給が実現します。実際、国防やインフラ、公衆衛生など、現実の多くの場面において課税という手法は採用されています。
次に、個人の貢献に対して追加的な報酬を与える方法もあります。寄付に対する税控除などがこれに該当します。この手法は、公共財への貢献から得られる私的な利益を増加させることを通じて、合理性にもとづく個人の最適な行動と、社会的に望ましい行動の乖離を縮小することを目指します。
また、公共財ゲームに関する実験結果が示唆するように、フリーライドに対する罰則の導入もまた、協力を促進する上で強力な手法です。現実においても、環境規制や公共ルールへの違反に対する制裁などが実施されています。この手法は、貢献しないことへのコストを引き上げることにより、人々の行動を変化させることを目指します。
公共財の供給は、必ずも明文化された制度や明示的な制度によってのみ支えられているわけではありません。社会的規範や相互監視もまた、協力行動を維持する上で重要な役割を果たすことが知られています。例えば、評判の共有やコミュニティ内での相互監視、協力を評価する文化などは、フリーライドを抑制します。また、集団が小さく、同じメンバーとの繰り返し関係があるほど、協力は維持されやすい傾向があります。将来の関係や評判が、現在の行動に影響を与えるからです。
これらの制度は、個人のインセンティブ構造を変更することにより均衡を望ましい方向へ移動させるものです。
演習問題
I=\left\{ 1,2,3,4\right\}
\end{equation*}であり、プレイヤーたちの初期保有が、\begin{equation*}
e_{1}=e_{2}=e_{3}=e_{4}=100
\end{equation*}であり、1人あたり限界便益が、\begin{equation*}
m=\frac{1}{2}
\end{equation*}であるものとします。以下の問いに答えてください。
- ナッシュ均衡を求めてください。
- 均衡において各プレイヤーが得る利得と、社会的厚生\(W^{E}\)を求めてください。
- 最大化された社会的厚生\(W^{\ast }\)と、そこで各プレイヤーが得る利得を求めてください。
- 以下の関係\begin{equation*}\frac{W^{\ast }}{W^{E}}=nm
\end{equation*}が成り立つことを確認してください。
\end{equation*}と表されるものとします。対称ナッシュ均衡を求めてください。
- プレイヤー\(i\in I\)の新しい利得関数を書いてください。
- \(s\)がどのような条件を満たす場合、社会的最適な結果がナッシュ均衡として実現するか議論してください。
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